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終章:新たなる決意(4)
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王都に戻って二日後、王宮の大広間に全員が集められた。
レオン王子を中心に、作戦に参加した全員、そして回復しつつあるリンディの姿もあった。
彼女はまだ杖に頼っていたが、青い瞳には以前の光が戻りつつあった。
レオン王子が厳かな声で宣言した。
「諸君、この作戦の成功は王国にとって大きな意味を持つ。敵の中枢から我が騎士団隊長を奪還し、さらに重要な情報も入手した」
全員が静かに頷く。
「しかし、これは終わりではない。今回の作戦で得た情報によれば、帝国は『バベル』と呼ばれる古代兵器の復活を目論んでいる」
イリスが一歩前に進み、捕獲した資料を説明した。
彼女の紫の瞳は真剣さに満ちていた。
「古代の伝説によれば、『バベル』は世界を一度滅ぼしかけた兵器。その封印が、王国のどこかに隠されているとされています」
彼女の説明に、全員が緊張した表情になった。
「我々は今、新たな戦いの準備をしなければならない。帝国は必ずや『バベル』を求めて王国に攻め込んでくるだろう」
「わたしも……戦います」
リンディが弱々しくも決然とした声で言った。
「リンディ、まだ回復が……」
イリスが心配そうに言った。
「大丈夫。彼らが何をしようとしていたのか、この目で見た。それを阻止するためなら、もう一度立ち上がる」
彼女の言葉に、全員が敬意を示した。
レオン王子が俺に向き直った。
「アサギさん、あなたの新たな力が、この戦いの鍵となる。帝国の生体魔導工学に対抗できるのは、今はあなたしかいない」
「はい。全力を尽くします」
左腕の《オートメイト》が紫色に輝き、その光が広間全体に淡く広がった。
会議が終わり、皆がそれぞれの準備のために散っていく中、工房に戻る道すがら、小さな足音が背後から聞こえてきた。
「アサギさーん!」
振り返ると、ミミが全力で走ってきた。
彼女の明るい栗色の髪が風になびき、茶色い瞳には喜びの涙が浮かんでいた。
「ミミ!」
彼女が飛びついてきたので、咄嗟に受け止める。
小さな体を抱き上げると、彼女はぎゅっと抱きついてきた。
「アサギさん、帰ってきた! 約束、守ってくれた!」
彼女の嬉しそうな表情を見て、胸がじんわりと温かくなった。
「ああ、約束したからな。ミミのお守りのおかげだよ」
ペンダントを見せると、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり効いたんだね! イリスお姉ちゃんと一緒に作ったんだよ!」
「最高の贈り物だった」
正直な気持ちをそのまま口にした。
ミミを連れて工房に戻ると、イリスが資料を広げて待っていた。
彼女の表情は浮かない。
「アサギさん、これを見てください」
彼女が指し示したのは、「バベル」についての詳細な資料だった。
「古代の兵器……それは『世界最適化装置』とも呼ばれていたようです」
その言葉に、背筋に冷たいものが走った。
世界最適化——それは女神が俺に与えた使命の言葉と同じだった。
「この装置は、世界を『最も効率的な形』に再構成する力を持つとされています。しかし、その『効率』とは、生命の多様性や自由を排除したもの……」
「つまり……」
「世界の均質化、あらゆる『無駄』の排除。それは言い換えれば、個性や選択の自由、人間らしさの消失を意味します」
その説明に、俺は深く考え込んだ。
これが女神の言っていた「世界最適化」の本当の意味なのか?
そして俺の《オートメイト》の力も、同じ方向を目指しているのか?
「違う」
確信を持って言った。
「真の最適化とは、選択肢の最大化だ。人々が自分の望む生き方を選べること。画一化ではなく、多様性こそが真の効率につながる」
イリスはわずかに安心したように微笑んだ。
「アサギさんがそう考えてくれて、嬉しいです」
窓の外を見ると、王都の街並みが夕日に照らされて輝いていた。
人々が行き交い、それぞれの生活を営んでいる。
多様で、時に非効率にも見える日常。
しかし、そこにこそ守るべき価値がある。
左腕の《オートメイト》が静かに輝きを増した。
それは以前の青でも、最近の紫でもなく、両方の色が混ざり合った、新たな色合いを帯びていた。
「世界最適化進行度:75.0%。素晴らしい進歩ですね、アサギさん」
頭の中で女神の声が響いた。
「でも、アサギさん。この世界の外にも……修正すべき歪みは存在するのですよ……」
その言葉の意味はまだ完全には理解できないが、いつか答えを見つけるだろう。
今はこの世界で、目の前の戦いに集中する。
ミミが工房の部品を集め始め、イリスが古代文献を読み進め、遠くではリンディが回復に向けてリハビリを続けている。
フェリクスは新たなゴーレムを設計し、バルドルは特殊合金を鍛え、エルザは情報網を張り巡らせ、レオン王子とダンカンは王国の防衛計画を練っている。
そして帝国では、リゼットが自らの選択の時を待ち、カイル・レグナスがさらなる野望に向けて動いている。
この世界の運命は、まだ決まっていない。
俺は窓際に立ち、ペンダントを握りしめながら夕陽を見つめた。
アルカディア帝国、カイル・レグナス、バベル……そして女神の真の目的。
すべての謎を解き明かし、この世界に真の意味での最適化をもたらすために、まだ長い戦いが続くだろう。
だが、もう一人ではない。
「アサギさん、夕食の準備ができましたよ」
イリスの穏やかな声に振り返ると、工房のテーブルにはいつの間にか食事が並べられていた。
ミミが嬉しそうにテーブルに駆け寄り、椅子に座った。
「今日はリンディお姉ちゃんも来るって!」
ミミが弾むような声で言った。
「本当に? もう歩けるのか?」
「足手まといにならないわよ」
振り向くと、入口にリンディが立っていた。
彼女は杖に頼りながらも、背筋を伸ばし、青い瞳に強い意志を宿して微笑んでいた。
まだ完全には回復していないが、その表情には以前の凛とした美しさが戻りつつあった。
「リンディ! 無理しないでください」
イリスが駆け寄った。
「大丈夫。少しは動かないと、筋肉が萎えてしまうわ」
彼女は軽く笑った。
「それに……みんなの顔が見たかったの」
彼女の視線が俺と交わった瞬間、そこには言葉にならない感謝と何か深い感情が浮かんでいた。
「座れ、無理するな」
「命令されなくても大丈夫よ」
彼女は少し意地の悪い笑顔を浮かべたが、その目は優しかった。
四人で囲む食卓は、不思議な安らぎに満ちていた。
ミミがはしゃぎながら冒険の話をせがみ、イリスが気を遣いながらも楽しそうに応じる。
リンディは時々痛みに顔をしかめながらも、強がりを言って笑う。
この光景こそが、俺が守りたいと思った世界の一部だった。
効率や最適化を超えた、かけがえのない「今」。
「世界最適化進行度:76.0%……」
女神の声はもはや気にならなかった。
俺なりの答えが見えてきていた。
世界を最適化するとは、こうした瞬間、こうした選択肢を守り、増やしていくこと。
そうして夕食を終え、リンディとイリスを部屋まで送った後、ミミを寝かしつけに行こうとすると、彼女が小さな手で俺の服をつかんだ。
「アサギさん」
彼女の茶色い瞳は真剣だった。
「また戦いに行くの?」
その質問に、嘘はつけなかった。
「ああ、行かなくちゃいけないんだ」
彼女はしばらく黙っていたが、やがて決意したように顔を上げた。
「じゃあ、もっとすごいお守りを作るね。イリスお姉ちゃんにも手伝ってもらって、リンディお姉ちゃんにも……」
「ミミ……」
「だって、アサギさんは帰ってくる約束をしたでしょ?」
彼女の瞳に小さな涙が浮かんだ。
「だから、必ず守ってあげる」
胸の奥が、これまで感じたことのないような温かさで満たされた。
彼女のような純粋な気持ちこそが、どんな効率よりも価値があると今の俺には理解できた。
「ありがとう、ミミ。きっと帰ってくるよ」
そっと彼女の頭を撫でると、彼女は満足したように微笑んだ。
彼女を寝かしつけ、工房の屋上に出た。
満天の星が夜空を彩っている。
この世界にはまだ多くの謎がある。
帝国の野望、「バベル」の真実、そして女神の真意。
全てを解き明かし、本当の意味での「最適化」を実現するための戦いはまだ始まったばかりだ。
ブリュンヒルデとの一戦で目覚めた新たな力も、まだ完全には理解していない。
しかし、これが単なる偶然ではないことは確かだった。
女神はこの力を予期していたのではないか。
そして「この世界の外」という言葉の意味も、いずれ明らかになるだろう。
「準備はいいですか、アサギさん?」
振り返ると、そこに女神の姿があった。
虹色に輝く髪を風もないのに靡かせ、金色の瞳で静かに俺を見つめている。
「もう少し時間が必要だ」
正直に答えた。
「今は目の前の敵に集中したい」
「ええ、もちろんです」
彼女は優雅に頷いた。
「帝国との戦い、そして『バベル』について知ることは、あなたの成長にとって必要なステップ。私は待ちますよ」
「女神、あなたは最初から知っていたんですか?」
思い切って尋ねた。
「《生体回路干渉》の力が目覚めることを」
彼女は神秘的な微笑みを浮かべた。
「可能性を見ていました」
彼女の声は遠くからのように聞こえた。
「あなたにはその素質があった。そして、あなたの選択がその力を引き出したのです」
「この力の本当の目的は?」
「それを決めるのはあなた、アサギさん」
女神の姿が少しずつ透明になってきた。
「破壊のためにも、創造のためにも使える力……あなたはどちらを選びますか?」
彼女の姿は完全に消え、声だけが残った。
「世界最適化進行度:80.0%。あなたの旅はまだ続きます……」
そして静寂だけが残った。
星空を見上げながら、俺は深く考えた。
かつては効率と無駄の排除だけを考えていた自分が、今は守るべきものの存在を知っている。
真の最適化とは何か。どんな世界を目指すべきか。
そして、その先にある「この世界の外」とは……。
「アサギさん、まだ起きてたんですね」
後ろからイリスの声がした。
彼女は肩に薄いショールを羽織り、微笑みながら近づいてきた。
「星がきれいですね」
彼女も空を見上げた。
「昔は、研究で忙しくて、こんな風に星を眺める余裕もありませんでした」
「俺もだ」
同意した。
「効率ばかり考えて、こういう時間は無駄だと思っていた」
「でも、今は違うんですね?」
「ああ」
静かに頷いた。
「この時間にも、価値があると分かった」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
その紫の瞳には星空が映り込み、美しく輝いていた。
「アサギさんの変化を見るのは、研究者としても嬉しいです」
彼女は静かに言った。
「最初は『効率マシーン』と呼ばれることもあったのに……今は」
「今は?」
「今は誰よりも人間的ですよ」
彼女が真摯に言った。
人間的—その言葉は、以前の俺なら恥じていたかもしれない言葉だ。
しかし今は、それが褒め言葉であることを理解している。
「ありがとう、イリス」
彼女と並んで星空を見上げながら、俺は決意を新たにした。
帝国との戦い、「バベル」の真実、そして女神の真意—全ての謎を解き明かし、この世界に真の最適化をもたらす。
そのための力は、既に手の中にあるのだから。
「そろそろ戻りましょうか」
イリスが言った。
「明日からの準備がありますし」
「ああ」
二人で階段を降り、工房に戻る途中、不意に問いかけた。
「イリス、君は何のために戦っているんだ?」
彼女は少し驚いたようだったが、すぐに考え込む表情になった。
「私は……知りたいからです」
彼女は静かに答えた。
「この世界の仕組みを、魔法の真理を。そして……」
彼女はほんのりと頬を染めた。
「大切な人たちを守りたいからです。リンディとミミ、そして……アサギさん」
その言葉に、心がじんわりと温かくなるのを感じた。
「俺もだ」
素直に答えた。
「守るべきものがあるから、戦う意味がある」
かつての俺では考えられなかった答えだ。
だが、それこそが今の俺の真実だった。
工房の中では、小さなランプの灯りだけが静かに揺れていた。
明日からは再び戦いの日々が始まる。
だが、共に戦う仲間がいる。
守るべき人々がいる。
そして、辿り着くべき答えがある。
「世界最適化進行度:82.0%……」
女神の声はもはや遠くに聞こえる。
俺なりの答えが、少しずつ形になっていくのを感じていた。
真の最適化とは、選択肢を最大化すること。
そのために、この力を使おう。
窓から差し込む星明かりの中、左腕の《オートメイト》が、青と紫が混ざり合った、新たな輝きを放っていた。
レオン王子を中心に、作戦に参加した全員、そして回復しつつあるリンディの姿もあった。
彼女はまだ杖に頼っていたが、青い瞳には以前の光が戻りつつあった。
レオン王子が厳かな声で宣言した。
「諸君、この作戦の成功は王国にとって大きな意味を持つ。敵の中枢から我が騎士団隊長を奪還し、さらに重要な情報も入手した」
全員が静かに頷く。
「しかし、これは終わりではない。今回の作戦で得た情報によれば、帝国は『バベル』と呼ばれる古代兵器の復活を目論んでいる」
イリスが一歩前に進み、捕獲した資料を説明した。
彼女の紫の瞳は真剣さに満ちていた。
「古代の伝説によれば、『バベル』は世界を一度滅ぼしかけた兵器。その封印が、王国のどこかに隠されているとされています」
彼女の説明に、全員が緊張した表情になった。
「我々は今、新たな戦いの準備をしなければならない。帝国は必ずや『バベル』を求めて王国に攻め込んでくるだろう」
「わたしも……戦います」
リンディが弱々しくも決然とした声で言った。
「リンディ、まだ回復が……」
イリスが心配そうに言った。
「大丈夫。彼らが何をしようとしていたのか、この目で見た。それを阻止するためなら、もう一度立ち上がる」
彼女の言葉に、全員が敬意を示した。
レオン王子が俺に向き直った。
「アサギさん、あなたの新たな力が、この戦いの鍵となる。帝国の生体魔導工学に対抗できるのは、今はあなたしかいない」
「はい。全力を尽くします」
左腕の《オートメイト》が紫色に輝き、その光が広間全体に淡く広がった。
会議が終わり、皆がそれぞれの準備のために散っていく中、工房に戻る道すがら、小さな足音が背後から聞こえてきた。
「アサギさーん!」
振り返ると、ミミが全力で走ってきた。
彼女の明るい栗色の髪が風になびき、茶色い瞳には喜びの涙が浮かんでいた。
「ミミ!」
彼女が飛びついてきたので、咄嗟に受け止める。
小さな体を抱き上げると、彼女はぎゅっと抱きついてきた。
「アサギさん、帰ってきた! 約束、守ってくれた!」
彼女の嬉しそうな表情を見て、胸がじんわりと温かくなった。
「ああ、約束したからな。ミミのお守りのおかげだよ」
ペンダントを見せると、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり効いたんだね! イリスお姉ちゃんと一緒に作ったんだよ!」
「最高の贈り物だった」
正直な気持ちをそのまま口にした。
ミミを連れて工房に戻ると、イリスが資料を広げて待っていた。
彼女の表情は浮かない。
「アサギさん、これを見てください」
彼女が指し示したのは、「バベル」についての詳細な資料だった。
「古代の兵器……それは『世界最適化装置』とも呼ばれていたようです」
その言葉に、背筋に冷たいものが走った。
世界最適化——それは女神が俺に与えた使命の言葉と同じだった。
「この装置は、世界を『最も効率的な形』に再構成する力を持つとされています。しかし、その『効率』とは、生命の多様性や自由を排除したもの……」
「つまり……」
「世界の均質化、あらゆる『無駄』の排除。それは言い換えれば、個性や選択の自由、人間らしさの消失を意味します」
その説明に、俺は深く考え込んだ。
これが女神の言っていた「世界最適化」の本当の意味なのか?
そして俺の《オートメイト》の力も、同じ方向を目指しているのか?
「違う」
確信を持って言った。
「真の最適化とは、選択肢の最大化だ。人々が自分の望む生き方を選べること。画一化ではなく、多様性こそが真の効率につながる」
イリスはわずかに安心したように微笑んだ。
「アサギさんがそう考えてくれて、嬉しいです」
窓の外を見ると、王都の街並みが夕日に照らされて輝いていた。
人々が行き交い、それぞれの生活を営んでいる。
多様で、時に非効率にも見える日常。
しかし、そこにこそ守るべき価値がある。
左腕の《オートメイト》が静かに輝きを増した。
それは以前の青でも、最近の紫でもなく、両方の色が混ざり合った、新たな色合いを帯びていた。
「世界最適化進行度:75.0%。素晴らしい進歩ですね、アサギさん」
頭の中で女神の声が響いた。
「でも、アサギさん。この世界の外にも……修正すべき歪みは存在するのですよ……」
その言葉の意味はまだ完全には理解できないが、いつか答えを見つけるだろう。
今はこの世界で、目の前の戦いに集中する。
ミミが工房の部品を集め始め、イリスが古代文献を読み進め、遠くではリンディが回復に向けてリハビリを続けている。
フェリクスは新たなゴーレムを設計し、バルドルは特殊合金を鍛え、エルザは情報網を張り巡らせ、レオン王子とダンカンは王国の防衛計画を練っている。
そして帝国では、リゼットが自らの選択の時を待ち、カイル・レグナスがさらなる野望に向けて動いている。
この世界の運命は、まだ決まっていない。
俺は窓際に立ち、ペンダントを握りしめながら夕陽を見つめた。
アルカディア帝国、カイル・レグナス、バベル……そして女神の真の目的。
すべての謎を解き明かし、この世界に真の意味での最適化をもたらすために、まだ長い戦いが続くだろう。
だが、もう一人ではない。
「アサギさん、夕食の準備ができましたよ」
イリスの穏やかな声に振り返ると、工房のテーブルにはいつの間にか食事が並べられていた。
ミミが嬉しそうにテーブルに駆け寄り、椅子に座った。
「今日はリンディお姉ちゃんも来るって!」
ミミが弾むような声で言った。
「本当に? もう歩けるのか?」
「足手まといにならないわよ」
振り向くと、入口にリンディが立っていた。
彼女は杖に頼りながらも、背筋を伸ばし、青い瞳に強い意志を宿して微笑んでいた。
まだ完全には回復していないが、その表情には以前の凛とした美しさが戻りつつあった。
「リンディ! 無理しないでください」
イリスが駆け寄った。
「大丈夫。少しは動かないと、筋肉が萎えてしまうわ」
彼女は軽く笑った。
「それに……みんなの顔が見たかったの」
彼女の視線が俺と交わった瞬間、そこには言葉にならない感謝と何か深い感情が浮かんでいた。
「座れ、無理するな」
「命令されなくても大丈夫よ」
彼女は少し意地の悪い笑顔を浮かべたが、その目は優しかった。
四人で囲む食卓は、不思議な安らぎに満ちていた。
ミミがはしゃぎながら冒険の話をせがみ、イリスが気を遣いながらも楽しそうに応じる。
リンディは時々痛みに顔をしかめながらも、強がりを言って笑う。
この光景こそが、俺が守りたいと思った世界の一部だった。
効率や最適化を超えた、かけがえのない「今」。
「世界最適化進行度:76.0%……」
女神の声はもはや気にならなかった。
俺なりの答えが見えてきていた。
世界を最適化するとは、こうした瞬間、こうした選択肢を守り、増やしていくこと。
そうして夕食を終え、リンディとイリスを部屋まで送った後、ミミを寝かしつけに行こうとすると、彼女が小さな手で俺の服をつかんだ。
「アサギさん」
彼女の茶色い瞳は真剣だった。
「また戦いに行くの?」
その質問に、嘘はつけなかった。
「ああ、行かなくちゃいけないんだ」
彼女はしばらく黙っていたが、やがて決意したように顔を上げた。
「じゃあ、もっとすごいお守りを作るね。イリスお姉ちゃんにも手伝ってもらって、リンディお姉ちゃんにも……」
「ミミ……」
「だって、アサギさんは帰ってくる約束をしたでしょ?」
彼女の瞳に小さな涙が浮かんだ。
「だから、必ず守ってあげる」
胸の奥が、これまで感じたことのないような温かさで満たされた。
彼女のような純粋な気持ちこそが、どんな効率よりも価値があると今の俺には理解できた。
「ありがとう、ミミ。きっと帰ってくるよ」
そっと彼女の頭を撫でると、彼女は満足したように微笑んだ。
彼女を寝かしつけ、工房の屋上に出た。
満天の星が夜空を彩っている。
この世界にはまだ多くの謎がある。
帝国の野望、「バベル」の真実、そして女神の真意。
全てを解き明かし、本当の意味での「最適化」を実現するための戦いはまだ始まったばかりだ。
ブリュンヒルデとの一戦で目覚めた新たな力も、まだ完全には理解していない。
しかし、これが単なる偶然ではないことは確かだった。
女神はこの力を予期していたのではないか。
そして「この世界の外」という言葉の意味も、いずれ明らかになるだろう。
「準備はいいですか、アサギさん?」
振り返ると、そこに女神の姿があった。
虹色に輝く髪を風もないのに靡かせ、金色の瞳で静かに俺を見つめている。
「もう少し時間が必要だ」
正直に答えた。
「今は目の前の敵に集中したい」
「ええ、もちろんです」
彼女は優雅に頷いた。
「帝国との戦い、そして『バベル』について知ることは、あなたの成長にとって必要なステップ。私は待ちますよ」
「女神、あなたは最初から知っていたんですか?」
思い切って尋ねた。
「《生体回路干渉》の力が目覚めることを」
彼女は神秘的な微笑みを浮かべた。
「可能性を見ていました」
彼女の声は遠くからのように聞こえた。
「あなたにはその素質があった。そして、あなたの選択がその力を引き出したのです」
「この力の本当の目的は?」
「それを決めるのはあなた、アサギさん」
女神の姿が少しずつ透明になってきた。
「破壊のためにも、創造のためにも使える力……あなたはどちらを選びますか?」
彼女の姿は完全に消え、声だけが残った。
「世界最適化進行度:80.0%。あなたの旅はまだ続きます……」
そして静寂だけが残った。
星空を見上げながら、俺は深く考えた。
かつては効率と無駄の排除だけを考えていた自分が、今は守るべきものの存在を知っている。
真の最適化とは何か。どんな世界を目指すべきか。
そして、その先にある「この世界の外」とは……。
「アサギさん、まだ起きてたんですね」
後ろからイリスの声がした。
彼女は肩に薄いショールを羽織り、微笑みながら近づいてきた。
「星がきれいですね」
彼女も空を見上げた。
「昔は、研究で忙しくて、こんな風に星を眺める余裕もありませんでした」
「俺もだ」
同意した。
「効率ばかり考えて、こういう時間は無駄だと思っていた」
「でも、今は違うんですね?」
「ああ」
静かに頷いた。
「この時間にも、価値があると分かった」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
その紫の瞳には星空が映り込み、美しく輝いていた。
「アサギさんの変化を見るのは、研究者としても嬉しいです」
彼女は静かに言った。
「最初は『効率マシーン』と呼ばれることもあったのに……今は」
「今は?」
「今は誰よりも人間的ですよ」
彼女が真摯に言った。
人間的—その言葉は、以前の俺なら恥じていたかもしれない言葉だ。
しかし今は、それが褒め言葉であることを理解している。
「ありがとう、イリス」
彼女と並んで星空を見上げながら、俺は決意を新たにした。
帝国との戦い、「バベル」の真実、そして女神の真意—全ての謎を解き明かし、この世界に真の最適化をもたらす。
そのための力は、既に手の中にあるのだから。
「そろそろ戻りましょうか」
イリスが言った。
「明日からの準備がありますし」
「ああ」
二人で階段を降り、工房に戻る途中、不意に問いかけた。
「イリス、君は何のために戦っているんだ?」
彼女は少し驚いたようだったが、すぐに考え込む表情になった。
「私は……知りたいからです」
彼女は静かに答えた。
「この世界の仕組みを、魔法の真理を。そして……」
彼女はほんのりと頬を染めた。
「大切な人たちを守りたいからです。リンディとミミ、そして……アサギさん」
その言葉に、心がじんわりと温かくなるのを感じた。
「俺もだ」
素直に答えた。
「守るべきものがあるから、戦う意味がある」
かつての俺では考えられなかった答えだ。
だが、それこそが今の俺の真実だった。
工房の中では、小さなランプの灯りだけが静かに揺れていた。
明日からは再び戦いの日々が始まる。
だが、共に戦う仲間がいる。
守るべき人々がいる。
そして、辿り着くべき答えがある。
「世界最適化進行度:82.0%……」
女神の声はもはや遠くに聞こえる。
俺なりの答えが、少しずつ形になっていくのを感じていた。
真の最適化とは、選択肢を最大化すること。
そのために、この力を使おう。
窓から差し込む星明かりの中、左腕の《オートメイト》が、青と紫が混ざり合った、新たな輝きを放っていた。
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