魔道具を広めた俺が、世界をリセットするしかなかった理由

暁ノ鳥

文字の大きさ
11 / 27

第3章:揺れる街角、交わる想い(4)

しおりを挟む
 城に戻り、研究所の門をくぐると、見覚えのある衛兵ライオネルが相変わらずの警戒姿勢で立っていた。

「おや、兵士さんにソウヤか。どこへ行ってた? ダリウス様が少し探してたぞ」
「すみません、ちょっと街の様子を見に行ってまして……。ダリウスさん、何かあったんですか?」

 ライオネルは困ったように眉を上げる。

「また新しい実験を始めたらしくてな。俺には何が何だか……。ただ、爆発しなけりゃいいがな」

 物騒な言葉に苦笑しつつ、ソウヤとファルクは急いで研究所の三階へ。
 廊下を進むたびに微かな焦げ臭さが漂い、「まさか本当に爆発……?」とファルクが心配そうにつぶやく。

 扉を開けると、ライラが「あ、ソウヤさんちょうどいいところに!」と駆け寄ってくる。
 彼女のエプロンには黒っぽい焦げ跡があり、髪も少しバサバサだ。

「ちょっと騒ぎがあって……ダリウスさんが『試しに緊急停止ルーチンを組んでみた』と言うものだから、いきなり小規模な魔力放出が起きちゃって……」

 実験台の上には、ソウヤが提案していた『緊急停止の仕組み』らしき簡易装置が取り付けられている。
 だが、一部がすすと火傷の痕を残しているように見えた。
 ダリウスは腕組みをしながら、その装置を睨んでいる。

「ソウヤ、遅かったじゃないか。緊急停止の回路を組もうとしたんだが、結晶の圧力が上がりすぎて、結果的に一瞬だけ炎が吹き上がったよ」
「大丈夫ですか? どの程度の被害なのか……」
「たいしたことない。装置が部分的に焦げただけだ。だが、これでは安全装置にならんだろう?」

 ダリウスの声には苛立ちが混ざる。
 ソウヤは装置に近づき、どこが焦げているのか観察する。
 案の定、緊急停止用に付け足したパーツ――魔術式の一部が焼け、そこから炎を噴いたらしい痕跡がある。

「うーん、たぶん魔力を一気に遮断しようとしたとき、逃げ場がなくなって余剰魔力が逆流したんだね。ここの排出経路が足りなかったのかもしれない」

 ライラがメモを確認し、「なるほど……では、減衰符の枚数を増やすのはどうでしょう?」と提案する。
 ダリウスは「確かにそうかもしれないが、符を増やすと制御が複雑になるんだよなあ……」と渋い顔をする。
 そこへファルクが、おずおずと口をはさむ。

「もし魔力が溢れるなら、安全な方向に逃がす仕掛けを作れないんですか? 例えば余剰分を別のタンクか何かに蓄えるとか……」

 ダリウスは目を丸くする。

「タンク? 魔力のタンクか……なるほど、発想としては面白いが、それを実装するには別途結晶を用意しないといけないし、コストがかかるんだよね」

 ソウヤは頷く。
 ファルクの意見も有力だが、金や材料の問題があるだろう。

「コストが許せば、それもアリだとは思う。研究所で小型結晶を調達できるなら、緊急時にそこへ逃がす手段は有効かもしれない。ただ、普及させるには安価じゃないと大変だよね」

 ダリウスは大きく息をつき、「まあ、もう少し考えてみるさ。君たちのアイデアは悪くない。なんとか実用的な形にまとめたいところだ」と言う。
 ライラは熱心にメモを取り、ファルクも「僕も少しは役に立てたかな?」と嬉しそうだ。

 こうして、研究所での試行錯誤がさらに続くことになった。
 ソウヤは心のどこかで、巫女フレイヤの言葉を思い出す。
 泉が弱っているなら、ここでの実験で汲み上げ量を増やすことはリスクを伴う。
 
 でも『安全装置』の確立こそ、泉への被害を抑え込む鍵になるかもしれない。
 そう信じ、デバッグと改善策に没頭していく。


 その日の夕方、ダリウスが「もう引き上げよう。頭が煮えそうだ」と言い出し、研究作業は終了となった。
 ライラは書類の整理を始め、ファルクは「僕、夜の巡回あるんで!」と言って先に研究所をあとにする。
 ソウヤも疲れた頭をほぐすために、一度城の回廊へ出てみることにした。

 廊下の窓からは夕焼けがわずかに姿を現し、オレンジ色の光が石壁を染めている。
 城内の石畳を踏む足音がやけに響く。
 歩いていると、不意に人影が目に入った。
 そこにいたのは――巫女フレイヤ。
 白と淡い緑の長衣を身にまとい、窓から外を見下ろすようにたたずんでいる。

「フレイヤさん?」

 思わず声をかけると、彼女は振り返った。
 その瞳はどこか寂しげだが、ソウヤを見ると少し柔らかい笑みを浮かべる。

「こんにちは……と言うには、もう遅い時間かもしれませんね。ソウヤさん、でしたよね」
「あ、はい。先日は執務室で……あの……」

 挨拶もそこそこに、ソウヤは少し言葉を探す。
 巫女であり、泉を守る立場。
 レオンとの対立が激しくなりつつある存在だ。

「フレイヤさん、どうしてここに? レオン様と会う用事が……」

 フレイヤは苦笑いを浮かべる。

「いいえ、今日は面会ではありません。城の『内部』を一度ゆっくり歩かせてほしいと頼んだのです。泉の魔力が、城の地下に通じる経路を通っている可能性があるのではないかと……」

 聞けば、フレイヤは巫女としての感覚で「泉の力が城の地下まで伸びているのを感じ取りたい」という意図があるらしい。

「レオン様は多忙だとおっしゃり、許可だけ出して『勝手に見てくれ』と……。それで、こうして一人で歩いていたんですが……」

 言いながら、フレイヤの表情にはわずかな疲れが見える。
 どうやらあまり快く思われていないのも事実なのだろう。
 ソウヤは気まずそうに眉を寄せる。

「レオン様も、軍備や研究で手一杯だから……でも、フレイヤさんの言ってることも重要だと思うんです。俺も研究を進める立場として、泉に大きな負担をかけるのは良くないと……」

 フレイヤはそっと目を細める。

「ありがとうございます……でも、あなたは『技術開発』を支える方なのでしょう? そう聞きました。なのに、泉を守る立場と協調してくださるなんて、不思議ですね」

 その問いは純粋な好奇心のようだった。
 ソウヤは少しだけ胸が温かくなるのを感じた。

「俺自身、技術が人を救う力になると信じてるんです。でも、暴走すれば誰かを傷つける危険もある。だからこそ……安全策を徹底して、泉や自然にも無理のない形にしたいと思ってて」

 フレイヤは静かに頷く。
 その銀髪が、夕陽のオレンジを受けて淡くきらめいた。

「そんなふうに考えてくださる方がいるなんて、少し救われます。最近はレオン様や軍事派の研究者たちが、泉をどんどん使おうとしていて、私たち巫女一族の声がかき消されそうで……」

 その声はほんの少し震えているようにも思えた。

「本来なら、泉は森や精霊と繋がる神聖な場所。でも今はただの『資源』扱いされ、汲み上げられて、痛めつけられている。私たちはそれを止めようとしているけれど……勢いが強すぎて、止められないのです」

 城の回廊を薄暗い夕陽が包む。
 外は風が吹き、遠くから兵士たちの交代らしき足音がかすかに聞こえてくる。
 ソウヤは言葉を選びながら答える。

「俺も正直、どこまで止められるかはわからない。でも、研究所で『安全装置』を作ることで、魔道具が暴走しづらくなれば、泉に掛かる負担も多少は軽減できる……かもしれない。レオン様にだって、必要性をアピールしやすくなると思うんです」

 フレイヤは一瞬、ソウヤの顔をじっと見つめ、それから小さく微笑む。

「そう、ですね。……あなたが言うと、不思議と説得力を感じる。私には技術のことは難しくてわからないけれど、泉と自然との折り合いが取れるようになればいいのに、と思います」

 その微笑みは、夕闇に染まりながらもほのかな光を放っているように見えた。

「でも、気をつけてくださいね。軍備や兵器開発を急ぎすぎると、予想外の暴発を招くかもしれません。泉の限界に達したとき、一気に『世界が壊れる』ような事態だって……」

 ふと、フレイヤは言葉を切る。
 瞳に僅かな不安が映るが、すぐに表情を整えて「失礼しました。巫女の余計な予言みたいなものでしょうか」と言い直す。
 ソウヤは首を振る。

「いや、余計どころか重要な警告だと思います。俺も、街を見て、火種があちこちにあるって痛感しました。泉だけじゃなく、人々の不満とか整備不足とか……。もし何かが引き金になれば、手が付けられなくなりそうです」

 フレイヤの唇がわずかに震え、「そう、ですよね……」と静かに返す。
 その瞳には痛切な思いが浮かぶ。

「私、いつかあなたや研究者の方々とちゃんと話がしたいです。泉について、自然との調和について。もしかしたら巫女一族の考えを押しつけるだけかもしれませんが……」
「押しつけるなんて。むしろぜひ聞かせてほしい。俺はまだ、この世界の仕組みをちゃんとわかってないですし」

 二人の間に、少しの沈黙が流れる。
 けれど、その沈黙は冷たさよりも、どこか落ち着きを伴っていた。
 フレイヤはゆっくりと一歩後ずさり、深く頭を下げる。

「ありがとうございます……私、巫女としての使命を果たすためにも、あなたのような人の声を聞きたい。今度、もしよければ森や泉の近くにいらしてください。巫女一族の里は簡単には外部を受け入れませんが、私が説得してみます」

 ソウヤは目を見開く。
 巫女一族の隠れ里――どんな場所なのか、想像もつかないが、興味が尽きない。

「もし行けるなら、ぜひ行きたいです……ありがとう、フレイヤさん」

 フレイヤの頬が微かに染まり、「いえ、私のほうこそ」と小さな声で返す。
 夕焼けの光が銀髪を照らし、ゆらりと優美な風を帯びているように見える。
 
 そのまま、フレイヤは礼をして回廊を歩き去っていった。
 城の奥へ向かうのだろうか、それとももう用を済ませて帰るのか。

 (フレイヤさん……巫女としての重責を背負って、泉が暴走しないよう必死に食い止めようとしてるんだな)

 静かに胸がざわつく。
 街や研究所、そして巫女や教団……それぞれが信念や理由を抱え、すれ違いながらも前へ進んでいる。
 ソウヤは少し後ろ髪を引かれる思いを抱えつつ、回廊に差し込む夕陽を見上げた。
 日は次第に沈み、夜のとばりが城を覆うだろう。

 『明日も、研究を続けよう。街と泉と、人々の未来を守るために』

 そう誓いながら、ソウヤはゆっくりと自室に戻っていくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。 それは、最強の魔道具だった。 魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく! すべては、憧れのスローライフのために! エブリスタにも掲載しています。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

処理中です...