魔道具を広めた俺が、世界をリセットするしかなかった理由

暁ノ鳥

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第8章:紡がれる意志、迫る大衝突(1)

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 グリフィス領の空が薄雲に包まれた、少しどんよりとした朝。
 城の尖塔に設置された鐘が、重々しい音色を響かせる。

 兵器公開テストまで、あと五日。
 研究所が数日にわたって取り組んだ『安全装置』と『封印術』の統合は、まだ完成とは言えないが、いよいよ結果を出さねばならない時が近づいている。

 城の廊下を駆ける足音が交錯するなか、ソウヤは研究所へ急ぐ。
 昨夜も徹夜同然で作業し、わずかな仮眠をとっただけだ。
 背後にファルクの声が追いかけてくる。

「ソウヤさん、おはようっス! 今日も朝から大変ですね」
「おはよう。城の様子はどう? なんか職人や市民が押しかけてるとか、教団が騒いでるとか……」
「ええと、教団の聖騎士が城門近くに立ってるし、町のほうも不満が収まってないみたいだけど……まだ大規模な衝突は起きてないっス。でも皆ピリピリしてて、いつ火がついてもおかしくない感じですよ」

 ソウヤは顔をしかめる。
 街の不安が臨界点に近づいているのは明白だ。
 それだけに、兵器公開テストを無事故で成功させ、街を納得させなければ混乱は一気に爆発するかもしれない。

「分かった、ありがとう。俺は研究所に行って、巫女やダリウスたちと最後の仕上げを急ぐよ」
「了解です。僕も警備があるので何かあったら呼んでください!」

 そう言ってファルクは姿を消す。
 ソウヤは深く息をつき、石畳を急ぎながら研究所の扉を開く。


 研究所の三階、いつもの実験室には天才魔術師ダリウス、巫女フレイヤやシアンが集まり、さらにライラが書類の束を抱えて右往左往している。

「おはよう、皆!」

 ソウヤが挨拶すると、ライラが紙を振り回しながら駆け寄る。

「おはようございます、ソウヤさん。もう大変ですよ、昨日夜通しで魔術回路と封印核の連動を実装したんですけど、ゴーレム側のデバッグがまだ終わらなくて……!」

 フレイヤは巫女装束の裾を軽くひるがえしながら、「わたしも封印術を合わせようと頑張ってるけど、どうも魔術回路が噛み合わなくて、シアン様がさらに術式を追加しようとしてるの」と困惑ぎみ。

 部屋の中心では、ダリウスとシアンが何やら激しく議論している。

「これ以上、封印核を増やすなら、制御回路のほうがオーバーフローしやすくなる!」
「あなたが複雑なネットワークを組んでるから、巫女術を細分化しないと制御しきれないんでしょう?」

 ソウヤは苦笑しつつ「また衝突してるな……」と小声でライラに囁く。
 が、それでも二人は昨日よりも打ち解けた感じで、あくまで技術的な議論を戦わせている様子だ。

 フレイヤが「そうですね、あの二人は意外と馬が合うのかもしれません」と苦笑交じりにこぼす。

 ソウヤは自分の端末を確認し、ログを開く。

「よし、そっちは回路図をアップデートしてくれたんだよね。じゃあ、俺もプログラムを修正しないと。街全体に適用できる形に拡張したいし、兵器連動も想定したいから――」

 フレイヤが真剣な表情でうなずく。

 「はい、わたしは巫女術を街全体に広げるのは難しいと思ってたけど、シアン様によれば複数の封印核を配置すれば可能らしいんです。魔力汲み上げが特に激しい場所……たとえば軍事施設やインフラ拠点にそれぞれ設置して、あなたたちの端末で一括管理するとか」

 (それはまさに理想系だが、実際やるには時間も材料も膨大だし、レオンがその制限を受け入れるかも不透明だ――でも、やらないわけにはいかない)

 ダリウスがシアンとの口論をひとまず終えて、こちらに戻ってくる。

 「ふう……ソウヤ、僕も少し落ち着いた。要は、われわれの緊急停止回路と、巫女の封印術を重ね合わせて、魔力汲み上げの上限を街全体で可視化しようってわけだな?」

 ソウヤは頷く。

 「それができれば泉が限界を超える前にブレーキをかけられるし、兵器側にも負荷を掛けないように誘導できる……ただ、五日でどこまで実装できるかが問題だね」

 フレイヤは鋭い光を瞳に宿し、「わたしは街の泉拠点を巡って封印核の配置を試みます。レオン様が許可してくれるかどうか……一応、相談してみるつもりです。でも時間はない」
 
 ダリウスが溜息まじりに「レオン様がどこまで受け入れるか……『公開テスト』で暴走が起きなければ可能性はあるかも」と漏らす。

 ライラが「早速、市内の拠点候補をリストアップしましょう! 水道施設や軍事倉庫、それに研究所も入りますよね?」と元気に声を上げる。

 睡眠不足ながらも意欲は衰えない。
 こうして、朝からそれぞれの持ち場で奔走し、巫女と研究所が本格的に連携する姿は、まさに『技術と自然の融合』への希望を感じさせた。


 昼ごろ、フレイヤは巫女シアンとともにレオンの執務室を訪れ、街の複数拠点に封印核を設置したい旨を伝えた。
 『軍備や都市の魔力汲み上げを抑制するかもしれない』と警戒されるのを承知で、わずかな望みに賭けての直談判だ。

 すると意外にもレオンは、渋い顔をしつつも「うまく安全を確保できるなら、ひとまず導入してみろ」と許可を出したらしい。
 ただし条件として「封印核を配置した拠点には常に兵士が監視に付き、何かあれば即座にレオンへ報告すること」とのこと。

 フレイヤが研究所へ戻ってその報告をすると、ダリウスやソウヤは「まあ、上出来じゃないか」「レオン様としても暴走リスクを下げたいんだろう」と安心する。
 ライラは「巫女がいても悪用されないように兵士がいる……まあ、とりあえず衝突にはならなかったようで何よりです」と胸をなで下ろす。
 
 (これで一気に街へ封印核を配置できる……時間はないけど、やるしかない!)

 ソウヤたちは巫女側と連携し、街の主要施設を急ぎピックアップする。
 泉の汲み上げ量が多いインフラ施設や、兵器開発拠点など――計十か所ほど。
 フレイヤが率先して核の術式を用意し、ダリウスは魔術理論で補佐する。
  ソウヤとライラは制御装置を端末化して各施設に置く計画を立てる。

 数日後の公開テストまでにどこまで設置しきれるかは未知数だが、一部だけでも配置できれば暴走の芽を幾分か摘めるはず。
 そんな期待が皆の士気を支えていた。


 数日が経過し、公開テストまで残り二日となった。
 フレイヤら巫女が昼夜問わず街を行き来し、一部の封印核を設置開始。
 ダリウスとソウヤは研究所の制御端末を都市ネットワークにリンクするよう準備し、ライラは膨大な書類をまとめながら市民の小トラブルにも対処している。
 街の混乱はさらに高まり、あちこちで職人と魔道具商の争いや、教団派のデモが起きていると聞く。

 ある夜、ファルクが研究所を訪れて顔面蒼白で言う。

「教団がまた大勢で城下に現れて、『封印核は邪法だ』とか言って民を煽ってる……」

 フレイヤは慌てて駆け出そうとするが、シアンが止める。

「いま行っても衝突を煽るだけ。兵士に任せましょう。わたしたちは封印核の完成を急がないと……」

 ソウヤは密かにラディスの存在に苛立ちを覚える。
 あれだけ泉を乱用するなと主張しながら、巫女の封印核を『異端』扱いするなんて――。

 (でも、俺たちが動揺して作業を中断すれば、間に合わなくなる。ここは耐えるしかない)


 公開テストの前日、レオンが城の広場に兵士とゴーレムを多数集め、事前リハーサルを行おうとする。
 研究所も呼び出され、ダリウスやソウヤはゴーレムの制御準備に当たる。

「明日、大勢の市民や商人を集めて大々的に軍事力を誇示する。そのときに安全策が動くことを証明できれば、街も安心し、評議会からの評価も得られるだろう」

 レオンが高らかに言うが、その眼には『もし暴走したら容赦なく安全策を棄てる』という厳しさも見え隠れする。

 兵士たちがゴーレムを広場に並べ、結晶を装着。
 巫女の封印核と研究所の緊急停止回路をリンクする。
 フレイヤやライラが脇で必死にケーブルや刻印を確認し、ダリウスは端末を操作している。

「よし……魔力注入、スタート!」

 ダリウスが号令をかけ、兵士が順に魔力を注入していく。
 ごうっ、とやや大きな音がして、ゴーレム群がゆっくり起動を始める。
 全高ほどの巨体が十体近く並び、一斉に赤い目を光らせる。

 「うわあ……」と市民が遠巻きに見物しているのがわかる。

 ソウヤは端末を見つめ、「大丈夫か……?」と息をのむ。
 数値が上がっていくが、封印核と緊急停止信号はまだ作動しない。
 暴走するほどの大きな負荷はかけていないからだ。
 レオンが満足げに笑みを浮かべる。

「よし、いいぞ。明日はこれをさらに強力に動かす予定だが、ちゃんと制御しろよ?」

 フレイヤはこっそりソウヤにささやく。

「まだ本当に暴走が起きないかは分かりません。でも、これが上手くいけば……」

 ソウヤもうなずく。

「うん、あと少しだ。みんなで頑張れば、きっと明日は成功させられる……はず」

 しかし、その背後でヒソヒソとささやく声が聞こえる。

「こんな危ないもの、絶対に暴走するに決まってる……」
「泉が枯渇したら終わりだろ」
「教団を呼べ!」

 ライラが「どれだけ安全装置をアピールしても、皆なかなか信用してくれないですね……」とつぶやく。
 フレイヤも視線を落とし、唇をかむ。

 それでも、レオンの一声で兵士や研究員は作業を続け、短時間のデモを終える。
 明日の本番に向けて、最終的な調整を夜通し行うのだ――。
 ソウヤたちはやや成功した空気を噛みしめながらも、不安の影を拭い切れない。


 夜遅く、研究所に残ったソウヤとフレイヤは端末の記録を確認していた。
 ライラやダリウスは別の部屋で最終調整をしている。
 端末画面には、ゴーレム群が動いたときの魔力カーブや、封印核との同期タイミングが並ぶ。
 小さなピークはあるが、大暴走の兆候まではいかない。
 ソウヤは安堵しつつ、「明日大規模に動かすと、さすがに負荷も段違いだろうけど……まあ、準備はしてるし、なんとかなると思いたい」と言う。

 フレイヤは黙って画面を見つめたまま、ぽつりと呟く。

「正直、ここまであなたたちがやってくれるとは思わなかった。技術は軍備を拡張するだけの道具じゃなくて、人々を助ける可能性もちゃんとあるんですね……」

 ソウヤは微笑む。

「俺も、巫女術がここまで理にかなった形で融合できるとは思わなかった。フレイヤさんやシアンさんがいたからこそだね」

 しばし沈黙が流れ、夜の研究所は静かだ。
 窓の外には朧月が薄い光を放ち、石壁に淡い影を落としている。

 フレイヤがぽつりと視線を落とし、「……でも、不安は消えません。もし明日……公開テストで再び暴走が起きたら、街の人はもう誰も技術を信じないでしょうし、泉への負荷が爆発して、取り返しのつかない結果になるかもしれません」とうつむく。

 ソウヤはフレイヤの前に立ち、そっと肩に手を置く。

「そうだね、正直怖い。でも、ここで諦めたら、未来はもっと暗くなる。シグの兵器が襲ってくるかもしれないし、泉が枯渇して皆が苦しむかもしれない……」

 フレイヤは瞳を潤ませ、静かに頷く。

「わたし、巫女として生れてきたのはこの世界を少しでも救うためだと信じてる。でも、いつも無力さを感じていた。あなたたちと出会って、少しだけ希望が持てたんです」

 その言葉に、ソウヤの胸が熱くなる。

「俺も同じだよ。元の世界でできなかったことを、こっちでなんとかやり遂げたい。人を救う技術があるはずだって……」

 薄暗い制御室で、二人の目が重なり合う。
 ほんの一瞬、心が深く通い合うような静かな息づかいが聞こえる。

 しかしすぐに、実験室の扉が開き、ライラが息せき切らして入ってきた。


「ソウヤさん、フレイヤさん、ごめんなさい! ダリウスさんが早朝までにもう一度ゴーレムを動かすって……。兵士と一緒に準備始めろって。今すぐ来てください!」

 ソウヤは苦い笑みを浮かべ、「ああ、まただな。わかった」と急ぎ足で立ち上がる。
 フレイヤも微笑んで「あ、はい……」と焦りながら後を追う。

 ささやかな二人の時間は束の間で終わる。
 だが、その残り香は、彼らに最後の力を振り絞る活力を与えたのだった。
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