魔道具を広めた俺が、世界をリセットするしかなかった理由

暁ノ鳥

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第7章:迫りくる影、試される絆(2)

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 フレイヤがレオンとの面会を終えたのは深夜近くになっていた。
 ファルクを通じて「わたしも研究所に行きたい」と連絡が入り、ソウヤ、ライラ、ダリウス、シアンが一堂に会する。

「レオン様と少し話しましたが……やはり軍備強化を止めるつもりはないようです。でも、巫女シアンの提案は『好きにやればよい』と仰っていました。ただし、成果が出なければ無意味だと……」

 フレイヤが苦い表情で報告する。
 レオンの姿勢は変わらないが、巫女との共同実験そのものは妨害しない――という。

 ダリウスが図面を広げ、「なら、この装置を見てほしい。ここ数日でシアンたちと考えた泉制限システムだ。フレイヤなら細部の術式調整ができるはずだ」と話し始める。

 ソウヤも端末の説明に加わり、「ゴーレムや魔道砲が泉から過剰に魔力を引き込もうとしたら、巫女の封印術が自動で抑える形です。さらに兵器側にも緊急停止を仕込んで、泉が暴走しないよう二重で安全策を敷く――」

 ライラは興奮混じりに「まだテスト不足だけど、小規模の湧き出し口で一応動くことは確認しました!」と補足する。

 フレイヤは図面を見つめ、両手でそっと抱きしめるように触れる。

「すごい……。巫女術で自然を制限するのは本来ならば忌むべき行為ですが、このまま暴走を防げるなら、わたしも協力したい。――泉が無理なく生きながらえる道を探すために」

 シアンが微笑む。

「そうですね、フレイヤ。わたしたちも観念的に反対している場合ではありません。技術と自然が折り合いをつける形を、ここで掴むしかない」

 ソウヤの胸は一瞬熱い感情で満たされる。

 (フレイヤが戻り、巫女たちと研究所が本格的に連携する……これなら、レオンの軍備に歯止めをかけられるかもしれない。泉を救う一歩にもなる!)

 だが同時に『残り時間』が頭をよぎる。
 五日後には軍備の公開テストがあり、そこまでに実用レベルまで高めなければならない。
 街の人々の不安もピークに近い。
 ダリウスは唇を噛んで呟く。

「正直、もう時間がない。明日から徹夜で試作を進めて、中規模の動作実験を最低でも二回はやらないと……。それでも完璧は望めないが」

 フレイヤは覚悟を決めた面持ちで「わたしも徹夜でも何でも構いません。巫女術の要をこっちに置いて、泉の暴走を止める仕掛けを本気で組みましょう。――ただ、教団の邪魔が入るかもしれないので、警備も注意してください」と訴える。

 ライラが「分かりました。ファルクに頼んで兵士を手配してもらいましょう。研究所や森のほこらで大規模実験をするには、安全確保が必須ですね」と答える。

 ソウヤは改めて気合いを入れ、「よし、やれるだけやろう。これで成功すれば、軍備を安全に使う道が示せる。街の混乱も多少は和らげられるかもしれない」と拳を握る。

 その夜、フレイヤを加えた面々は再び研究所にこもり、寝る間も惜しんでシステム統合の最終調整に着手する。
 まるで闇夜に浮かぶ一条の光に向かって突き進むように、誰もが疲労を抱えながらも筆や魔術刻印を走らせた。


 明け方、ソウヤたち研究所組と巫女フレイヤ、シアンらは再び森へ赴き、改良した装置を使った『より大規模』な負荷テストを実施する。
 ファルクが兵士を数人連れて警備し、万一の暴走に備える。
 ダリウスやライラは大きな制御端末とゴーレム数体を用意し、泉の出力を一気に吸い上げる実験を仕掛けるのだ。

「じゃあ……いきますよ、開始!」

 ライラの声が森に響き、ソウヤは端末のスイッチを入れる。
 ゴーレムたちが目を光らせ、同時に泉との回路を開き始める。
 巫女たちは封印核をスタンバイ状態にし、結界を薄く展開。

 ぐぐっと空気が震える。
 泉が暴走の兆しを見せ始め、フレイヤとシアンがすぐに封印術を発動させる。
 制御端末も警告を出し、ゴーレム側の魔力吸引を一部カットする信号を送る――。

 そこで事件が起きた。

 ゴーレムの一体が突如激しい火花を散らし、制御を離脱したのだ。
 
「またか……!」とダリウスが焦る。
「下位回路がショートしてる! 緊急停止信号が届かない!」とライラが絶叫する。

 泉はすでに封印核で抑え込みつつあるものの、この暴走ゴーレムは内部魔力がアンバランスに高まっている。
 もし大爆発になれば、泉や森にも被害が及ぶ可能性がある。
 ファルクが兵士たちに「離れて!」と指示し、ソウヤが懸命に端末を操作するが、応答がない。

 フレイヤが覚悟を決めたように駆け出す。

「わたしが直接封印で動きを止めます!」と意を唱え、ゴーレムの周囲に薄い結界を張ろうとするが、ゴーレムが腕を振り下ろして結界を弾き飛ばす。

 まさかの事態――巫女術だけでは抑えきれないほど魔力が渦巻いているのか。

 ソウヤは頭が真っ白になりながらも、足元の非常用端末に手を伸ばす。

「くそっ、ここで失敗したらみんな死ぬ……!」

 ダリウスも必死に詠唱し、ライラがログをチェックする。

「どうやら制御塔の信号が途中で断線してるみたいです!」

 (ここで諦めたら終わりだ――)

 ソウヤは奥歯を噛みしめ、配線を手動で繋ぎ直すためにゴーレムのそばへ飛び込む覚悟をする。
 しかし兵士が「危ない!」と制止し、ファルクも「無茶だ!」と叫ぶ。

 だが、このままではゴーレムが起爆しかねない。
 ほんの数秒で決断しないと森と泉が巻き込まれる。

 すると――フレイヤが再び動いた。

 ゴーレムの背後に回り込み、両手を地面に当てる。
 薄い緑色の光がゴーレムを包み込み、ふわりと大気が震えた。

「フレイヤ、やめろ! そんな大技を……命が危ない!」とシアンが悲鳴を上げる。

 フレイヤは構わず術を続ける。

「だめ……ここで止めないと、街も森も……」

 するとゴーレムが一瞬動きを止めるが、暴走魔力がさらに反発し、周囲に紫電のような稲妻を放つ。
 フレイヤの右腕をかすめる紫電が火花を散らし、彼女が苦痛の表情を浮かべる。
 ソウヤの心が凍りそうになる。

「フレイヤさん! 下がって、俺が……!」と叫んだ瞬間、ダリウスが意を決して制御回路の中継部分へ魔術刻印を叩き込んだ。
 
 ぶつかり合う魔力の火花が散る。

 兵士やライラが悲鳴を上げるなか、ダリウスの呪文が回路を再接続し、ソウヤの端末とリンクした――。

「今だ! ソウヤ、緊急停止コマンドを送れ!」

 ダリウスが叫ぶ。
 すかさずソウヤが端末のレバーを引き、スイッチを押し込む。
 直後、ゴーレムがビクリと硬直し、内部魔力が急速に減衰していくのが見えた。

 ふっと火花が消え、ゴーレムががくりと崩れ落ちる。
 泉の周囲も封印核が稼働し、魔力の渦がゆっくり鎮静していく。
 フレイヤは右腕を押さえつつ、その場に膝をついた。
 シアンが駆け寄り、巫女術で傷を治療しようとする。

 森の中に、重い静寂が戻ってきた。

 ライラが震える声で「た、助かった……?」と呟く。
 ファルクは完全に膝から崩れ落ちている兵士を支え、「なんとか大爆発は防げた……」と唇を震わせる。

 ソウヤは魂が抜けるような感覚でその場に座り込み、ダリウスやフレイヤの方を見つめる。
 皆、命からがら暴走を封じたのだ。


 しばらくして、フレイヤがシアンの手当てで立ち上がる。
 腕の火傷は軽症らしいが、相当な痛みのようで顔が青ざめている。
 しかし微かに微笑んで、「よかった……みんな、無事ですね」と安堵をもらす。

 ダリウスは苦笑しながら髪をかき上げ、「ただ……正直、危なかった。あの一瞬、僕が回路を繋ぎ直さなければ、ゴーレムは大爆発してたかもしれない。フレイヤの封印術も限界寸前だったろう」

 フレイヤは弱々しい笑みを浮かべ、「はい、わたしももう少し遅ければ魔力の逆流で意識を失っていたかも」と語る。

 ライラとファルクは涙目で「危機一髪でしたね……」と震えた声を上げる。

 巫女シアンが大きく息をついて、「でも結果的に、制御回路と封印術の連動が奏功して、最悪の暴走は防げた。いわば一種の成功例とも言えるのでは?」と前向きに表現する。

 ソウヤは半ば呆然としたまま「これを成功と呼ぶには危険すぎるけど……確かに、最終的には暴走を止めた。もしかしたら、あと少し改良すれば……」と声を漏らす。

 確かに、今回の事態は紙一重の勝利だった。
 だが数日前の実験よりはマシで、結果的にゴーレムを爆発寸前で止めたのは事実なのだ。

「大事故は回避できた。これは大きいよ。もちろん、まだ安心はできない。もっと安全率を高めないと。制御回路の復旧は人力じゃなく自動でやる仕組みが必要だし、巫女側の封印術もフレイヤ一人に頼るのは危険すぎる」

 ダリウスが現状を整理し、ソウヤとライラ、フレイヤも神妙に頷く。

 ファルクが震える声で、「でも……あと五日でレオン様の公開テストなんですよね? 今のままじゃ、お披露目で大暴走を起こしちゃうんじゃ……」と不安を口にする。

 それに対し、シアンが「何とか間に合わせます。それこそ徹夜続きで理想を引き出しましょう。フレイヤにも里の巫女術を全力で説いてもらって……」と力を込める。

 ソウヤは胸を熱くして呟く。

「そうですね。危険はあるけど、止められないわけじゃないと分かった。兵器を無制限に拡大するのは本当は嫌だけど、これを完成させれば、泉や街を大暴走から守れる。皆が無意味に傷つくのを防げるかもしれない」

 フレイヤは痛む右腕を押さえつつ、微笑み返す。

「そう……わたしも協力します。泉がこれ以上傷つかない形で、街を守る道を模索するしかありませんから……」

 こうして森の実験は重傷者こそ出なかったが、決して楽観できない結果となった。
 しかし、完全なる失敗でもない。
 あと五日で、どこまで安全策を高められるか――。
 レオンの軍備発表に間に合うか――。
 焦燥感と希望が入り混じり、ソウヤたちは再び研究所へ帰還することとなった。


 夕刻、城の石壁が薄くあかねに染まるころ、ソウヤたちは疲れた身体を引きずりながら戻ってきた。
 城門では兵士が無表情に見張り、城下では不穏な空気がまだ漂っている。

 研究所にはレオンからの使者が待っていて、「明日レオン様が直接研究成果を視察する。準備せよ」と伝える。
 さらに二日後にはバルト商会の代表が来て、兵器供給契約を取り付ける可能性もあるらしい。

 フレイヤやシアンは「わたしたちも研究所に詰めて、封印術の最終調整を手伝います」と宣言し、城の空き部屋に泊まることに。
 ライラは、「これで巫女さんたちと密に相談できますね!」と明るい声を出すが、その目には疲労がにじむ。

 ダリウスは呆れ顔で「今日だけで何十時間起きてるんだ……。僕の頭もそろそろ限界かもしれん。少し寝たらまた作業しよう。ソウヤ、ライラ、フレイヤ、シアン、死なない程度に頑張れだな」と苦笑する。

 ソウヤは「死なない程度……か。でも、それが一番難しいかもしれない」と半ば冗談めかして返しながらも、内心はヒヤヒヤしていた。
 絶対に間違えられない状況に追い詰められているのだ。

 (あと五日。……次の大暴走が起きれば、もう誰も止められないかもしれない。それでも、何としてもやり遂げるしかない――)

 城の門をくぐり、夕闇に沈む研究所の窓がぼんやりと灯りを放つのを見つめながら、ソウヤは深い息をつく。
 ダリウス、ライラ、フレイヤ、シアン……皆が一丸となっている今こそ、最期の突破口を開くチャンスなのだと自分に言い聞かせたのだった。
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