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第7章:迫りくる影、試される絆(1)
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朝焼けの空が淡く赤みを帯びるころ、グリフィス城の尖塔を背景に風が冷たく吹き抜けた。
期限まで、あと七日。
研究所では、ダリウス、ソウヤ、ライラ、そして巫女シアンを中心に、兵器ネットワークの安全策と泉への負荷制限システム(巫女術+制御装置の融合)を同時に進めているが、未だ問題は山積み。
暴走を防ぐ実働テストも不安定で、成功が見えない状態だ。
朝の城下では、先日にも増して民衆の不満や緊張が高まっていた。
商人や職人、農民からの『魔道具への依存』と『整備不足』への苦情が絶えず、さらには教団司祭ラディスが「異端の暴走近し」と警告をあおるため、街の空気が疑心暗鬼になりつつある。
ファルクが巡回から戻るたびに「今日はどこそこでデモが起きた」「また魔道具の小爆発があった」などと悲鳴に近い報告を届ける。
城の兵士たちも対処に疲弊しているらしい。
そんな中、レオンは連日騎士団を集めて『兵器強化』の成果を確認しようと躍起になっていた。
巫女シアンが何度も「これ以上は危険」と訴えるが、レオンは耳を貸さない。
かつてフレイヤが行っていた説得と同じてつを踏んでいるかのようだ。
ソウヤは朝も早くから研究所へ出勤。
夜通し作業している者もいるが、彼自身も仮眠を少し取っただけだ。
実験室には、多数のゴーレム試作機や魔術回路が並び、工具や魔力測定器が散らかり放題。
あちこちで研究員や兵士が忙しく動き回り、まるで戦場さながらだ。
「おはようございます、ソウヤさん……」
ライラが青白い顔で声をかける。
目にクマができ、書類の束を抱えた姿は痛々しいほど疲れている。
「ライラさん、大丈夫? ちゃんと寝てる?」
「寝たいですけど、ダリウスさんに『あと少しだから』と引っ張られて……」と苦笑する。
ダリウスはその奥で、ゴーレムの頭部を抱えて魔術刻印をチェックしている。
「ソウヤ、ちょうどいいところに。昨夜『封印連動システム』の回路を少し改良したんだが、試してみてくれないか? 巫女の封印術から送られる抑制信号が、ゴーレムの緊急停止回路と同時に動作するようにした」
「分かった、じゃあ端末プログラムを確認するよ。――例の『スパイク騒ぎ』が減るかもしれないね」
『スパイク騒ぎ』とは、ネットワーク上で魔力が急上昇するときに各ユニットが一斉に混乱し、結果として暴走が連鎖する現象のことだ。
研究所ではそう呼んでいる。
もし封印術が作動して魔力を抑え込んだときに、ゴーレム側も同時に魔力を制限できれば『二重制御』が完成し、安全性が高まるはずだ。
ライラはメモ用紙を開き、「じゃあ私が検証メモを取りますね。動作フローが衝突しないかどうか、昨日のデータと比較します」と筆記体で記録を始める。
外はすでに朝陽が昇り、城下のざわつきが微かに聞こえるが、研究所内は実験に没頭するけんそうで満たされる。
少し経ってから、巫女シアンが研究室に現れる。
薄緑の長衣を揺らし、おごそかな雰囲気でソウヤたちに近づく。
「シアンさん、どうかしました?」
「フレイヤが戻ってきた、との連絡が入りました。巫女の里に寄ったあと、城下町へ向かうそうです。今夜にも城へ来る予定と……」
ライラがぱっと顔を輝かせる。
「フレイヤさんが! よかった……ずっと不在でしたから心配でした」
ダリウスも「なら実験が加速しそうだな。フレイヤがいれば、泉の波長や巫女術の細部を調整してくれるかもしれない」と期待する。
しかし、シアンは困惑の表情を浮かべ、「ただ……教団の司祭ラディスが、フレイヤを『異端の協力者』と呼んで目をつけているらしく、城に来るまでに何かトラブルが起きないか心配です」と呟く。
ソウヤは嫌な胸騒ぎを覚える。
先日ラディスが『強硬手段』をちらつかせていたのが脳裏をよぎる。
「フレイヤさん、無事に城までたどり着けるかな……。街の混乱も増してるし、教団の聖騎士が邪魔してこないといいんだけど」
ダリウスが腕を組み、「まあ、フレイヤは巫女の力もあるし、そう簡単にどうこうされることはないんじゃないか?」と言うが、確信はない。
シアンは深く息をつき、「フレイヤが来れば、泉制限システムの完成度が上がる可能性がある。何としても彼女と合流し、レオン様にも会って、軍備が行きすぎないように説得したい」と静かに決意を語る。
ライラが力強く頷き、「私たちもフレイヤさんが来たら、すぐに共同作業できるように準備しましょう!」と声を上げる。
(フレイヤが戻れば、一気に話が進む……。巫女と研究所が本格的に協力し合い、泉と街を救う策を固められるかもしれない)
ソウヤは胸の中に小さな光が灯るのを感じた。
期限はあと七日――ここでフレイヤが合流すれば、何とか希望が持てるかもしれない。
昼過ぎ、城の執務室から急な呼び出しが入り、ソウヤたちは再び集合する。
そこにはレオンと騎士団幹部、政治顧問が揃っており、テーブルには各種の書簡や兵器の図面が散乱していた。
「ちょうどいい、ソウヤ、ダリウス、聞け。五日後に『軍備の中間公開テスト』を行うと決めた。城の中庭を使ってゴーレムや魔道砲を試射し、街の民や近隣商人に公開する」
レオンが堂々と告げる。
ダリウスは眼を見張り、「五日後、ですか? まだ改良途中で安定してないんですが……」と難色を示す。
「構わん。大規模な失敗は出さないようにしてくれ。それを見せつければ、他領地やシグにも対抗できると民が安心するだろう。巫女の連中も『安全策があるなら暴走しない』と認めざるを得ない」
レオンの言葉には自信と焦りが混ざっているように感じられる。
ソウヤはハラハラしながら「まだ完璧じゃないですよ。封印術との連動実験もこれから本格化するのに、たった五日で公開なんて……」と抗議するが、レオンは断固として譲らない。
「評議会からの視察の話もあるし、民衆の不安を払拭せねばならん。これ以上遅らせる余裕はないのだ。貴公らがどれほど完成度を高められるか、見せてもらおうじゃないか」
政治顧問の一人が追い打ちをかける。
「それに、シグ側は既に『次なる実戦テスト』を近隣の要所で行うとの噂です。こちらも先手を打たないと、領民の士気が下がりかねません」
ダリウスは眉をひそめ、「まったく、相手が仕掛けるからこちらも焦る……いつか大惨事になるぞ」とぼやくが、レオンは冷徹な目で「だからこそ、お前たちの『安全装置』が必要なのだ」と突き放す。
(時間がどんどん詰まっていく。一歩間違えれば、公開テストで大暴走を起こして街が混乱するリスクもあるのに……)
ソウヤは歯を食いしばり、「分かりました。何とか間に合わせます……。ただ、巫女との共同実験も並行してやるので、余計な軍事演習は控えてほしいんですが」と恐る恐る提案する。
レオンは少し目を細めて「そこはダリウスにまかせる。必要最低限で構わん。ただし、民衆を納得させる規模でなくては意味がないぞ」とだけ言い残し、会議を終了させる。
ダリウス、ライラ、ソウヤの三人は執務室を出たあと、互いに顔を見合わせて肩を落とす。
「……もうデスマーチだな。五日なんて、バグ修正の時間すらほとんどない」
「でも、やるしかないですよね」とライラが呟く。
(フレイヤが夜に城へ来るという話もあるし、そこから巫女術との統合を一気に進めるしかない……)
夜が更け、城の中庭には火の灯がともり、兵士たちが見回りを強化している。
ファルクによると「フレイヤさんが城に到着する」とのことで、警備体制を敷いているらしい。
ソウヤたちも作業を一段切り上げ、フレイヤを出迎えようと城の大広間へ足を運ぶ。
すると、案の定――教団の聖騎士が先回りしていた。
ラディスは姿を見せず、代わりに複数の聖騎士が無言で大広間の隅に陣取っている。
物々しい空気が張り詰める。
ライラが神経質に視線を走らせると、ファルクが困り顔で首を振る。
「聖騎士たちも公然と妨害はできませんけど、『監視する』と言って譲らないんです。うちの騎士団とのにらみ合いですよ」
しばらくして、フレイヤが城の門をくぐり、大広間へ足を踏み入れる姿が見えた。
巫女装束の白と淡い緑が夜の灯りに照らされ、銀髪が一瞬きらめく。
彼女の表情には疲労がにじむが、その瞳には相変わらず強い意志が宿っている。
ファルクが「フレイヤさん!」と駆け寄り、無事を喜びながらも警戒の目を向ける聖騎士を気にしている。
フレイヤは軽く微笑んでファルクに礼を言い、視線をソウヤに移す。
「ソウヤさん……それから、ライラさん、ダリウスさん。お久しぶりです。ごめんなさい、急にここを離れなくてはならなくて」
ソウヤは胸を熱くし、「フレイヤさん、戻ってきたんだね! 巫女シアンさんから事情は聞いたよ。大変だったって……」と答える。
「ええ、実は巫女の里で別の問題が起きていたんです……でも、今はこちらが一刻を争う状況だと聞いて、急いで戻ってきました。わたしも微力ながら力になりたい」
彼女の眉間には深い苦労の跡が見える。
どんなトラブルがあったのか詳しくは分からないが、ともかく今は無事を確認できたのが救いだ。
しかし、そこへ聖騎士の一人がスッと近づき、フレイヤに低い声で言い放つ。
「フレイヤ殿……教団のラディス様が、あなたが異端技術に協力していることを問題視している。いずれ教団として立場を明確にしてほしい、と言伝がありましたが」
フレイヤは険しい表情で振り返る。
「わたしは巫女として、泉を守るために動いているだけです。教団に従うつもりはありません」
聖騎士は一瞬感情を揺らし、「……分かりました」とだけ答え、退く。
(やはりラディスはフレイヤを敵視している――けど、ひとまず直接の妨害はないようだ)
ファルクが間に入り、「フレイヤさんをレオン様の執務室へ案内します。レオン様も一度会いたいと仰ってましたから……」と呼びかける。
フレイヤは頷き、「分かりました。ソウヤさん、あとで詳しく共同実験の話を聞かせてください」と微笑む。
「もちろん。シアンさんと一緒に色々やってたから、フレイヤさんの助けがあれば一気に完成度が上がると思うよ」
ほんの束の間の安堵が二人の間に流れる。
夜の大広間は冷たい風が吹き込むものの、フレイヤの微かな笑みがその冷たさを和らげるように思えるのだった。
期限まで、あと七日。
研究所では、ダリウス、ソウヤ、ライラ、そして巫女シアンを中心に、兵器ネットワークの安全策と泉への負荷制限システム(巫女術+制御装置の融合)を同時に進めているが、未だ問題は山積み。
暴走を防ぐ実働テストも不安定で、成功が見えない状態だ。
朝の城下では、先日にも増して民衆の不満や緊張が高まっていた。
商人や職人、農民からの『魔道具への依存』と『整備不足』への苦情が絶えず、さらには教団司祭ラディスが「異端の暴走近し」と警告をあおるため、街の空気が疑心暗鬼になりつつある。
ファルクが巡回から戻るたびに「今日はどこそこでデモが起きた」「また魔道具の小爆発があった」などと悲鳴に近い報告を届ける。
城の兵士たちも対処に疲弊しているらしい。
そんな中、レオンは連日騎士団を集めて『兵器強化』の成果を確認しようと躍起になっていた。
巫女シアンが何度も「これ以上は危険」と訴えるが、レオンは耳を貸さない。
かつてフレイヤが行っていた説得と同じてつを踏んでいるかのようだ。
ソウヤは朝も早くから研究所へ出勤。
夜通し作業している者もいるが、彼自身も仮眠を少し取っただけだ。
実験室には、多数のゴーレム試作機や魔術回路が並び、工具や魔力測定器が散らかり放題。
あちこちで研究員や兵士が忙しく動き回り、まるで戦場さながらだ。
「おはようございます、ソウヤさん……」
ライラが青白い顔で声をかける。
目にクマができ、書類の束を抱えた姿は痛々しいほど疲れている。
「ライラさん、大丈夫? ちゃんと寝てる?」
「寝たいですけど、ダリウスさんに『あと少しだから』と引っ張られて……」と苦笑する。
ダリウスはその奥で、ゴーレムの頭部を抱えて魔術刻印をチェックしている。
「ソウヤ、ちょうどいいところに。昨夜『封印連動システム』の回路を少し改良したんだが、試してみてくれないか? 巫女の封印術から送られる抑制信号が、ゴーレムの緊急停止回路と同時に動作するようにした」
「分かった、じゃあ端末プログラムを確認するよ。――例の『スパイク騒ぎ』が減るかもしれないね」
『スパイク騒ぎ』とは、ネットワーク上で魔力が急上昇するときに各ユニットが一斉に混乱し、結果として暴走が連鎖する現象のことだ。
研究所ではそう呼んでいる。
もし封印術が作動して魔力を抑え込んだときに、ゴーレム側も同時に魔力を制限できれば『二重制御』が完成し、安全性が高まるはずだ。
ライラはメモ用紙を開き、「じゃあ私が検証メモを取りますね。動作フローが衝突しないかどうか、昨日のデータと比較します」と筆記体で記録を始める。
外はすでに朝陽が昇り、城下のざわつきが微かに聞こえるが、研究所内は実験に没頭するけんそうで満たされる。
少し経ってから、巫女シアンが研究室に現れる。
薄緑の長衣を揺らし、おごそかな雰囲気でソウヤたちに近づく。
「シアンさん、どうかしました?」
「フレイヤが戻ってきた、との連絡が入りました。巫女の里に寄ったあと、城下町へ向かうそうです。今夜にも城へ来る予定と……」
ライラがぱっと顔を輝かせる。
「フレイヤさんが! よかった……ずっと不在でしたから心配でした」
ダリウスも「なら実験が加速しそうだな。フレイヤがいれば、泉の波長や巫女術の細部を調整してくれるかもしれない」と期待する。
しかし、シアンは困惑の表情を浮かべ、「ただ……教団の司祭ラディスが、フレイヤを『異端の協力者』と呼んで目をつけているらしく、城に来るまでに何かトラブルが起きないか心配です」と呟く。
ソウヤは嫌な胸騒ぎを覚える。
先日ラディスが『強硬手段』をちらつかせていたのが脳裏をよぎる。
「フレイヤさん、無事に城までたどり着けるかな……。街の混乱も増してるし、教団の聖騎士が邪魔してこないといいんだけど」
ダリウスが腕を組み、「まあ、フレイヤは巫女の力もあるし、そう簡単にどうこうされることはないんじゃないか?」と言うが、確信はない。
シアンは深く息をつき、「フレイヤが来れば、泉制限システムの完成度が上がる可能性がある。何としても彼女と合流し、レオン様にも会って、軍備が行きすぎないように説得したい」と静かに決意を語る。
ライラが力強く頷き、「私たちもフレイヤさんが来たら、すぐに共同作業できるように準備しましょう!」と声を上げる。
(フレイヤが戻れば、一気に話が進む……。巫女と研究所が本格的に協力し合い、泉と街を救う策を固められるかもしれない)
ソウヤは胸の中に小さな光が灯るのを感じた。
期限はあと七日――ここでフレイヤが合流すれば、何とか希望が持てるかもしれない。
昼過ぎ、城の執務室から急な呼び出しが入り、ソウヤたちは再び集合する。
そこにはレオンと騎士団幹部、政治顧問が揃っており、テーブルには各種の書簡や兵器の図面が散乱していた。
「ちょうどいい、ソウヤ、ダリウス、聞け。五日後に『軍備の中間公開テスト』を行うと決めた。城の中庭を使ってゴーレムや魔道砲を試射し、街の民や近隣商人に公開する」
レオンが堂々と告げる。
ダリウスは眼を見張り、「五日後、ですか? まだ改良途中で安定してないんですが……」と難色を示す。
「構わん。大規模な失敗は出さないようにしてくれ。それを見せつければ、他領地やシグにも対抗できると民が安心するだろう。巫女の連中も『安全策があるなら暴走しない』と認めざるを得ない」
レオンの言葉には自信と焦りが混ざっているように感じられる。
ソウヤはハラハラしながら「まだ完璧じゃないですよ。封印術との連動実験もこれから本格化するのに、たった五日で公開なんて……」と抗議するが、レオンは断固として譲らない。
「評議会からの視察の話もあるし、民衆の不安を払拭せねばならん。これ以上遅らせる余裕はないのだ。貴公らがどれほど完成度を高められるか、見せてもらおうじゃないか」
政治顧問の一人が追い打ちをかける。
「それに、シグ側は既に『次なる実戦テスト』を近隣の要所で行うとの噂です。こちらも先手を打たないと、領民の士気が下がりかねません」
ダリウスは眉をひそめ、「まったく、相手が仕掛けるからこちらも焦る……いつか大惨事になるぞ」とぼやくが、レオンは冷徹な目で「だからこそ、お前たちの『安全装置』が必要なのだ」と突き放す。
(時間がどんどん詰まっていく。一歩間違えれば、公開テストで大暴走を起こして街が混乱するリスクもあるのに……)
ソウヤは歯を食いしばり、「分かりました。何とか間に合わせます……。ただ、巫女との共同実験も並行してやるので、余計な軍事演習は控えてほしいんですが」と恐る恐る提案する。
レオンは少し目を細めて「そこはダリウスにまかせる。必要最低限で構わん。ただし、民衆を納得させる規模でなくては意味がないぞ」とだけ言い残し、会議を終了させる。
ダリウス、ライラ、ソウヤの三人は執務室を出たあと、互いに顔を見合わせて肩を落とす。
「……もうデスマーチだな。五日なんて、バグ修正の時間すらほとんどない」
「でも、やるしかないですよね」とライラが呟く。
(フレイヤが夜に城へ来るという話もあるし、そこから巫女術との統合を一気に進めるしかない……)
夜が更け、城の中庭には火の灯がともり、兵士たちが見回りを強化している。
ファルクによると「フレイヤさんが城に到着する」とのことで、警備体制を敷いているらしい。
ソウヤたちも作業を一段切り上げ、フレイヤを出迎えようと城の大広間へ足を運ぶ。
すると、案の定――教団の聖騎士が先回りしていた。
ラディスは姿を見せず、代わりに複数の聖騎士が無言で大広間の隅に陣取っている。
物々しい空気が張り詰める。
ライラが神経質に視線を走らせると、ファルクが困り顔で首を振る。
「聖騎士たちも公然と妨害はできませんけど、『監視する』と言って譲らないんです。うちの騎士団とのにらみ合いですよ」
しばらくして、フレイヤが城の門をくぐり、大広間へ足を踏み入れる姿が見えた。
巫女装束の白と淡い緑が夜の灯りに照らされ、銀髪が一瞬きらめく。
彼女の表情には疲労がにじむが、その瞳には相変わらず強い意志が宿っている。
ファルクが「フレイヤさん!」と駆け寄り、無事を喜びながらも警戒の目を向ける聖騎士を気にしている。
フレイヤは軽く微笑んでファルクに礼を言い、視線をソウヤに移す。
「ソウヤさん……それから、ライラさん、ダリウスさん。お久しぶりです。ごめんなさい、急にここを離れなくてはならなくて」
ソウヤは胸を熱くし、「フレイヤさん、戻ってきたんだね! 巫女シアンさんから事情は聞いたよ。大変だったって……」と答える。
「ええ、実は巫女の里で別の問題が起きていたんです……でも、今はこちらが一刻を争う状況だと聞いて、急いで戻ってきました。わたしも微力ながら力になりたい」
彼女の眉間には深い苦労の跡が見える。
どんなトラブルがあったのか詳しくは分からないが、ともかく今は無事を確認できたのが救いだ。
しかし、そこへ聖騎士の一人がスッと近づき、フレイヤに低い声で言い放つ。
「フレイヤ殿……教団のラディス様が、あなたが異端技術に協力していることを問題視している。いずれ教団として立場を明確にしてほしい、と言伝がありましたが」
フレイヤは険しい表情で振り返る。
「わたしは巫女として、泉を守るために動いているだけです。教団に従うつもりはありません」
聖騎士は一瞬感情を揺らし、「……分かりました」とだけ答え、退く。
(やはりラディスはフレイヤを敵視している――けど、ひとまず直接の妨害はないようだ)
ファルクが間に入り、「フレイヤさんをレオン様の執務室へ案内します。レオン様も一度会いたいと仰ってましたから……」と呼びかける。
フレイヤは頷き、「分かりました。ソウヤさん、あとで詳しく共同実験の話を聞かせてください」と微笑む。
「もちろん。シアンさんと一緒に色々やってたから、フレイヤさんの助けがあれば一気に完成度が上がると思うよ」
ほんの束の間の安堵が二人の間に流れる。
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