万能能力者(デュアルホルダー)

暁ノ鳥

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第7話 旧市街の不協和音

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 くそっ、あの馬鹿!
  俺は学校を飛び出すと、天野光が向かったであろう旧市街地区へと全力で走っていた。
 
 なんでいつもこうなるんだ。
 
 平穏に過ごしたいだけなのに、なぜかトラブルの方から俺に寄ってくる。
 いや、今回は光が自ら飛び込んだのか。
 どちらにせよ、結果は同じだ。
 面倒事に巻き込まれる。

 息を切らしながら、見慣れた大通りから一本脇道に入る。
 そこから先は、空気が変わる。
 近代的なビル群は姿を消し、古びた雑居ビルや商店が肩を寄せ合うように密集している。
 道幅は狭くなり、壁には意味不明なスプレーの落書きが目立つ。
 
 夕方の少し涼しい風が、建物の隙間を吹き抜けていくが、どこか淀んだような、重い空気が漂っていた。
 ここが、新京市の旧市街。
 能力者が掃き溜まる、危険な場所だと噂されるエリアだ。

 やはり、まともな場所じゃない。
 肌で感じるこの不穏な気配が、それを証明している。

 数分ほど進んだところで、前方に目的の人物を見つけた。
 天野光だ。
 制服姿の彼女は、この古びた街並みの中ではひどく浮いて見える。
 キョロキョロと不安そうに周囲を見回しながらも、その足取りには妙な決意のようなものが感じられた。

「おい! 天野!」

 俺は声をかけながら駆け寄り、彼女の腕を強く掴んだ。

「きゃっ!?  き、霧矢くん!?」

 突然現れた俺に、光は驚きと、少しだけ安堵が混じったような表情を見せる。
 だが、すぐに強い意志を込めた目で俺を睨み返してきた。

「何するのよ!  放して!」
「放すわけないだろ!  何やってるんだ、こんな場所で! さっさと帰るぞ!」
「嫌!  私は自分で確かめに来たの!  霧矢くんが何も話してくれないから!」
「話せないこともあるんだよ!  ここがどれだけ危ないか分かってるのか!?」
「分かってるわよ!  でも、だからって逃げてばかりじゃ何も変わらないじゃない!」
「変わらなくていいんだよ!  俺は平穏が一番なんだ!」
「私は嫌!  霧矢くんが一人で何か抱えてるのを見るのは!」

 腕を振りほどこうとする光と、それを許さない俺。
 人通りの少ない路地の手前で、俺たちはしばし睨み合った。
 彼女の瞳は潤んでいるようにも見えたが、その奥には絶対に引かないという頑なさが宿っている。

 どうして分かってくれないんだ。
 俺がどれだけ面倒事を避けたいか。
 どれだけ、普通でいたいか。
 そして、どれだけ……。

 その時だった。

 ガシャァァン!!

 すぐ近くの路地裏から、ガラスが派手に砕け散る音と、何かが壁に叩きつけられるような鈍い衝撃音が響いた。
 続いて、男たちの怒声と、何か非物理的なエネルギーがぶつかり合うような、耳障りなノイズが聞こえてくる。

「……!?」
「ひっ……!?」

 俺と光は、同時に息を呑んで音のした方を見た。

 ◇

 ガラスの割れる音と衝撃音。
 そして、怒声と、明らかに普通ではないエネルギーの衝突音。

 まずい!
 俺は咄嗟に光の腕を引き、近くにあったゴミ集積所の陰へと押し込んだ。

「隠れてろ!  絶対にここから出るな!」

 有無を言わせぬ口調で告げると、俺は音のした路地裏へと意識を集中させる。
 光は小さく悲鳴を上げ、恐怖に目を見開いていたが、今は彼女を構っている余裕はない。

 次の瞬間、路地裏から二人の男が転がり出てきた。
 どちらもチンピラ風の若い男で、服装は乱れ、顔には興奮と凶暴な光が浮かんでいる。

「待てや、コラァ!」
「逃がさねぇぞ!」

 彼らは互いに罵り合いながら、能力を使っているようだった。
 一人の男の手からはバチバチと小さな火花が散り、もう一人は軽い念動力で地面のゴミを巻き上げている。
 どちらも、数日前に遭遇した連中と同レベルか、それ以下の粗雑な力だ。

 だが、問題はそこではなかった。
 争いながら飛び出してきた彼らは、俺と、そして物陰に隠れている光の存在に気づいたのだ。

「あ?  なんだテメェら?」

 火花を散らしていた男が、忌々しげにこちらを睨む。

「見てたのか? ……チッ、面倒な」

 念動力使いの男が舌打ちする。
 まずい。明らかに、敵意がこちらに向いた。

「見られたからにゃあ、タダじゃおかねぇぞ!」

 火花の男が、威嚇するように火の粉をこちらに飛ばしてくる。
 熱量は大したことないが、服に当たれば燃えるだろう。

「きゃっ!」

 背後で光の短い悲鳴が聞こえる。

 やるしかないか……!

 俺は舌打ちし、覚悟を決めた。
 光を守る。
 そして、可能な限り速やかに、かつ能力を悟られずにこいつらを無力化する。

 火花が飛んでくる直前、俺は地面を蹴って横に跳び、回避する。
 同時に、落ちていた空き缶を蹴り上げ、火花の男の顔面目掛けて飛ばす。
 もちろん、ただ蹴っただけではない。
 ごく僅かな念動力を乗せて、軌道と威力を精密にコントロールしている。

「ぐっ!?」

 空き缶は狙い通り男の顔に当たり、火花が散るのが止まる。

「てめぇ!」

 念動力使いが、怒りに顔を歪ませ、地面の瓦礫をいくつか浮かせてこちらに投げつけようとする。
 だが、その動きは素人そのものだ。

 俺は瓦礫の軌道を見切りながら、一気に距離を詰める。
 強化した身体能力で、常人には見えないほどの速度で懐に入り込み、男の顎に鋭い掌底を叩き込んだ。

「がはっ……!」

 男は白目を剥き、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
 残るは一人。
 最初に空き缶を食らった火花の男が、よろめきながらも体勢を立て直し、再び火花を散らそうとしていた。

「この、ガキが……!」

 だが、もう遅い。
 俺は倒れた男の足元にあった鉄パイプを、これまた微細な念動力で彼の足元へと滑らせる。

「うわっ!?」

 男はそれに気づかず足を取られ、派手に転倒した。
 頭でも打ったのか、そのまま動かなくなる。

「…………ふぅ」

 戦闘時間は、おそらく十数秒。
 あっけないほど早く終わった。
 俺は短く息を吐き、すぐに周囲を警戒する。

 誰かに見られていないか?

 幸い、周囲には人通りもなく、他の気配も感じられない。
 ……今のところは。

「……き、霧矢くん……?」

 物陰から、光が震える声で俺を呼んだ。
 彼女はまだ恐怖で顔が青ざめているが、同時に、信じられないものを見るような目で俺を見つめていた。

 また、見せてしまった。
 俺の、普通ではない部分を。

 後味の悪い感覚と、言いようのない疲労感が、再び俺の全身を包み込んでいた。

 ◇

 周囲に他の気配がないことを、念入りに確認する。
 倒れているチンピラ二人は気絶しているのか、ぴくりとも動かない。

「行くぞ!」

 俺はまだ物陰で震えている光の腕を強く掴むと、半ば引きずるようにしてその場を離れた。
 一刻も早く、この不浄な場所から抜け出したかった。

「ま、待って、霧矢くん……!」

 旧市街の薄暗く汚れた道を早足で進みながら、光が途切れ途切れに声を上げる。

「さっきのは、一体……?  あなた、本当に……?」

 その問いに、俺は足を止めずに答える。
 いや、答えになっていない言葉を投げつける。

「何も聞くな。そして、全部忘れろ」
「で、でも……!」
「いいか、天野さん」

 俺は一度だけ足を止め、振り返って彼女の目を見た。
 恐怖と混乱、そして強い疑問の色が浮かんでいる。
 その瞳に、俺は冷たい言葉を突き刺した。

「これは、あんたが関わっていい世界じゃない。俺のことも、今日のことも、全部忘れろ。そして、二度とあんな場所に近づくんじゃない。分かったな!」

 それは、彼女の安全を願うが故の、必死の言葉だった。
 だが、きっと今の光には、ただの冷酷な拒絶にしか聞こえなかっただろう。

 光は息を呑み、何か言い返そうとして……結局、言葉を飲み込んだ。
 その肩が、小さく震えている。

 俺は再び彼女に背を向け、歩き出した。
 旧市街の出口が見えてくる。
 人通りのある、見慣れた大通りだ。

 そこで、俺は掴んでいた光の腕を、乱暴に振り払うように放した。

「……もう大丈夫だろ。一人で帰れるな」

 光は、弾かれたように俺を見た。
 その瞳は傷ついたように揺れ、みるみるうちに涙で潤んでいく。

「……どう、して……」

 絞り出すような声。

「……俺に関わるな。それだけだ」

 それだけ言うと、俺は彼女に背を向け、自分のアパートへと続く道を歩き出した。
 もう、振り返らない。

 背後で、光がしばらく立ち尽くしている気配があった。
 やがて、彼女が走り去っていく小さな足音が聞こえたが、俺は足を止めなかった。

 これでいい。
 これで、彼女はもう俺に関わろうとはしないだろう。
 危険な世界から、遠ざけることができる。

 そう、自分に言い聞かせる。
 だが、胸には鉛のような重さと、鋭い痛みが残っていた。

 一人になった帰り道は、やけに静かだった。
 夕闇が迫り、街灯がぽつりぽつりと灯り始める。

 力を使ってしまった。
 また、秘密を知る(かもしれない)人間を作ってしまった。
 そして、唯一心配してくれていたかもしれない相手を、自ら突き放した。

 平穏を求めていたはずなのに、俺が今手にしているのは、深い疲労感と、どうしようもない孤独感だけだった。
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