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第8話 公的機関の影
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旧市街での一件から、数日が過ぎた。
俺、霧矢要は、文字通り息を殺すように日々を送っていた。
学校では雪城澪の気配に神経を尖らせ、天野光とは気まずい沈黙が続いている。
あれ以来、彼女が俺に話しかけてくることはなかった。
それでいい、と自分に言い聞かせながらも、胸の奥には何かが引っかかったままだ。
精神的な疲労は、日増しに濃くなっている気がする。
いつ、どこで、誰に見られているか分からない。
雪城澪だけじゃない。
もっと大きな、見えない網が俺の周りに張られているような感覚。
そんなある日の放課後。
俺がいつものように人目を避けるようにアパートへの道を急いでいると、アパートの入り口の手前で、見慣れない男に声をかけられた。
「すみません、少しよろしいでしょうか」
年は三十代半ばくらいだろうか。
地味なグレーのスーツを着て、いかにも役所勤めといった風貌の男だった。
手にはバインダーのようなものを持っている。
だが、その穏やかな物腰とは裏腹に、眼鏡の奥の瞳は鋭く俺を観察していた。
誰だ?
この雰囲気……。
俺は内心で警戒レベルを引き上げる。
「……何ですか?」
「私、この辺りの地域安全について調査をしている者でして」
男は当たり障りのない笑顔で、身分を示すものは提示せずに言った。
地域安全の調査?
胡散臭いにもほどがある。
「先日、この近くの旧市街で、若者グループによる騒ぎがあったと聞きまして。何かご存じないかと」
やはり、あの件か。
こいつはおそらく、異能管――内閣府の特殊災害対策庁異能管理課の人間だろう。
能力者が関わる事件を嗅ぎまわる、国の機関。
「さあ……僕は何も見ていませんし、知りませんね」
俺は徹底して無関係を装う。
ただの気弱な高校生として。
「そうですか。あの辺りは最近、物騒な輩が出入りしているという話もありましてね。特に、『特殊な力』のようなものを使う者がいるとかいないとか……」
男は言葉を選びながら、探るように俺の反応を窺う。
「特殊な力、ですか? まるで漫画みたいな話ですね。僕はそういうのはちょっと……」
とぼけてみせる。
内心では冷や汗が止まらない。
こいつらはどこまで掴んでいるんだ?
俺が現場にいたことか?
それとも、俺が力を使ったことまで……?
いや、証拠はないはずだ。
「はは、そうですよね。失礼しました」
男は軽く笑って見せたが、その目は笑っていない。
「ただですね、霧矢さん」
不意に、男は俺の名前を呼んだ。
なぜ俺の名前を知っている?
やはり、最初から俺をターゲットに接触してきたのか。
「もし、ご自身や、あるいは周りの方で、ご自身の意図しない力……制御できないような力に悩んでいる方がいらっしゃいましたら、我々のような専門機関にご相談いただくのが一番かと存じます」
それは、遠回しな脅しであり、誘いでもあるのだろう。
俺が未登録の能力者であると疑っているのだ。
「……あいにくですが、僕の周りにはそんな人はいませんし、僕自身もただの学生なので」
「そうですか。それは失礼いたしました」
男はそれ以上追及することなく、あっさりと引き下がった。
だが、去り際に、彼は一枚の名刺サイズのカードを差し出してきた。
そこには組織名らしきものはなく、相談窓口と書かれた電話番号だけが記されていた。
「……念のため。何かお気づきのことがあれば、こちらまで」
俺はそのカードを受け取らなかった。
男は特に気にした様子もなくカードを仕舞うと、「お忙しいところ、ありがとうございました」と一礼し、立ち去っていった。
その背中が見えなくなるまで、俺はその場を動けなかった。
雪城澪だけじゃない。
異能管……国の機関も、確実に俺に目をつけている。
じわじわと、しかし確実に、包囲網は狭まっている。
言いようのない焦燥感と圧迫感が、再び俺の心を重く支配し始めていた。
◇
異能管の男と接触した翌日、学校の空気は昨日までと何も変わらないように見えた。
生徒たちの他愛ないお喋り、教師の淡々とした授業。
だが、俺の中の世界は確実に変質していた。
全ての物音が、全ての視線が、俺を探る監視装置のように感じられる。
特に意識してしまうのは、やはり雪城澪の存在だ。
彼女は今日も、完璧な「普通の転校生」を演じている。
時折クラスメイトと静かに言葉を交わし、授業中は真面目にノートを取る。
その態度に変化はない。
昨日、俺が異能管と接触したことなど、まるで知らないかのように。
だが、本当に知らないのか?
あるいは、知っていて、なおこの平静を装っているとしたら……そちらの方がよほど恐ろしい。
俺は授業中も、澪の背中から目が離せなかった。
何かボロを出さないか、あるいは、こちらを探るような気配を見せないかと。
しかし、彼女は全く隙を見せなかった。
休み時間、ふと視線を感じて顔を上げると、教室の隅で天野光がこちらを見ていた。
目が合うと、彼女は気まずそうにすぐに視線を逸らしてしまう。
あの日以来、俺たちの間には見えない壁ができていた。
彼女の心配そうな表情が、今はただ重いだけだ。
すまない、と思う気持ちはある。
だが、どうすることもできない。
そんな張り詰めた空気の中、一日の授業が終わり、放課後を迎えた。
俺は鞄を掴むと、誰よりも早く教室を出る。今日もまた、誰とも関わらずに帰るつもりだった。
昇降口で靴を履き替え、校門へ向かう。
あと少しで外に出られる、と思った時だった。
「霧矢くん」
背後から、あの静かな声がかかった。
雪城澪だ。
俺は足を止めずに歩き続けようとしたが、彼女はすぐに隣に追いついてきた。
「……何か用か」
昨日と同じ轍は踏むまいと、俺はぶっきらぼうに返す。
「よかったら、一緒に帰らない?」
「断る」
即答だった。
こいつと二人きりで歩くなんて、冗談じゃない。
「あら、つれないのね」
澪は肩をすくめる。
その仕草さえ、どこか計算されたもののように見える。
「今日の授業、少し難しかったわね。特に数学」
「……そうか」
「霧矢くんは、どうだった?」
当たり障りのない会話。
だが、俺は油断しない。
こいつの言葉には、常に裏がある。
「別に……普通だ」
「そう」
澪はそれ以上授業の話はせず、ふと、俺の顔を覗き込むようにして言った。
「でも、なんだか昨日よりも顔色が悪いみたいだけど、本当に大丈夫? 何か厄介事にでも巻き込まれてるんじゃない?」
心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
やはり、カマをかけてきている。
昨日の異能管の接触を知っているのか?
それとも、ただの偶然か?
「……別に、と言っているだろ。ただの寝不足だ」
俺は努めて冷静に、視線を逸らさずに答える。
ここで動揺を見せれば、相手の思う壺だ。
「そう……。ならいいけれど」
澪はあっさりと引き下がり、ふっと表情を和らげたように見えた。
だが、それは一瞬で、すぐにいつもの無表情に戻る。
「あまり無理しないでね。この辺りは、色々と『物』が多いみたいだから」
『物』?
それは何を指している?
能力者か?
組織か?
それとも……。
彼女はそれ以上何も言わず、「じゃあ、私はこっちだから」と、別の方向へと曲がっていった。
一人残された俺は、その場に立ち尽くしていた。
雪城澪。
彼女は確実に、俺が異能管に接触されたことを知っているか、少なくともそれに類する状況にあることを察知している。
そして、それを楽しんでいるかのように、俺の心を的確に揺さぶってくる。
異能管だけじゃない。
この女も、俺の敵だ。
四方八方から迫ってくる、見えない圧力。
俺はまるで、蜘蛛の巣に絡め取られた虫のような気分だった。
このままでは、じり貧だ。
何か……何か手を打たなければ。
焦りと苛立ちが、じりじりと胸を焼いていた。
◇
自室の安アパートに一人。
異能管の男、そして雪城澪の計算されたような言葉を反芻する。
間違いなく、俺は複数の勢力から狙われているか、少なくとも監視されている。
このままでは駄目だ。
相手が誰で、何を目的としているのか、少しでも情報を掴まなければ、ただ追い詰められていくだけだ。
俺は再びノートパソコンを開き、ネットの海へと意識を向けた。
前回は一般的なニュースサイトや検索エンジンを使ったが、今回は違う。
もっと深く、もっと暗い場所へ。
匿名性の高い掲示板、アンダーグラウンドな情報サイト、あるいは、能力者が情報交換に使っていると噂される(真偽不明だが)闇フォーラムのようなものがないか、手当たり次第に探っていく。
検索ワードも変えた。「能力者 隠語」「異能 組織」「新京市 未解決事件」。
……考えつく限りの言葉を打ち込み、情報の断片を拾い集めようと試みる。
だが、結果は芳しくなかった。
表示されるのは、信憑性の欠片もない都市伝説、荒唐無稽な陰謀論、あるいは、意図的に削除されたかのような不自然な空白ばかり。
まるで、巨大な壁に見えない情報を阻まれているようだ。
この世界では、都合の悪い真実は巧みに隠蔽されるらしい。
「くそっ、これも駄目か……!」
焦りが募る。
マウスを握る手に力がこもる。
何か、何か手がかりはないのか。
諦めかけたその時、ふと、ローカルニュースを集めたサイトの片隅にある、小さな見出しが目に留まった。
『市内XX区で、原因不明の連続失踪事件が発生か』
内容は短いものだった。
ここ一ヶ月ほどの間に、特定のエリアで数名の住民が忽然と姿を消している。
警察は事件と事故の両面で捜査中だが、目撃情報や遺留品は乏しく、捜査は難航している、と。
それだけの内容だ。
最初は、よくある未解決事件の一つかと思った。
だが、記事の最後につけられた短いコメント欄に、妙な書き込みがあった。
『また「アレ」の仕業か?』
『普通の失踪じゃない。空気が歪んでた』
『消された人間は「素材」にされたって噂』
荒唐無稽な書き込み。
だが、その「普通の失踪じゃない」「空気が歪んでた」という言葉が、妙に引っかかった。
さらに別の匿名掲示板を漁ってみると、同様の時期に起きたとされる「奇妙な建造物破壊事故」の噂も見つけた。
通常の爆発や倒壊とは異なる、まるで巨大な力で抉り取られたかのような破壊痕が残されていたが、詳細は不明のまま処理された、という。
失踪事件と破壊事故。
これらが関連しているかは分からない。
だが、そのどちらも、俺がこれまでに関わったチンピラ能力者の事件や、異能管、あるいは雪城澪の雰囲気とは、どこか異質なものを感じさせた。
もっと冷たく、もっと悪質で、そして……理解不能な何か。
得体の知れない、新たな脅威の可能性。
それは、俺の心をさらに深い混乱と、絶望に近い恐怖へと突き落とした。
もはや、どこにも安全な場所などないのかもしれない。
俺、霧矢要は、文字通り息を殺すように日々を送っていた。
学校では雪城澪の気配に神経を尖らせ、天野光とは気まずい沈黙が続いている。
あれ以来、彼女が俺に話しかけてくることはなかった。
それでいい、と自分に言い聞かせながらも、胸の奥には何かが引っかかったままだ。
精神的な疲労は、日増しに濃くなっている気がする。
いつ、どこで、誰に見られているか分からない。
雪城澪だけじゃない。
もっと大きな、見えない網が俺の周りに張られているような感覚。
そんなある日の放課後。
俺がいつものように人目を避けるようにアパートへの道を急いでいると、アパートの入り口の手前で、見慣れない男に声をかけられた。
「すみません、少しよろしいでしょうか」
年は三十代半ばくらいだろうか。
地味なグレーのスーツを着て、いかにも役所勤めといった風貌の男だった。
手にはバインダーのようなものを持っている。
だが、その穏やかな物腰とは裏腹に、眼鏡の奥の瞳は鋭く俺を観察していた。
誰だ?
この雰囲気……。
俺は内心で警戒レベルを引き上げる。
「……何ですか?」
「私、この辺りの地域安全について調査をしている者でして」
男は当たり障りのない笑顔で、身分を示すものは提示せずに言った。
地域安全の調査?
胡散臭いにもほどがある。
「先日、この近くの旧市街で、若者グループによる騒ぎがあったと聞きまして。何かご存じないかと」
やはり、あの件か。
こいつはおそらく、異能管――内閣府の特殊災害対策庁異能管理課の人間だろう。
能力者が関わる事件を嗅ぎまわる、国の機関。
「さあ……僕は何も見ていませんし、知りませんね」
俺は徹底して無関係を装う。
ただの気弱な高校生として。
「そうですか。あの辺りは最近、物騒な輩が出入りしているという話もありましてね。特に、『特殊な力』のようなものを使う者がいるとかいないとか……」
男は言葉を選びながら、探るように俺の反応を窺う。
「特殊な力、ですか? まるで漫画みたいな話ですね。僕はそういうのはちょっと……」
とぼけてみせる。
内心では冷や汗が止まらない。
こいつらはどこまで掴んでいるんだ?
俺が現場にいたことか?
それとも、俺が力を使ったことまで……?
いや、証拠はないはずだ。
「はは、そうですよね。失礼しました」
男は軽く笑って見せたが、その目は笑っていない。
「ただですね、霧矢さん」
不意に、男は俺の名前を呼んだ。
なぜ俺の名前を知っている?
やはり、最初から俺をターゲットに接触してきたのか。
「もし、ご自身や、あるいは周りの方で、ご自身の意図しない力……制御できないような力に悩んでいる方がいらっしゃいましたら、我々のような専門機関にご相談いただくのが一番かと存じます」
それは、遠回しな脅しであり、誘いでもあるのだろう。
俺が未登録の能力者であると疑っているのだ。
「……あいにくですが、僕の周りにはそんな人はいませんし、僕自身もただの学生なので」
「そうですか。それは失礼いたしました」
男はそれ以上追及することなく、あっさりと引き下がった。
だが、去り際に、彼は一枚の名刺サイズのカードを差し出してきた。
そこには組織名らしきものはなく、相談窓口と書かれた電話番号だけが記されていた。
「……念のため。何かお気づきのことがあれば、こちらまで」
俺はそのカードを受け取らなかった。
男は特に気にした様子もなくカードを仕舞うと、「お忙しいところ、ありがとうございました」と一礼し、立ち去っていった。
その背中が見えなくなるまで、俺はその場を動けなかった。
雪城澪だけじゃない。
異能管……国の機関も、確実に俺に目をつけている。
じわじわと、しかし確実に、包囲網は狭まっている。
言いようのない焦燥感と圧迫感が、再び俺の心を重く支配し始めていた。
◇
異能管の男と接触した翌日、学校の空気は昨日までと何も変わらないように見えた。
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だが、俺の中の世界は確実に変質していた。
全ての物音が、全ての視線が、俺を探る監視装置のように感じられる。
特に意識してしまうのは、やはり雪城澪の存在だ。
彼女は今日も、完璧な「普通の転校生」を演じている。
時折クラスメイトと静かに言葉を交わし、授業中は真面目にノートを取る。
その態度に変化はない。
昨日、俺が異能管と接触したことなど、まるで知らないかのように。
だが、本当に知らないのか?
あるいは、知っていて、なおこの平静を装っているとしたら……そちらの方がよほど恐ろしい。
俺は授業中も、澪の背中から目が離せなかった。
何かボロを出さないか、あるいは、こちらを探るような気配を見せないかと。
しかし、彼女は全く隙を見せなかった。
休み時間、ふと視線を感じて顔を上げると、教室の隅で天野光がこちらを見ていた。
目が合うと、彼女は気まずそうにすぐに視線を逸らしてしまう。
あの日以来、俺たちの間には見えない壁ができていた。
彼女の心配そうな表情が、今はただ重いだけだ。
すまない、と思う気持ちはある。
だが、どうすることもできない。
そんな張り詰めた空気の中、一日の授業が終わり、放課後を迎えた。
俺は鞄を掴むと、誰よりも早く教室を出る。今日もまた、誰とも関わらずに帰るつもりだった。
昇降口で靴を履き替え、校門へ向かう。
あと少しで外に出られる、と思った時だった。
「霧矢くん」
背後から、あの静かな声がかかった。
雪城澪だ。
俺は足を止めずに歩き続けようとしたが、彼女はすぐに隣に追いついてきた。
「……何か用か」
昨日と同じ轍は踏むまいと、俺はぶっきらぼうに返す。
「よかったら、一緒に帰らない?」
「断る」
即答だった。
こいつと二人きりで歩くなんて、冗談じゃない。
「あら、つれないのね」
澪は肩をすくめる。
その仕草さえ、どこか計算されたもののように見える。
「今日の授業、少し難しかったわね。特に数学」
「……そうか」
「霧矢くんは、どうだった?」
当たり障りのない会話。
だが、俺は油断しない。
こいつの言葉には、常に裏がある。
「別に……普通だ」
「そう」
澪はそれ以上授業の話はせず、ふと、俺の顔を覗き込むようにして言った。
「でも、なんだか昨日よりも顔色が悪いみたいだけど、本当に大丈夫? 何か厄介事にでも巻き込まれてるんじゃない?」
心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
やはり、カマをかけてきている。
昨日の異能管の接触を知っているのか?
それとも、ただの偶然か?
「……別に、と言っているだろ。ただの寝不足だ」
俺は努めて冷静に、視線を逸らさずに答える。
ここで動揺を見せれば、相手の思う壺だ。
「そう……。ならいいけれど」
澪はあっさりと引き下がり、ふっと表情を和らげたように見えた。
だが、それは一瞬で、すぐにいつもの無表情に戻る。
「あまり無理しないでね。この辺りは、色々と『物』が多いみたいだから」
『物』?
それは何を指している?
能力者か?
組織か?
それとも……。
彼女はそれ以上何も言わず、「じゃあ、私はこっちだから」と、別の方向へと曲がっていった。
一人残された俺は、その場に立ち尽くしていた。
雪城澪。
彼女は確実に、俺が異能管に接触されたことを知っているか、少なくともそれに類する状況にあることを察知している。
そして、それを楽しんでいるかのように、俺の心を的確に揺さぶってくる。
異能管だけじゃない。
この女も、俺の敵だ。
四方八方から迫ってくる、見えない圧力。
俺はまるで、蜘蛛の巣に絡め取られた虫のような気分だった。
このままでは、じり貧だ。
何か……何か手を打たなければ。
焦りと苛立ちが、じりじりと胸を焼いていた。
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自室の安アパートに一人。
異能管の男、そして雪城澪の計算されたような言葉を反芻する。
間違いなく、俺は複数の勢力から狙われているか、少なくとも監視されている。
このままでは駄目だ。
相手が誰で、何を目的としているのか、少しでも情報を掴まなければ、ただ追い詰められていくだけだ。
俺は再びノートパソコンを開き、ネットの海へと意識を向けた。
前回は一般的なニュースサイトや検索エンジンを使ったが、今回は違う。
もっと深く、もっと暗い場所へ。
匿名性の高い掲示板、アンダーグラウンドな情報サイト、あるいは、能力者が情報交換に使っていると噂される(真偽不明だが)闇フォーラムのようなものがないか、手当たり次第に探っていく。
検索ワードも変えた。「能力者 隠語」「異能 組織」「新京市 未解決事件」。
……考えつく限りの言葉を打ち込み、情報の断片を拾い集めようと試みる。
だが、結果は芳しくなかった。
表示されるのは、信憑性の欠片もない都市伝説、荒唐無稽な陰謀論、あるいは、意図的に削除されたかのような不自然な空白ばかり。
まるで、巨大な壁に見えない情報を阻まれているようだ。
この世界では、都合の悪い真実は巧みに隠蔽されるらしい。
「くそっ、これも駄目か……!」
焦りが募る。
マウスを握る手に力がこもる。
何か、何か手がかりはないのか。
諦めかけたその時、ふと、ローカルニュースを集めたサイトの片隅にある、小さな見出しが目に留まった。
『市内XX区で、原因不明の連続失踪事件が発生か』
内容は短いものだった。
ここ一ヶ月ほどの間に、特定のエリアで数名の住民が忽然と姿を消している。
警察は事件と事故の両面で捜査中だが、目撃情報や遺留品は乏しく、捜査は難航している、と。
それだけの内容だ。
最初は、よくある未解決事件の一つかと思った。
だが、記事の最後につけられた短いコメント欄に、妙な書き込みがあった。
『また「アレ」の仕業か?』
『普通の失踪じゃない。空気が歪んでた』
『消された人間は「素材」にされたって噂』
荒唐無稽な書き込み。
だが、その「普通の失踪じゃない」「空気が歪んでた」という言葉が、妙に引っかかった。
さらに別の匿名掲示板を漁ってみると、同様の時期に起きたとされる「奇妙な建造物破壊事故」の噂も見つけた。
通常の爆発や倒壊とは異なる、まるで巨大な力で抉り取られたかのような破壊痕が残されていたが、詳細は不明のまま処理された、という。
失踪事件と破壊事故。
これらが関連しているかは分からない。
だが、そのどちらも、俺がこれまでに関わったチンピラ能力者の事件や、異能管、あるいは雪城澪の雰囲気とは、どこか異質なものを感じさせた。
もっと冷たく、もっと悪質で、そして……理解不能な何か。
得体の知れない、新たな脅威の可能性。
それは、俺の心をさらに深い混乱と、絶望に近い恐怖へと突き落とした。
もはや、どこにも安全な場所などないのかもしれない。
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