盗んだ能力で異世界無双~最強を狙え、最弱の能力で~

暁ノ鳥

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第14章 筋肉の聖地

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 『透明の暗殺者』を異世界から追い出して数日。
 俺とミーアは、次なるターゲットの情報を求めて、星見の塔にあるミーアの私室(という名の、やけに星図が多いだけの殺風景な部屋)で作戦会議を開いていた。

「影時様、次なるターゲットの特定ができました!」
 
 ミーアが、いつものように小さな巻物を広げながら、少し興奮した様子で報告してきた。

「アスリート都市『筋肉の谷』!  そこにいる『不屈のチャンピオン』と呼ばれる格闘家が、今回のターゲットです!  どうやら、その強さの源は、彼が試合中に飲む特殊なエナジードリンクにあるようです…………!」
「筋肉の谷…………ね。名前からして暑苦しいことこの上ないな」
 
 俺は思わず顔をしかめたが、仕事は仕事だ。
 それに、エナジードリンクで強くなるチート能力ってのは、ちょっと興味深い。

 ミーアは、どこか楽しげに続ける。
 
「そのチャンピオン、空き瓶から自分でエナジードリンクを生成しているようだ、という目撃情報が多数あるみたいです!  まさにチート能力ですね!」
「よし、なら早速行ってみるか、その筋肉の聖地とやらに」
 
 俺たちは星の門を使い、一瞬でその「筋肉の谷」とかいう場所にワープした。

 ◇
 
 その名の通り、そこは巨大な岩山をくり抜いて作られたような、巨大なコロシアムが中央にそびえ立つ都市だった。
 周囲には、これみよがしにトレーニングジムや武具店、そしてなぜかプロテインバーが軒を連ねている。
 道行く人々も、老いも若きも男も女も、見事なまでに筋骨隆々。
 そこら中から、汗と鉄と、そしてプロテインの甘ったるい匂いが漂ってくる。

「わあ…………!  皆さん、すごい筋肉です…………!  これが、地球で言うところの『筋肉美』というものなのですね!  なんだかわたしまで、力がみなぎってきたような気がします!」
 
 ミーアは、目をキラキラと輝かせながら、なぜか自分の細腕に力こぶを作ろうとしている。

 街で聞き込みをすると、ターゲットである『不屈のチャンピオン』は、この都市で年に一度開催される最大の祭り――その名も「マッスルカーニバル」――という格闘大会で、ここ数年無敗を誇る、まさに生きる伝説のような存在であることが判明した。
 
 噂によれば、彼はどんなに追い詰められても、試合中に懐からおもむろに取り出した空き瓶に、謎の液体を瞬時に生成し、それをグイッとあおるらしい。
 すると、あら不思議。
 傷は癒え、スタミナは全回復し、なんならパワーアップまでして、そこから大逆転劇を演じるのがお約束のパターンだという。

(空き瓶からエナジードリンクを生成…………ね。面白い能力じゃないか。しかも、人前で堂々と使っているとは、よほど自分の力に自信があるか、あるいはただの筋肉馬鹿なのか。どちらにしても、やりやすそうだ)
 
 俺の怪盗としての血が、またしても騒ぎ始める。
 「お約束」ってのは、裏を返せば「隙」だらけってことだからな。

 能力を奪うには、チャンピオンと直接対峙するのが一番手っ取り早い。
 そして、そのためには、その「マッスルカーニバル」とやらに参加するのが最善手だろう。
 
 俺は、その場で大会への参加を決意した。
 表向きは、一攫千金を夢見る流れ者の新人格闘家として。
 そして裏では、チャンピオンのその便利なエナジードリンクチート能力を「いただく」ために。

「か、影時様が格闘大会に!?  だ、大丈夫なのですか、あんなムキムキの方々を相手に…………!  影時様、そんなに筋肉があるようには見えませんが…………!」

 ミーアが、本気で心配そうな顔で俺を見上げてくる。
 失礼な女神様だな。
 見えないところにしっかり筋肉はついてるんだよ。
 怪盗の筋肉は、見せるためじゃなく、使うためにつけるもんだ。

 俺は、そんなミーアの心配をよそに、不敵な笑みを浮かべて格闘大会の参加受付へと向かった。
 受付のゴリマッチョな係員に、なけなしの参加費(これもガチャで出した換金アイテムを売って工面した)を払い、エントリー用紙に「カゲト」と偽名を書き込む。

「面白いショーを見せてやるぜ、筋肉の谷の住人ども」
 
 俺の新たな「仕事」への闘志が、この暑苦しい都市の熱気に負けないくらい、メラメラと燃え上がっていた。

 ◇

 『マッスルカーニバル』の予選が始まり、俺は「流れ者のカゲト」として、その熱狂の渦中にいた。
 といっても、俺の目的はあくまでチャンピオンのチート能力だ。
 そのためには、まず奴の戦いぶり、そして他の有力選手たちの実力を、この「眼」でじっくりと見極めておく必要がある。

 幸い、俺には『透明化』と『透視』という、この上なく便利なスパイ能力が揃っている。
 これを使わない手はないだろう。

 試合の合間を縫って、俺は透明化能力を発動。
 アークライト家の屋敷でやったように、音もなく気配もなく、大会の舞台裏や選手たちの控え室、そしてトレーニング施設へと潜入した。
 まるで、存在しない人間になったみたいに、誰にも気づかれることなく、だ。

(ふむ、あの巨漢は、見た目通りの典型的なパワーファイターだな。一撃は重そうだが、スピードとスタミナに難がありそうだ。筋肉の動きを見る限り、右肩に古傷も抱えてるな)

 俺は、有力と目される選手たちの練習風景や、仲間内での会話、作戦会議などを、壁や扉越しに透視能力で「覗き見」させてもらった。
 彼らの得意技、戦術、性格、さらには隠し持っている武器(ルール違反じゃねえのか、それ?)や、弱点となりそうな体の部位まで、全て俺の頭脳にインプットしていく。
 
 ミーアは俺の傍らで、「か、影時様……なんだか、やってることが本物のスパイみたいで、ドキドキします……!」なんて、的外れな感想を漏らしていたが、これも立派な「仕事」の一環だ。

 獣の血を引くらしい、全身がバネのような俊敏さを持つパワーファイター。
 風のように舞い、鋭い蹴りを繰り出すエルフ族のスピードスター。
 岩のように頑強な肉体で、どんな攻撃も受け止めてしまうドワーフ族のタフネスファイター。
 さらには、拳に炎や氷をまとわせて戦う、異色の魔法格闘家までいやがる。
 まさに、筋肉と能力の祭典だな、ここは。

(どいつもこいつも、一癖も二癖もある連中ばかりだ。だが、面白い。こういうのを分析するのは嫌いじゃない)

 そして、俺が最も注意深く観察したのは、やはり今大会の絶対王者、「不屈のチャンピオン」だった。

 奴の試合は、まさに圧巻の一言だった。
 どんな強敵も、その圧倒的なパワーと、尋常じゃないタフネスで粉砕していく。
 巨漢の挑戦者の渾身の一撃を顔面に受けても、ニヤリと笑ってびくともしない。
 そのくせ、繰り出すパンチは大岩をも砕きそうな破壊力を秘めている。

 そして、少しでも消耗を見せたとき、奴は必ず懐から空き瓶を取り出す。
 そして、その瓶の中に、淡い緑色に輝く液体――例のエナジードリンク――を瞬時に生成し、それをグイッと一気に飲み干すのだ。
 
 すると、どうだ。

 さっきまで負っていたはずの傷や疲労が嘘のように消え去り、体からは湯気のようなオーラが立ち上り、さらにパワーアップしたかのような猛攻が始まる。
 まさに、チートと呼ぶにふさわしい光景だ。

『影時様、気をつけてください!  あのドリンク……やはり異常です!  あれを飲むとチャンピオンのオーラが爆発的に増大しています……!  やはり、あれがチート能力の源に違いありません!』
 
 ミーアが焦った声で警告してくる。
 
 ああ、分かってるさ。

 あれをどうにかしない限り、あの筋肉ダルマに勝つのは不可能だろう。

 俺自身も、予選、そして本戦トーナメントと、順調に駒を進めていた。
 といっても、俺の戦い方は、あのチャンピオンや他の派手な選手たちとはまるで違う。
 
 俺は、事前に透明化と透視で徹底的に分析した対戦相手の弱点を、的確に、そして最小限の力で突いていく。
 派手な技は一切使わない。
 相手が最も嫌がることを、最も効果的なタイミングで実行するだけだ。
 関節技で動きを封じたり、急所への的確な打撃で意識を刈り取ったり。
 その戦いぶりは、他の選手たちの派手なパフォーマンスに比べれば、あまりにも地味で、玄人好みと言えるだろう。

 だが、その確実すぎる勝ち上がり方に、一部の観客や大会関係者からは「あの流れ者のカゲトとかいう新人、何かおかしいぞ……」「まるで相手の動きが全て見えているみたいだ……」と、不審と警戒の目が向けられ始めているのを感じていた。

 フッ、上等だ。
 注目されるのは嫌いじゃない。
 
 そして、ついに格闘大会の決勝戦の組み合わせが発表された。

 俺の対戦相手は、もちろん――「不屈のチャンピオン」。

 会場のボルテージは、早くも最高潮に達しようとしていた。
 俺は、その熱狂をどこか冷めた頭で感じながら、静かに闘志を燃やす。

(さて、ショータイムの始まりだ。お前の『元気の源』、この俺が美味しく頂戴するとしようか)
 
 俺の頭の中では、すでにいくつかのシナリオが組み上がりつつあった。
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