盗んだ能力で異世界無双~最強を狙え、最弱の能力で~

暁ノ鳥

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第13章 透明化の限界

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 あの透明能力者――仮に「ミスター・インビジブル」とでも呼んでおこうか――は、思った以上に手練れだった。
 ただ姿が見えないだけじゃない。
 気配の消し方、物音を立てない歩法、そして何より、こちらの意図を先読みしようとするかのような用心深さ。

 俺は、アークライト家の屋敷の中の特に長い回廊を向かった。
 そこは、美しいタペストリーが壁に飾られ、床には深紅の絨毯が敷かれているが、窓が少なく、昼間でも薄暗い。

 月明かりと、所々に置かれた燭台の光だけが頼りだ。
 まさに、俺のような「影の住人」にとっては格好の仕事場だ。

 俺はまず、肉眼ではほとんど見えない、極細のテグス糸を、回廊の床から数センチの高さに何本も張り巡らせた。
 これに足を取られれば、いくら透明でも体勢を崩すはずだ。

 次に、床の絨毯の所々に、特殊な薬品を染み込ませた。
 これは、普段は無色透明だが、特定の魔力――例えば、チート能力者が能力を発動する際に発する微弱なエネルギー――に反応して、数秒間だけ淡く発光するという代物だ。
 このアイテムは、俺が以前ガチャで引き当てた「ハズレアイテム」の一つだが、こういう時に使い道がある。
 
 そして仕上げに、回廊の突き当りにある大きな姿見の裏に、指向性の強い魔法のランタンを隠した。
 こいつは、俺の合図で一瞬だけ強烈な光を放ち、透明な物体でも光の屈折でその輪郭を浮かび上がらせるはずだ。

「ミーア、準備はいいな?」
『はいです、影時様!  わたしは、影時様の合図で、あのランタンを起動します!』

 ミーアの頼もしい(?)声が響く。

 準備が整ったところで、俺はわざとミスター・インビジブルに自分の存在を気づかせた。
 といっても、あからさまにではない。
 ほんの少しだけ、物音を立てたり、気配の痕跡を残したりして、「獲物が近くにいるぞ」と、奴の狩猟本能をくすぐるように。

 案の定、奴は俺の挑発に乗ってきた。

 透視の「眼」で捉えた、陽炎のような輪郭が、薄暗い回廊の奥から、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくる。

「おい、姿は見ないが、そこにいるのは分かってるぜ。いつまでコソコソ隠れてるつもりだ?  それとも、顔を見せられない理由でもあるのか?」
 
 俺は、わざと大きな声で挑発する。
 心理的な揺さぶりも、時には有効な武器になる。

 ミスター・インビジブルは、俺の言葉に反応したのか、少しだけ動きを速めた。
 そして、まんまと俺が仕掛けたテグス糸のエリアへと足を踏み入れる。

 クッ、と。

 見えない何かがテグスに触れ、糸が微かに震えるのが、俺の鋭敏な聴覚にはっきりと聞こえた。
 奴は一瞬体勢を崩したが、さすがは手練れ、すぐに立て直す。
 
 だが、その足元――薬品を染み込ませた絨毯の上が、一瞬だけ、ぼんやりと蛍光色に光った!

『影時様、やりました!  あの人の姿が……いえ、足跡だけですが、少しだけ見えます!』

 ミーアが興奮したように囁く。

「ああ、見えてるぜ。だが、まだだ」

 ミスター・インビジブルは、自分の足元が一瞬光ったことに気づき、明らかに動揺している。

 追い詰められた獣がそうするように、ミスター・インビジブルは、やみくもに周囲へと攻撃を仕掛けてきた。
 見えない刃が、風を切る音と共に俺のいた場所を薙ぎ払う。
 
 だが、俺の透視能力は、その全てを見切っていた。

 俺は、まるで踊るように、その見えない斬撃を冷静にかわしていく。
 ひらり、ひらりと、奴の攻撃は空を切るばかりだ。

「どうした?  その程度か? 透明人間さんよ」

 俺はさらに挑発を続け、奴を回廊の突き当り、あの姿見の前へと巧みに誘導していく。

 そして、ついにその時が来た。

 ミスター・インビジブルが、最後の抵抗とばかりに、何か大きな技を繰り出そうと、ぐっと力を溜めたのが気配で分かった。その集中力が高まり、奴の全ての意識が攻撃へと向いた、まさにその瞬間――。

「ミーア、今だ!」
 
 俺の合図と共に、姿見の裏に隠した魔法のランタンが、一瞬だけ、強烈な閃光を放った!

 薄暗い回廊が一瞬にして真昼のように照らし出され、そして――そこに、確かに「何か」の輪郭が浮かび上がった。
 光が、透明なはずのその体に当たり、不自然に屈折して、まるでゆらめくガラス細工みたいに、その存在を白日の下に晒したのだ。

「なっ……!?」
 
 ミスター・インビジブルが、初めて狼狽の声を上げた。

「見つけたぜ」

 俺は、その一瞬だけ可視化されたターゲットへと、能力奪取のための最短距離を、音もなく踏み込んでいた。

 ◇

 強烈な閃光が収まった瞬間、ミスター・インビジブルの輪郭が、ほんの一瞬だけだが、確かに俺の「眼」に焼き付いた。
 奴が最後の抵抗として、何か強力な一撃を放とうと全身の魔力を高めている、その集中力の高まりが、逆に奴の正確な位置を俺に教えてくれている。

「そこだ!」

 俺は、奴が力を解放するよりもコンマ数秒早く、床を蹴ってその懐へと音もなく飛び込んだ。
 奴の攻撃は、俺がさっきまでいた空間を虚しく薙ぎ払う。

 そして――俺の伸ばした手が、見えないはずのミスター・インビジブルの体に、しかし確実に、深く触れた。
 それは、まるで実体のないはずの影を掴んだような、奇妙な感触だった。

「お前の能力、俺がいただいたぜ」

 脳内に、チート能力『透明化』の獲得を告げるシステム音声が響き渡る。
 それと同時に、俺の指先に触れていたはずの「何か」の抵抗感が、フッと消えた。

 能力を奪われた瞬間、ミスター・インビジブルの透明化が、まるで魔法が解けるように霧散した。
 そして、白日の下に晒されたのは、中肉中背の男だった。
 その顔には、信じられないものを見たという驚愕と、全てを失った者の絶望がありありと浮かんでいる。

「そ、そんな……俺の……俺の透明化が……!  ばかな、ありえない!」

 男は自分の手を見つめ、そして俺の顔を交互に見ながら、わなわなと震えている。
 完全にパニックに陥っているな。

「さて、仕事は終わりだ」
 
 俺はミスター・インビジブル――いや、もうただの男か――を素早く拘束すると、すぐに屋敷の地下へと向かった。
 そして、監禁されている若い女性たちのもとにやってきた。
 俺は彼女たちを解放し、安全な場所へと誘導する。
 
 同時に、この屋敷の宝物庫から、ミスター・インビジブルが盗みためていたと思われる宝物の数々や、アークライト家、あるいはこの男自身の悪事の証拠となりそうな書類なども、きっちりと回収させてもらった。

 怪盗稼業、こういう役得は逃さない主義でね。

 全ての「後始末」を終えた頃、ミーアがミスター・インビジブルの前に現した。
 
「『透明人間』さん。あなたの卑劣な行いも、これで終わりです。あなたのチート能力は、影時様が確かに回収しました。さあ、元の世界にお帰りなさい!」
 
 ミーアは、いつものように少し間の抜けた口調だが、その瞳には確かな怒りの色が宿っている。

 ミスター・インビジブルは、最後まで何かをわめき散らそうとしていたが、ミーアが星の杖を軽く一振りすると、彼の足元に淡い光の魔法陣が現れ、その体はなすすべもなく光の中へと吸い込まれて消えていった。

 全ての騒動が収まった後、俺はアークライト家の屋敷の屋根の上で、一人月を眺めていた。
 
 そして、獲得したばかりの「透明化能力」を試してみる。
 意識を集中すると、自分の体が、まるで水に溶ける絵の具のように、周囲の景色にスッと溶け込み、完全にその姿が見えなくなる感覚。
 これは……思った以上に使えるかもしれない。

「透視と透明化……これほど怪盗向きの能力もないな。これで、どんな場所にでも忍び込めるし、どんな秘密も見通せるな」
 
 俺の口元に、自然と笑みが浮かぶ。
 新たな力が手に入ったことへの興奮と、それをどう活かすかという知的な好奇心。
 これだから、この「仕事」はやめられない。

「影時様、お見事です!  これでまた一人、悪しきチート能力者がいなくなりましたね!」
 
 いつの間にか隣に来ていたミーアが、期待に満ちた目で俺を見上げてくる。
 その無邪気な瞳は、この世界の闇など少しも映していないようだ。

 俺は、月明かりの下、不敵な笑みを深めるのだった。
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