Sランク料理スキルを持つ俺は悪役令嬢の胃袋を蹂躙する〜そして俺の一皿は美少女たちを篭絡していく〜

暁ノ鳥

文字の大きさ
3 / 10

第3章

しおりを挟む
 中央広場から聞こえてくる不吉な太鼓の音。
 俺は、その音の発信源へと向かって、人の気配が消えた薄暗い通りを歩いていた。
 住民たちが蜘蛛の子を散らすように隠れてしまった今、聞こえるのは自分の足音と、遠くで響く太鼓の音だけだ。

 その時だった。

「……ひっく……うぅ……」

 どこからか、微かにしゃくりあげるような音が聞こえた。
 子供の泣き声だ。
 それも、声を押し殺そうと必死に堪えているような。

 俺は足を止め、音のする方へと耳を澄ます。
 どうやら、すぐそこの路地裏からのようだ。

 俺は、衛兵に見つかるリスクも構わずに、その薄暗い路地へと足を踏み入れた。
 
 鼻を突くのは、ゴミが腐ったような酸っぱい匂い。
 両側を高い建物に挟まれ、わずかな月明かりすら届かない。

 そんな闇の中、小さな影がうずくまっているのが見えた。

「……おい、どうした?」

 俺が声をかけると、その影――幼い少女がビクリと肩を震わせ、怯えた瞳で俺を見上げた。
 年は十歳にも満たないだろうか。着ている服は擦り切れ、顔は涙と汚れでぐちゃぐちゃになっている。

「……だ、だれ……?」
「俺はリオン。旅の料理人だ。こんな暗い所で一人で泣いて、どうしたんだ?」

 俺はできるだけ穏やかな声を意識し、少女の目線に合わせてしゃがみ込む。
 少女はしばらく俺の顔をじっと見ていたが、やがて警戒心が途切れたのか、その瞳から再び大粒の涙をこぼし始めた。

「……ママが……ママが、死んじゃう……」
「お母さんが?」
「うん……。ずっと病気で、何も食べてくれなくて……。ミア、どうしたらいいか、わかんない……」

 ミア、と名乗った少女の言葉に、俺は胸が締め付けられるのを感じた。
 医者にかかる金も、栄養のある食べ物を買う術もないのだろう。

 このままでは、彼女の母親は……。

 俺は迷わなかった。
 いや、迷うという選択肢が、俺の中には存在しなかった。

 俺の料理は、人を幸せにするためにある。
 目の前で消えそうな命があるのに、見て見ぬふりをして、何が世界一の料理人だ。

「よし、ちょっと待ってな。俺がお母さんのために、最高の一品を作ってやる」
「え……?」
「俺の料理を食えば、どんな病気だって吹っ飛ぶ。任せとけ」

 俺はニッと笑いかけると、路地の入り口に置いてきた荷車から、愛用の調理器具と厳選した食材を取り出した。

「こいつは『太陽を吸い込んだニンジン』。栄養価の高さはそこらの薬草の比じゃない。こっちは『大地の心臓』って呼ばれてるジャガイモ。体の芯から温めてくれる。そして……」

 俺は荷車の奥から、ひときゆ輝きを放つ根菜を取り出す。
 
「こいつが切り札、『生命の息吹カブ』だ」

 手際よくかまどを組み、火を起こす。
 夜の闇に、パチパチと心地よい火の爆ぜる音が響いた。

 俺は包丁を握ると、神聖な儀式に臨むかのように、食材と向き合う。

 トトトトトトト!

 軽快なリズムで、野菜が吸い込まれるように切り分けられていく。
 鍋に少量の『黄金鶏の油』を垂らし、刻んだ野菜を炒めていく。
 ジュワッという音と共に、生命力に満ち溢れた芳醇な香りが、路地の腐臭を塗り替えるように立ち上った。

「……な、なんですか、この匂いは……」

 その、あまりにも食欲をそそる香りに誘われたのだろう。
 固く閉ざされていた路地裏の家の扉が、一軒、また一軒と、恐る恐る開かれていく。

 隙間から覗く住民たちの顔は、ミアと同じように飢えと疲れで消耗しきっている。
 だが、その瞳には、かすかな光が宿っていた。

 飢えと、そして、どうしようもない好奇心の光が。

 俺は鍋に水を注ぎ、コトコトと煮込み始める。
 やがてスープが黄金色に輝き始めた頃には、路地裏は十数人の住民たちで埋め尽くされていた。

 誰もが、鍋を食い入るように見つめ、ゴクリと喉を鳴らしている。

「……ったく、しょうがねえな」

 俺は小さく息を吐くと、荷車からありったけの野菜を取り出し、次々と鍋に放り込んでいった。
 
 どうせなら、腹を空かせた全員に食わせてやる。
 これが、俺のやり方だ。

 やがて、極上の野菜スープが完成した。
 俺は木の器にスープを注ぎ、まずはミアに手渡す。

「ほら、熱いから気をつけてな。お母さんに、ゆっくり食べさせてやれ」
「う、うん……! ありがとう、お兄ちゃん!」

 ミアはこぼさないように慎重にスープを持ち、自分の家へと駆け込んでいった。
 そして、残りの住民たちにも、俺はスープを振る舞っていく。

「さあ、遠慮はいらねえ。腹いっぱい食ってくれ」

 住民たちは、最初は遠慮していたが、一人がおずおずと器を受け取ると、堰を切ったように列を作った。
 スープを一口すすった痩せた老人が、わなわなと震えながら呟く。
 
「……あ、温かい……。こんなに温かくて美味しいもの、何年ぶりに口にしただろうか……」

 その目から、涙がとめどなく溢れ落ちた。
 それを皮切りに、あちこちで嗚咽が漏れ始める。

 それは絶望の涙ではない。
 ほんの少しの優しさと、温かいスープに触れたことで溶け出した、心の氷が流す涙だった。

 その時、ミアが家の中から飛び出してきた。
 その顔は、先ほどまでの悲壮感はなく、満面の笑みに輝いている。

「お兄ちゃん! ママが、ママがスープを飲んでくれた! 『美味しい』って笑ってくれたの!」

 俺がミアの家を覗くと、ベッドに横たわっていた母親の頬に、確かに血の気が戻っていた。
 その瞳には、力強い光が戻りつつある。

「ありがとう、旅の料理人さん……。あなたのスープは、まるで……遠い昔に母が作ってくれたような、優しい味がしました……」

 母親の感謝の言葉に、俺はただ黙って頷いた。

 住民たちが涙ながらにスープをすする光景と、母娘の笑顔。
 この、当たり前であるべき光景を、たった一人の人間の我欲が奪い去っている。

 俺の心の中で、どうしようもない怒りが、再び沸々と燃え上がっていく。
 こんな街にしたのは誰だ。
 絶対に、許さねえ。

 その瞬間だった。
 
 ――ドン!ドン!ドドドン!

 先ほどよりも大きく、そして近くで、太鼓の音が轟いた。
 甲高い声が、すぐそこの大通りから響き渡る。

「領主様のお通りである! 道を開けよ! 頭を垂れよ!」

 その声を聞いた途端に、住民たちの顔から表情が消えた。
 さっきまでの穏やかな空気は一瞬で氷つき、代わりに動物的な恐怖がその場を支配する。

「まずい、領主様だ!」
「スープを隠せ!」
「見つかったら殺されるぞ!」

 彼らは手にしていた器を投げ捨て、我先にと自分の家へと逃げ込んでいく。
 ほんの数秒前まで温かい光景が広がっていた路地裏は、再び元の、人の気配すらない暗闇へと戻ってしまった。

 地面にこぼれた、まだ湯気の立つスープが虚しく漂っている。

 俺は、その無残な光景をただ見つめながら、ゆっくりと立ち上がった。
 そして、太鼓と怒声が響く大通りの方角を、鋭く睨みつけた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~

aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」 勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......? お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?

処理中です...