上 下
8 / 30
転校生

免色くんのいる生活

しおりを挟む

次の日、
朝から免色くんは不機嫌だった。

登校してきた私を免色くんは席に座ったまま
じっとりと責める様な眼で見上げる。


「なんで、浮気するの…」

「へ??…?うわき??」


何のこと言ってるんだろう…。

私は困惑しながら彼を見返す。
免色くんの澱んだ瞳は
忌々しそうに私を映していた。

しばらくすると免色くんは溜息をつき
私から顔を背けて黒板の方を指差した。


「べつに…。早くしないと授業、
始まっちゃう…」


「ああ…うん。」


浮気?まさか、祈先輩と帰った事??
浮気も何も、
免色くんとは友達ですらないのに?


「…………」


…でも、たぶんそう…
それ以外に思い当たることはない。
私は彼と目を合わせない様に席についた。

やっぱり免色くんは変な人だ…
あんまり関わらないようにしよう。

放っておけば、誰かと友達になるだろうし。
そうすれば私への関心も薄れるはず。

……


と朝は思ったものの、
免色くんは早くもクラスから浮いていて
私以外のクラスメイトと
話している所すら見たことがない。

寧ろ少し避けられている。

きっとみんなは、
免色くんの私に対する異様な距離感を見て
仲良くしようという気が失せたに違いなかった。

"変な奴に関わりたくない、
だから、気に入られている泉さんに任せよう"

それがクラスの総意に感じられた。

つまり、助けは期待できない。

どうやら彼が早く私に飽きることを
願うしかなさそうだ…


「はぁ…」


私は深くため息をつきノートを取る。

教室内には黒板にチョークを
叩きつける音と若松先生…
通称"国語のゴリ松"の大声
そして生徒のざわめき。

「あ、そうだ。」

昨日の先輩の言葉を思い出して
若松先生の鼻を見たが鼻毛が飛び出しているということはなかった。

いつも通り平和な授業時間だ。

…免色くんも今日は
真面目にノートを取っている様で
彼に変な持ち方をされた鉛筆は
ガリガリと筆記音をたてる。

書くのに夢中なのか
免色くんは昨日みたいに
手を握ったりはしてこない。

…良かった

昨日の事で少しは
私のこと嫌いになってくれたのかも…


「…?」


でも、ホッと出来たのはその一瞬だけ。

彼のノートをよく見てみると板書ではなく、
沢山の絵が描いてあった。

凄く上手い…。写真みたいな…


「……ひ…っ!」



絵のモチーフに気がついた瞬間
ゾワッとした寒気が私を襲った。

…私だ…。私の絵…。

小さな悲鳴を抑え
私は無理矢理、黒板に目を戻す。


な、なんで…そんなの描いてるの??…


しかも、もう一度チラリと
絵を見ると、沢山の私の顔の絵に紛れて
何故かヌードの絵もある。

それも嫌だけど……
もっと嫌な疑問点があった。


なんで私のお腹にある
黒子の位置が正確なの…??


私は泣きそうになりながら
彼の方を見た。彼はそれに気づくことなく
とても楽しそうに絵を描いている。


…見なかったことにしよう…


その後も極力
免色くんには関わらない様に過ごした。
休み時間になったらお手洗いに行ったり
すぐに京子ちゃんとお喋りしたり…

その努力も虚しく
昼休みのチャイムが鳴ると同時に
肩を掴まれ彼に話しかけられてしまった。


「ねぇ!マコちゃん…!」


「えっ何?…」


青ざめる私とは対照的に
頬を赤らめ俯いている。


「ねぇ、あの、あのね、

今日、僕、早起きして…
マコちゃんにお弁当作ってきた…から
…食べてほしい…。」


そう言って手に持ったお弁当箱を
私に差し出してきた。出会って2日の
クラスメイトにお弁当…??

彼の距離感はやっぱりおかしい。
頭が痛くなりそう…。

好意なのはわかる…けど、

彼の好意には
まるでランドセルを背負った中年男に
抱き付かれ頬擦りされる様な
気持ち悪さがあった。

たぶん今、私は苦虫を噛み潰した様な
顔をしているに違いない。

「…え??」

「あ、だって、マコちゃん…
いつも学食で食べてる…よね…?」

その一言に
私はさらに眉間の皺を深める。

…何で知ってるの?
他の生徒に聞いたのかな…?


「…ええと…手作りって事?」


「うん!僕…頑張ってみた…!

今日は5時に起きて…全部作って…
…ちゃんと出来た…と思う。」

免色くんはへにょっと笑って
お弁当を差し出すと
目を輝かせながら私を見る。

「……」

…絶っっっ対に食べたくない。
だって…凄く怖い。

勝手に手を繋いだり、
想像で(?)裸の絵を描いたりする人の
料理なんて……何が入ってるか…

私は差し出されたお弁当を
慎重に彼の方へと押し返す。


「ご、ごめんね。
その…今日は食べるもの決めてて…
だからー…えっと…遠慮しとくね?」


できる限り彼を傷つけない様に
優しく、これも凄く慎重に断った。


「え。…そっか…」


免色くんは
ションボリとした表情でお弁当を見る。

罪悪感はあるけど、
仕方がない…。怖いものは怖い。
罪悪感よりも身の安全の方が大事。


「マコちゃん…食べてくれないんだ…」


残念そうに弁当を見ると彼は
席を立ってトボトボと
教室端にあるゴミ箱に歩いていった。


「えっ?!ちょっ!!
ちょっと待って!捨てるの?!」


「うん。だって… 
マコちゃんいらないって」


「それは…そうだけど…
頑張って作ったんでしょ?」


「うん。頑張ったけど…
でも、いらないって…」


「自分で食べるとか、しないの?」


その質問に彼は小さく首を振る。


「そんなの僕…
余計ツラくなっちゃうし…ヤダ。」


免色くんはまた悲しそうに俯く。
その様子に心が痛む。

確かに…気持ち悪いし…怖いけど…

でも…さすがに…


「……

う…わ…わかった。
私がちゃんと食べるから…」


「ほんと!?」


彼は私の言葉を聞くと
パタパタと席に戻ってきて
ニッコリ笑った。

そして私の目の前に
再びお弁当を差し出し蓋を開く。


「えっとね、作ったのは…
お肉と卵のそぼろご飯と
ロールキャベツと筑前煮と
カニクリームコロッケ!

カニクリームコロッケは
特によく出来た…から…その…
目の前で食べてるの見たい…!」


免色くんのお弁当の解説を聞きながら
私は顔を引き攣らせる。


「そうなんだぁ…うん。
ありがとう、じゃあいだだこうかな」

内容は美味しそう…
見た目も美味しそう…なんだけど…

やっぱり…不安。

けれど、食べると言ってしまった手前
もう後戻りはできない。

私は箸を取り、意を決して
彼の勧めたカニクリームコロッケを
口にした。

免色くんは嬉しそうに
その様子を凝視している。


「…美味しい?僕、マコちゃんの為に頑張ったよ。どう…かな?」


首を傾げながらそう訊ねる
彼の顔はなぜか真っ赤だった。

その真っ赤な頬を包む様に
頬杖をついて満面の笑みを浮かべている。


「うん、美味しいよ…」


味は確かに美味しかった。

本当に不気味なくらいに美味しかった。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

痴漢に触られて

BL / 連載中 24h.ポイント:184pt お気に入り:376

いつか愛してると言える日まで

BL / 連載中 24h.ポイント:674pt お気に入り:413

溺愛ゆえの調教─快楽責めの日常─

BL / 連載中 24h.ポイント:347pt お気に入り:1,517

異世界最強の癒しの手になりました(仮)

BL / 連載中 24h.ポイント:276pt お気に入り:2,484

異世界にログインしたらヤンデレ暗殺者に執着された

BL / 完結 24h.ポイント:291pt お気に入り:4,099

転生先で奴隷を買ったら溺愛された

BL / 完結 24h.ポイント:220pt お気に入り:1,605

逃がす気は更々ない

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:305pt お気に入り:1,624

上位種アルファと高値のオメガ

BL / 完結 24h.ポイント:184pt お気に入り:1,441

処理中です...