学校

無邪気な棘

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アマリヤ王国の半島に吹き荒れる風は、農林漁業の汗と涙を運ぶ。

184,000平方キロメートルの大地に7,500万の民が暮らすこの国で、豊かな自然が育む恵みは、しかし、王族の手に独占されていた。

失業率は15.5%に及び、6.5人に1人が職を失い、希望を奪われた日々を送っている。

国王が頂点に君臨し、王族が閣僚の座を独占するこの王国では、議会と呼ばれるものは存在するものの、王家に認められた者や党でなければその灯火を保つことすら叶わない。

官僚や役人たちは企業からの賄賂に手を染め、汚職の闇が国を覆い尽くしていた。

そして、企業の株さえも王族が握り、実質的に国営と化した経済の中で、民衆の声はどこへ届くのだろうか。

貧しさが影を落とす小さな農村があった。

ハマヤとラヤは、汗と土にまみれた小作人の夫婦だった。

国への重い納税と地主への容赦ない年貢が、彼らの暮らしを二重に締め付け、貧困の鎖は解けることなく日々を縛り上げていた。

粗末な藁葺きの家には、わずかな穀物と干した魚が暮らしの全て。

夫婦には3人の息子がいたが、その運命は家族の困窮によって分かたれていた。

長男のアナタは、たくましく育ちつつある16歳。

ハマヤの背中を追い、畑を耕し、作物を運ぶその手は、家族にとって欠かせない労働力だった。

「アナタがいなけりゃ、この家は回らねぇ」とハマヤは呟き、ラヤもまた息子を手放すことなど考えられなかった。

だが、次男のマルカは違った。

12歳の時、遠くの商家に養子に出され、二度と家族の顔を見ることはなかった。

別れの日、ラヤは涙を堪え、「あの子には幸せになってほしい」と祈るしかなかった。

そして、三男のシュレタ。

まだ10歳の幼い少年は、村から15キロ離れた興聖大寺へと預けられることになった。

その寺は仏教の教えを広めるとともに、学校としての役割も果たしており、衣食住が提供され、教育まで無料で受けられる場所だった。

ハマヤとラヤにとって、シュレタを寺に預けることは、息子に未来を与える唯一の道だった。

「あそこなら、字を覚えて、立派な人間になれるかもしれない。」とハマヤは言い聞かせ、ラヤは小さな荷物を手に持つシュレタの頭をそっと撫でた。

興聖大寺へ続く道。シュレタは母の手を握りながら、遠くに見える寺の屋根を見つめていた。

そこには、貧しさから抜け出す希望があるのだろうか?

一方で、アナタは畑の土を踏みしめ、マルカのいない家で家族を支え続ける。

ハマヤとラヤの小さな家族は、アマリヤの腐敗した王国の中で、どんな運命をたどるのだろう。

旅立ちの日は、薄暗い朝焼けとともに訪れた。

アマリヤの農村に吹く冷たい風が、藁葺きの家の隙間をすり抜け、ハマヤとラヤの頬に涙の跡を残していた。

10歳のシュレタは、両親の腕の中で小さく震えながら、別れの時を迎えた。

ハマヤは息子の細い肩を強く抱きしめ、「お前は俺たちより良い人生を歩め」と声を詰まらせた。

ラヤはシュレタの額にキスをし、「お寺でちゃんとご飯を食べるんだよ。」と涙を拭いながら笑顔を作った。

シュレタもまた、両親の温もりを忘れまいと、ぎゅっと抱き返した。

その時、埃まみれの田舎道に、親族のカテ叔父さんの軽トラックがガタゴトと近づいてきた。

カテはハマヤの遠縁にあたる男で、日に焼けた顔と太い腕が農夫としての年季を物語っていた。

彼はシュレタを興聖大寺まで送り届ける役目を引き受けていた。

「さあ、坊主、乗れ。寺まで連れてってやる。」とぶっきらぼうに言いながら、トラックの荷台にシュレタの小さな荷物を放り込んだ。

シュレタは両親に最後の別れを告げ、カテの軽トラックに乗り込んだ。

エンジンの音が響き、トラックが動き出すと、ハマヤとラヤは手を振るシュレタの姿が遠ざかるのを、涙ながらに見つめていた。

デコボコの田舎道を進む軽トラックの中で、シュレタは窓の外に広がる田畑と遠くの山々を眺めていた。

揺れる車体に合わせて小さな体が跳ね、時折カテが助手席のシュレタをちらりと見やる。

そして、寺の街が近づいてきた頃、カテは低い声でそっと囁いた。

「シュレタ、強い戦士になれよ。」

その言葉に、シュレタは首をかしげた。

興聖大寺は学校を兼ねた仏教寺院のはずだ。

勉強をして、字を覚えて、穏やかな暮らしを学ぶ場所ではないのか?

「戦士」とは一体何を意味するのだろう?

10歳の少年には、その言葉の重さも、叔父の眼差しに込められた思いも、まだ理解できなかった。

軽トラックはついに興聖大寺の門前にたどり着いた。

石段の上にそびえる寺の屋根が朝日を浴びて輝き、シュレタの新たな人生がここから始まろうとしていた。

しかし、カテの言葉は少年の心に小さな疑問の種を残した。

この寺で待つのは、ただの学び舎なのか、それとも何か別の運命なのか。

興聖大寺の門前に軽トラックが止まると、カテ叔父さんはシュレタを降ろし、寺の事務局へと足を進めた。

石段を登りながら、叔父さんは事務局の職員に事情を説明した。

「こいつはハマヤの三男、シュレタだ。親が貧しくてな、こっちで預かってくれって頼まれた。しっかり面倒見てやってくれよ。」

職員は穏やかな笑みを浮かべ、「了解しました。こちらで責任を持って預かります。」と答えた。

シュレタはカテ叔父さんに最後の別れを告げた。

叔父さんは少年の頭を軽く叩き、「頑張れよ。」とだけ言い残して軽トラックに戻っていった。

エンジン音が遠ざかる中、シュレタは職員に導かれ、寺の中へと足を踏み入れた。

職員はシュレタを宿舎へと連れて行き、木の香りが漂う簡素な部屋に通した。

そこには畳が敷かれ、粗末な布団が一組用意されていた。

職員はシュレタに腰を下ろすよう促し、生活規則を説明し始めた。

「いいかい、シュレタ。ここでの暮らしは厳しいが、意味のあるものだよ。まず、朝は4時に起床だ。すぐに本堂へ行って、1時間座禅を組む。それから1時間、読経をする。6時から7時が朝食の時間で、7時から12時までは勉強だ。12時から13時が昼食、13時から15時までは僧侶の説法を聞く。18時から19時が夕食で、19時から20時までまた座禅だ。そして20時に消灯。分かったかな?」

シュレタは小さな頭でそのスケジュールを整理しながら、うなずいた。

だが、一つだけ疑問が浮かんだ。

シュレタは職員を見上げて尋ねた。

「あの、15時から18時までは何の時間なんですか?」

すると職員はにこりと笑い、目を細めて言った。

「賢い子だね。まぁ、その時間はね、じきに分かるさ。」その答えに、シュレタの胸に小さな不安と好奇心が芽生えた。

職員はそれ以上何も語らず、「荷物を置いたら本堂に来なさい。今日から始めよう。」とだけ告げて部屋を出て行った。

宿舎に一人残されたシュレタは、布団の上に置かれた小さな荷物を眺めた。

そこには母ラヤが用意してくれた着替えと、父ハマヤが削ってくれた小さな木の馬が入っていた。

シュレタは木馬を手に持つと、叔父の「強い戦士になれよ。」という言葉と、職員の意味深な笑みが頭をよぎった。

この寺での生活は、ただの学び舎ではないのかもしれない。

15時から18時という空白の時間。

シュレタは職員の言葉に従い、本堂へと向かった。

石畳の通路を歩き、重厚な木の扉を開けると、そこには静寂が広がっていた。

本堂の中央に、30代ほどの僧侶が一人、穏やかな佇まいで座っていた。

僧侶はシュレタを見つけると、手を軽く振って座るよう促した。

シュレタは緊張しながら正座したが、僧侶は柔らかな声で言った。

「楽にしなさい。足は崩してもよいよ。」

その言葉にほっとしたシュレタは、胡座をかいて座り直した。

僧侶は自己紹介を始めた。

「私は慈戒と申す。この寺の宝物を管理しておる。君がシュレタだね。今日は初日じゃから、私と話そうではないか。君のことや、君の両親のこと、故郷のこと。何でもよいぞ。」

慈戒の穏やかな眼差しに、シュレタは少しずつ心を開き、家族のことや村での暮らしをぽつぽつと語った。

ハマヤとラヤの苦労、兄アナタの畑仕事、養子に出されたマルカのこと。

慈戒はただ静かに耳を傾け、時折うなずきながら、夕食の時間までシュレタの話に付き合った。

やがて夕食の時間が訪れ、シュレタは慈戒に導かれて食堂へと向かった。

広い食堂には、シュレタと同年代の少年たちが整然と席に着いており、数えてみると49人がそこにいる。

シュレタは50人目となった。

シュレタは一つ空いた席を見つけ、そっと腰を下ろした。

すると、左隣に座る少年が小さな声で話しかけてきた。

「君、新しい子?俺はタニワ、よろしくな。」

シュレタも

「俺はシュレタだ。よろしく。」

と小さく返した。

だがその瞬間、食堂を監督する若い僧侶が風のように近づき、静かに告げた。

「タニワよ、食堂では話してはならん。分かったかな?シュレタ、君もよく覚えておくように。いいね?」

二人は慌てて口を閉じ、うなずいた。

食事が始まったが、食堂は果てしない静寂に包まれた。

誰も一言も発せず、スプーンと椀が触れるかすかな音だけが響く。

窓の外では、中庭の娑羅双樹が風に揺れ、葉擦れの音がかすかに聞こえてくる。

粗末ながら温かいスープと米を黙々と食べ終えたシュレタは、再び本堂へと向かった。

今度は座禅の時間だ。

足を組み、手を膝の上で軽く組む。

目をそっと閉じると、一人の僧侶が静かに語りかけた。

「心を空にしなさい。何も考えてはいけない。何も思ってはいけない。」

その声に導かれ、シュレタは呼吸を整え、雑念を払おうとした。

座禅が終わり、子供たちはそれぞれの部屋へと戻っていった。

シュレタは宿舎の小さな部屋に戻り、布団の上に体を投げ出した。

目を閉じると、両親の顔が浮かんだ。

「父さんも母さんも、どうしているのだろう?」

畑で汗を流すハマヤ、台所で働くラヤの姿が頭をよぎる。

遠くにいる兄アナタや、会えなくなったマルカのことも思い出された。

疲れ果てたシュレタは、そのまま静かに夢の中へと落ちていった。

夢の中で、シュレタは故郷の田んぼを走っていた。

だが、どこか遠くで風が不穏に唸り、慈戒の声や叔父カテの「強い戦士になれよ。」という言葉が混じり合う。

目覚めぬまま、シュレタの初日は終わりを迎えた。

朝4時、木槌が木板を叩く鋭い音が宿舎に響き渡り、シュレタを含む少年たちは眠りから引き戻された。

目をこすりながら布団を畳み、急いで本堂へと向かう。

座禅の時間が始まった。

シュレタは足を組み、目を閉じて心を空にしようと試みたが、頭の中にはまだ故郷の風景や両親の声がちらついていた。

それでも、他の少年たちの静かな呼吸に合わせ、なんとか集中を保った。

次は読経の時間だ。

シュレタは経文をまだ知らないため、周りの少年たちの声を頼りに、口を動かして真似をした。

ぎこちないながらも、響き合う読経の音に少しずつ馴染んでいく。

やがて6時、朝食の時間が訪れた。

食堂では昨日と同じく、誰も口を開かず、沈黙が支配する。

スプーンが椀に触れるかすかな音と、中庭の娑羅双樹の葉が風に揺れる音だけが、静寂を埋めていた。

午前中は勉学の時間だ。

最初は国語。

シュレタは読み書きがほとんどできないため、基礎から指導を受けた。

教師を務める僧侶は辛抱強く、一文字一文字を丁寧に教えてくれた。

次は算術。

家の農作物を数える手伝いをしていた経験が活きたのか、シュレタは足し算や引き算をスムーズに解き、ほのかな自信を感じた。

午前最後の授業は社会科で、アマリヤ王国の簡単な法律を学んだ。

王族が定めた厳しい規則や税の仕組みに、シュレタはどこか引っかかりを覚えたが、深く考える前に昼食の時間となった。

昼食もまた、静寂の中で進む。

中庭の娑羅双樹が風に揺れる音が、まるで時を刻むように聞こえる。

食事を終えた少年たちは、再び本堂へと移動した。

説法の時間だ。

本堂には40代ほどの僧侶が座しており、彼が説法を行うというのだ。

少年たちが整然と並び、床に座ると、その僧侶は穏やかだが、力強い声で語り始めた。

「皆は、生きとし生けるもの、森羅万象、全てを慈しむことができるかな?たとえそれが、小さな蚊であったとしてもだ。」

その言葉はシュレタの心に深く響き、僧侶の説法は静かに終わりを迎えた。

そして、いよいよその時が来た。

15時から18時。

これまで誰も教えてくれなかった空白の時間が訪れようとしていた。

少年たちは本堂から立ち上がり、どこか緊張した空気の中である方向へと動き始めた。

シュレタもまた、タニワや他の少年たちに続いて歩き出す。

心の中では、叔父カテの「強い戦士になれよ。」という言葉と、職員の意味深な笑みが再び浮かんでいた。

この時間に何が待っているのか?

空白の時間が訪れ、シュレタを含む少年たちは静かに移動を始めた。

食堂を出て、中庭に面した渡り廊下を抜け、娑羅双樹の葉擦れの音を背に、本堂の奥へと続く建物に向かう。

到着したのは、厳かな雰囲気を湛えた講堂だった。

特別な説法が行われる場所だ。

子供たちは速やかに中へ入り、整然と並んで床に座った。

上座には、紫の法衣に身を包んだ老僧が座していた。

その名は元経大師。

この由緒ある興聖大寺の総責任者であり、アマリヤ王国中の僧侶を統べる頂点に立つ人物だ。

72歳の彼は、精悍な顔つきと鋭い眼光を持ち、知恵の深さがその姿から滲み出ていた。

人々は彼を「僧皇」と呼び、深い尊敬を寄せている。

元経大師は静かに口を開いた。

「よく参った、御子たちよ。今日は、如何にして自らを守り、仏道修行を守るかについて話そうではないか。」

その言葉に、少年たちは一斉に背筋を伸ばした。

大師は語り始めた。

仏の教えにおいて、行為そのものだけでなく、その「意図」が極めて重要だと説く。

憎しみから相手を攻撃することと、やむを得ず自己や他者の生命を守るために抵抗することでは、業(カルマ)の結果が異なる。

純粋な自己防衛の意図であっても、相手を傷つければ「害」となり、何らかの業が生じる。

だが、人間には自己保存の本能があり、生命の危機に瀕した時、それを無視するのは難しい。

仏の教えは生命を尊重するものであり、自身の命が失われれば修行も続けられない。

「ゆえに」と大師は続けた。

「教えが積極的に『危害を加える者に抵抗せよ』と奨めることはない。されど、現実として生命の危機に瀕し、他に手段がなく、殺意なく最小限の抵抗をすることは、完全に否定されるものではない。ただし、その行為は『不害』の原則に反する可能性があり、相応の業を覚悟せねばならぬ。」

さらに大師は深く語る。

「愛すべき者や修行に励む自身を魔羅から守る戦士となる者は、無限地獄に堕ちる覚悟が必要じゃ。されど、慈悲深き御仏は、善人を救うが如く、苦しみ抜き、やむを得ず悪に踏み込んだ者を哀れみ、必ず救って下さるであろう。」

シュレタにはまだ難しい話だったが、どこか腑に落ちる感覚があった。

両親が貧困に苦しむのは、国や政府の無策が原因ではないか。

そして自分に危害を加えるものもまた、その国や政府なのではないか?

その時、大師が問いかけた。

「では聞こう。魔羅を退けるにはどうすべきか?」

一人の少年が即座に答えた。

「努力し、最善を尽くし、討伐しなければなりません!」

大師は頷き、さらに問う。

「その通り。では、魔羅とは何者か?」

別の少年が声を上げた。

「国や政府です!彼らは民を苦しめる!」

大師は続ける。

「では国や政府を動かすのは誰か?」

今度はタニワが答えた。

「官僚、役人、政治家、そして王族です!」

大師は静かに頷き、最後の問いを投げかけた。

「では、それらを操り、民衆に地獄の苦しみを与えておる諸悪の根源は何者じゃ!」

講堂に響き渡るように、子供たちが一斉に叫んだ。

「国王です!!」

その瞬間、シュレタは背筋が凍る思いがした。

だが、それは自分が心の奥で感じていたことと同じだった。

国王の横暴さえなければ、今頃自分は両親や兄たちと一緒に穏やかに暮らしていたかもしれない。

特別な講義が終わり、少年たちは再び沈黙の中へ戻った。

夕食を摂り、シュレタは部屋に戻って寝床に横になった。

目を閉じると、夢が訪れた。戦士となった自分が、敵である国王を倒す夢だ。

剣を手に立ち上がり、民衆の叫びを背に、玉座に座る国王に立ち向かう。

夢の中でシュレタは強く、恐れを知らなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

その夜、興聖大寺に静寂が訪れる中、二人の人物が寺の門を叩いた。

一人は40代前後の男性で、風雨に晒されたような渋い顔立ち。

もう一人は15歳から20歳ほどの若者で、鋭い目つきにどこか緊張が混じる。

40代の男性が寺の入り口で管理員に何かを告げると、二人は寺の中へと通された。

慈戒和尚が彼らを案内し、娑羅双樹の中庭に面した渡り廊下を抜け、本堂へと導いた。

香の香りが漂う本堂で、慈戒は元経大師に一礼し、「大師、お連れいたしました。」と告げた。

二人の客人は大師の前に座した。

40代の男性が口を開く。

「大師、明日旅立つ若者を連れて参りました。」

大師は穏やかに目を細め、「よろしい。久しいのう、アタラよ。」と答えた。

若者の名はアタラ。

慈戒がそばで補足する。

「この者はかつてこの寺で学び、実に優秀で熱意ある御子でした。」

その言葉を最後に、慈戒と40代の男性は本堂を後にし、大師とアタラだけが残された。

本堂の中、アタラは正座し、大師は数珠を手に持つと合掌し、ゆっくりと若者の周りを歩き始めた。

「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄」

般若心経の読経が静かに響き、香の煙が立ち込める。

中央には色鮮やかな曼荼羅と阿弥陀如来像が安置され、二人の儀式を見守るようだった。

大師は経を唱えながらアタラの周囲を巡り、この厳粛な時間が1時間ほど続いた。

アタラは目を閉じ、何かを決意するかのように静かに座していた。

翌日、アマリヤ王国のとある街角で、一人の男性が職探しに疲れ果てていた。

失業率15.5%のこの国で、仕事はそう簡単には見つからない。

苛立ちを紛らわすため、彼はふらりとネットカフェに足を踏み入れた。

店内はほぼ満席で、仕事のない者たちが時間を潰しているのだろう。

奇跡的に空いていた席に座り、パソコンを起動すると、彼は特に目的もなくYouTubeを開いた。

そこで見つけたのは、あるLIVE動画。

車載カメラの映像らしい。車が街中を走る様子が映し出されていた。

だが、次の瞬間、男性は眉をひそめた。

映像の中で車がみるみるスピードを上げ、ある通りを猛烈な勢いで突き進み始めたのだ。

画面に釘付けになった彼の目の前で、車は突然、巨大な建物に激突した。

衝撃とともに動画は途切れ、画面が暗転した。

一体何だったのか。

不思議に思いながらも、彼はそのまま忘れ去った。

その日の夕刊が全てを明らかにした。

一面に大きく載った見出し。

「王族の持ち株会社、貿易大手のファヤマラナショナル本社ビル、自爆テロ、147人死亡。」

記事には瓦礫の山と化したビルの写真が添えられていた。

翌日、過激派組織「ブッダシャ・ヨッダ」が犯行声明を発表した。

彼らは完全なる仏教国の建国を目指し、反政府闘争を展開する危険な集団だ。

しかし、腐敗した王族や政府に苦しむ貧困層の間では、彼らを英雄視する声も少なくない。

あのYouTube動画は、自爆テロの瞬間を捉えたものだったのだ。

新たな一日が訪れ、シュレタはいつものように朝4時に木槌の音で目を覚ました。

座禅を組み、心を空にしようとするが、頭の中には昨夜の夢。戦士として国王を倒す姿がまだ残っていた。

読経の時間では、他の少年たちの声を追いながら、ぎこちなく経文を口にする。

朝食は静寂の中で進み、中庭の娑羅双樹の葉擦れの音だけが耳に届く。

午前中の勉学では、国語、算術、社会科を学び、少しずつ知識を吸収していく。

昼食を終え、説法を聞き終えると、再びあの「空白の時間」がやってきた。

講堂に集まった少年たちの前に、元経大師が静かに座した。

大師は穏やかだが力強い声で語り始めた。

「我々は御仏の教えに従い生きておる。即ち、教えこそが人にとっての主である。教えとは天にあり、人は地にある。本来ならば、この主従の間には何人も入り込む余地はなし。しかしながら、この御仏の教えと我ら人との間に割って入り、正しき生き方を妨害する者がおる。そは何者か?」

子供たちは一斉に、迷いなく叫んだ。

「国王です!」

シュレタの心に変化が芽生えていた。

寺での生活を通じて、「仏に仕え、立派な大人になるのが俺の義務だ。」と感じていたが、それだけではない思いが湧き上がってきた。

「両親やたくさんの人々を苦しめている張本人の国王をやっつけなきゃいけない。」その思いは、日に日に強くなっていく。

大師がさらに問う。

「諸君。ではどうする?何を成すべきか?」

子供たちは声を揃えて答えた。

「国王を討伐すべきです。火炎の様に攻め、闘争すべきです!」

シュレタも、いつの間にか無意識に同じ言葉を叫んでいた。

集団の熱気が彼を飲み込み、心の歯車が少しずつ噛み合わなくなっていくのを感じた。

その日から、「空白の時間」はシュレタにとって最も楽しく、気分が高揚する時間へと変わった。

待ち遠しくさえ感じるようになったのだ。

しかし、その時間は次第に過激さを増していった。

講堂に響く子供たちの声は、日を追うごとに激しく、危険なものへと変貌していった。

「政治家を殺せ!」「官僚や役人の首を斬れ!」「王族を処刑せよ!」「国家と政府を転覆せよ!」そして、「国王を葬れ!」

連日連呼される言葉に、シュレタもまた熱狂的に加わった。

集団の心理が少年たちを支配し、純粋な信仰心は危険な狂気へと歪んでいった。

夜、寝床に横たわるシュレタの頭の中では、国王を倒す夢が繰り返し再生される。

だが、その夢は以前のように単純な戦士の姿ではなく、炎に包まれた街や叫び声、血に染まる手が混じるようになっていた。

寺での教えと現実の怒りが交錯し、シュレタの心は静かに、だが確実に変貌しつつあった。

ある日の「空白の時間」は、いつもと様子が違っていた。

講堂ではなく、本堂と正門の間に広がる広大な前庭に、子供たちは集合するよう命じられた。

シュレタも他の少年たちと一緒に、期待と緊張が入り混じった気持ちで前庭に集まった。

すると、そこに現れたのは元経大師ではなく、全身黒ずくめの戦闘服に身を包んだ男だった。

彼は力強い声で子供たちに告げた。

「同志諸君、私の名はイカショタである。諸君らは御仏に選ばれし戦士である。今日から少しずつ、戦士としての振る舞いを諸君らに伝授する。」

イカショタは35歳の大男で、黒い肌に筋骨隆々の体躯が目を引いた。

鋭い瞳は見る者を切り裂くようで、子供たちはその威圧感に圧倒されつつも、「御仏に選ばれし戦士」という言葉に心を奪われた。

シュレタもまた、強さと誇り、そして名誉を感じ、胸が高鳴った。

その日の訓練は、実践的で軍事的なものだった。

素早く整列する練習、一列縦隊での行進や駆け足行進、「休め」「気を付け」「右向け右」「左向け左」といった動作訓練。

まるで新兵を鍛える基礎的な軍事訓練そのものだった。

「空白の時間」は日を追うごとに実践的な内容へと進化していった。

空手の基本動作と訓練による技術の習得、近接格闘術、そしてナイフを使った敵の仕留め方まで教わった。

子供たちは徐々に、本物の戦士へと変貌していった。

シュレタも例外ではなく、「俺は戦士だ。誰よりも強い。」と自信が溢れ、心の中で誇りが膨らんでいった。

子供たちが特に熱狂したのは、武器の構造を学ぶ授業だった。

ある日、イカショタは講堂に集まった子供たちの前に、一丁の銃を掲げて見せた。

「みんな、これはAK47だ。通称カラシニコフと呼ばれる自動小銃で、世界で最も頑丈な銃と言われている。実際の使い方は来たるべき日に教えるとして、今日からしばらくの間、これを分解して組み立て、構造を覚えることから始めよう。」

シュレタは目を輝かせ、夢中でAK47を手に取った。

分解し、組み立てる。

その動作をひたすら繰り返すうちに、手つきが滑らかになっていく。

子供たちも同じように没頭し、講堂は金属音と少年たちの熱気で満たされた。

「やったぞ!速くなってきた!」

シュレタは誰よりも早く分解と組み立てを習得し、イカショタから一瞥の賞賛を受けた。

月日が流れ、シュレタと少年たちは訓練に明け暮れた。

寺の静かな外見とは裏腹に「空白の時間」は戦士養成の場と化していた。

シュレタの心は、かつての純粋な少年のものではなくなりつつあった。

両親を救うため、国王を倒すため、そして「御仏に選ばれし戦士」として生きるため。

その思いが、彼を突き動かしていた。

季節は巡り、花が咲き、若葉が茂り、セミが鳴き、葉が色づき、やがて枯れて地面に落ちた。

雪が降り積もり、それが解け、再び花が咲く。

そんな自然のサイクルの中で、シュレタと少年たちは成長し、13歳を迎えた。

過激な講義と基礎的な軍事訓練を積み重ねた彼らは、もはやかつての純粋な子供ではなく、少しずつ戦士としての姿を帯びていた。

ある日、慈戒和尚が子供たちに告げた。

「来週から1ヶ月の合宿です。皆、準備するように。」

その言葉に、シュレタの目は輝き、心が踊った。

「どんな訓練が受けられるんだろう?」

期待と興奮が抑えきれなかった。 

1週間後、寺の前に一台のバスが到着した。

イカショタがバスから降り、子供たちに乗り込むよう指示すると、シュレタたちは急いで席に着いた。

バスはゆっくりと動き出し、都会の喧騒を離れ、山や田んぼが広がる田舎へと進んでいった。

6時間の長い旅路の末、イカショタの声が響いた。

「着いた。到着だ。」

バスから降りたシュレタの目に飛び込んできたのは、通りを埋め尽くす武器販売店の数々だった。

ここは「空白地帯」だ。

政府の権力が及ばない無法地帯。

あちこちに迷彩服を着て黒い覆面をかぶった、カラシニコフで武装した兵士たちが警備に立っていた。

この地域は地元の部族集団が実効支配しており、警備の兵士はその配下の民兵だった。

シュレタたちはイカショタに導かれ、合宿所へと向かった。

そして広大な敷地に連れてこられると、そこには建物や有刺鉄線、高いレンガの壁、アスレチックトレーニング用の遊具のような設備が点在していた。

「諸君、ようこそ。今日から1ヶ月間、実戦に沿った訓練に参加してもらう。」

イカショタの言葉に、子供たちの熱狂は最高潮に達した。

シュレタたちはその日から本格的な訓練に突入した。

有刺鉄線の下を匍匐前進で進む訓練、仲間と協力して壁を越える訓練、銃を使った射撃訓練、爆薬の扱い方、建物内部での戦闘訓練、標的を拉致する技術、暗殺技術の習得。

どれもが実戦を想定した過酷なものだった。

シュレタは汗と泥にまみれながら、訓練に没頭した。

「俺は戦士、誰よりも強い!俺に敵はいない!」

その言葉が、彼の心と体を完全に支配していた。

訓練の日々の中で、シュレタはかつての自分を忘れつつあった。

両親や兄たちの顔は遠い記憶となり、頭の中は戦士としての使命と国王を倒す夢で埋め尽くされていた。

空白地帯での1ヶ月は、彼をさらに強く、冷徹に変えていく。

イカショタの指導の下、少年たちは単なる子供から、戦場で戦う戦士へと完全に生まれ変わったのだ。

シュレタたちが空白地帯で訓練に励む頃、アマリヤ王国の都心では別の動きが起きていた。

古びた中古のランドクルーザーが公道を静かに走り、やがて政府関連機関がひしめく一角へと入っていった。

突然、車は猛スピードで加速し、経済省の正面ゲートに突進。

守衛を跳ね飛ばし、そのまま建物の玄関に突っ込んだ。

次の瞬間、すさまじい閃光と火柱が上がり、爆風とともに建物は一瞬にして倒壊した。

自爆テロだ。

この攻撃で121名が死亡し、242人が重軽傷を負った。

瓦礫と煙が立ち込める中、都心は混乱に包まれた。

その頃、空白地帯にいるイカショタの携帯が鳴った。

着信は元経大師からだった。

「経済省への作戦は上手くいったようだ。そろそろ本格的に攻勢に出ても良いだろう。そちらの様子はどうかね?」

イカショタは即座に答えた。

「はい、大師。今年の子たちは優秀です。すぐにでも実戦投入が可能かと。」

大師は短く返した。

「よろしい。では任せる。」

電話はそこで途切れた。

イカショタは携帯をしまい、訓練中の少年たちを見渡した。

彼らの成長に確かな手応えを感じていた。

一方、アマリヤ王国内務省内務治安総局では、緊急会議が招集された。

局長が重い口調で切り出した。

「犯行声明はやはりブッダシャ・ヨッダか?」

部下の一人が答える。

「もう20年も尻尾を掴めません。どこに拠点があるのかも分かりません。」

局長は静かにため息をつき、考え込むように語り始めた。

「恐らく…。空白地帯だ。あそこは政府の手が及ばない。絶好の隠れ家だ。ブッダシャ・ヨッダが地元の部族に匿われている可能性もある。思い当たるとすれば、そこしかない。」

会議の幹部たちは頷き合った。

すると、局長の補佐官が口を開いた。

「だとすれば、都心の中に協力者か司令塔がいるのかもしれません。空白地帯は都心から遠い。近くにいる誰かが状況を知らせているに違いありません。」

一同が再び頷き、会議室に緊張が走った。

仏教系過激派組織「ブッダシャ・ヨッダ」が約20年前、当時少師だった元経が弟子の若僧や教え子たちと共に結成した秘密結社であることは、ほとんど知られていない。

元経大師はその頭脳とカリスマで組織を育て、寺を隠れ蓑にしながら戦士を養成してきた。

経済省への攻撃は、彼らの本格的な攻勢の始まりを示していた。 

シュレタたち少年戦士が実戦に投入される日も、そう遠くはないだろう。

4月が訪れ、中庭の娑羅双樹が黄白色の美しい花を咲かせる頃、シュレタたちの暮らしに大きな変化が訪れた。

早朝、いつものように座禅と読経を終え、沈黙の中で朝食を済ませると、全員が再び本堂に集まるよう命じられた。

総勢50人の少年達が本堂に足を踏み入れると、そこには慈戒和尚と元経大師が待ち構えていた。

大師は静かに、だが力強く問いかけた。

「御子たちよ、いや同志諸君。我々の敵は誰か?そしてどうすべきか?」

シュレタは真っ先に手を挙げ、迷いなく答えた。

「我々の敵は国家そのものであり、破壊しなければならない邪悪な魔羅です!」

大師は頷き、「その通りだ。皆、異論はないか?」と返すと、少年たちは一斉に叫んだ。

「異議なし!」

次に慈戒が前に進み、厳かに告げた。

「御仏の名において、ブッダシャ・ヨッダに参加せよ!魔羅を打ち砕く剣となる者は挙手を!」

50人全員が手を挙げ、決意を示した。大師が口を開く。

「よろしい。皆、卒業である。」

その言葉に続き、慈戒が伝達した。

「明日はいつも通り起床した後、裏手にある宝物庫前に集合いたせ。」

少年たちは熱狂と緊張に包まれながら、それぞれの部屋へと戻った。

一方、遠く田舎に暮らすシュレタの叔父カテは、胸騒ぎを覚えていた。

カテの息子でありシュレタの従兄弟であるアカソは、かつて興聖大寺の生徒だった。

16歳の時、カラシニコフを手に国軍の基地を襲撃し、兵士を何人も射殺した。

しかし追い詰められたアカソは、身体に巻きつけたSemtex(セムテックス:旧チェコスロバキアのプラスチック爆薬)を起爆させ、残りの国軍兵士とともに自爆して果てた。

その後、カテは寺から生活支援金を受け取っていた。

彼は寺の秘密を知る数少ない者の一人であり、シュレタが同じ道を歩んでいるのではないかと不安に駆られていた。

翌朝、シュレタたちは目を覚ますと急いで宝物庫前に集まった。

慈戒が待ち構えており、全員が揃ったことを確認すると、重厚な宝物庫の扉を開けた。

中は薄暗く、早朝の微かな光では何も見えない。

慈戒が照明を灯すと、そこには山のように積まれた武器弾薬と各種軍需物資が現れた。

シュレタたちは黒い戦闘服に着替え、御経が書かれた白い鉢巻きを頭に巻いた。

50人のうち10人がPK汎用機関銃を手にし、残りはAK47カラシニコフで武装した。

弾倉に弾を詰め、予備弾倉を収納ポーチに収める。

PKを持つ者は予備の弾帯を準備した。

慈戒が静かに告げた。

「諸君は既に訓練で使い方を習得しているだろうから、説明は省く。これを身体に装着しなさい。」

それはベルトで身体に巻き付けるタイプの爆弾。

シュレタの従兄弟アカソが使用したのと同じSemtexだった。

50人の少年戦士たちは爆弾を装着し、その場に整列した。

シュレタの目は輝き、心は戦士としての使命で満たされていた。

両親を救い、国王を倒すため。

その思いが彼を突き動かしていた。

50人の戦士たちは宝物庫前に整列し、静かに瞳を閉じた。

そこへ元経大師が現れ、数珠を手に巻き、合掌しながら般若心経を唱え始めた。

「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄」

祈祷が終わり、大師はこれまでで最も力強い声で宣言した。

「釈迦の戦士たちよ!悪しき魔羅に御仏の鉄槌を下せ!退却する者は無限地獄に堕ちる!攻撃する者には極楽往生が約束される!」

慈戒が続けて叫んだ。

「同志諸君!いざ!!」

シュレタ達も一斉に応えた。

「いざ!!」

戦士たちは走り出し、娑羅双樹の中庭を抜け、本堂を通過し、前庭を駆け抜けて正門を潜った。

正門は開け放たれ、外にはバスが待機していた。

タニワがシュレタに興奮気味に言った。

「シュレタ、俺たちはやるぞ!遂にその時が来たんだ!!」

タニワは運転席に座り、バスをスタートさせた。

シュレタは仲間たちに叫んだ。

「皆!やるぞ!俺たちの力で国を変えるんだ!」

仲間たちが応えた。

「タニワとシュレタに続け!!」

バスはゆっくりと走り出し、やがて金色の暁が天に昇り始めた。

目的地は政府の中枢。

国家評議会議事堂だった。

その頃、議事堂では国王の演説が予定されており、政治家たちが集結していた。

物々しい警備の中、黒い高級車が到着し、国王が姿を現した。

時刻は午前9時。

評議会が開幕し、議員たちの大喝采と「国王陛下万歳!」の声が響き渡る中、国王が中央に立ち、演説を始めた。

一方、シュレタたちのバスは最後の交差点を右折し、議事堂へ向けて直進した。

タニワがギアをトップに切り替え、アクセルを踏み込む。

バスは猛スピードでゲートを突破し、守衛や国王警備隊を跳ね飛ばしながらエントランスに突っ込んだ。

「行くぞ!皆!!」

シュレタが先陣を切ってバスを降り、タニワも続いた。

50人の戦士たちは本会議場の4つの扉に分散し、一斉に突入した。

有無を言わさず銃のトリガーを引き、フルオート射撃の轟音が議事堂内に響き渡った。

議員たちは血に塗れ、次々と倒れていく。

一発の弾丸が国王の頭部を貫き、国王は鮮血の海に沈んだ。

本会議場にいた主要人物たちは、わずか13分で冥界へと送られた。

使命を果たした安堵感からか、シュレタたちはその場に立ち尽くした。

しかし、この判断が致命的だった。

生き残った政府高官が非常事態宣言を発令し、国軍が議事堂に集結。

周囲500メートル四方を包囲した。

外の異変に気付いたタニワが叫ぶ。

「皆!軍の奴らが来た!」

シュレタは即座に指示を出した。

「皆、中央に集まれ!」

戦士たちは円陣を組み、シュレタが最後の言葉を放った。

「皆、軍を引き付けてからスイッチを押そう!ありがとう、皆、極楽で会おう!!」

M16A2自動小銃で武装した国軍兵士が本会議場に突入してきたその瞬間、戦士たちは

「せーのっ!!」

と声を揃え、一斉にSemtexの起爆スイッチを押した。

想像を絶する閃光と炎の柱が爆風と轟音とともに議事堂を包み込み、建物は木っ端微塵に吹き飛び、跡形もなく倒壊した。

焼け跡には何も残らず、アマリヤ史上最悪のテロ事件は終幕を迎えた。

半月余りが過ぎ、アマリヤ王国政府は総力を挙げてブッダシャ・ヨッダの足跡を追った。

ついに組織の秘密が明らかになった。

若き日の元経大師が、別の仏教国内で過激派組織の一員として活動していた過去が、国内外の情報機関の記録から浮かび上がったのだ。

内務省内務治安総局の捜査員たちは、防弾チョッキに身を包み、MP5サブマシンガンを手に興聖大寺へ突入した。

しかし、そこに待ち受けていたのは空っぽの寺だった。

誰もいない。

慈戒の姿も、元経大師の影も見当たらない。

寺はまるでもぬけの殻だった。

捜査員の一人が静かに呟いた。

「逃げられたか。空白地帯へ…。」

寺の中は深い静寂に包まれていた。

シュレタたちの壮絶な戦いと犠牲を経て、ブッダシャ・ヨッダの指導者たちは姿を消し、再び闇の中へと潜んでいった。

中庭の娑羅双樹の葉が風に揺れ、かすかな音を立てるだけが、唯一の響きだった。

樹はそっと呟いた。

「戦士達に安らかなる眠りを。」

と。




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