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ゴールドマイン(前編)
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黄金の太陽が天頂を征服する頃、真昼の眩い光が島の大地を照らした。
ヤハン共和国は大海の東端にある面積180,000km²の島国である。
人口は6,500万人であり、主な産業は、農林漁業である。
ヤハンは世界的にも有数の金の埋蔵量を誇る島であり、かつて、欧米の植民地時代には、各地に金鉱山があった。
しかし、独立後に欧米が撤退した後は、技術的な遅れや問題があり、採掘が滞っていた。
1990年代の中頃、国民の生活困窮からデモや暴動が発生した。
そして、やがてバリヤバ氏率いるヤハン人民解放戦線が主導する革命が起こる。
戦線は政権を握ると隣国の社会主義の大国であるシャイナ人民共和国に接近し、経済支援を要請する。
シャイナの資本が続々とヤハンに進出し、各地の金鉱山においてシャイナ系国営企業による採掘が実施された。
金鉱山は再び目覚めた。人々は、生活の豊かさを夢見て、希望に胸を膨らませた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ただいま。」
マコトが力なく帰宅した。
彼は23歳の男性。結婚して1年が経とうとしていた。
中学時代に野球で鍛えた体力が自慢であったが、それを生かす場を得ることが出来ないでいた。
「お帰りなさい。どうだった?」
妻のリイサが返した。
リイサは夫と同い年で、中学時代からの仲だった。
光沢のある美しい肩まである黒い髪を赤いカチューシャで留めている。
深く黒い瞳の奥は優しく、透き通る様な白い肌が魅力的な女性だった。
マコトはリイサの問い掛けに答えず、ヨロヨロと力なく進むと、食卓の椅子に、その長身で逞しい身体を預けた。
「ごめん、ダメだった。」
ため息を付きながらマコトは答えた。
「そう。でも、仕方ないわ。諦めず頑張りましょ。」
リイサが答えた。
マコトは職を探していた。
マコトだけではない。
実際のところ、ヤハン国民の殆どが、失業状態にあり、皆が貧困に苦しみ、職を探していた。
リイサも職を探したが、一向に見つからなかった。
マコトは自分の不甲斐なさに腹が立っていた。
「妻を満足に食わせられない自分に、一体価値はあるのか?」
と。
一方、リイサの心も暗く沈んでいた。
「夫をマトモに支えられない自分って、一体何?」
と。
二人の複雑な心の糸は交わる事がなかった。
お互いに思い相っているというのに。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ヤハン共和国の経済相であるサカミの元にシャイナ系国営企業のトップである、リュー・イー・フォンが訪ねた。
サカミの執務室において、固く握手をする二人。
「リューさん、お久しぶりです。事業の進捗状況は如何ですか?」
サカミがリューに尋ねた。
「お陰様で順調です。それもこれも。閣下の御尽力の賜物です。」
リューが返した。
「やはり技術者も作業員もシャイナの人に限る。その方が効率が良い。」
サカミは楽しそうに答えた。
両者は金鉱山の経営状況を話し合い、一通り会談が終ると、最後にリューは静かにサカミに告げる。
「閣下の海外口座に振り込ませて頂きました。御確認の程を。」
そう言うと、リューはサカミに挨拶して経済省ビルを後にした。
これにはカラクリがあった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
実はシャイナ自身も人民の高い失業率に頭を抱え悩んでいた。
そこで考え出された策というものが、積極的に海外へ出稼ぎに派遣するというものであった。
ヤハンの金鉱山で働いているスタッフの九割はシャイナ人であり、ヤハン人は殆どいなかった。
この「出稼ぎ政策」を可能にしているのが、リューがサカミ経済相にしたような銀行口座への送金、つまり、賄賂であった。
しかもヤハンにやって来るシャイナ人は同胞の店で買い物するので、ヤハン人の間にカネが回らないのだ。
豊かな金鉱山と海外からの出稼ぎ者がいるにも拘らず、民衆が貧しいままなのは、そういったシステムがある故である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
マコトとリイサの住む街の一角に古くからある寺がある。
由緒ある寺で、何百年も前から保存されている曼荼羅や仏像が安置されている。
それらのものを守る為に建立された寺であるから、寺自体も何百年かの歴史がある。
寺は貧しい人々に施しを与え、また、人々は手を合わせ祈りを捧げた。
マコトとリイサは寺から生活費を借りる為にやって来た。
他にも大勢の民衆が、寺に助けを求めてやって来た。
こうした光景が、ヤハンの全国各地で見られた。
「これで何とか今月も持つ。」
マコトがそう言った。
リイサは優しく微笑んで頷いた。
「なぁ、リイサ、俺みたいなダメな男、捨ててもいいよ。」
マコトが言うと、
「バカなこと言わないで!次に言ったらぶつわよ!」
とリイサが返した。
二人が手を繋ぎ家路に着く途中の事だった。
生活困窮に喘ぐ民衆らが、広場で集会をしていた。
その集会は、みるみる膨れ上がり、やがて街を練り歩き始めた。
デモ行進だ。
マコトとリイサは、自分達も何かしなければ、という衝動に駆られた。
そして、自宅の方角とは逆の方角にくるりと向きを変えた。
二人はいつの間にか、デモの参加者となっていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
デモ隊は街の中心に向かって移動して行く。
その様子を見ていた貧しい人々が、途中からデモに加わっていく。
デモ隊は、どんどん膨れ上がり、数十万、数百万もの規模に成長していった。
事態を重く見た当局は、警察の治安部隊を投入して、鎮圧を謀ったが、まったく効果がなかった。
人々は治安部隊に向けて、次第に石を投げ始めた。
気が付くとマコトとリイサの手の中には、石が握られていた。
二人は殆ど無意識に投石に加わった。
人々は熱気と狂気に飲み込まれていった。事態は更にエスカレートした。
何人かが、遂に火炎瓶を投げ始めた。
治安部隊は催涙ガスと放水で対抗したが、デモ隊は一步も引かず、更に過激化していった。
すると、突然、銃声が轟いた。
デモ隊の中の誰かが銃を持っており、治安部隊に発砲したのだ。
遂に当局は軍の投入を決定した。
治安部隊が撤収した後も、デモ隊は街を埋め尽くし、誰もその場を離れようとはしなかった。
もちろん、マコトとリイサも離れなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
デモ隊の前に軍の兵士達が集結した。
カラシニコフで武装した兵士達は、デモ隊に銃口を向けたまま待機した。
解散しなければ発砲すると。
軍は戦闘装甲車両も投入した。
シャイナから供与されたT34/85やT54Bなどの中戦車が道路を封鎖した。
デモ隊はまったく解散する様子を見せず、投石を行い、火炎瓶を投げた。
遂に兵士達が威嚇射撃を行った。空に向けて数発発砲したのだ。
デモ隊は一瞬怯んだが、再び抵抗を始める。
すると、再びデモ隊の中の何者かが銃を発砲した。
すさまじいフルオート射撃音だった。
自動小銃だ。
これがいけなかった。
一発の銃弾が、道をふさぐ兵士のうちの一人に命中してしまったのだ。
デモ隊に向けて軍の一斉射撃が始まる。
デモ隊は逃亡を始めた。余りに大勢が走り始めた為に、激しい揉み合いになった。
「リイサ!絶対に離れるなよ!」
マコトはきつくリイサの手を握り、二人は来た道を引き返し走り始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
軍の一斉射撃が続く。
デモの参加者が、次々と血だらけになり、地面に倒れていく。
それは、地面のアスファルトをみるみる赤く染めていった。
手を握りながらマコトとリイサは走り続けた。途中、リイサが躓き倒れた。
マコトがリイサを起こす。
すると、リイサの腹部が真っ赤に染まり、鮮血が滴り落ちていた。
「リイサ!!」
マコトはリイサを背負い走り続けた。
そして、何とか軍から遠ざかる事に成功した。
狭い路地裏の建物の影に隠れたマコトは、リイサを背中から下ろし、仰向けに寝かせた。
「マコト…。あのね…。」
小さな声で話そうとするリイサをマコトは静止しようとした。
「ダメだ!話すな!直ぐに医者に連れてくからな!」
マコトがリイサに訴えた。
「赤ちゃん…。」
リイサは静かに囁くと、彼女の呼吸は止まった。
「いや、いやだ!そんな!嘘だろ!!」
マコトはみるみる冷たくなっていくリイサをきつく抱きしめて、その瞳からスコールの様な涙を流した。
リイサは二度と目を覚ます事はなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
話を事件の二年前に戻そう。
「自由と民主主義」の大国であるヤリエカ合衆国の大統領リチャード=ルメルは、ある極秘作戦の実行を許可する大統領令に署名した。
作戦とはこうだ。ヤハン共和国のバリヤバ政権に抵抗する亡命ヤハン人の反体制派に軍事訓練を施し、秘密裏にヤハンに送り込み、叛乱を起こさせようというのだ。
あのデモ隊を組織し、扇動し、そして、軍の兵士に発砲したのは、その反体制派のメンバーだったのだ。
ヤリエカの目的は一つ。
バリヤバ政権を倒し、シャイナを追い出し、そこに介入して金鉱山を奪うという事だ。
作戦名は「黒い法衣」である。
反体制派は「अमिदा बुद्धस्य सेना(アミダ・ブッダシャ・セーナ)」という武装勢力を組織した。
つまり「阿弥陀如来の軍勢」という意味の過激派組織である。
影の支援者はヤハンの貧しい人々に施しをするたくさんの寺院であった。
もちろん、マコトとリイサがカネを借りた寺も含まれていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
デモから15年の年月が流れた。
ヤハンは内戦中である。
アミダ・ブッダシャ・セーナは、ヤリエカとヤハン人民解放戦線政権に激しく抵抗していた。
主要な都市や要所が、次々と叛乱軍の手に陥ちていった。
その中には、金鉱山も含まれていた。
シャイナ系国営企業は既に前面撤退していた。また、ヤハン在住のシャイナ人も次々とヤハンを脱出していった。
叛乱軍の一つの部隊が、ある北部の金鉱山を奪い占領した。
「頭(かしら)、捕虜にした国軍の兵士達はどうしますか?」
アミダ・ブッダシャ・セーナの若い戦闘員が、指揮官に尋ねた。
指揮官は静かに手を自分の首に当てて、斬る様な仕草を見せた。
兵士達の処刑が決まった瞬間である。
外に引き摺り出される兵士達。
やがて、遠くからカラシニコフの銃声が、何発もこだました。
兵士達は黄泉へと強制的に旅立たされたのである。
叛乱軍の司令官はその銃声を聞きながら、金鉱山の事務所の中から窓の外を眺めた。
「リイサ、敵は取るからな。お前と子供の。必ず。」
指揮官のマコトは一人静かに呟く。
黄金の太陽が天頂を征服する時はまだ来ない。
真昼の眩い光は島の大地に届かず、厚い雲が空を封鎖していた。
(続く)
ヤハン共和国は大海の東端にある面積180,000km²の島国である。
人口は6,500万人であり、主な産業は、農林漁業である。
ヤハンは世界的にも有数の金の埋蔵量を誇る島であり、かつて、欧米の植民地時代には、各地に金鉱山があった。
しかし、独立後に欧米が撤退した後は、技術的な遅れや問題があり、採掘が滞っていた。
1990年代の中頃、国民の生活困窮からデモや暴動が発生した。
そして、やがてバリヤバ氏率いるヤハン人民解放戦線が主導する革命が起こる。
戦線は政権を握ると隣国の社会主義の大国であるシャイナ人民共和国に接近し、経済支援を要請する。
シャイナの資本が続々とヤハンに進出し、各地の金鉱山においてシャイナ系国営企業による採掘が実施された。
金鉱山は再び目覚めた。人々は、生活の豊かさを夢見て、希望に胸を膨らませた。
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「ただいま。」
マコトが力なく帰宅した。
彼は23歳の男性。結婚して1年が経とうとしていた。
中学時代に野球で鍛えた体力が自慢であったが、それを生かす場を得ることが出来ないでいた。
「お帰りなさい。どうだった?」
妻のリイサが返した。
リイサは夫と同い年で、中学時代からの仲だった。
光沢のある美しい肩まである黒い髪を赤いカチューシャで留めている。
深く黒い瞳の奥は優しく、透き通る様な白い肌が魅力的な女性だった。
マコトはリイサの問い掛けに答えず、ヨロヨロと力なく進むと、食卓の椅子に、その長身で逞しい身体を預けた。
「ごめん、ダメだった。」
ため息を付きながらマコトは答えた。
「そう。でも、仕方ないわ。諦めず頑張りましょ。」
リイサが答えた。
マコトは職を探していた。
マコトだけではない。
実際のところ、ヤハン国民の殆どが、失業状態にあり、皆が貧困に苦しみ、職を探していた。
リイサも職を探したが、一向に見つからなかった。
マコトは自分の不甲斐なさに腹が立っていた。
「妻を満足に食わせられない自分に、一体価値はあるのか?」
と。
一方、リイサの心も暗く沈んでいた。
「夫をマトモに支えられない自分って、一体何?」
と。
二人の複雑な心の糸は交わる事がなかった。
お互いに思い相っているというのに。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ヤハン共和国の経済相であるサカミの元にシャイナ系国営企業のトップである、リュー・イー・フォンが訪ねた。
サカミの執務室において、固く握手をする二人。
「リューさん、お久しぶりです。事業の進捗状況は如何ですか?」
サカミがリューに尋ねた。
「お陰様で順調です。それもこれも。閣下の御尽力の賜物です。」
リューが返した。
「やはり技術者も作業員もシャイナの人に限る。その方が効率が良い。」
サカミは楽しそうに答えた。
両者は金鉱山の経営状況を話し合い、一通り会談が終ると、最後にリューは静かにサカミに告げる。
「閣下の海外口座に振り込ませて頂きました。御確認の程を。」
そう言うと、リューはサカミに挨拶して経済省ビルを後にした。
これにはカラクリがあった。
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実はシャイナ自身も人民の高い失業率に頭を抱え悩んでいた。
そこで考え出された策というものが、積極的に海外へ出稼ぎに派遣するというものであった。
ヤハンの金鉱山で働いているスタッフの九割はシャイナ人であり、ヤハン人は殆どいなかった。
この「出稼ぎ政策」を可能にしているのが、リューがサカミ経済相にしたような銀行口座への送金、つまり、賄賂であった。
しかもヤハンにやって来るシャイナ人は同胞の店で買い物するので、ヤハン人の間にカネが回らないのだ。
豊かな金鉱山と海外からの出稼ぎ者がいるにも拘らず、民衆が貧しいままなのは、そういったシステムがある故である。
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マコトとリイサの住む街の一角に古くからある寺がある。
由緒ある寺で、何百年も前から保存されている曼荼羅や仏像が安置されている。
それらのものを守る為に建立された寺であるから、寺自体も何百年かの歴史がある。
寺は貧しい人々に施しを与え、また、人々は手を合わせ祈りを捧げた。
マコトとリイサは寺から生活費を借りる為にやって来た。
他にも大勢の民衆が、寺に助けを求めてやって来た。
こうした光景が、ヤハンの全国各地で見られた。
「これで何とか今月も持つ。」
マコトがそう言った。
リイサは優しく微笑んで頷いた。
「なぁ、リイサ、俺みたいなダメな男、捨ててもいいよ。」
マコトが言うと、
「バカなこと言わないで!次に言ったらぶつわよ!」
とリイサが返した。
二人が手を繋ぎ家路に着く途中の事だった。
生活困窮に喘ぐ民衆らが、広場で集会をしていた。
その集会は、みるみる膨れ上がり、やがて街を練り歩き始めた。
デモ行進だ。
マコトとリイサは、自分達も何かしなければ、という衝動に駆られた。
そして、自宅の方角とは逆の方角にくるりと向きを変えた。
二人はいつの間にか、デモの参加者となっていた。
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デモ隊は街の中心に向かって移動して行く。
その様子を見ていた貧しい人々が、途中からデモに加わっていく。
デモ隊は、どんどん膨れ上がり、数十万、数百万もの規模に成長していった。
事態を重く見た当局は、警察の治安部隊を投入して、鎮圧を謀ったが、まったく効果がなかった。
人々は治安部隊に向けて、次第に石を投げ始めた。
気が付くとマコトとリイサの手の中には、石が握られていた。
二人は殆ど無意識に投石に加わった。
人々は熱気と狂気に飲み込まれていった。事態は更にエスカレートした。
何人かが、遂に火炎瓶を投げ始めた。
治安部隊は催涙ガスと放水で対抗したが、デモ隊は一步も引かず、更に過激化していった。
すると、突然、銃声が轟いた。
デモ隊の中の誰かが銃を持っており、治安部隊に発砲したのだ。
遂に当局は軍の投入を決定した。
治安部隊が撤収した後も、デモ隊は街を埋め尽くし、誰もその場を離れようとはしなかった。
もちろん、マコトとリイサも離れなかった。
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デモ隊の前に軍の兵士達が集結した。
カラシニコフで武装した兵士達は、デモ隊に銃口を向けたまま待機した。
解散しなければ発砲すると。
軍は戦闘装甲車両も投入した。
シャイナから供与されたT34/85やT54Bなどの中戦車が道路を封鎖した。
デモ隊はまったく解散する様子を見せず、投石を行い、火炎瓶を投げた。
遂に兵士達が威嚇射撃を行った。空に向けて数発発砲したのだ。
デモ隊は一瞬怯んだが、再び抵抗を始める。
すると、再びデモ隊の中の何者かが銃を発砲した。
すさまじいフルオート射撃音だった。
自動小銃だ。
これがいけなかった。
一発の銃弾が、道をふさぐ兵士のうちの一人に命中してしまったのだ。
デモ隊に向けて軍の一斉射撃が始まる。
デモ隊は逃亡を始めた。余りに大勢が走り始めた為に、激しい揉み合いになった。
「リイサ!絶対に離れるなよ!」
マコトはきつくリイサの手を握り、二人は来た道を引き返し走り始めた。
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軍の一斉射撃が続く。
デモの参加者が、次々と血だらけになり、地面に倒れていく。
それは、地面のアスファルトをみるみる赤く染めていった。
手を握りながらマコトとリイサは走り続けた。途中、リイサが躓き倒れた。
マコトがリイサを起こす。
すると、リイサの腹部が真っ赤に染まり、鮮血が滴り落ちていた。
「リイサ!!」
マコトはリイサを背負い走り続けた。
そして、何とか軍から遠ざかる事に成功した。
狭い路地裏の建物の影に隠れたマコトは、リイサを背中から下ろし、仰向けに寝かせた。
「マコト…。あのね…。」
小さな声で話そうとするリイサをマコトは静止しようとした。
「ダメだ!話すな!直ぐに医者に連れてくからな!」
マコトがリイサに訴えた。
「赤ちゃん…。」
リイサは静かに囁くと、彼女の呼吸は止まった。
「いや、いやだ!そんな!嘘だろ!!」
マコトはみるみる冷たくなっていくリイサをきつく抱きしめて、その瞳からスコールの様な涙を流した。
リイサは二度と目を覚ます事はなかった。
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話を事件の二年前に戻そう。
「自由と民主主義」の大国であるヤリエカ合衆国の大統領リチャード=ルメルは、ある極秘作戦の実行を許可する大統領令に署名した。
作戦とはこうだ。ヤハン共和国のバリヤバ政権に抵抗する亡命ヤハン人の反体制派に軍事訓練を施し、秘密裏にヤハンに送り込み、叛乱を起こさせようというのだ。
あのデモ隊を組織し、扇動し、そして、軍の兵士に発砲したのは、その反体制派のメンバーだったのだ。
ヤリエカの目的は一つ。
バリヤバ政権を倒し、シャイナを追い出し、そこに介入して金鉱山を奪うという事だ。
作戦名は「黒い法衣」である。
反体制派は「अमिदा बुद्धस्य सेना(アミダ・ブッダシャ・セーナ)」という武装勢力を組織した。
つまり「阿弥陀如来の軍勢」という意味の過激派組織である。
影の支援者はヤハンの貧しい人々に施しをするたくさんの寺院であった。
もちろん、マコトとリイサがカネを借りた寺も含まれていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
デモから15年の年月が流れた。
ヤハンは内戦中である。
アミダ・ブッダシャ・セーナは、ヤリエカとヤハン人民解放戦線政権に激しく抵抗していた。
主要な都市や要所が、次々と叛乱軍の手に陥ちていった。
その中には、金鉱山も含まれていた。
シャイナ系国営企業は既に前面撤退していた。また、ヤハン在住のシャイナ人も次々とヤハンを脱出していった。
叛乱軍の一つの部隊が、ある北部の金鉱山を奪い占領した。
「頭(かしら)、捕虜にした国軍の兵士達はどうしますか?」
アミダ・ブッダシャ・セーナの若い戦闘員が、指揮官に尋ねた。
指揮官は静かに手を自分の首に当てて、斬る様な仕草を見せた。
兵士達の処刑が決まった瞬間である。
外に引き摺り出される兵士達。
やがて、遠くからカラシニコフの銃声が、何発もこだました。
兵士達は黄泉へと強制的に旅立たされたのである。
叛乱軍の司令官はその銃声を聞きながら、金鉱山の事務所の中から窓の外を眺めた。
「リイサ、敵は取るからな。お前と子供の。必ず。」
指揮官のマコトは一人静かに呟く。
黄金の太陽が天頂を征服する時はまだ来ない。
真昼の眩い光は島の大地に届かず、厚い雲が空を封鎖していた。
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