怪盗ダーク ―5人の怪盗、世界を欺く―

七梨

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Injury

第42話 誰も殺してない

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◆◇◆
 

 2073年8月

 さくら号

 8月に入った。
 “奴” ──コンドルからの連絡はまだ、来ない。

 船のダークの後、あの怪しい鷲尾のブログをまさかりさんに調べさせたが『』らしい。

 俺にはネットやプログラミングの専門知識はない。まさかりさんがそう言うなら、信じるしかない。
 ……本当に、あの時の心配が杞憂であれば良いのだが。

 貧乏シェアハウス。
 温暖化が進み、日中の気温は40度を超える日が普通になって来た。

 当然朝も暑い。
 しかしさくら号は5人で電気代を割り勘している。ケチって朝はエアコンを付けないルールだ。

 よって一台の扇風機がせわしなく働いているが、上のベッドで寝ている俺には関係ない。
 冷気は全て、下の方へ集まる。それが自然の摂理。

「……」

 暑い。ベッドの上に置いたUSBの小型扇風機からは熱風が出ている。
 一度目が覚めてしまったからにはもう眠れない。
 時計はまだ朝5時半を回ったところだ。

 ベッドを下り、クローゼットを開けて、新しいシャツを取り出す。
 汗ばんだ長袖のシャツを脱いで、新しいシャツを着ようとした。

「タカおはよ……」

「!」

 ひかるが自分のベッドから、顔を覗かせていた。

「その傷……どうしたの?」

 俺の左腕には、大きな切り傷がある。
 ただしもう何年も前に受けたもので、既に跡になっている。

「……」

 ……ほら。干渉される。
 俺は無言で長袖のシャツを着た。……傷を隠す様に。

「……そっか、だから半袖着たがらないんだ」

 ひかるは納得したように、頷いただけだった。
 ……理由は聞かないんだな。

「お前は何で起きたんだ。こんな朝早くに」

「え? 朝食作るよ?」

「はぁ?」

 ひかるはまだ片足で、松葉杖に頼らなければ動けない状態。

「大丈夫だよ。もう松葉杖慣れたし。料理に使うのは手だからね」

 俺の言いたいことを察したひかるが、平然として言った。

「……どうしてそこまでするんだ」

 え? と、ひかるは首を傾げた。

「朝早く起きて片足で立ち続けるなんて、転倒して更に大きな怪我をするリスクを背負うだけだろ」

「えぇ?」

 するとひかるは、俺の意に反してニタリと笑った。

「心配してくれてるの~?」

「違う! そうじゃなくて……。そこまでして皆の為に飯を作って、何のメリットがある?」

「メリット?」

「お前は材料費しか集金してない。何故人件費は取らない? それとも、ただ皆に恩を売りたいだけか?」

「えー……、おれがそんな事考えてると思う?」

「……」

 ……思わない。

「メリットね……。強いて言うなら、みんなに『美味しい』って言ってもらえるのが、嬉しいからかな」

「は?」

「は? って。え、変かな?」

「……意味が分からない」

 コイツと話すと、たまに宇宙人と話しているような感覚になる。
 俺の問いに、想像の斜め上の答えを返してくる。

 そもそも俺は“非合理的な動きをする”人間の事が一番理解出来ない。
 ひかるはそれだ。

 前はコイツの事をバカだと思っていたが、今は……不思議……に近い。

 ポカンとする俺の顔を見て、ひかるは失笑した。

「何が意味が分からないのか、おれも分からないよ……」

「じゃあ俺の為に作るのは何故だ? 俺は一度も『美味しい』なんて言ったことはないが? それとも律儀に、『俺と組め』と言った約束を守ってるのか?」

「タカは確かに『美味しい』って口には出した事はないけど、顔には『美味しい』って書いてあるもん」

「っ、はぁ!?」

「ちょっと、大きい声出さないでよ。みんな起きちゃう」

 ひかるは悪戯っぽく笑うと、そのままキッチンの方へ松葉杖を使って向かう。

「おい、待て」

 その腕を掴んだ。

「やめろ、作るな」

「えぇ……っ、なんで……?」

「何も怪我してない俺たちが、大怪我のお前が必死に作った飯なんて気持ちよく食えない」

「……うーん、気にしなくていいのに」

 俺は車椅子をひかるの元に持って来る。

「乗れよ」

「はい?」

「早く」

 ひかるが渋々座ると、俺はそれを押して玄関から外に出た。
 ひかるは驚いた様だったが、文句一つ言わないどころか、少しニヤけていた。





 夏の朝。
 生ぬるい風がひかるの髪を揺らす。

 車椅子を押して、川沿いをただひたすら歩いた。
 自分でもどうしてこのような行動に出たのか、正直驚きだ。

 まあでも、ひかるには話したいことがあった。

「お前、今月インターハイに出場予定だったな」

「え……?」

 ひかるの表情が変わった。

「それでどうしても早く足を治したかった。……エリンギから聞いた。お前が必死にあの医者に治したいと言ったことを」

「……」

 去年一年間、種目は違えど、同じ環境で部活をして来た。
 ……暑さの中、血へどを吐きそうなくらいひたすら走り続けた。

 こいつが足が速いのは才能だけじゃないと……、俺は知っている。

「……」

「……」

 俺には俯いているひかるの頭しか見えないので、表情は窺えなかった。

 ……やっぱり、言わなければよかった。
 沈黙が重い。

「……い、いや、大丈夫だよ。お……おれまだ2年だし、まだ、来年があるから……」

 ひかるはこちらを振り返って、目を泳がせて言った。

 相変わらず嘘が下手すぎる……。
 本当は悔しくてたまらないくせに。
 泣き付かれても困るが、強がっても腹が立つ。

 ──何でコイツは俺を責めない?
 ひかるが『あの時タカが警察を待てなんて言わなかったら、おれは撃たれなかったのに!』と憤れば、俺は返す言葉もなく謝れるのに。

「……ひかる」

「うん?」

「一つ、相談に乗ってもらえるか」

「え?」

「いや、相談と言うより、聞きたいことと言うか」

「おれに?」

 何となく、話を大きく逸らしてみる。
 ひかるは驚いたが、しかし嬉しそうに微笑んだ。

「なぁに?」

「……パワフル」

「パワフル?」

「あいつは信頼に値する人物か?」

 ひかるは首を傾げた。

 さくら号の大家・パワフル。
 恐らく、どうして今パワフルなんだろうと疑問に思っている筈だ。

「……別に悪い人じゃないし、むしろ気が利いていい人だと思う」

「気が利く?」

「うん。ほら、たまに掃除しに来るじゃん、さくら号に。その時ちゃんと布団まで直してくれたりさ、ちゃっかり冷蔵庫の中身補充してくれたりするんだよね。おれは仲いいんだけど……」

「俺はアイツに、さくら号から出て行けと言われた」

「え、えぇ!? 何で?」

「さぁな、『俺の事が嫌いだから』らしい。そんな幼稚な理由だから、無視して今も居座ってる訳だが」

「何でそんなに嫌われてるんだろ? 心当たりはある?」

「ない。でも……このままじゃまずい」

「まずい?」

 俺は無言で頷いた。

「俺はあいつに用があるから、さくら号に入居したんだよ」

「さくら号に住まなきゃいけない程の……用?」

「……親父に手紙を託された」

「手紙? パワフル宛?」

「そう。多分」

「渡すだけじゃ……?」

 何か訳があると悟ったひかるは、おそるおそる聞いた。

「親父が死ぬまでに残した手紙、というより遺書は2通あって、俺ともう1人別々に宛てられたものだった。俺の方に『もう一方の手紙は絶対に読むな』と書かれていて……」

 俺は、親父の意思に背く事はできない。だから手紙の中身は見れない。

『本当に一人で生きて行くのが辛くなったのなら、もう一方の封筒をそこの住所の人物に渡せ。きっとその人が、俺の嘘を全部話してくれるだろう』

 掻い摘むと、そう記してあった。
 俺はこの〝親父の嘘〟を知る為に、この住所の住人──パワフルの元を訪ねたわけだが。

 ……ただ、書き忘れだろうか……。
 肝心の名前が書いてなかった。うっかりやらかしそうな親父の事だ、それに意図はない気はする。

「そのもう一人の宛先が、パワフル……?」

「住所に間違いがなければそうだ。パワフルが親父の何かを知ってるとは思えないから……。さくら号に住み込んでアイツが信頼に値するかを見極めてから、遺書を渡すか否か決めようと思った」

「そうだったんだ……」

「だからまだ、とても渡す気になれない」

 ひかるは何度も相槌を打ちながら、真剣に聞いてくれた。
 ほんの少し、気が晴れた気がした。

「うーん、まず何でパワフルに嫌われてるかが分かんないとね……。おれが聞いてみようか?」

「いや、いい……。どうせはぐらかされるだけだろ」

 ひかるは少し考え込んで、ポツリと言った。

「……タカのお父さんってさ、どんな人だったの?」

「え……」

「いや、パワフルの事知ってるって、何かヒントになるかなーって……。タカのお父さんが凄く良い人だった事、おれは知ってるよ」

「は? 何で?」

「あ、電車の中で盗み聞き……、じゃなくて! ゆ、優輝先輩から、聞いたから、です、うん……」

「……」

 俺は少し、躊躇った。
 親父のことを語るのは、優輝以外にはした事がない。
 しかもコイツにとって親父は、……殺人犯だ。

 しかし、何故だろう。

 河川敷は風が吹き抜け、川面はキラキラ光り、ひかるの口調は穏やかで、気持ちの良い朝だった。

 俺の気持ちは今、明るかった。
 だから親父の顔を思い出して、ぽつりぽつりと言葉を発した。

「……一言で言うと、アホだ」

「え!?」

「でも、……それが良いんだ」

「あ……、ふふ、そうなんだ」

「呆れる程お人好しで」

「うん」

「誰とでも仲良くなれて」

「うん」

「よく笑う人で」

「うん」

「虫も殺さぬ様な温厚な男で……」

「うんうん」

「だから、誰も、殺してない」

 ひかるは思わず、息を止めて俺を見た。

「え……?」

 そして、俺の顔を窺う。
 冗談なのか、本当ならばそれ以上聞いていいのか……。それを迷う様な顔で。

「……いや、忘れてくれ」

 何で、言ってしまっただろうか……。
 何故あれ程干渉されたく無かったのに、自ら曝け出してしまったのか。

「……うん」

 ひかるはそれ以上、何も聞かずに川を眺めていた。
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