怪盗ダーク ―5人の怪盗、世界を欺く―

七梨

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Injury

第41話 役者は揃った

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◆◇◆
 

 東京都内某所

 某雑居ビル3階

 その事務所内は、煙草の煙が充満している。
 広いとは言い切れない部屋の中には、大勢の男たちがむさ苦しくたむろし、酒を飲み交わしたり、博打をしている。

るい、お呼びだ」

 その中の一人の男が、奥の部屋へと招かれた。身体の引き締まったその腕には、刺青が彫られている。

 中には貫禄のある、彼らのリーダー格であろう老人が、ソファに腰掛けていた。

「類、お前に吉報だ」

 男は老人に向かい合うように、腕を組んで座った。

「鷲尾敏郎が、我らに力を貸して欲しいと……。怪盗ダークを、知っているな」

「……」

「怪盗の尻尾を掴むことは出来なかったが……。しかしこれなら直接、奴とコンタクトを取ることが出来る。お前にとって、これを逃す手はない」

 老人は男に、封筒を渡す。
 男は中身に目を通し、手で目を覆って本当に嬉しそうに笑った。

「ククク……。やーっと育てて来た芽が花咲きましたよ……。本当に小渕おぶちのオヤジについてよかったと、今心の底から思いました」

 男は封書を丁寧にしまい、ゆっくりと立ち上がった。

「お前には本当に期待している。復讐を果たして来てくれ。頼んだぞ、類」

「……っとオヤジ、1つだけ」

 男は振り向き様に言い、ニヤリと笑った。

「オレのことはこれから、谷田貝やたがいと呼んでください」


◆◇◆


 ダークから3日後。
 俺《タカ》はダークの世間の反応をネットで見ていた。

 足を撃たれ海に堕ち、その生存は一時絶望視されていたダーク。
 しかし今日支援団体に金が寄付され、日本国内はその奇跡の復活の話題に湧き立ってた。

 だが正直、日本国内の騒ぎはもうどうでもいい。
 俺が騒がせたいのは、だ。

 特に米国。
 確かにあっちのニュースでも、日本のPhantom thiefの話題は大きくなりつつある。
 しかしそれと同時に有名俳優の結婚の話が被り、既に話題の中心はそちらに移ってしまった。

 ……これは、運がなかった。タイミングが悪い。

 俺が鷲尾の息の根を止める……もちろん『社会的に』という意味でだが……最大の武器は、一撃しかない。
 確実にその一撃で仕留めなければならない。

 その為には、ダークが世界の話題の中心になるまで、観客が虜になるショーを見せなければならない。

 もう一押し、あと一回。

 3度目はもっと、大きな盗みをして注目を奪ってみせる。





 俺は地方にある実家に帰っていた。

 小さな庭付きの2階建て。ごく普通の一軒家。
 誰も住んでないので閑散としている。
 ちなみにこの近くに優輝も住んでいる。

 鍵を開けて中に入る。
 埃っぽい屋内。帰るのは俺がさくら号に来る前だから、4ヵ月ぶりか。

 さくら号でも、親父のメールは逐一チェックしていた。しかし新着メールはなかった。

 俺の今回の帰省の最大の目的は、郵便物。
 俺は一度玄関に出て、郵便受けを開いた。
 大量の郵便物。ダメ元で、物色してみる。

 ……すると確かに俺宛てなのに、差し出し人の名がない封筒が一通。

 少し期待して封を切る。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 糸原高俊

 お前が怪盗ダークか?

 YES→同封されている黄色いシールを郵便受けに貼り、ポストの中に貴様のメールアドレスを記した紙を入れ、その後この封書を処分せよ

 NO→同封されている青いシールを郵便受けに張り、この封書を処分せよ


 ワタシがCONDORだ


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




「来た……っ」

 来た。
 “奴” ──コンドルからコンタクト(接触)の誘いが!

 待ち望んでいたことが遂に叶って、思わず声に出てしまった。

 俺は屋内に駆け込んで、紙を探す。
 埃を払って、自分の携帯電話のアドレスを丁寧に書き込む。

 そしてその紙を郵便受けに綺麗に畳んで入れ、中に入っていた手のひらサイズの、大きなシールを貼った。
 赤い郵便受けに黄色の大きなシール……、家の敷地に入らなくても遠目で分かるように、か。

「……」

 少し冷静になって、もう一度封筒を見る。
 消印の日付が5月12日となっていた。
 ……初回のダークのわずか一週間後……。

 もっと早くに来るべきだった。

 俺は再び屋内に戻る。
 仏壇の前に座り、線香を立てる。
 遺影の親父は、俺の気なんて一つも知らずに笑っていた。

 ──親父。俺は出来るぞ。

 一介の高校生でしかなかった俺が、二度も鷲尾を出し抜いてやり切った。

 俺が、あんたと俺自身のために。
 “12月の国会事件”のを、白日の元に晒してみせる。


◆◇◆


 ダークの事件より一週間後

 鷲尾邸

 鷲尾がささやかな食事会に招待したのは、以前から数回招いていた女と、30前半くらいのガタイのいい男。

「では、我らの出会いを祝して。乾杯」

 3つのワイングラスが心地よく響き合う。

「で? 総理。その女は?」

「私? ただの主婦よ。そっちは?」

「はあ? 主婦ぅ?」

「して、ミドリさん。報酬はこれで満足かな」

 怪訝な顔の男を余所に、鷲尾は女に封筒を渡す。
 女はさっそく、封筒の中身を数え始めた。

「……まあまあかしら。次もこれで手を打ちましょう」

「貴女の言うことは100%的中していた……。味方について本当に頼もしい」

「おい女! オレの質問に答えろ」

「うるさいわね谷田貝くん。暴力団ってみんなそんななの?」

 男……谷田貝は、意表を突かれた。

「……おっと、オレのことはリサーチ済みですか」

「さっき総理から聞いたわ」

「谷田貝、君には紹介がまだだった……。彼女はミドリさん。そしてダークのことなら何でも知っている、我々の計画に不可欠な存在だ……」

「よろしくね、谷田貝くん」

「で、まだ奴等はトラップに気付かんのか」

 鷲尾が女に向き直って言った。

「この前やっと。でもハッカーくんは全員には言ってないみたい」

「思ったより鈍かったな……。頭の回転が速い司令塔が勘付くとは思っていたが」

「おいおい、オレを阻害すんじゃねぇ」

 谷田貝が口を尖らせて言った。

「総理、オレはあんたの目的しか聞いてない。ぶっちゃけそれはどーでもいいんだよ。オレはダークや計画について知りたい」

「あぁ……、だから今日は、それを話すために来てもらったんだ」

「おい女、“全員には言ってない”って何だ? ダークにグルがいるのか?」

 女はワインを少し口に含んで、谷田貝を見た。

「ダークは、5人の怪盗よ」

「はあ? 5人だあ?」

「そうね……。どこから説明しようかしら……」

 ……

 女が一通り説明を終えると、谷田貝は満足した様に、ふぅんと喉を鳴らした。

「……で、そいつらの名前は? 分かるんだろ?」

「そんなに聞きたい? 作戦決行前に写真付きで言おうと思ったけど」

 谷田貝はニヤリと笑って頭を振った。

「ククク……まあいい。楽しみにとっておこう」

「作戦はダークの足が治ってからとする。全く、警察もいらんことをしてくれた……」

「総理、ずっと聞きたかったんだけど」

 女が鷲尾に問う。

「この前のダーク、私はあの日の前から、彼らの計画を全て貴方に説明していたわ。例えあの宝石が偽物だったとしても、絶対にあの時DKは撃たないと分かっていた筈……」

「あれは私からの最後のプレゼントだ。たかが5,000万と8,000万、今後の為の投資だと思えば安いものだよ」

「……そうね。今回でまた世間のダークの株が上がったのは間違いないわ」

「絶望というものはね、幸福を味わい尽くした者ほど、より深く堕ちていくものだよ。……だからこそ、私は彼らに栄光と喝采を与えた。彼等は最高の役者になれるよ」

 鷲尾は満足げにほくそ笑んだ。

「さて……自由に飛び回るその羽を、今度は私がもぎ取ってやろう。怪盗諸君」
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