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Father
第53話 ようこそさくら号へ
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2073年2月
(さくら号入居2週間前)
俺は1人、東京にいた。
親父が手紙に記した人物に、会いに行くためだった。
しかし向かっている途中、俺はどうやってこの手紙を渡そうか悩んでいた。
親父は住所だけで名前は記してくれなかった。
俺が知っている人物か分からない。親父とその人がどんな関係なのかも――。
ストレートに、『糸原高成からの手紙です』と言うのか?
いやまず、『糸原高成をご存じですか』と尋ねるべき……?
駄目だ。あの事件を知る人ならば大抵は親父の名を知っている。
親父の言うことは信じたいが、果たしてそいつが信用に値する人物なのかが分からないと、大事な手紙は渡せない。
そうこう考えてる内に、俺は住所に辿り着いてしまった。
一見、ごく普通の一軒家だ。
“遠藤”と書かれた表札に、俺は全く覚えがない。
インターホンを押すのにも躊躇する。
相手が出たら、第一声は……。
「あの~……」
背後から声がして振り返ると、ランドセルを背負った小学生が不思議そうにこっちを見ていた。
後に知る、けいだ。
「お母さんのお客さんですか?」
「……」
お母さん?
……あぁ、こいつはこの家の子なんだ。
にしても、問われたのは『お父さんの』ではなかったことに不思議に感じた。
ノーと言うべきではない気がしたので、俺は頷いた。
「ホント!? ちょっと待ってて!」
と、けいは携帯を取り出して、誰かに電話をかけ始める。
こいつの目が一瞬輝いた気がしたのは、気のせいだろうか……。
「あ、お母さん! あのねー、お客さん来てるよ。……うん。……うんわかったー。じゃあ行くねー。ばいばーい」
通話を切ると、キラキラした目でけいは俺を見た。
「じゃあ着いて来てお兄さん」
と、けいは俺の腕を掴んで軽快に歩き出した。
「おい、どこ行くんだ?」
「え? お母さん事務所にいるから」
「事務所?」
仕事中か。
「いや、仕事中なら待っても……」
「え? 今じゃなきゃ駄目だよー?」
「はぁ?」
何だか腑に落ちないまま、俺はけいに引っ張られて行った。
けいの言う事務所は、家のすぐ裏にあった。
小さな不動産事務所だった。
まさか、こいつ俺のことを……。
けいは俺の腕を持ったまま、小さな建物に入る。
「お母さーん、連れて来たー!」
「いらっしゃーい」
向こうからニコニコしながら女性が出て来る。
この人が、親父の知り合いなのか……?
「今の時期アポなしで来るとは珍しいわね。さ、座って」
「いや、話は――」
「早く早く。あまり1人に時間かけてられないの」
女性――パワフルに促され、俺は椅子に強引に座らされる。
「4月から大学生?」
「は?」
「うちはシェアハウスしか扱ってないけど、それを承知で来てるわよね」
何だ? シェアハウス?
完全に賃貸契約をしに来た客と勘違いされている。
と、いつの間にか俺の前に並べられる物件資料。
「いや、俺は家を買いに来たんじゃ……」
「当たり前じゃない。私が貴方に家を貸すのよ」
「いや、そうじゃなく……」
「新大生にはここはどう? 勉強が集中出来るように個室がついてるし――」
この女、俺の話を聞こうともしない。
このままでは無理矢理に話が進められてしまう。
いや、しかし……。
この女のことを知るには、しばらくこいつの近くに暮らしてみるとか……。
もしかしたら親父との関係が分かるかもしれない。
それ以前に、親父が手紙を渡したいのが本当にこの女なのかは定かではないが。
……それくらい、慎重にあの手紙を渡したいのだ。
しかし、シェアハウスか……。
今まで住んでたあの家は、1人で住むには広すぎて、暗くて静かで逆に息が詰まる。
しかもここは、国会が、鷲尾がいる東京。
黒幕――コンドルがいる可能性もある。
早々にあの家を出て行きたい。
それにはこの女の所有する住居が一番だとは思うが……。
「……シェアハウスしか、ないのか?」
「ウチはね、シェアハウス専門でやってるの。それが目当てでウチに来たんじゃないの?」
俺が他人と寝食を共にする?
考えられない。不可能だ。
「……分かった。なるべく人口密度が低いところね。一番おすすめの場所は、ここの住居。8人の定員だけど今の所3人。貴方に害を与えるような人達ではないと思うわ。内1人は貴方の2つ上。留学生だけど」
『大切な人を作ることに恐れず、明るく生きろ』
手紙の親父の言葉が頭をよぎった。
親父は俺のことを全て見抜いていたんだと、思った。
「……他の2人は」
「社会人とおじいさんね。部屋はそこまで汚くならないわ。私が掃除に来るし。ここからも近いし。社会人の人が煙草を吸うけど、外で吸うし。あと――」
「そこでいい」
「え? あらっ、じゃあこれにサインして。見学というか、挨拶も行けるけど――」
「結構、面倒だ」
……しかし、俺は他人に心を開くことは出来ない。
他人は関係ない。俺は自分の目的のためだけにさくら号に暮らす。
契約書には迷った末、本名を書いて親父との関係がいきなり知れるのは気が引けたので、その場で偽名を考えた。
母さんの旧姓と、俺の好きな言葉“俊英”から取って“木谷高英”という偽名を考えて調印する。
身分証は後程偽装したものを送った。
そのまま3月に挨拶もせず引っ越して、今に至る。
◆
2073年3月
タカがさくら号に入居して間もない日
ひかるはタカには秘密で、優輝にさくら号の住所を教えてもらっていた。
親とは、突然転校して上京する事に猛反対されたが、それを押し切って無理矢理喧嘩別れする形で東京に来た。
美容師の姉に髪を男子風にバッサリ切ってもらい、男物の服を着て、パワフルの不動産事務所を訪れた。
「……さくら号に住みたい? ダメよ、あそこは男しか住めないから」
パワフルには、一発でバレた。
あまりにもあっさりバレたので、ひかるは心臓が口から飛び出そうになった。
「何でさくら号に住みたいの?」
「いや、その……」
……それでも、ここは引けない。
引けないけど……、何て言おう……。
ひかるがモジモジしていると、パワフルは察して笑った。
「成程、タカくんね」
「いや!? 何も言ってないんですけど……?」
「消去法で分かったわ。彼、確かにイケメンよね……。無口だけど知的な空気は感じる。まだここに来て数日だから、私は彼がどんな人かよく分かってないけど。でも流石に男装してまで追いかけるのはやり過ぎじゃない?」
「そうなんですけど……、でも、どうしても……。彼を、助けたくて」
ひかるが決心した顔で強く言うと、パワフルは少し驚いて、鼻から息を吐いた。
「……まあ、タカくんの事は分からないけど。他の同居人3人は、少なくともあなたが女の子だとバレたとしても、何かしようだとか考える人達ではないと思うわ」
「……」
「でも何かあっても、私は責任取れないわよ」
「……はい……」
「今から、見学を兼ねて挨拶に行きましょう。どんな人が住んでいるか見てから、決めた方がいいと思うわ。ただしあなたが女の子という事は秘密よ」
パワフルが立ち上がったのに、ひかるも続いた。
◆
さくら号の先住者は、
茶髪で癖毛の20代後半の男性、
金髪碧眼白人の大学生、
白髪混じりの清潔感ある老人の3人。
さくら号に着いて、パワフルから紹介された3人は、ひかるを見て少し驚いた顔をした。
「ほぉ……キミが、ここに住むのかい……?」
「あ、まだ、見学なんですけど……」
「……パワフルも物好きだよなぁ」
「何か言ったかしら? 総志くん。家賃滞納してるアナタに何か言う権利はないけど」
「何も言ってません」
ひかるがキョロキョロしているのを見て、パワフルが尋ねる。
「タカくんは?」
「出かけてまス。基本日中は図書館に篭ってるみたいデ、夕方まで帰ってきませン」
「そう……、残念ね。本当にあの子は何でシェアハウスを選んだのかしら……」
タカの不在に、ひかるはちょっと残念に思った。
まあ、緊張とバレないか不安で、たぶん目も合わせられなかっただろうけど……。
「アイツはどーでもいいよ。どうせオレらとつるまないから。それより……ひかるって言ったか?」
「あ、はい」
まさかりさんは、ひかるの肩を掴んで言った。
「この後暇か? オレたちの事を知るなら、メシ行くのが一番早いぜ」
「……! はい!」
「お前ら! 居酒屋行くぜ!!」
「お酒はダメよ、ひかるくんは高校生なの」
「……じゃ、焼肉行くぞ!」
「いいのぅ、行こう行こう」
「まさかりさんの奢りだよネ?」
「バーカ、お前が奢れよ御曹司」
結局この日ひかるはタカに会えなかったが。
この3人の和気藹々とした空気感が凄く好きで、さくら号の入居を決めた。
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