怪盗ダーク ―5人の怪盗、世界を欺く―

七梨

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第54話 深刻な問題

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◆◇◆


 2073年現在――

 事実上今の日本は、鷲尾の独裁体制下にあると言っても過言ではない。
 ただし、対立勢力がない訳でもないのだ。

 平野元ひらのはじめは、鷲尾の対立勢力――野党第一党の党首だ。

 融通の利かない真面目さと誠実な物腰、実直な言葉選びから“国民の代弁者”として支持されるが、テレビ映えや煽動的な演説には向かない。
 そのためカメラの前では、常に鷲尾の芝居がかった言葉に押されがちだった。

 しかし、議場での討論では時折その切れ味が光る。
一部の政治記者の間では『唯一、鷲尾の神経を逆撫でする男』として知られていた。

 鷲尾政権が最も潰したいと考えているのは、派手な過激派ではない。
 声なき多数の民意を、言葉ではなく『論理と倫理』で動かせるこの男だ。

 ──どちらかと言えば、ダークは平野の味方になるのだろう。
 逆に平野の敵に回るようなことをすれば、タカの思惑の一つである『ダークは鷲尾の敵であるという信頼』を民衆から失う事になる。
『鷲尾政権を潰せ』と言うコンドルとの距離も、遠くなってしまうだろう。

 だからダークが……タカが、鷲尾以外から標的を変える筈がない。

 ……――。



◆◇◆



 2073年12月3日

 青山は警視庁で、昨年の事を思い返していた。

 12月の国会事件から一年が経った。
 全く、一年と言うのはあっという間で。

 恐らく、この先12月3日が来る度に事件を思い出すだろう。
 そして、糸原高成のも。
 その都度鷲尾にも己にも、ぶつけようのない怒りが込み上げる。

 害刑制度なんて、なくなればいい。
 そして鷲尾政権も潰れてしまえばいい。

 しかし青山の立場は、鷲尾という国に雇われ、鷲尾に敵対する怪盗ダークを捕まえるというもの。だから今、自分の立場が歯痒い。

「青山、ダークの捜査について進捗はあったか?」

 そんな折、松浦が聞いてきた。

 自身があの船の事件の指揮権を持っていたにも関わらず、『あの時甲板にいたのにダークを逃がしたのは、青山のせい』と遠回しに責任を擦りつけてくる。
 (松浦は催涙ガスで甲板に来れなかった。)

 松浦は出世の為なら何をしても上に胡麻を擂る様な男だ。それも含め、青山は松浦の事が嫌いだ。

「……今、船内の防犯カメラをくまなく見返しています。数が多いので時間がかかってます」

「あれからダークについて音沙汰はないんだな」

「奴は足を負傷しました。それは間違いないですから」

「上は名誉挽回のため、一刻も早く奴を捕まえたがっているだろう。君も怪盗が動くのを待つのではなく、早く逮捕に繋がるものを掴んで来たらどうなんだ」

「……はい」

 そう吐き捨てて、松浦は去っていった。

 ……腹立つ。
 あーーーーっ! ムカつく!!

 結局俺任せか!?
 やれやれ言いながら、自分は何もやる気ねーし!
 本当にあいつは、信頼出来る上司じゃないなっ。

 ……もう何か掴んでも、俺だけの物にしてやる。
 松浦の手柄になんかさせてたまるか!

 青山は胸の内でそう誓った。





 2073年12月10日
 深夜

 あるホテルの一室で、谷田貝《やたがい》は持参したPCを開いた。
 メールボックスには、彼の予定通りに鷲尾からのメールが届いていた。

 メールには5枚写真が添付されている。

 上から、目付きの鋭い黒髪の少年、
 柔和な顔で同じく黒髪の少年、
 金髪碧眼の外国人、
 茶髪で癖毛の男、
 白髪が混じった老人。

 どれもカメラ目線のものはない。

 写真のタイトルには、それぞれ彼らの名前が添えられている。
 ただし1人だけ、『標的』という文字が付け加えられていた。

 谷田貝は1人の写真をかじりつくように見入って、ニタリと笑った。

「ククッ、楽しみだなあ、怪盗さんよぉ。ちゃんとオレの手のひらで踊ってくれればいいんだけどなあ」

 谷田貝は満足そうにほくそ笑んで、天井を仰いだ。

『確認した
 明日実行する』

 谷田貝は簡潔にキーボードを打ち込み、送信ボタンを押した。





 2073年12月11日

 ひかるはゆっくりと、深く息を吐いた。

 天気・風向き共に良好。
 足の調子も悪くない。

「位置に着いてー」

 地面はアスファルト。冷たい地面に手と膝をつく。

「よーい」

 見据える先は、100メートル先のゴール。

「ドン!」

 地面を蹴ってクラウチングスタート!
 ひかるはおよそ、5ヵ月振りに全力疾走する。
 風を切る感覚が懐かしい。

「はいひかるゴール!」

「ヒィ~っ」

 一緒に走ったエリンギも、ひかるに遅れてゴールした。
 まさかりさんはストップウォッチを持って、興奮気味にひかるに近寄る。

「はぇーっ! やっぱすげーよお前は! もう完全復活じゃね?」

「何秒?」

「11秒98!」

「うーん……、11秒台だから許容範囲かな……」

「え、まだ納得いってねえの?」

 正直、納得いっていない。
 青山たち警察との追いかけっこは、絶対に負ける訳にはいかない。

 ひかるはこの前、胸が張り裂けそうなくらい辛いタカの過去と、その目的を知った。
 やっぱり、ちゃんと正当な理由があった。ダークに協力してきて間違いじゃなかった。
 ……それにその事をタカが明かしてくれたのが、ひかるにとって本当に嬉しかった。

 だからもう、タカの足を引っ張りたくない。1秒でも早く助けになりたい。

「よし、タカに復活宣言する!」

「おっしゃあ! 良かったなひかる!」

 まさかりさんも嬉しそうにひかるの肩を叩いた。
 エリンギが真っ青な顔で息を切らしてやってくる。

「まさかりさん、ボクのタイムハ?」

「あん? んなもん知らねーよ」

「エェェェ!?  ボクも全力で走ったの二!」

「ありがとうエリンギ! 助かった!」

「……最近みんナ、ボクの扱いぞんざいだよネ」





 2回目のダークから、5ヶ月が経とうとしている。

 一部のファン(という言い方が適切かはさておき)からは、ダークが次はいつ現れるのか論争は尽きない。
 しかしそれは一部の話で、既に世間一般の話題からはかなり遠ざかってしまった。

 かと言って、忘れられた訳ではない。
 3度目の予告状を出せば、また騒がれ注目を浴びる事となるだろう。

 ひかるもそろそろ走れるはずだ。
 時期としては頃合いで、俺も自分のベッドの上で3度目の作戦の仕上げに入っていた。

 ……しかし、俺の中でが発生していた。

「ただいまー」

 100メートルの記録を測りに行ったひかるたちが帰ってきた。

 さくら号の5人でひかるの次に走れるのは俺だ。
 本当はひかるから、エリンギよりも先に『タカ一緒に走ろ!』と誘われた、のだが。

 即答で断った。

 当然だ。
 俺は負けると分かっている勝負には乗らない。
 しかも俺は一応あいつの先輩だ、プライドは捨ててない。

「タカー! 聞いて!」

 ひかるが満面の笑みでやって来るのに続いて、まさかりさんとエリンギも俺のベッドの下に来る。

「藤井ひかる、ダークの足として復帰します!」

 しかし俺はそれを聞いて、ニコリともせずひかるから目線を逸らした。

「そうか。分かった」

「……うん」

「おい高英、もうちょっと喜んでもいいだろ」

「そうだヨ……、なるべく早く復帰出来るようニ、ひかるリハビリ頑張ってたんだかラ……」

「早速今日やるぞ、3度目の作戦会議。エリンギ、けいを呼んでこい」

「ア……、うン」

「おい高英! 何かひかるに一言ねえのかよ!?」

「あーまさかりさん、いいって……」

 俺は一度もひかると目線を合わせず、背を向けた。
 ひかるは、悲しそうな顔をしている。

 俺はひかるに聞こえない様に、小さくため息を吐いた。

 ……本当に、深刻な問題だ。


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