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第54話 深刻な問題
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2073年現在――
事実上今の日本は、鷲尾の独裁体制下にあると言っても過言ではない。
ただし、対立勢力がない訳でもないのだ。
平野元は、鷲尾の対立勢力――野党第一党の党首だ。
融通の利かない真面目さと誠実な物腰、実直な言葉選びから“国民の代弁者”として支持されるが、テレビ映えや煽動的な演説には向かない。
そのためカメラの前では、常に鷲尾の芝居がかった言葉に押されがちだった。
しかし、議場での討論では時折その切れ味が光る。
一部の政治記者の間では『唯一、鷲尾の神経を逆撫でする男』として知られていた。
鷲尾政権が最も潰したいと考えているのは、派手な過激派ではない。
声なき多数の民意を、言葉ではなく『論理と倫理』で動かせるこの男だ。
──どちらかと言えば、ダークは平野の味方になるのだろう。
逆に平野の敵に回るようなことをすれば、タカの思惑の一つである『ダークは鷲尾の敵であるという信頼』を民衆から失う事になる。
『鷲尾政権を潰せ』と言うコンドルとの距離も、遠くなってしまうだろう。
だからダークが……タカが、鷲尾以外から標的を変える筈がない。
……はずだった――。
◆◇◆
2073年12月3日
青山は警視庁で、昨年の事を思い返していた。
12月の国会事件から一年が経った。
全く、一年と言うのはあっという間で。
恐らく、この先12月3日が来る度に事件を思い出すだろう。
そして、糸原高成の息子の顔も。
その都度鷲尾にも己にも、ぶつけようのない怒りが込み上げる。
害刑制度なんて、なくなればいい。
そして鷲尾政権も潰れてしまえばいい。
しかし青山の立場は、鷲尾という国に雇われ、鷲尾に敵対する怪盗ダークを捕まえるというもの。だから今、自分の立場が歯痒い。
「青山、ダークの捜査について進捗はあったか?」
そんな折、松浦が聞いてきた。
自身があの船の事件の指揮権を持っていたにも関わらず、『あの時甲板にいたのにダークを逃がしたのは、青山のせい』と遠回しに責任を擦りつけてくる。
(松浦は催涙ガスで甲板に来れなかった。)
松浦は出世の為なら何をしても上に胡麻を擂る様な男だ。それも含め、青山は松浦の事が嫌いだ。
「……今、船内の防犯カメラをくまなく見返しています。数が多いので時間がかかってます」
「あれからダークについて音沙汰はないんだな」
「奴は足を負傷しました。それは間違いないですから」
「上は名誉挽回のため、一刻も早く奴を捕まえたがっているだろう。君も怪盗が動くのを待つのではなく、早く逮捕に繋がるものを掴んで来たらどうなんだ」
「……はい」
そう吐き捨てて、松浦は去っていった。
……腹立つ。
あーーーーっ! ムカつく!!
結局俺任せか!?
やれやれ言いながら、自分は何もやる気ねーし!
本当にあいつは、信頼出来る上司じゃないなっ。
……もう何か掴んでも、俺だけの物にしてやる。
松浦の手柄になんかさせてたまるか!
青山は胸の内でそう誓った。
◆
2073年12月10日
深夜
あるホテルの一室で、谷田貝《やたがい》は持参したPCを開いた。
メールボックスには、彼の予定通りに鷲尾からのメールが届いていた。
メールには5枚写真が添付されている。
上から、目付きの鋭い黒髪の少年、
柔和な顔で同じく黒髪の少年、
金髪碧眼の外国人、
茶髪で癖毛の男、
白髪が混じった老人。
どれもカメラ目線のものはない。
写真のタイトルには、それぞれ彼らの名前が添えられている。
ただし1人だけ、『標的』という文字が付け加えられていた。
谷田貝は1人の写真をかじりつくように見入って、ニタリと笑った。
「ククッ、楽しみだなあ、怪盗さんよぉ。ちゃんとオレの手のひらで踊ってくれればいいんだけどなあ」
谷田貝は満足そうにほくそ笑んで、天井を仰いだ。
『確認した
明日実行する』
谷田貝は簡潔にキーボードを打ち込み、送信ボタンを押した。
◆
2073年12月11日
ひかるはゆっくりと、深く息を吐いた。
天気・風向き共に良好。
足の調子も悪くない。
「位置に着いてー」
地面はアスファルト。冷たい地面に手と膝をつく。
「よーい」
見据える先は、100メートル先のゴール。
「ドン!」
地面を蹴ってクラウチングスタート!
ひかるはおよそ、5ヵ月振りに全力疾走する。
風を切る感覚が懐かしい。
「はいひかるゴール!」
「ヒィ~っ」
一緒に走ったエリンギも、ひかるに遅れてゴールした。
まさかりさんはストップウォッチを持って、興奮気味にひかるに近寄る。
「はぇーっ! やっぱすげーよお前は! もう完全復活じゃね?」
「何秒?」
「11秒98!」
「うーん……、11秒台だから許容範囲かな……」
「え、まだ納得いってねえの?」
正直、納得いっていない。
青山たち警察との追いかけっこは、絶対に負ける訳にはいかない。
ひかるはこの前、胸が張り裂けそうなくらい辛いタカの過去と、その目的を知った。
やっぱり、ちゃんと正当な理由があった。ダークに協力してきて間違いじゃなかった。
……それにその事をタカが明かしてくれたのが、ひかるにとって本当に嬉しかった。
だからもう、タカの足を引っ張りたくない。1秒でも早く助けになりたい。
「よし、タカに復活宣言する!」
「おっしゃあ! 良かったなひかる!」
まさかりさんも嬉しそうにひかるの肩を叩いた。
エリンギが真っ青な顔で息を切らしてやってくる。
「まさかりさん、ボクのタイムハ?」
「あん? んなもん知らねーよ」
「エェェェ!? ボクも全力で走ったの二!」
「ありがとうエリンギ! 助かった!」
「……最近みんナ、ボクの扱いぞんざいだよネ」
◆
2回目のダークから、5ヶ月が経とうとしている。
一部のファン(という言い方が適切かはさておき)からは、ダークが次はいつ現れるのか論争は尽きない。
しかしそれは一部の話で、既に世間一般の話題からはかなり遠ざかってしまった。
かと言って、忘れられた訳ではない。
3度目の予告状を出せば、また騒がれ注目を浴びる事となるだろう。
ひかるもそろそろ走れるはずだ。
時期としては頃合いで、俺も自分のベッドの上で3度目の作戦の仕上げに入っていた。
……しかし、俺の中で深刻な問題が発生していた。
「ただいまー」
100メートルの記録を測りに行ったひかるたちが帰ってきた。
さくら号の5人でひかるの次に走れるのは俺だ。
本当はひかるから、エリンギよりも先に『タカ一緒に走ろ!』と誘われた、のだが。
即答で断った。
当然だ。
俺は負けると分かっている勝負には乗らない。
しかも俺は一応あいつの先輩だ、プライドは捨ててない。
「タカー! 聞いて!」
ひかるが満面の笑みでやって来るのに続いて、まさかりさんとエリンギも俺のベッドの下に来る。
「藤井ひかる、ダークの足として復帰します!」
しかし俺はそれを聞いて、ニコリともせずひかるから目線を逸らした。
「そうか。分かった」
「……うん」
「おい高英、もうちょっと喜んでもいいだろ」
「そうだヨ……、なるべく早く復帰出来るようニ、ひかるリハビリ頑張ってたんだかラ……」
「早速今日やるぞ、3度目の作戦会議。エリンギ、けいを呼んでこい」
「ア……、うン」
「おい高英! 何かひかるに一言ねえのかよ!?」
「あーまさかりさん、いいって……」
俺は一度もひかると目線を合わせず、背を向けた。
ひかるは、悲しそうな顔をしている。
俺はひかるに聞こえない様に、小さくため息を吐いた。
……本当に、深刻な問題だ。
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