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第58話 呪いの言葉
しおりを挟むまさかりさん・エリンギ・じーさんの3人は、俺の発言に信じられないと言うような表情をしていた。
鷲尾及び谷田貝にダークの事をリークした人間は、ダークの事をよく知る奴だ。
5人の中でひかるを狙った人選は、的を得ている。
奴等の要求が『ダークで平野を陥れる事』ならば、誰か一人欠けても作戦が回る事が大前提。
俺が欠ければ、作戦立案が出来なくなる。
まさかりさんなら、建物内の侵入が難しくなる。
エリンギなら、事前準備に必要な金が回らない。
じーさんなら、変装が出来ず警察を欺く事が出来ない。
一番代役が効くのは、ひかるだ。そもそも次回のダークも、俺が代役をやる手筈だった。
そこまで分かるのは、俺たち5人の役割分担をキチンと把握出来てる人間だ。
……つまり、この3人以外に疑える人間がいない。
「わしらを疑うのか」
「……他にいないだろ」
「……」
いつもは冷静なじーさんも、この時ばかりは静かに怒りを感じさせた。
エリンギはおたおたと落ち着かない表情で俺を見ていて、
まさかりさんは拳を強く握り締めた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……ト、とにかくひかるを助けなキャ。ネ? みんな」
「……そうじゃの。タカ、相手の要求はなんじゃ」
2人とも冷静を装って言った。
話を無理矢理逸らされたことにイラつきながら、俺は卓袱台の上のメモを、乱暴にエリンギに渡した。
「“1億”……?」
「要求された身代金だ」
「1億!? ぱ、パパにお願いすれば、ボクが立て替えられるかラ……」
「駄目だ。奴はダークで得た金でと言って来た。しかも場所まで、イエロージュエリーでやれと」
「な、イエロージュエリーじゃと!?」
「それって平野サンの弟ノ……」
「そう。このダークは俺たちに何のメリットもない。むしろ鷲尾の思う壷」
「……」
自虐的に言った俺を見て、じーさんもエリンギも黙り込んだ。
まさかりさんは何も言わずに自分のノートパソコンを開き、見取り図を探し始めた。
「誘拐した谷田貝という男が、一体どんな素姓なのかは分からないが、鷲尾と繋がってるのは確実」
「なら、必然的にわしらのことも鷲尾に知られてるということじゃの」
「そういうことだな」
重い静寂がさくら号を包む。
半年間俺は何パターンかの作戦を考え、仮にひかるがいなくてもダークができるようなのも作ったが、やはり場所が指定され変わると話は全く別である。
ひかるが今どういう環境にいるかは分からないが、2週間の監禁生活はあまりにも長く――。
ダークの準備期間で2週間は――あまりにも短い。
俺がどれだけ早く計画を作れるか、だ。
俺の指示がなければ、他の3人も動けない。
「――まさかりさん」
エリンギが、未だキーを叩いていたまさかりさんに耳打ちする。
徐々にまさかりさんの表情が強張っていく。
「バカ、今それ言ったら状況悪化するだろ……」
小声で喋っているつもりのようだが、まさかりさんの声はよく通る。
いちいち小声で会話する2人に、せっかく静まった怒りが再び蘇ってくる。
「でモ、――――――」
「いや、けど、そうは言っても……」
「おいエリンギ」
びくりと肩を上げて、エリンギが振り向く。
「俺に言うと都合が悪いことか?」
「いヤ……」
「なら言え。こんな時に隠し事なんて、気分が悪い」
エリンギだけでなく、渋い顔をしたのはまさかりさんもだった。
「実ハ……。ボクらがダークだってこト、もう随分前から鷲尾にバレてたみたいデ……」
「は……? どういうことだ?」
エリンギは渋い顔をしているまさかりさんを一瞥してから、恐る恐る口火を切った。
……
そうして数分の後。
ぼそぼそと詰まりながらエリンギが説明したのを要約すると。
2回目のダークのネタになった鷲尾のスケジュールの記事を、俺は自分の携帯で見つけた。
他の4人も自分の携帯でそれを見られたから、誰も何も疑いはしなかった。
しかしダークが終わってから、まさかりさんはその記事が俺たち5人の携帯か、まさかりさんのノートPCでしか見られないことに気付いた。
鷲尾は意図的に俺たちだけに情報を得させることによって、俺たちがダークであることを確信した……。
『……また、総理のスケジュールの情報の発信源が分かっておらず、警察は全力でこれを究明していますが――』
ダークの前日で見たニュースに、俺は違和感を感じていた。
今やっと、謎が解けた。
あの記事の内容自体を『ダークを捕まえる罠』だと思わせておいて、本当はその記事を元に作戦を起こさせる事自体が目的だったのだ。
……二重トラップだ。
まんまと、嵌められた。
愕然とした。思い知らされた。
相手は、あの鷲尾だった。
もしくは本人でなくても、このやり方で俺を出し抜こうと入れ知恵した人間は……切れ者だ。
「ごめン……、今言わなきゃ取り返しがつかなくなると思っテ」
「……まさかりさん。あんた『何もなかった』って言ったよな? 嘘ついたのか? 何故だ? エリンギも知ってたのか? 何故加担した?」
「……ゴメン」
「ゴメンじゃないだろエリンギ……、それで済む問題か……?」
「……」
まさか、仲間内でダークの事をリークされただけでなく、こんな重大な事まで隠してたなんて……!
あまりのショックに、俺は声が震えた。
「俺には専門知識はないから、まさかりさんの言葉を信じる以外無かった! そして疑いようも無かった……! 俺はあんたの言葉を鵜呑みにするしか、なかっただろ!?」
まさかりさんは俺と目線を合わせず、押し黙っていた。
「この事をもっと早くに知っていれば、俺だって早く対策が打てた! ひかるも誘拐されずに済んだかもしれない!」
まさかりさんはゆっくりと俺を睨み付けた。
「……もう、言い合いにはなりたくなかった」
「はぁ……?」
「ひかるが撃たれてオレたちの結束が揺らいでる時に、追い討ちをかけるようなことはしたくなかったんだよ!」
「そのあんたの判断が今こういう結果を生んだ……! 何度も言ってるだろう、俺がダークを仕切ると。いい加減あんたも素直に従って欲しいな」
「オレはもう! お前が信用出来ねぇ……!」
「……っ」
……俺はこうやって、懸命に感情を抑えて大人の対応をしているのに。
ハラワタが煮え返りそうだ……。
「ひかるが撃たれた時、お前の素っ気ない態度に失望したよ! 今だってそうじゃねーか! ひかるのことじゃなくてダークの利益ばかり心配しやがって……!」
「黙れッ!!」
俺の怒鳴り声に、まさかりさんは驚いた顔をした。
「それ以上は……、言うな」
俺はちゃぶ台の前にどっかり座って、まさかりさんに背を向けた。
全員が黙って、まさかりさんが印刷した見取り図のプリンターの音だけがさくら号を支配する。
今、一生懸命自分の中で押しとどめているものが決壊しそうだった。
こうやってひかるのことに素直になれないのは、親父の失敗があるから。
親父は、優しいから死んだ──。
まるで呪いのように、この言葉が俺の胸を刺し続ける。
俺を助ける為に死んだ、親父と同じ失敗はもう絶対にしない。
「……やめるか。ダーク」
俺の発した言葉に、全員が固まったのが分かる。
「……は?」
「……何を言い出すんじゃタカ」
俺はすっくと立ち上がった。
「どう考えても無理だろ。こんな状態で。ひかるも居ない、場所も指定され、盗品の額は1億以上。準備期間はたった2週間?
鷲尾を狙うどころか鷲尾の手のひらで踊らされている。おまけに仲間内で重大な事を隠されていたどころか、一番の敵に情報を売った裏切り者までいる。
リスクリスクリスク。リスクだらけ!
忘れるな、俺たちの敵は鷲尾だけじゃない。警察もだ。こんな半端な状態でやっても失敗して捕まるだけだ。捕まれば身代金を払えずひかるは殺され、俺たちも全員害刑制度で3日で処刑されて終わる! ……だったら、やらない方がマシだ」
何の考えもなく言った言葉だった。
分かってる。ダークをしなければひかるを助けられないことは……。他に方法もないってことも。
しかしもう……、無理だ。
心が限界を超えて離れ過ぎた。
俺とコイツらには、信頼なんてものはもう1ミリもない。
「ひ、ひかるハ……、ひかるはどうなるんだヨ!?」
「……自業自得だろ」
「この糞野郎ォおおッ!!」
まさかりさんが物凄いスピードで俺に迫るのが、一瞬見えた。
どうすることも出来ない内に、奴は俺に掴みかかる。
頬を殴られた瞬間、俺の“大人の対応”はどこかへ消え去った。
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