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第61話 俺の作戦を買え
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その夜。
俺が水を飲もうとキッチンに出向くと、まさかりさんが食器を洗っていた。
水道を独占されているので水をくめないと、コップを持って黙って目線で訴える。
「……」
「……」
「……何だよ」
「水飲みに来た」
「なら言えよ」
まさかりさんはぶっきらぼうに場所を開け渡す。
出しっ放しの水道水をコップですくう。
「……虫歯?」
「は?」
「何でもねーよ」
たぶん、未だに腫れている頬のことを言いたかったのだろう。
自分でやったくせに、分かって言っている。
「けいに言ったのか、お前」
俺がコップを洗い始めると、まさかりさんが口を開いた。
「……何を」
「ひかるのこととか、全部」
「言ってない」
「今日夕方わざわざやって来たんだぜ、あいつ。『タカと仲良くしなきゃ駄目だよ。すごくさみしがりやさんなんだから』ってよ」
……何なんだあいつは。
「あいつが勝手に、俺とあんたとが喧嘩してると思い込んでるんだ」
「いや、思い込みじゃなくて、実際そーだろ」
コップの水を簡単にきってキッチンを出ようとすると、
「ちょ、待て」
まさかりさんに行く手を塞がれる。
「お前、このままでいーのかよ」
「その言葉、そっくりそのままあんたに返す」
「お前が一言、『悪かった。出過ぎたことを言いました』って言えば、今はチャラにしてやるよ。今は」
上から言うまさかりさんに何か言い返したかったが、すんでの所で飲み込む。
「お前が一言謝れば、全部解決する話なんだぜ? こんなに互いにもやもやすることもなくなるんだぜ!?」
「……」
無視してまさかりさんを押し退け、和室へ行こうとした。
まさかりさんが俺の肩を掴んだ。
「分かった分かった。……百歩、いや一万歩譲ってやるから。ひかるが帰ってくるまでは、この前のことは……なかったことにしてやるよ」
俺の肩を掴むまさかりさんの手は、かなり力が入っていた。
「……もう、正直に言うぞ。……お前なしじゃ、ダークは出来ねぇ」
「……」
「だから、一緒にひかるを助けてほしい」
我慢比べは、この時点で俺が勝ったのだ。
……なのに。
「お前だって……、ひかるを助けたいんだろ」
「……」
「だったら、こんなことで争ってる場合じゃ……」
俺はまさかりさんの腕を、肩からはがした。
「……あんたとの馴れ合いはもうしない。終わったんだよ。仲良しごっこは」
ここで素直にまさかりさんに従ったら、負ける気がした。
チャンスを、自分から逃した。
まさかりさんは信じられないといった顔で、もう俺の後を追わなかった。
俺は和室のひかるのベッドを、じっと見つめていた。
『おれの夢はね、タカの笑顔を見ることだから』
あのひかるの言葉が、俺の胸を締め付ける。
……はぁ。つくづく、馬鹿だな俺は。
こんな小さなプライドに負けるなんて。
俺が完全に拒絶してしまった以上、もう向こうからは手を出せない。
――俺が何とかしなければ。
◆
2073年12月14日
夜
俺は今一番話しやすいじーさんに頼んで、まさかりさんとエリンギを卓袱台の前へ招集した。
じーさんはあまり変わりないが、2人は疲れた表情を隠せない様だった。
「で、何だよ用って。もう馴れ合いはしないって言ったのはどこの誰だよ」
「まさかり、余計なことを言うんじゃないぞ」
怪訝な顔で俺を睨むまさかりさんと、もう怒る気力もないエリンギ。
俺は丸めていた見取り図を開いて、3人に見せびらかした。
いつものように、多数の色ペンで矢印が書かれている。
「見ての通り、俺は既に今回の作戦を完成させた」
「……で?」
「当然、俺1人だとか他の人間とやるだとか、そういうことはない。ダークは俺とお前らと以外には出来ないし、有り得ないと思っている」
「……だから?」
「しかしもう……、俺たちに信頼関係というものはない。現に、俺はまだお前らの誰かが、鷲尾に情報を流したんじゃないかと思っている」
「……つまり?」
「俺たちは“仲間”じゃない。前も言ったがただ目的が同一な“同盟関係”だ。よって今回は、俺の作戦はお前らに無償提供しないことにする」
「はぁ?」
みるみる赤くなるまさかりさんの顔を見て、俺はほくそ笑んだ。
「俺と俺の作戦を買ってもらおうか。1人100万で取引きしよう」
「何じゃと!?」
「はぁぁぁぁ!?」
「エェェェェ!?」
3人は悲鳴に近い叫び声をあげ、信じられないと言ったような顔をして口々に苦情を言う。
「タ、タカはお金には執着心がないと思ってたの二……」
「何考えとるんじゃ。余計に溝が深まるばかりじゃぞ」
「高英……、今お前に殺意が芽生えた」
「俺が死ねばひかるも死ぬぞ」
「ふざ……、ふざけんな」
怒りの余り、声が震えるまさかりさん。
「ひゃ、百歩譲って昨日許してやるって言ったのに……。その仕打ちがこれかよ。お前、ひかるが……、ひかるが本当にどうなってもいいのか」
「……最後まで話を聞け」
握った拳が震え出したまさかりさんをなだめる。
また殴られたらかなわない。
「今回は鷲尾から奪う金じゃないから募金はしない。よって身代金以外の金は全て俺たちの手に入る。
俺に支払う1人100万はその金でいい。後はひかるとお前らだけで残りの金を分けあえば尚よし」
「……」
「……どう思ウ?」
3人はそれぞれ、顔を見合わせる。
「……いや、やっぱり納得出来ねぇ」
「盗む盗品の総額が高ければ、お前ら4人が配分した金が、俺がお前らからもらう計300万を遥かに超える可能性もある。金の配分に俺を含まなくていいから」
「……!」
「これが俺の最大の譲歩だ」
まさかりさんはついに口を閉ざした。
「……カネカネカネって、なんか感じ悪イ」
エリンギが呟いた。
「……わしはそれでいい」
「じーさん」
「いや……、それがいい」
「……じゃア、ボクも」
「まじかよ」
エリンギもじーさんも、とにかく早く作戦を進めたいのだ。
きっかけさえあればすぐにでも仲直りしたかったんだろう。
しかし、まさかりさんはまだ迷っていた。
「……何か……、企んでねーか?」
訝しげに俺の表情を窺うまさかりさん。
「何も」
「急に『最大の譲歩』とか言い出すしよ。……いや、お前もオレたちと同じく、ひかるを助けたくて焦ってるんだって思っていいんだよな」
「……」
「……まさかり。今はもうひかるを助けることだけに専念して、今だけこの前のタカの失言は忘れよう。のぅ?」
「……分かったよ」
まさかりさんは視線を落とし、小さく呟いた。
「でも勘違いするなよ高英。お前を許した訳じゃねぇ。このケンカはひかるを助けてからに持ち越すからな」
「分かってる」
俺は同盟を組んだ証として、見取り図をまさかりさんに渡した。
まさかりさんは何も言わずに受け取った。
「エリンギ、けいを呼んで来い。第三回ダーク作戦会議を始める」
「分かっタ」
エリンギがバタバタと準備している間、まさかりさんとじーさんはじっと見取り図を見つめていた。
俺は内心、ホッとしていた。
◆
2073年12月21日
警視庁
ダーク捜査本部会議
「――で、この映像を見てください」
青山は松浦などのダーク対策チーム数十人の前で、ある映像を見せていた。
「7月17日、レインボー号バイキング会場の2階のカメラの映像です」
映像は2階から吹き抜けを見下ろす、多くの客たちが映っていた。
「時刻は10時59分、DKがここに人質と現れるほんの3分前です」
「この客たちは何を見てる?」
いつになく真剣な顔で、松浦が問う。
「ちょうどこの下で、僕等が総理と会話していました。客たちは物珍しそうに、総理を見物していたんだと思います。……それで、こっちを見てもらえますか」
青山は棒を使って、画面の端に映った人間を指した。
松葉杖をついた青年。
「……新田修だな」
「そうです。確かにダークは、DKの犯行を目撃していました」
このニセ新田がダークであることは、後に唯一下船しなかった客という理由等から証明されている。
新田も2階の吹き抜けから、1階を見下ろしていた。
「……これじゃ分かりにくいんで、拡大しますね」
部下が操作して、画面一杯に新田の顔が映る。
そしてようやく、皆が違和感に気付く。
「……口が動いてる」
「そうです。隣の人間とも話しているような距離ではないし、1人でぼそぼそ喋ってるんです。
音声を拾う事は出来なかったのですが、この新田の口の動きから解析AIが予測した結果を表示します」
画面は、新田の会話予測文が映し出される。
『◯◯? 今鷲尾と青山刑事が何か話してるよ』
『2階の吹き抜けから見てるから分かんないけど』
『あと桜色の宝だけど、会場のど真ん中のショーケースに入れられてる』
『あ、でも。あれが本物かは分かんない』
ざわめく会議場内。青山は再度発言する。
「お分かりの通り、明らかに仲間との通話です。しかも僕の名前と顔が一致するのは、警察関係者以外で初回に顔を合わせたダークだけですから、間違えありません」
「冒頭の◯◯とは何だ?」
「ここだけ解析が出来ませんでした。恐らく固有名詞――二語の人名が入ります。可能性が高いのは二語とも子音が“a”、という事までです」
「惜しいな、そこが解析出来ればかなりデカかった……」
「仰る通り、人名が聴き取れればかなり大きなヒントになります。つまり僕が言いたいのは、次回のダークでは不審電波の盗聴を行なうべきです」
「失礼しますっす!」
突然、息を切らせて中林が飛び込んで来た。
「なんだ中林、今めちゃくちゃ大事な……」
「よ、予告状が届いたっす! し、しかも鷲尾邸じゃなくて、あの宝石店、イエロージュエリーに……!」
「イエロージュエリーだと!?」
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