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Birth
第6話 大胆な計画
しおりを挟む2070年――。
そう、今(2073年)から3年前。
鷲尾敏朗が総理大臣に就任してからだ。庶民の生活がより一層苦しくなったのは。
鷲尾は法人税を引き下げ、累進課税を縮小させた。足りなくなった財源を補充するのはその他庶民から吸い上げる税である。
票田であるお友達ーー富裕層にはとことん甘い顔をし、大きな信頼を得ている。
つまり、今の日本は激しい経済格差が生まれている。
富裕層は豊かに暮らし、貧困層は死の瀬戸際まで追いやられる。年間で何千もの人が栄養失調や熱中症で命を落とした。
しかしその事実が世間に報道される事はなく、そこに救いの手は差し延べられない。
弱者は死ねと、冷たい目線を向けられる社会が成り立ってきた。
しかし鷲尾の政策は、庶民に反発されるものばかりではない。
こんな時世でも、日本は治安が安定しているどころか犯罪件数が極端に減少しているのだ。
要因は、これもまた鷲尾政権が新たに制定した制度にある。
“害刑制度”
かつての裁判員制度は消滅し、加害者の刑罰の決め方は大きく変わった。
裁判官は加害者の有罪無罪のみを決め、刑罰を決めるのは全て被害者。その内容に制限はない。
つまりどういう事かと言えば極端な話、数百円の万引きでも億単位の損害賠償を請求され、痴漢でも有罪とされれば処刑を命じられる可能性があるという事だ。
お陰で微細なものまで犯罪件数は激減した。
まさに加害者にとって、これほど恐ろしい制度はない。殆どの犯罪は淘汰され、暇になった警察官達は大量解雇された程である。
“被害者刑罰決定制度”という長ったらしい名前があるが、略称で“害刑制度”と呼ばれている。
鷲尾は“加害者は全て悪”と考え、被害者側はこの救済制度に大いに喜んだ。
ところが、2072年12月――。
平和ボケしかけた日本に、一つの衝撃的なニュースが飛び込む。
1人の男が、拳銃片手に国会本会議場に乗り込んだのだ。
目的は、鷲尾の殺害。
しかし男は誤って他の議員――天谷康久《あまややすひさ》を撃ち、鷲尾殺害は未遂に終わった。
天谷は即死、男は取り押さえられた。
そして“害刑制度”で、被害者である鷲尾は男を処刑した。……事件から3日という、有り得ない早さで。
お陰で男のハッキリとした動機は分かっていない。
これが、この事件の大まかな全容。
以後、この事件は“12月の国会事件”と呼ばれ、皆の記憶に残るショッキングな大事件となった。
男の名をこの日本で知らぬ者はいないと言うほどに、ある者は英雄として、またある者は最悪の殺人犯として、永久に語り継がれることになる。
その男の名は――。
◆◇◆
2073年3月
ひかるの作った朝食を食べた後、俺は曇天の空の下、図書館へ向かって歩いていた。
先程まさかりさんにも嫌味を言われたが、今の俺は無職だ。
先日まで高校生で、卒業してすぐにさくら号へ来た。だが色々あって、進学する事をやめた。
そんな気力さえ失せた、というのが正しいか。
繁華街に近付くに連れ、周りを歩く人間も増えて行く。
……同時に、ダンボールハウスも。まともに家を持つことも出来ない、最下層の人間たち。いわば、ホームレス。
橋の下や木の下等、雨を凌げる所なら必ず巣作っている。恐らくこれから夏を迎えると、死人が出る。
いや、苦しんでいるのはこうして目に見えるホームレスの人間だけではない。
生活保護や年金は制度自体が崩壊し、微々たる金銭しか貰っていないという。その日暮らし綱渡りで生きている人間は、この日本にごまんといる。
悲惨だ。だが誰もこの現状に刃向かう事は出来ない。
“害刑制度”がその反骨精神さえ奪っている。……全く、『被害者を救済する制度』だなんて都合の良い文句を付けているがそうでない。
政府に反抗しようとすれば、何かしらの罪状をつけられ即絞首台に上がらされると言うわけだ。
アレは、鷲尾の為の弱者を黙らせる制度だ。
だが俺は屈しない。すべき事がある。
俺の人生を賭けてでも。
「あ……」
雨。頬を濡らした水滴。
俺は反射的に曇天の空を仰いだ。
その時だった。
『待て! 待て怪盗ブラック!』
今まで聞こえなかった音声が、ふと耳に入る。
ビルの巨大モニターからの音声だ。
反応したのは“怪盗ブラック”と言う名に聞き覚えがあったから。
つい数ヵ月前まで放送されていたドラマだ。視聴率良かったから、もう朝から再放送か……。
『止まれーっ!』
『止まれと言われたら余計止まれませんよ』
俺はその場で立ったまま、しばらく画面を見つめる。
怪盗か……。
所詮ただの窃盗犯なのに、何故ここまで魅力的に見えるのだろうか。
何故、あたかもヒーローの様に描かれるのか。不思議な魅力を持っている。
ドラマは怪盗を追う刑事視点で、シリアスではなくコメディ調で展開される。
毎話何らかの形で怪盗が現れ、主人公の刑事が捕まえようと試行錯誤するが、結局は取り逃がしてしまう。
怪盗の犯行は、屋根を飛び回って逃げたり、グライダーで空を飛んだりと現実味がない。
まさに空想の世界、フィクションだ。
数ヵ月前あまり惹かれなかったこの怪盗ドラマに、今こうして見入ってしまうのは、どうしてだろう。
気持ちが弾んでいるのは何故だろう。
あぁ、そうか。
あの3人に加えて“ひかる”というパーツが揃い、“怪盗”の仮面を被れば俺の求める条件をクリア出来るかもしれない。
「ふ……っ」
人の流れに取り残され、数滴の雨が衣服を少しずつ濡らしていた。
それに気付かない程、随分長い時間、ここに立っていたようだ。
怪盗……
怪盗ね。
◆
それから後、およそ2週間後――。
4月に入った。
さくら号に来て、俺は1ヵ月。ひかるは2週間。
ひかるも大分ここの生活に慣れ、新しい高校にも通い始めたようだ。
ひかるが休日の時は、皆の朝食を担当することになった。皆毎日基本コンビニ弁当だから、その時だけ5人が食卓に集まって話をする。
俺は会話には入らないが、ひかると弱みを握り合って“組んでいる”以上、約束通り朝食を食ってやっていた。
他の4人は元々仲は良かったが、更に会話が増え楽しそうではあった。……俺にとってはただ煩いだけであったが。
そしてこの日、俺を除く4人(ひかる、まさかりさん、エリンギ、じーさん)は小さなテレビの前に集っていた。
国会中継だ。
消費税を増税するかの多数決が採られている。それを4人は固唾を呑んで見守っていた。
だが結果は見えている。鷲尾政権の反対勢力は、微力だ。
そしてまもなく、可決された。国会内は拍手で包まれ、鷲尾の満足そうにほくそ笑んだ顔が映る。
消費税はこれで、30%になった。
「チクショー! また酒の値段が上がる!」
まさかりさんは顔を覆って畳にひっくり返った。
「うーん、今年の夏もエアコンを使うと電気代が大変だね……。連日40度を超えるのに……」
ひかるも困ったように頭を掻く。
「わしもまだ年金貰えてないしのぅ。生活結構キツいわ……。先行き不安じゃのう……」
じーさんも深いため息を吐いた。
「こいつらにハ、見えてないのかナ」
エリンギが唇を噛んで言う。
「ダンボールハウスの住人たちが……」
ニュースで、最下層の人々のことは一切触れられない。でも実物を見れば分かる。彼らがどれだけ、過酷な生活を強いられているかが。
まださくら号の住人は屋根がある場所に住んでいるだけ、マシだ。
「エリンギ、おめー金持ってるから助けてやればいいだろ」
「ボク一人の力じゃ限度があるでショ……」
「まだオレたちって、幸せだよな。ま、オレとかはいつここを追い出されて、ああなるかわかんねーけど」
「なぁ、諦めるのか?」
俺が2段ベッドの上から声を出すと、皆が驚いたようにこちらを見た。
俺は会話に滅多に入らないからだ。
「こんな影で文句言ってもしょうがないだろ。自分には闘う勇気がない、弱くて卑怯な人間がすることだ」
「は? じゃ、どーしろってんだよ」
眉を潜ませて、俺を睨むまさかりさん。
「何も出来ないなら、文句言うな」
「じゃあお前は何も文句ないのかよ!?」
「あるさ。今の税金の国民負担率は65%だ。しかも使途不明金が多すぎる。手元に残るのは雀の涙程の金だ。俺たち庶民に還元されるならまだしも、意味不明な増税なんてこれ以上許してたまるか。また生活に苦しむ人間が増えるだけだ」
「てめ、言ってることが矛盾してるぞ!」
イライラで思い切り卓袱台を叩くまさかりさん。
しかし俺はそれを見てもなお、余裕な表情を変えない。
「何も矛盾はしてないが?」
「あのなぁ、お前が今さっき――」
「俺が何もしないと、いつ言った?」
「っ……!?」
何も言えなくなるまさかりさん。
いや、皆が驚いていた。
俺はゆっくりと自分のベッドから、畳に降り立った。
「ど、どーゆうこと?」
「鷲尾総理を倒すと言ってるんだよ」
「はぁ!?」
この言葉には、皆が悲鳴の様な声をあげて驚いた。
テレビの画面の中では、未だに議員達が歓声をあげている。
「タカ……、正気?」
「俺はいつでも正気だ」
「しかし……、タカが政治家なんかじゃったら、そう意気込むのも分かるが……」
「政治家なんて権力はいらない」
更に首を傾げる一同。
「じゃあ……、具体的にどうするの?」
俺は不敵に笑った。
「怪盗、だよ」
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