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1st DARK
第14話 1st DARK inside ③
しおりを挟む俺は一階の手洗いから、会場の方を避けるようにして屋上に辿り着いた。
屋上の警備は皆無。居たとしても麻酔銃を撃ち込むつもりだったが、……初回とは言え、本当に舐められたものだ。
道中は邸内にある監視カメラをまさかりさんが盗み見て、人がいない経路を俺に教えてくれた。
アイツは本当にバカだが、……技術は有能だ。
「みんな、時間3分前だぜ」
無線からそのまさかりさんの声。
まさかりさんは鷲尾邸付近に停めた車の中から、ノートPCを駆使しこっちの表舞台に色をつけていく。
「ひかる、今の心境は?」
「緊張してる……、ちょっと吐きそう……」
悪いな。俺がさっきひかるの精神を乱した。
まあアイツはスプリンター(短距離選手)として、幾つもの大会でプレッシャーに打ち勝って記録を残してきたんだし、大丈夫だろ。多分。
「みんなは大丈夫?」
「こちらエリンギ、緊張してまス……」
「わしも、手が震えとる……」
「ヤバい。手汗が。タイプミスしそう……」
さすがの能天気なアイツらも、そうなるか。
「おいお前ら、集中しろ。分かってるな、失敗は絶対許さない」
俺は目を閉じて、一呼吸置いて言った。
「12月の国会事件で糸原高成《いとはらたかなり》という男が、自分の目的を果たせぬまま死んだ様に――。
優位な位置にあっても、足を滑らせればいつだって転落する。例え事が上手く進もうが、最後まで気を抜くな。国会事件の二の舞になるな」
……これは。
糸原高俊の、俺自身への自戒と決意。
こうやって口に出さないといけないとは、女々しいと思うが。
「タカ……、それ逆にプレッシャーかけてるヨ……」
「本当、高英は空気読めねーよな……」
「はぁ?」
「何を言っとる。そこがタカの良いところじゃろ」
じーさんがそう言うと、他の2人が少し笑って空気が和んだ。
ただ、ひかるの声だけは聞こえなかった。
アイツだけは、俺の発言の真意が分かっている。
「70秒前! そろそろカウント始めっぞ」
その言葉で、皆に一斉に緊張が走る。
いよいよ、だ。
俺はまさかりさんのカウントダウンを聞きながら、心臓を落ち着かせるように長く細く息を吐いた。
◆
ひかるは、まだ手洗いの個室の中にいた。
そして、先程のタカの発言について考えていた。
……やっぱりこれは、あの事件と無関係ではなかった。
彼は、殺人犯の息子だ。
12月のあの日国会に銃を持って侵入し、鷲尾総理を殺そうとして他の議員を一人殺害した犯人は、紛れもなく糸原高俊の父親だ。
今思えば、タカが本名を隠したがるのもそれが理由だ。
父親と名前も似ているし、大抵の人なら名前を聞いただけでその関係に気づくだろう。
さくら号に来た初日はそれに気付かずに名前叫んじゃって、悪いことしたけど……。
鷲尾を狙うのは、お父さんが出来なかったことを果たすため……? とも考えたけど。
それでもひかるがダークに協力したのは、タカが強く『人は殺さない』と言ったからだ。
ひかるは過去のタカの姿を見て、その言葉は嘘じゃないと信じていた。
「60秒前、8時だ!」
ゴーン、ゴーン……
大広間の方から、じーさんの無線を通して8時を告げる鐘が聞こえる。
まさかりさんが照明を落とすのは8時0分59秒。
これは、警察や客たちを少しでも油断させるための59秒だ。
「30!」
ひかるは、ふぅーと長い長い息を吐く。
これは、いつもの競走のスタートの号砲だと思えばいい。
「20!」
少しでも緊張を紛らわせようと、手足をぶらぶらさせたりして、身体を動かす。
「10、9、8」
ひかるは国会事件の後のタカを、少しだけ知っている。
「7、6」
ひかるがさくら号に来て、ダークに協力しようと一番最初に賛同したのは。
「5、4」
事件の後の、彼の絶望する顔を見たからだ。
「3、2」
だから、ひかるの決意は固い。
「1――」
タカを助けたい。――それだけだ。
次の瞬間、ふっと視界が暗闇に包まれた。
会場の大広間もそうだが、ここの手洗いも例外なく。
とにかく明るすぎた鷲尾邸が全て、暗闇に包まれたのだ。
ダーク姿のひかるは持っていた懐中電灯をつけ、そろそろと走り出す。
「行ってきます!」
「おぅ! がんばってこい」
ひかるが向かうのは、会場の外の廊下。
そこで、警察の誰かに姿を見られるまで待つ。
◆
一方会場のじーさん(マイケル・エレンジ)は、照明が落ちても動かずに、目を閉じていた。
暗闇に紛れてティアラを盗むという事は出来ない。
当然皆が所持している携帯のライトが、チラホラと照らしている。下手に動けば怪しまれる。
「上級国民の皆様、ご機嫌麗しゅう。ご歓談の最中、突然割り込み申し訳ありません」
暗闇から突如現われた、ダーク――タカの声(機械でタカの声と特定されないようにしているが)。
タカの無線を通し、まさかりさんが声を変換して、会場のスピーカーから流している。
また会場の音は、場にいるじーさんの無線を介してタカや皆の無線に届く。
そうして会場とダークが会話出来るようにして、まるでダーク本人がこの会場内にいるかのように錯覚させるのだ。
「予告の通り参上しました。私は怪盗。名はダーク。以後お見知りおきを」
夫人や他の客たちの意識は、もはやこの声にある。だがこれは、単なる時間稼ぎだ。
ダークが鷲尾と喋っていたのは、1分程だろうか。
「それでは“金色《かねいろ》の宝”は頂戴しました。皆さん、どうぞ刮目あれ」
実際は、まだ盗んでいない。
「じーさん、点灯するぜ!」
まさかりさんが無線に叫んだ。
会場のじーさんは目を閉じて動かないままだ。
次の瞬間、会場は最大出力で点灯した。
暗闇の中目を凝らしていた客たちには不意打ちだっただろう、真っ白な大理石に乱反射して、まるで閃光の様に感じたはずだ。
タカは、暗順応しきっていない人の目でも、鷲尾邸の照明の最大出力の光の強さと大理石の乱反射で、瞬間的に閃光弾と同等の効果が得られると物理的に計算していたのだ。
そして客の目が明順応する時間、およそ30秒。
だが、ずっと目を閉じかつサングラスをかけているじーさんには関係ない。
「行けじーさん!」
じーさんは素早く立ち上がり、3歩歩み夫人の背後に立つ。
右手で素早く夫人の頭のティアラを奪い取り、入れ替えるように左手でレプリカをそっと乗せた。
「きゃあ!?」
さすがに気付かれたか、夫人はばっと頭の上を触った。
じーさんは静かに元の席に戻り、無線に呟いた。
「作戦、完了じゃ」
「よっしゃー!」
夫人も気づいたが、頭にティアラが乗っているのを確認して困惑していた。
「今、頭を触られたような……」
夫人のティアラはレプリカで、本物はじーさんが隠し持っている。
「それは、本物ですか?」
誰かが勘づいた様だ。
……それも、タカの計算の範囲内だが。
鷲尾が偽物であることを確認し、緊迫する会場内。
鷲尾は罵声を、夫人は奇声をあげ、いよいよパーティどころではなくなった。
その時、
「怪盗だっ!」
誰かが叫ぶ。
いよいよ、ひかるの出番だ。
◆
先程までのダーク(タカ)と鷲尾のやり取りの間、ひかるは会場のすぐ外の廊下に待機していた。
もちろん、ダークとして。
最初にひかるの前に姿を現した人物が、どうやら刑事らしい。
想像してたのより随分若い気がする……。まさかりさん(28歳)と同い年か、ちょっと上くらいだろう。
いや、そんな事考えてる場合じゃなく。
怪盗らしく。余裕な素振りを見せることが大事だ。とりあえず、礼儀を見せておこう。
「改めて初めまして皆さん。突然パーティの邪魔をし、申し訳ありません」
ひかるの声はタカと同様に機械で変えられて、スピーカーから邸内全てに響き渡った。
「ティアラは」
刑事が眉間にシワを寄せて問う。
ひかるは少し無理に、だけど自然に口元を緩ませて、ポケットに手を突っ込む。
出したのはティアラ。ただし当然本物はじーさんが持っているため、これもレプリカだ。
しかし刑事からは遠目なため、本物かどうか分からないだろう。
「それを返せ」
低い声で言う刑事。
しかしひかるは余裕を見せるため、敢えて返事をしなかった。
ひかるは嘘をつくのが下手くそだ。
嘘を言う時は大体言葉を噛んで目が泳いでしまう、そんな癖は自覚している。
しかし何故だろう……、ダークを演じている時はそれが出ない。
自分でも、未だにこうやって余裕そうに振る舞えることが不思議だ。
すると刑事はひかるに麻酔銃を向けた。
客たちから小さく悲鳴があがる。
──あのめっちゃまずい薬飲んだし……。大丈夫だよね。たぶん。
「まさか……、お前ここから逃げられると思ってないだろうな?」
「えぇ。逃げ切れると思っての発言です」
「たわけ……!」
「最後に、刑事さん。あなたの名を知っておきたい。次にお会いするとき、“敬意”を込めて呼ぶために」
刑事の名前を聞いておくのも作戦の内だった。刑事は一瞬躊躇する素振りを見せてから、口を開く。
彼は、青山春樹と名乗った。
そしてこの情報は、ひかるの無線を通して皆に伝わる。
「そうですか。ありがとうございます、青山刑事。……では、そろそろ失礼します」
と言ったと同時に、ひかるは踵を返して全力疾走し始めた。
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