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1st DARK
第15話 1st DARK inside ④
しおりを挟むひかるは足には自信があった。
ひかるの100メートル走のベストタイムは11.39秒で、高1の記録でありながら女子高生記録保持者だ。
──でも相手が元日本代表選手とかだったらどうしよう……。
しかも速いといっても、女子高生の中の速いだし……。
なんて些細な心配はあったが、杞憂だった。
走り出す刑事たちとは既にかなりの差が開いていた。
ただし青山刑事も決して足が遅いわけではないので、油断は禁物だ。
後ろから麻酔銃をひかるに向けて撃っているのが分かった。
確かに当たってる、けど、効いてない!
あの薬、あんな思いをしてまで飲んだかいがあった……。ほんとに。
『あぁっ! わぁぁぁーーー!!』
『うるさい! 締め殺すぞ!』
──タカとキャップ越しに間接キスをしてしまった事を、不意に思い出してしまった。
あれっ? もしかしてタカ、その時からおれの事女だと分かってたって事……!?
えっ、どういうつもりだったんだろう……? 気付かないフリしてわざと? それとも本当に無関心??
「っ~~!!」
ひかるは急に気恥ずかしくなり、速度を更に上げて走った。
「エリンギっ、あと30秒!」
ひかるは走りながら、無線に小声で叫んだ。
『あと30秒』というのは、ひかるがおおよそ屋上に辿り着く時間である。
「了解! ひかる、逃げきっテ!」
「うんっ」
あと少しでこの長い廊下も終わる。
エリンギが運転するヘリコプターのプロペラ音が近付く。
階段を登り切って、もう少しでタカにバトンタッチ……!
その時。足元が、一瞬光った様に見えた。
いや、何か通った!?
その何かは、ひかるに当たりはしなかったが、その先の壁を焦がした。
「っ……!?」
喉まで出かけた悲鳴をなんとか飲み込む。
反射的に、ひかるはその光の飛んで来た先を振り返る。
青山刑事だ。
ひかるが見たのは、彼が走りながら銃を下ろす瞬間だった。
「う、撃ってきたよタカ! 光線銃!」
「当たったか?」
「当たってないっ!」
「じゃあ問題ない」
いや問題なくなくない!? 何言ってんの!?
ひかるは息を切らしながら、階段を全力で駆け上がる。
追手との距離は、ひかるが踊り場で曲がる度に姿が見えなくなる程開いていた。
◆
一方、俺が待機している屋上――。
ここまでの時間屋上の警備は皆無で、俺は悠々とこの時を待っていた。
この後、エリンギの操縦するヘリで逃走するのが本来の作戦だが。
この初回のダーク、想定外の事が起きてもいいように、俺は4人には伏せて別の脱出経路も確保していた。
俺は屋上の縁の方を確認する。
整備用の簡易ハシゴが壁に設置されている。
それは建物外の庭へとそのまま出られるハシゴだ。
万一……、会場内のひかるがしくじった時は、ここから脱出するつもりだ。
仮にひかるが捕まり俺の共犯を他言したとしても、俺が今回の作戦に加担している証拠は、何もない。
……トカゲの尻尾切りだ。
俺は、目的の為にこんなところで捕まる訳にはいかない。
……それくらい非情でいなければ、鷲尾という巨悪を倒せる程この闘いは甘くない。
だが幸い、その心配は杞憂に終わりそうだ。
ひかるの到着を待たず、エリンギの操縦するヘリは、既に高度をかなり下げていた。
ヘリは着陸せず、すぐに上昇出来るギリギリの高度を保ったまま、エリンギは縄はしごを下ろした。
プロペラの強風で、俺はシルクハットが飛ばされない様に頭を押さえる。
そして俺はしっかりと縄はしごを掴み、腰の安全フックを装着した。
「タカ、大丈夫?」
「大丈夫だ、上げろ」
「振り落とされないでネ、絶対」
ヘリはゆっくり慎重に上昇する。
快晴の夜、風もほとんどない上、エリンギの絶妙な操縦テクニック。
縄はしごが大きく揺れることはない。
ひかるが屋上に現れるだろう時間と、ヘリがゆっくりと上昇を始めた時間、時差はおよそ10秒ほど。
わざわざこの時差を作ったのは、ヘリの着離陸に時間を要するからだ。
普通にひかるが縄はしごに掴まってヘリが上昇するには、刑事たちが追いつく時間が際どい。上昇している間に捕まっては、元も子もない。
そうしてダーク(俺)は、青山たちが屋上にたどり着くまでに、彼らの手の届かない場所まで上昇したのである。
◆
ひかるは階段を上りながら、後ろを振り返った。
足音は聞こえるものの、追手の姿は見えない。
最上階の3階に辿り着いた。今しかチャンスはない。
ひかるは3階から屋上に繋がる階段を上らず、そのまま階段から逸れて、青山刑事たちが上ってくるであろう場所からの死角に身を潜めた。
息はとうに切れていて、肩が上下する。
足音が近付き、やがて青山刑事たちはひかるがいる3階に辿り着いた。
苦しいのを耐えて、ひかるは口を塞いで息を殺す。
ここでバレたら終わりだ……!
……
足音が遠ざかっていく。
「っ、はぁ……、はぁ……」
思惑通り、ヘリの音が聞こえたことで青山刑事たちは屋上に向かって行った。
なんとかやり過ごした様だ。しかし休んでる暇はない。
ひかるはさっき自分が上って来た階段とは、別の方向によろよろと向かった。
後はタカに任せて、ひかるはここを出るだけ。
向かうのは、先程更衣に使った手洗い。
た、短距離選手を酷使しないでほしい……。
もう十分長距離を走り、息は切れ切れだ。
それでも身体にムチを打って、ひかるは再び走り出した。
◆
青山たちが屋上へ駆け込み、上空の俺を見上げて失望する。
「お疲れ様です。青山さん、警察のみなさん。わざわざ此方に来てくださり、ありがとうございます。追いかけっこ、とても楽しめました」
肩で息をする青山達に対して、俺は息一つ切らさず涼しい顔で、彼等を見下ろして薄ら笑いで言った。
縄を握っていない空いた手で、盗品のティアラを見せびらかしながら。
──ただしこれもレプリカ。本物はじーさんが持っている。
だがこの行為で青山刑事たちは本当に、“ティアラがダークに盗まれた”ことを実感するだろう。
「このティアラは、大切に皆さんのために活用させて頂きます。では皆さん、またお会いしましょう」
ヘリは縄梯子を大きく揺らさぬよう、エリンギの絶妙な操作テクニックで屋上から遠ざかった。
初回の作戦、何もかも、俺の思い通りだ。
あとはひかるとじーさんが無事に会場から脱出すれば、今回の作戦は完遂だ。
こんなに上手くいくなんて。ならば次も出来る。
そしていつか俺の悲願は、必ず成就する。
「フフ……ッ」
空中で縄梯子に掴まったまま、俺は仮面を押さえながら大きく笑った。
「アハハ……、アッハハハハ!!」
「タカ……?」
普段滅多に笑わない俺が高笑いしている事に、無線の先の仲間達は驚いていたようだ。
乾いた笑い声が、風に乗って闇へと消えていく。
一見すれば、勝利の余韻に酔いしれる道化のよう──だが、違う。
笑いが止まらない。
否、止められなかった。
色んな感情がぐちゃぐちゃになって、涙が止まらなくなっていた。
胸の奥に渦巻く怒り、後悔、安堵、虚しさ。
感情が暴れて、涙が勝手にあふれ出した。
止まらない。止められない。
無線の先の仲間に悟られないよう、俺はひたすら笑った。
笑えば誤魔化せる。
泣いていることも、壊れそうな自分も。
だから俺は、狂ったように笑い続けるしかなかった。
“12月の国会事件”から僅か5ヶ月。
何も持ち合わせていなかった俺が、無力だと失意のどん底にいた俺が、あの鷲尾を出し抜いてやり切った。
──しかしどれだけ俺が抗ったとて、もう二度と親父は帰ってこない。
それでも。それに気付かぬフリをしながらでも、俺は先へ進み続けるしかない。
それが今、死にかけた俺が生きている理由なのだから。
俺は涙を拭って、夜空を見上げた。
見てろ親父。
俺は、あんたの無念を必ず晴らす。
◆
更衣に使った1階の手洗いまで、ひかるはさっき逃げて来た階段とは別のものを使った。
その道中無線からタカの高笑いが聞こえて、普段とは全く違う様子にひかるは驚いた。
でも……もしかして……。
タカ、泣いてた……?
分からない。ヘリのプロペラ音も混ざっていて、気のせいかもしれないけれど。
しかし他の3人は、それに気づく事もなく喜びを爆発させていた。
「みんナ、作戦完了だヨ!」
「やっ、やったぁ!」
「よくやったぞっ、エリンギ、高英!」
無線からの音声で、タカが無事ヘリに乗り込んだことを知った。
パーティは御開きとなり、ティアラを持ったじーさんは客に紛れ、自然とここから退場するだろう。
残るは、ひかる。
ひかるは手洗いに戻ると、さっきと同じ個室に入り、置いていたバッグから衣服を取り出す。
『ダークを殺しに来た』謎の2人組の服装へ。
着替えて仮面を被り、自分とタカの荷物を持って、早々に手洗いを後にする。
そしてひかるの逃走経路は、入って来た非常口。
非常口の扉は外からは鍵がかかっていて番号の入力が必要だったが、中からはすんなり開いた。
非常口の防犯カメラは、侵入する時は作動していた。しかし今はまさかりさんの操作によって動作していない。
謎の2人組は、侵入時こそ2人だったが、逃走時(今)は1人だ。侵入時と逃走時の映像を比べると、明らかに不自然だからである。
逃走時カメラを動かしてないのは、そのため。
……よくよく考えてみれば、侵入時もカメラを作動させなければいいじゃないかと思うだろうが。
後の作戦のために『ダークを殺しに来た2人組』の存在は、敢えて知らしめた方がいいとの事だ。
今回、この謎の2人組の出番があまりにも少なく、彼らの情報が世間に知れ渡るには、眠らせた警官かカメラの情報の2つに限る。
警官の証言だけでは心許無いと思ったタカは、わざわざ映像の証拠も残すよう指示した。
2回目以降の作戦も、この2人組は活躍する。
タカはどうやらそこまで考えているようだった。
そうしてひかるは来る時に通った大庭園を駆け抜け、敷地の塀を乗り越えた。
「みんな、おれも脱出出来たよ!」
「うっしゃあぁぁ! じーさんも早く帰って来い! 打ち上げすっぞ」
「まさかり、わし緑茶」
「おれリンゴジュース」
「おいっ! オレにパシらせる気か!?」
「まさかりさん、ボクコーラ。タカは?」
「いらない」
「オメーらはしばらく帰ってこれねーだろ! 待つつもりねーから黙れ」
「エー」
こうして初めてのダークは、大成功で幕を閉じた。
……しかし結局、タカの本当の目的は分からず仕舞いだ。
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