怪盗ダーク ―5人の怪盗、世界を欺く―

七梨

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第22話 どうか死なないで

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 2072年12月3日

 ひかるが“12月の国会事件”を知ったのは、ネットニュースだった。
 犯人の名前が“糸原高成”と報道されていて、ひかるはすぐにタカの父親だと悟った。

 それに気づいた時、ひかるは暫く震えていた。

 そんな。信じられない。
 タカは、まさかこの事件が起きる事を知っていたのだろうか。――いや、知っていたら昨日、あんなに穏やかに笑って食事なんて出来ないだろう。

 たぶんタカも、何も知らなかったのだ。

 ひかるは、タカの境遇を想像しただけでゾッとした。

 タカにとってお父さんは、笑顔を見せられる程の大切な人だったはずだ。

 なのに突然殺人を犯し、数日後に処刑されるなんて。
 しかもその日から自分も“殺人犯の息子”として生きて行く事になる。

 タカは、お父さんが殺人を犯した理由を知ってるのだろうか。
 どんな理由であれ、自分だったら……とても堪えられない。
 それこそ、後を追いたくなるかもしれない……。

 ひかるは、タカのことを凄く心配に思った。
 しかしひかるはタカの事を一方的に想うだけで、タカはひかるの事など知らない。

 ひかるには、どうする事もできなかった。

 その日からタカは、一度も学校に来なかった。





 事件からおよそ2週間後。
 結局ひかるは傍観する事しかできずに、鬱々と時間だけが過ぎて行っていた。

「あ」

 平日の、夜9時を回った頃に気付いた。
 携帯の充電器が壊れた。親は出張や夜勤でたまたま不在で、兄弟も家にいない。たまたま借りられそうな人がいなかった。

 困る。携帯の充電が切れたら何も出来なくなる。
 ただそれを買いに行くだけの理由で、ひかるは重い腰を上げて家を出た。
 コンビニは歩いて5分の場所にある。

 その道中に、海岸のすぐ横を通る。
 街頭はまばらで、薄暗い。

 ひかるは少し早歩きで、用事を済ませた。
 その帰り道だった。

 海岸の隣の道を歩いていると人影があって、思わず足を止めた。
 その人影は、『危険! 立ち入り禁止』の看板の先に立っていた。
 しかし見た所、子供ではない。

 人影は崖の上に立ってただ下の海を、眺めていた。
 落ちたら助からないかも知れない。
 それにも関わらず、人影は一歩ずつ海に近付いて行く。

 ぞわりと、背中を走る緊張。
 嫌な予感がする。
 周りに他の人間はいない。

 ひかるは看板の所まで駆け寄った。
 人影との距離は、10メートル程だろうか。
 その後ろ姿に、息を呑んだ。

 よく、知ってる人だったから。

 だから一瞬、様々な考えがひかるの中で起こり、躊躇してしまう。
 だけど、すぐに吹っ切れた。

 その人が今にも、どす黒い闇の中に飛び込もうとしていたから。

「糸原先輩ッ!!」

 叫ばずにはいられなかった。

 ひかるが叫んだ瞬間、タカはビクリと肩を震わせて驚いた。
 振り返って、目が合う。

 その顔に、ひかるは息ができなくなるくらい胸が苦しくなった。

 暗くてはっきりとは分からなかったが、あまりにも疲れ切った顔をしていた。
 他人を威嚇するあの鋭かった眼光も、今は見る影もなく光を無くし暗く霞んでいた。

 大切な人が突然他人を殺し、処刑されて、日本中に晒し者にされて。
 正気でいられるわけが無い。

 この2週間、一体この人はどんな思いで過ごして来たのだろう。

 今日が、限界点だったのか。

 この人の苦しみが、孤独が、絶望が……、ひかるの想像を遥かに超えていて、分からない。

「あ……」

 ひかるは言葉を失った。

 タカは、ひかるの元へと歩いて来た。
 そして掠れた声で言う。

 何もしてない
 ただ、眺めていただけ

 目も合わせずにそう言うと、タカは歩いて行ってしまう。

 どうしよう。
 どうしようどうしようどうしよう!

 絶対このままほっといたら、この人は死んでしまう。
 別の場所で、たった1人で……。

 でも、どうしたらいい?

 わたし、何も知らない……。
 何か言葉をかけてあげられる権利なんてない。何か言っても、彼の心には残らないだろう。

 どうか死なないでなんて、考えなおしてなんて、簡単に言えない。

 そう考えている間に、タカの背中が少しずつ小さくなって行く。
 目頭が熱くなる。息が苦しい。

「……い、糸原先輩」

 ひかるは震える声を、何とか絞り出した。
 タカは足を止めて、振り向いてひかるを睨んだ。

「……何」

「え……、っと……」

 何かいい具合に言えないものかと、必死に頭を働かせる。
 涙が落ちそうになるのと、鼻を啜るのを堪えた。

 しかしひかるにはもう、どうしようも出来ない。
 もう、誰かに頼るしか。

「優輝先輩が……」

「……優輝?」

「っ……さ、探してました、……糸原先輩を」

 嘘をつくことは苦手だった。
 でも、今だけはそれしか思いつかなかった。

 恐怖に足が震えていたが、それでもひかるは声を絞り出した。

 タカは自分の携帯を見た。
 当然、メッセージや着信がある筈もなく。
 タカは怪訝な顔をして、再びおれに問う。

「何処にいた」

「……っと、あっ。中央公園、です。た、確か。あ、あの、探してみて、もらえませんか……?」

「……」

 しばらく沈黙の後、タカは無言のまま踵を返した。
 そうして歩きながら、背中ごしで、苛立ちを隠さずにわざと大きな声で言った。

「どうして探すのに、何も連絡を寄越さないんだろうな」

「っ……」

 ひかるは、地面に崩れ落ちた。

 自分には何も出来ない。
 こんなに心配して助けたいのに、何も……。

「っ……、うぅ……っ」

 涙でタカの後ろ姿がぼやける。
 ひかるはしゃがんで、嗚咽が聞こえない様に必死に押さえ込む。

 その時、タカがポケットから携帯を取り出したのが見えた。

 ――まずい、優輝先輩に電話かけるつもりだ。

 ひかるは焦って優輝に電話をかけた。
 呼び出し音が一回、二回……四回目が鳴った時には、心臓が破裂しそうだった。

「もしもーし。どした光里?」

 その声を聞いた瞬間、堪えていた涙がぶわっと溢れて、ひかるは息が詰まった。

「先輩……っ」

 優輝先輩の声が聞こえて、心から安堵した。
 同時に前方で、タカが携帯を耳から離すのが見えた。

「優輝先輩ッ! 糸原先輩を助けて!!」

 優輝はハッと息を呑んだ。
 ひかるは嗚咽混じりに、早口で先程の出来事を説明した。

 全て説明し終わる頃には、タカの姿は見えなくなっていた。

「……分かった。中央公園か……、激チャして15分だな」

「15分……」

 タカの足なら、5分程で着いてしまう。
 間に合わない。

 自分の嘘の下手さに、うんざりする。

「先輩ごめんなさい……っ、私何も……」

「いや、ありがとう。時間稼ぎになった。わり、電話切るぞ」

「はい……」

「またかけ直すから」

 通話が切れて、一瞬忘れそうになった現実に引き戻される。

 ――どうしよう。
 どう考えても糸原先輩の方が、先に公園に着いてしまう。

 あの状態で優輝先輩を探してくれるだろうか。……いや、探す筈がない。
 最悪公園にも行かずに、また同じことを繰り返すんじゃないか。

 心配だ。
 やっぱりもう一回、優輝先輩が来るまで引き止めた方が……。

「うわぁぁ……っ、あああぁ……っ」

 ひかるはその場に崩れ落ち、慟哭した。

 あの人が、怖い。
 ……好きだから、怖い。

 追いかけたとしても、どうせ、何も出来ない……。
 冷たく睨み返されて、それで終わりだ。

 優輝に全てを託して、ひかるは暫くその場から動けずに泣き続けた。





 数十分の後。

 優輝から電話があり、タカの無事を知ったことで、ひかるはようやっと安堵し立ち上がった。 

 しかしひとしきり泣いても、ひかるの胸の痛みは少しも和らがなかった。
 あの人が、優輝先輩がいない時間、どんな場所で、どんな顔をして独りでいるのか――。
 想像するだけで、息ができなくなった。

 ……わたしは、何もできなかった。

 この自責の念は、ひかるの胸にいつまでも刺さり続けていた。


 
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