怪盗ダーク ―5人の怪盗、世界を欺く―

七梨

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第23話 名もなき光

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 3月――

 あれから一度も見ぬまま、タカは卒業していった。

 優輝によるとタカはあれ以来自ら命を投げ出す様なことをしてはいない――。
 とは聞いていたが、ひかるの気持ちはいつまで経っても晴れなかった。

「えっ! 糸原先輩東京に行くんですか!?」

 ひかるは突然聞いた優輝の話に、目を丸くした。

「進学ですか?」

 大学入試試験は受けてないって噂だったけど……。

「いや、違う」

「え、じゃあ……」

「うーん……、オレの口からはちょっと言えねーかな。ごめん」

「あ……」

 ――わたしはこの2人の仲に踏み込めない。
 踏み込んじゃいけない。
 優輝先輩の口が堅いからこそ、糸原先輩はこの人を親友に選んでるんだ。

「でも、一人暮らしは、この前のこともあったし心配です……」

「あー。それは大丈夫。シェアハウスするから」

「シェアハウス……?」

「他人との共同生活。一つの家に一緒に住むんだとよ」

「……えぇー!?」

 あ、あの他人嫌いの糸原先輩が!?
 何で? 性格の改心?

 ひかるは聞きたい衝動をぎりぎりで抑えた。

「一緒に暮らす人がどんな人間かはオレもよく知らねーけど、まぁ少しは安心してるよ? オレは」

 にこやかに話す優輝だったが、ひかるの気持ちは相変わらずモヤモヤしている。

「先輩、どうしたらいいですか……?」 

「え?」

「わたし、糸原先輩が海に飛び込もうとした時、何も出来なかったことが凄く悔しくて……」

「そんな事ねーって! 光里が止めてなかったらアイツ本当に死んでたから!」

「でも……、今度はちゃんと糸原先輩の力になりたいんです。じゃなきゃこのままじゃわたし、一生後悔する……」

「光里お前、そんなに高俊のこと……」

 優輝もひかると一緒に真剣に悩んだ。
 そしてしばらく経って、ひかるがぽつりと出した言葉。

「……追っかけます」

「追う? 近くに住むってことか?」

「“他人との共同生活”ですよね」

「……お前、まさか」

 優輝も察したらしく、ひかるは頷く。

「や、でも! 確か女禁止だって聞いた様な……」

「じゃあ男装します」

「うぇぇ!?」

「さすがにウザがられると思うんで、……藤原光里という人間は捨てて行きます」

「いや、いくらなんでもバレるだろ顔! その髪切ったとしても」

「糸原先輩にとっては、私の存在なんて空気でしたから。大丈夫です」

「空気って……なぁ」

 優輝は困ったように頭を掻いた。

「でも光里。男装して行くってことは、高俊はお前を女として見てくれないってことだぞ? それじゃお前、何のために追うのか分かんねーじゃん」

「別に、結ばれたいとか思ってるわけじゃなくて。わたしはただ……、先輩の力になれればそれでいいです」

 ひかるは、タカの朗らかに微笑んだ顔が大好きだった。
 盗み見た笑顔ではあるが、どうしてもあの顔が忘れられない。

 ……このまま彼が絶望の中沈んでいくことだけは、絶対に嫌だ。
 
 ただ、タカの笑顔を取り戻す事ができれば。
 わたしが彼を、もう一度笑わせたい。
 それがひかるの夢だ。

 優輝は鼻からゆっくり息を吐いて、

「オレもそーゆー恋愛してみてーな」

 皮肉混じりに、笑って言った。


◆◇◆


 時は戻って現在──

 夕方の公園。

 俺の横でベンチに腰掛けているひかるは、考え事をしながらも何故か少し笑っていた。

「……ひかる」

「あ……、うん?」

「気色悪いな。ニヤニヤして」

「え、ニヤニヤしてた?」

 俺はひかるの視線の先を追って、怪訝な顔で言った。

「……何もないが? まさか、見えるのか?」

「何が!? 違うよ、ちょっと……前の事を思い出しただけ」

「前?」

「うん……、こうやってタカと普通に会話出来てるのが、嬉しいなぁって……」

「はぁ……?」

 高校の頃は、同じ部活だったし互いの顔と名前くらいは知っていたが。
 俺は長距離・ひかるは短距離で特に接点もなかったし、別に話す理由もなかった。

 今は共犯関係にあるから、仕方なしに会話してるだけで。
 そんな事が何故嬉しいのか、意味がわからない。

「おれで良かったら、何でも話聞くからね。面白かった本の話とか、美味しかった惣菜の話とかでも……。あ、優輝先輩の愚痴でもいいし!」

「お前に話すことなんてない」

 俺は未だにニヤニヤ顔のひかるを無視して、開いていた本を閉じた。
 ……というか、ずっと横にいられたんじゃ集中して読書できないだろ。

「……タカがひとりで抱えてること、少しでも軽くなったらいいなって思うんだけどな」

 ひかるがポツリと言った。

 ……。

 もしかしたら、コイツはあの日俺が海に飛び込もうとした事を未だ引きずっているのだろうか。
 ひかるにとっては、俺も親父も国会事件の事も無関係で、対岸の火事であるハズなのに。
 
 あの日、俺を引き止められるような声をかけられなかったから──なんて罪悪感でもあるのか?
 それだけの理由でダークの作戦に手を貸しているとでも?

 だとしたらあまりにもお人好しすぎる。危ういくらいに。

 何故コイツはそこまで、他人である俺の心の領域に入り込もうとするのか。

 一瞬、何故? と聞き返そうとしたが。
 やめた。
 これ以上、踏み込んではいけないと思った。

「……ひかる」

「うん?」

「俺は絶対死なないからな」

 その言葉を聞いて、ひかるは心底嬉しそうに微笑んだ。

「うん」

 俺はその顔から、思わず目を逸らした。
 ……余計な事を言った。

 はぁと息を吐いて俺はベンチから立ち上がり、スタスタと歩き出す。

「帰る」

「え、じゃあおれも」

 ひかるは小走りで、先に歩く俺に追いつく。

 冷淡・冷徹・冷酷であれ。目的の為に。

 いずれは、こいつだって切り捨てる可能性がある。
 情に絆《ほだ》されてしまえば、勝つ為の非情な決断を下す事が出来なくなる。
 だから仲間とは、一定の距離を保たなければならない。

 俺は、親父と同じ失敗はしない。

 だからもう自分の心の許容範囲に、優輝以外誰も入れたくない。
 少しでもコイツや他の3人に心を許してしまえば、ダークをしている以上自分が傷つくのが目に見えている。

「……考えた」

「え?」

「次のダーク。如何にしてけいを使うか」

「つ、使うって言い方はやめてよ」

 2歩後ろを歩くひかるを一瞥する。

「前回と違って準備期間が長くなる。早く作戦を図面にまとめてしまいたい。お前は、何も考えずひたすら筋トレをしてろ」

「……はーい」

 ひかるは若干ふて腐れて返事をして、子鹿のように俺の背中を追った。


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