男装令嬢の恋の行方

バナナマヨネーズ

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第三話

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 わたしが第三騎士団の本部の門をくぐったときだった。
 
「ゼールー!! よく来たな! 歓迎するぞ」

 そう言って、第三王子殿下が手を振って、更には爽やかな笑顔でわたしを出迎えたのだ。
 まさかの第三王子殿下の行動にわたしは逃げ出したくて仕方なかった。
 だって、そうでしょう? たかが侯爵家のしかも新人を殿下が出迎えるだなんて、ありえない。
 だけど、第三騎士団本部にいる誰もそれを咎めることもなく、ただ面白そうに成り行きを見ていたのだ。
 そしてわたしは思い出したのだ。
 第三騎士団のことを。
 実力はあっても落ちこぼれの巣窟と呼ばれている第三騎士団のことをだ。
 
 そして、破天荒、掟破り、常識破りの常習犯として知られるベルナルドゥズ第三王子殿下のことを。
 
 そうだった。彼は昔から自分の楽しいと思うことをとことん迄追及して、だけど、彼の人柄なのか、最終的には周囲がそれを応援したり、成り行きを見守ったりと……。つまり、彼は誰からも好かれる人たらしなのだということを思い出したのだ。
 第三王子殿下が落ちこぼれと言われるのは、彼をよく思わない派閥の貴族が広めたものだ。
 だけど、第三王子殿下は、それを面白がって敢えてダメ人間の様に過ごしていた。
 実際には、そんなことない……と思うけど。
 
 そんな訳で、第三騎士団本部は、思ったよりも雰囲気が良かった。
 そして、現実逃避しかかっていたわたしの腕を掴んだ第三王子殿下は、そんなわたしを引きずるようにして本部内を自ら案内してくれたのだ。
 
「ゼルは、好き嫌いはあるか? うちの食堂は味もいいが量が多くて、評判がいい」
「ゼル、本は好きか? 驚くなよ、ここには図書館もあるんだぞ。空き時間に好きに使ってくれて構わないぞ」
「ゼル、ここが大浴場だ。訓練後にここで汗を流せる。もう少し行ったところに、昔使っていたシャワー室もあるが、今は大浴場を使うのが普通だな。大浴場は、基本的にいつでも使えるからな」

 そう言って、第三王子殿下は、わたしを案内してくれた。
 でも、でも……。
 ゼルって? なんで? もしかしてシュナイゼルと面識あったの?
 シュナイゼルと第三王子殿下って親しかったっかな?
 ううん。それはない。だって、わたしがあの方の婚約者だった時、シュナイゼルと第三王子殿下が会ったことなんてなかったもの。
 わたしがそんなことを考えていると、第三王子殿下は、わたしの髪をぐちゃぐちゃにして言ったのだ。
 
「お前を気に入ったんだよ。だから、ゼルって呼ぶからな。お前も俺のことは、ベルナーって呼べ。俺が許すから」

 そう言って、更にわたしの髪をめちゃくちゃにしたのだ。
 だけど、第三王子殿下を愛称で呼ぶだなんて無理だったわたしは……。
 
「無理です。殿下」

 問答無用で断っていた。
 だって、第三王子殿下と親しくなったら、必然的にあの方と……。
 それは無理。出来れはあの方には二度とお会いしたくないから。
 だけど、第三王子殿下は、そんなわたしの考えなど知る由もなく、逆に何か闘志に火が付いたかのようにわたしの両肩を掴んで言ったのだ。
 
「ベルナー!! それ以外の呼び方は許さないからな!」

 そう言って、少しむくれたような表情をする第三王子殿下は、大人になったようでいて昔のまま……と思ったけど、そうでもなかった。
 
「お前がベルナーと呼ばないと頑なな態度を取るというのなら……。仕置きが必要だな」

 そう言って、年頃のご令嬢が見たらきっと心臓が体から突き出てしまうのではないかというような、色気のある金色の眼差しをわたしに向けた後に、覆いかぶさってきたのだ。
 訓練所に続く道の芝生の上に押し倒されたわたしは、どうしていいのか分からずに目をぎゅっと瞑ってしまっていた。
 すると、頭上からため息が聞こえたと思ったら、耳元でささやかれていた。
 
「お前……。かわ…………、お前が悪いんだからな」

 何が? と思った次の瞬間。
 
 わたしは、第三王子殿下に全力で脇腹をくすぐられていた。
 あまりのくすぐったさにわたしははしたなく大きな笑声を上げていたけど、それでも第三王子殿下は、許してくれず、わたしの脇腹をくすぐり続けていた。
 
「はぁ……はぁ……、だめぇ、ゆるしてください……。もうだめです……」

「駄目だ。俺のことをベルナーと呼ぶと言うまで許さない。ほら、苦しいだろう? なら、言うことは一つだろ?」

「い……いやですぅ……。はぁはぁ!! あっ、くすくす、ふふふ。やぁ、だめぇ」

「ほらほら、うんと言わないと苦しいのが続くぞ? 楽になりたいだろ?」

 笑い過ぎて息が苦しくて、お腹が痛くて、もう楽になりたくて、わたしは頷いていた。
 だけど、第三王子殿下は、それだけでは許してくれなかった。
 わたしの横腹をくすぐり続けながら言ったのよ。
 
「だーめ。はい、ベルナー。言って?」

 言うまで許さないと行動で示されたわたしは涙目で第三王子殿下を見上げて降参していた。
 
「ベルナルドゥズ殿下……。許してください……」

「ぐっ、かわいいかよ……」

 第三王子殿下は、小さく一言口にした後に、ニヤリとした表情で言ったのだ。
 
「だーめ。愛称で呼んで? お願い」

 姉という生き物は総じてお願いされると弱いという習性があるみたい。
 年上の第三王子殿下が甘えたようにそういうのを見たわたしは、気が付けば……。
 
「はぁ……。分かりました。ベルナー様。これでもう許してください」

 わたしがそう言うと、心底嬉しそうにベルナー様は微笑んでいた。
 許されたわたしは、ベルナー様に手を引かれて身を起こした後、芝の付いた騎士服をほろいながら彼に同情を向けていた。
 
(お可哀そうに。今まで、愛称で呼び合うような親しいご友人がいなかったのね……。騎士団内では、ベルナー様のご要望に出来る範囲でお答えしよう……)

 わたしが同情の目を向けていることを知ってか知らずか……、いえ、絶対知らないわね……。ベルナー様は、楽しそうにわたしの髪を撫でていたのだった。

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