男装令嬢の恋の行方

バナナマヨネーズ

文字の大きさ
16 / 24

第十五話

しおりを挟む
 夢見心地でふわふわした感覚の中でわたしは、美しい黄金の瞳と目が合った瞬間、意識が覚醒するのが分かった。
 驚いたように見開かれた美しい瞳から目を逸らさないといけないのに逸らすことが出来ないでいるわたしをベルナー様が連れ出してくれた。
 だけど、馬車の中でベルナー様がわたしの両手を握り、膝を付いて告げた言葉が衝撃的で、わたしを更なる混乱へと叩き落したのだ。


 
「ゼルに聞いて欲しい話があるんだ。俺の思い人の話を」

「ベルナー様?」

「俺は、兄上の婚約者だった人に恋をしていたんだ。だけど、俺の好きなその人は、兄上のことが大好きで、俺のことなんて男として見ていなかったんだと思う。でも、彼女の優しさや可愛い笑顔、小鳥が歌うかのような声、彼女の全てが俺を魅了していたんだ。だけど、四年の前あの日、何者かに狙われた兄上を庇ってその人は大怪我をしてしまったんだ。兄上は、その人を守れなかったことを後悔していた。当時、兄上を狙った者の背後にいるのが誰か確信がなかった。だから、兄上はその人がまた傷つくことが無いように離れることにしたんだよ。馬鹿だよね。俺なら、傍で守るってのに、兄上は遠ざけることを選んだんだよ」

「…………」

「兄上だって、その人のこと大好きで……。本当に馬鹿だよ。襲撃の黒幕を突き止めて身の安全を確保した後、もう一度その人に好きだと言えばよかったのに、それをしなかったんだよ。アホらしいことに、そんな資格ないって言ってさ。俺なら、泣きついてでももう一度婚約者になってもらうのにさ……。分かってるよ。大切な人を守るって決めても、どうしようもないことが起こることだってあるって。兄上は怖かったんだ。彼女は優しくて、強くて、誰かのために自分を犠牲にすることを厭わない人だからね……」

 ベルナー様がわたしのことを……いえ、フェルルカのことを言っていると分かった。
 マティウス様がどうして婚約破棄したのか、マティウス様がフェルルカのことが嫌いでそうしたのではないと知れて、少しだけ心が軽くなった。
 それと同時に、ベルナー様がフェルルカのことを好きだという事実に動揺もした。
 だけど、それを表に出してはいけない。
 だって、今のわたしはフェルルカではなくシュナイゼルとしてここにいるのだから。
 でも、なんて言ったらいいの?
 何も言えないでいるわたしの両手を強く握ったベルナー様が強い意志の籠った視線でわたしの瞳を見つめて言ったのだ。
 
「フェルルカ……。俺は、君が好きだ。君が今も兄上を好きだと分かっている。けど、兄上ではなく俺を選んで欲しい」

「な……なにを? わたしは、姉上ではないですよ? おかしなベルナー様ですね」

 誤魔化すようにそう言ったけど、ベルナー様の瞳には何の揺らぎもなかった。
 わたしがフェルルカだと確信しているとその瞳が告げていた。
 
「俺の前で偽らないでいい。ごめん。君がフェルルカだって、ずっと気が付いていた。だけど、君と一緒にいたくて気が付いていない振りを続けていた」

 誤魔化しきれないと分かった途端、これ以上嘘を吐くのが苦しくて、わたしは何に対してなのか分からない謝罪の言葉を口にしていた。
 
「ご……ごめんなさい……。ごめんなさい……」

「謝らなくていいんだ。フェルルカ、教えて欲しい。どうして君がシュナイゼルの振りをしているのか。俺で力になれることがあれば言って欲しい」

 今まで、誰にも頼れなかった。
 誰にも相談できなかった。
 言えば、シュナイゼルがどうなってしまうのか怖くて、どうにかして自分で解決しないとと思い続けていた。
 だけど、ベルナー様に相談していいの?
 頼ってもいいの?
 
 今まで胸の内にしまい込んでいた不安が一気に溢れていくのが分かったけど、もう押しとどめることが出来なかった。
 
「ふ……っ。だ、誰にも言えなかった。相談できなかった。どうしたらいいの、シュナイゼルが誰かに呪われてしまったの……。怖い、怖いよ……。もし、この呪いが進行形の酷い類のもので、体だけじゃなく、心や命にかかわるものだったらどうしよう……。シュナイゼルが死んでしまったらどうしよう……。ふぇ……えええーーーん」

 奥底に押し込めていた恐怖が溢れて止まらなかった。
 子供の様に泣きじゃくるわたしをベルナー様は、優しく抱きしめて涙を拭ってくれた。

「ベルナー様……。ごめんなさい。わたしは、シュナイゼルではなくフェルルカです。今まで騙していてごめんなさい……。聞いてもらってもいいのですか? 頼ってしまってもいいのですか?」

「ああ。俺を頼れ。俺以外を頼るな。俺に君を助けさせてくれ」

「ありがとうございます……。ごめんなさい……」

 わたしはどうしようもなく酷い人間だと思った。
 少しの再会だったけど、マティウス様が今でも好きだとあの短い時間で思い知ってしまった。
 なのに、わたしを好きだというベルナー様の好意を利用して、シュナイゼルの呪いをどうにかしようとしているんだもの。
 こんなわたし、地獄に落ちればいいのよ。
 でも、地獄に落ちるのはシュナイゼルの呪いをどうにかした後だ。
 そのあとなら、どんな罰でも受けるわ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた そして殿下にリリーは殺される? 転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが 何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

処理中です...