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第十六話
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あの日、王都にいる父からシュナイゼルに贈り物が届けられたのだ。
母が亡くなって、後妻を迎えてからは、領地に帰ることもなく、仕事に明け暮れるそんな父からの贈り物だった。
シュナイゼルもわたしも突然の贈り物に警戒した。
だけど、添えられていた手紙に来年、軍属するにあたって、シュナイゼルのために剣を用意したと書かれていたのだ。
確かに、軍部に入る子供に親から武具が贈られるのはいたって普通のことだった。
だからだろう。
わたしとシュナイゼルの警戒心が少しだけ緩んでしまったのだ。
だけど、贈り物の箱を開けた時、中には何も入っていなかった。
それにガッカリしたのはほんの少しの時間だった。
それは、わたしが瞬きをした次の瞬間だった。
隣にいたシュナイゼルが床に崩れ落ちたのだ。
すぐに人を呼んで、医者も呼んだ。
診断結果は過労だった。
そんな訳なかった。
倒れる寸前まで、わたしとシュナイゼルは一緒に過ごしていたのだから。
シュナイゼルが過労になるようなことなんて何もなかった。
だけど、シュナイゼルを見た医者は、そのうち目を覚ますと言って、栄養剤だけをおいて部屋を出て行ってしまったのだ。
シュナイゼルは、一週間ほどで目を覚ました。だけど……。
目を覚ました時には、体を動かすことが出来ない状態になっていたのだ。
わたしは、必死になって考えた。
どうやったのかは分からないけど、この時には屋敷の中の使用人は継母の息のかかった者だけでわたしたちの味方になってくれるような人はいなかった。
多分、医者もそうだったのだろう。
そして、この贈り物自体が継母の差し金だったのかもしれなかった。
シュナイゼルの状態が毒によるものなのかそれ以外の何かなのか……。
わたしの知っている限り、体の自由を奪う毒なんてなかったように思う。
そうなると、呪い?
多分呪いの可能性が高いだろう。
毒であれば、わたしが解毒薬を作る可能性があるから。
呪いだった場合、わたしにはどうしようもなかった。
あの継母のことだから、わたしではどうしようもないものを選んだはずだ。
そうなると、シュナイゼルの症状は呪いで決まりだった。
だけど、なんの呪いなのか分からないことには、解呪することもできなかった。
シュナイゼルが目を覚ましてから、念のため、解毒剤と毒耐性を付けるための薬を毎日飲ませた。
それでも症状に変わりがないことから、やはり呪いなのだろうと確信できた。
その頃には、魔力のないシュナイゼルにわたしの魔力の一部を渡して、体を動かせるようになっていたけど、日常生活を送るのがやっとだった。
シュナイゼルは、生まれつき魔力が無いから、魔力の使い方を知らない。
だから、わたしの補助なしでは上手く体を動かせなかったのだ。
今では、わたしの補助が無くても問題なく生活できるけど、前の様に走ったりなんて出来ない体に変わりはなかった。
領地に籠っている分には問題なかったけど、シュナイゼルには王都でやらなければならないことがあった。
そう、家を継ぐために王都で軍属として過ごさなければならなかったのだ。
他国には、聖女と呼ばれる呪いを解ける人がいると聞いたけど、今の状態では無理だった。
継母に弱みを見せることはできない状態で、秘密裏に他国に行くことなんて無理だった。
だから、シュナイゼルのこの先の人生のためにわたしがシュナイゼルとして軍属に就くことを決めて髪を切ったのだ。
シュナイゼルは、家を継げなくてもいいって言っていたけど、そんなこと姉として許せなかった。
だから、シュナイゼルにこう言って黙らせたのだ。
「王太子殿下との婚約を破棄されたわたしは、今後女として役に立つことはないと思う。だから、あなたのために動きたいの」
シュナイゼルのショックを受けた顔を見たら、心が重くて仕方なかった。
だけど、今後結婚はおろか恋をして普通に生きることもきっと無理だろうってわたしには分かっていたから。
わたしは、大切なシュナイゼルのために生きることが出来ればそれでよかったのだ。
こうして、何もかも憶測の状態ではあったけど、わたしとシュナイゼルは入れ替わったのだ。
わたしの話を聞き終わったとき、ベルナー様はわたしたちの状態を悲しんでくれて、怒ってくれた。
そして言ってくれた。
「話してくれてありがとう。これからは俺も協力する。シュナイゼルの呪いについて、俺の方でも調べてみる」
「あ……ありがとうございます。でも……」
「大丈夫だ。これからもゼルとして接する。それと……、告白の答えは、シュナイゼルが良くなった時に聞かせてくれ」
敢えて明るい表情でそう言ってくれるベルナー様に合わせる顔が無くてわたしが俯ていると、顎を掬われていた。
「ゼル。笑ってくれよ。俺は、君の笑った顔が好きなんだよ」
「ベルナー様……」
「ほら、笑って?」
何とか笑おうとしたけど、うまくできなくてきっと変な顔になっていたと思う。
だけど、ベルナー様はいつもの明るい笑顔をわたしに向けてくれたのだ。
「ありがとう。うん。可愛いよ」
「ベルナー様……。優しすぎです……。そんなことでは、悪い女の人に騙されて酷い目に遭いますよ」
「うん。君になら酷い目に合わされても嬉しいよ」
「……。ベルナー様……変です」
「うん。そうだな」
「くすくす」
思わず笑ってしまうと、ベルナー様が笑みを深くしていた。
「うん。可愛いよ……」
あまりにも可愛いというものだから、居心地が悪くて、わたしは意地悪なことを口にしてしまっていた。
「もう。シュナイゼルのわたしにそんな調子で接していては、騎士団の皆さんにベルナー様が男色だと思われてしまいますよ?」
わたしがそう言うと、目を丸くしたベルナー様は楽しそうに笑って言ったのだ。
「うんうん。そう思われてもいいよ。だって中身がフェルルカだからね。逆に嬉しいかも?」
思ってもみない返しにわたしは呆気に取れれてしまったのだった。
母が亡くなって、後妻を迎えてからは、領地に帰ることもなく、仕事に明け暮れるそんな父からの贈り物だった。
シュナイゼルもわたしも突然の贈り物に警戒した。
だけど、添えられていた手紙に来年、軍属するにあたって、シュナイゼルのために剣を用意したと書かれていたのだ。
確かに、軍部に入る子供に親から武具が贈られるのはいたって普通のことだった。
だからだろう。
わたしとシュナイゼルの警戒心が少しだけ緩んでしまったのだ。
だけど、贈り物の箱を開けた時、中には何も入っていなかった。
それにガッカリしたのはほんの少しの時間だった。
それは、わたしが瞬きをした次の瞬間だった。
隣にいたシュナイゼルが床に崩れ落ちたのだ。
すぐに人を呼んで、医者も呼んだ。
診断結果は過労だった。
そんな訳なかった。
倒れる寸前まで、わたしとシュナイゼルは一緒に過ごしていたのだから。
シュナイゼルが過労になるようなことなんて何もなかった。
だけど、シュナイゼルを見た医者は、そのうち目を覚ますと言って、栄養剤だけをおいて部屋を出て行ってしまったのだ。
シュナイゼルは、一週間ほどで目を覚ました。だけど……。
目を覚ました時には、体を動かすことが出来ない状態になっていたのだ。
わたしは、必死になって考えた。
どうやったのかは分からないけど、この時には屋敷の中の使用人は継母の息のかかった者だけでわたしたちの味方になってくれるような人はいなかった。
多分、医者もそうだったのだろう。
そして、この贈り物自体が継母の差し金だったのかもしれなかった。
シュナイゼルの状態が毒によるものなのかそれ以外の何かなのか……。
わたしの知っている限り、体の自由を奪う毒なんてなかったように思う。
そうなると、呪い?
多分呪いの可能性が高いだろう。
毒であれば、わたしが解毒薬を作る可能性があるから。
呪いだった場合、わたしにはどうしようもなかった。
あの継母のことだから、わたしではどうしようもないものを選んだはずだ。
そうなると、シュナイゼルの症状は呪いで決まりだった。
だけど、なんの呪いなのか分からないことには、解呪することもできなかった。
シュナイゼルが目を覚ましてから、念のため、解毒剤と毒耐性を付けるための薬を毎日飲ませた。
それでも症状に変わりがないことから、やはり呪いなのだろうと確信できた。
その頃には、魔力のないシュナイゼルにわたしの魔力の一部を渡して、体を動かせるようになっていたけど、日常生活を送るのがやっとだった。
シュナイゼルは、生まれつき魔力が無いから、魔力の使い方を知らない。
だから、わたしの補助なしでは上手く体を動かせなかったのだ。
今では、わたしの補助が無くても問題なく生活できるけど、前の様に走ったりなんて出来ない体に変わりはなかった。
領地に籠っている分には問題なかったけど、シュナイゼルには王都でやらなければならないことがあった。
そう、家を継ぐために王都で軍属として過ごさなければならなかったのだ。
他国には、聖女と呼ばれる呪いを解ける人がいると聞いたけど、今の状態では無理だった。
継母に弱みを見せることはできない状態で、秘密裏に他国に行くことなんて無理だった。
だから、シュナイゼルのこの先の人生のためにわたしがシュナイゼルとして軍属に就くことを決めて髪を切ったのだ。
シュナイゼルは、家を継げなくてもいいって言っていたけど、そんなこと姉として許せなかった。
だから、シュナイゼルにこう言って黙らせたのだ。
「王太子殿下との婚約を破棄されたわたしは、今後女として役に立つことはないと思う。だから、あなたのために動きたいの」
シュナイゼルのショックを受けた顔を見たら、心が重くて仕方なかった。
だけど、今後結婚はおろか恋をして普通に生きることもきっと無理だろうってわたしには分かっていたから。
わたしは、大切なシュナイゼルのために生きることが出来ればそれでよかったのだ。
こうして、何もかも憶測の状態ではあったけど、わたしとシュナイゼルは入れ替わったのだ。
わたしの話を聞き終わったとき、ベルナー様はわたしたちの状態を悲しんでくれて、怒ってくれた。
そして言ってくれた。
「話してくれてありがとう。これからは俺も協力する。シュナイゼルの呪いについて、俺の方でも調べてみる」
「あ……ありがとうございます。でも……」
「大丈夫だ。これからもゼルとして接する。それと……、告白の答えは、シュナイゼルが良くなった時に聞かせてくれ」
敢えて明るい表情でそう言ってくれるベルナー様に合わせる顔が無くてわたしが俯ていると、顎を掬われていた。
「ゼル。笑ってくれよ。俺は、君の笑った顔が好きなんだよ」
「ベルナー様……」
「ほら、笑って?」
何とか笑おうとしたけど、うまくできなくてきっと変な顔になっていたと思う。
だけど、ベルナー様はいつもの明るい笑顔をわたしに向けてくれたのだ。
「ありがとう。うん。可愛いよ」
「ベルナー様……。優しすぎです……。そんなことでは、悪い女の人に騙されて酷い目に遭いますよ」
「うん。君になら酷い目に合わされても嬉しいよ」
「……。ベルナー様……変です」
「うん。そうだな」
「くすくす」
思わず笑ってしまうと、ベルナー様が笑みを深くしていた。
「うん。可愛いよ……」
あまりにも可愛いというものだから、居心地が悪くて、わたしは意地悪なことを口にしてしまっていた。
「もう。シュナイゼルのわたしにそんな調子で接していては、騎士団の皆さんにベルナー様が男色だと思われてしまいますよ?」
わたしがそう言うと、目を丸くしたベルナー様は楽しそうに笑って言ったのだ。
「うんうん。そう思われてもいいよ。だって中身がフェルルカだからね。逆に嬉しいかも?」
思ってもみない返しにわたしは呆気に取れれてしまったのだった。
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