男装令嬢の恋の行方

バナナマヨネーズ

文字の大きさ
22 / 24

第二十一話

しおりを挟む
 回復薬のお陰で動けるようになったわたしは、もう見られてしまったものは仕方ないと、いえ、全然仕方なくないですが、気持ちを切り替えて着替えようと思い周囲を見回したんだけど、どこにも服がなかった。
 わたしの様子に気が付いたマティウス様が、申し訳なさそうに言ったのだ。
 
「すまない。フェルルカの服は処分させてもらった。あっ、もちろん着替えさせたのは女性だから安心してくれ」

 マティウス様の言葉にわたしは体を包んでいたシーツをかき寄せていた。
 室内に沈黙が訪れたのは一瞬だった。
 沈黙を破るようにベルナー様がわたしに服を差し出していたのだ。

「ほら、今日はこれで我慢してくれ」

 そう言われて差し出された服を素直に受け取ったわたしは、受け取った服を見て反応できずにいた。
 だって、手渡された服は、王都で流行っているらしい繊細な刺繍が施されたドレスだったからだ。
 わたしがドレスを見て戸惑っていると、ベルナー様が慌てるように言ったのだ。
 
「これは、急いで用意したものでだな……。フェルルカの趣味に合わなかったら悪いな……」

「いえ……。あの……わたしは、シャツとズボンでよかったのですが……」

 申し訳なさそうにわたしがそう言うと、しょんぼりとした様子でベルナー様が項垂れるのが見えて、何だか悪いことをしてしまった気がして、わたしは慌てて言葉を付け加えていた。
 
「あの! 凄く素敵なドレスだと思うます。でも、今のわたしのこの髪では……」

 そう言って、短い髪の先を指先でいじって見せたのだ。
 こんなに短い髪では、あのドレスは似合わないことは着なくても分かる。
 わたしがそう言って何とも言えない表情になっていると、マティウス様がわたしの言葉を否定していたのだ。
 
「そんなことはない。フェルルカは可愛い。その短い髪もとても可愛いぞ」

 そう言って、わたしの頭を優しく撫でてくれたのだ。
 面と向かって可愛いと言われることに慣れていないわたしは、恥ずかしさに俯いてしまっていた。
 
 
「兄上……。はぁ、フェルルカ、ちょっと待っていろ。シャツとズボンを持ってくる」

 そう言って部屋を出て行ったベルナー様を見送ったわたしとマティウス様だったが、部屋に二人っきりという状況にわたしは心臓は破裂しそうだった。
 だって、以前ベルナー様からマティウス様は、わたしのことが嫌いで離れたのではなく、その逆で大切に思っているから距離を置いたと聞いてしまっていたから。
 それに、再会してからの甘いお言葉と表情の数々にわたしの中の恋慕が鮮明に蘇っていくのが分かったのだ。
 
 下を向いているわたしの両手を握ってから、マティウス様は口を開いたのだ。
 
「フェルルカ、身勝手な私を許さなくてもいい。だか、私の気持ちを知って欲しい」

 真摯な声音にわたしは顔を上げていた。
 顔を上げた先で、真剣な表情のマティウス様と視線が合って、自然と見つめ合った状態でマティウス様は切なげに言ったのだ。
 
「あの日、私を襲撃した者から私を守るためにフェルルカが傷ついたことで私は怖気づいたのだ。また私の身に危険が及べ君はまた、その身を挺してでも私のことを庇うと確信してしまったから……」

 その言葉に私は、言葉を発しようとしたけどマティウス様の指先で唇を触れられることで制されてしまっていた。
 
「フェルルカ、聞いてくれ。君が庇ってくれたおかげで私はかすり傷程度ですんだよ。でも、愛する人が私の代わりに傷つく姿を見て、体よりも心に傷を負ったんだよ。でも、それは私が弱いせいだ。だが、私はベルナルドゥズと違って、剣の才はない平凡な男だ。だから、傷つく君を見ないように遠ざけることにしたんだ。だけど、君を思う気持ちは消えることはなくて……。襲撃犯を捕まえて、主犯だった第二王子派の貴族と、実の弟をこの手で裁いた。だけど、これから先、別の敵が現れないとも言い切れない。だから、君を巻き込まないようにこのまま距離を置き続けることにしたんだ。でも、先日とある女性を一目見て、無駄な努力だと気が付いたよ。ねえ、あの日の舞踏会でベルナルドゥズといたのはフェルルカ、君だろう?」

 マティウス様の瞳は誤魔化すことは許さないと言っていた。
 だからではないけど、わたしは誤魔化すことはせずに頷いていた。
 
「くすくす。かつらをかぶって、メイクで誤魔化しても君だって気が付いたよ。それと同時に、私の中のフェルルカを愛する気持ちもね。もう離したくない。フェルルカ、君が好きだ」

「王太子殿下……」

 時が止まったかのような時間の中で見つめ合っていたのはほんの一瞬だったのかもしれない。
 だけど、わたしもマティウス様のことを愛しているのだと自覚してしまっていた。
 口にしなくてもお互いの気持ちが通じ合ったのが分かったわたしとマティウス様は、自然と距離が近くなっていって……。
 
「あー、その悪いな。服……持ってきたぞ」

 ベルナー様のその言葉に、わたしは慌ててマティウス様から身を離そうとしたけど、マティウス様から逆に抱き寄せられてしまっていた。
 
「ちっ、空気を読んでもう少し遅く来ても良かったんだぞ?」

「ふー。兄上がそういうつもりなら俺も本気で行きますからね」

「何を言う。どう見てもお前に勝ち目はない」

「どうですかね? まだ付け入る隙はあるように思えますが?」

「この……」

「ふん。これくらいのお邪魔はさせてもらいますからね」

 二人の仲のよさそうなやり取りに自然と笑みが浮かんでいたわたしに気が付いた二人は、同時に言ったのだ。
 
「どうした?」

「どうしたんだ?」

 息ぴったりの二人の仲の良さに何でもないと首を振ったわたしに、二人は仲良く顔を見合わせていたのがおかしくて私の笑みは深くなっていったのだった。
 
 因みに、新たにベルナー様が用意してくれたシャツとズボンだったけど、サイズが大きすぎて結局初めに渡されたドレスを着ようとしたんだけど、今度は胸がきつくて背中のファスナーが上げられないという事態になってしまった。
 その結果、背中が開いた状態のままシーツにくるまれたわたしをマティウス様が横抱きにして、家まで送ってくれたのだった。
 うぅ。恥ずかしくて死んでしまうわ……。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた そして殿下にリリーは殺される? 転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが 何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...