妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。

バナナマヨネーズ

文字の大きさ
19 / 113
第二部

第一章 幕間 2

しおりを挟む
 薄れる意識の中、カーシュの視界の中にいる大切な人は、カーシュのために泣いてくれた。
 その流してくれた涙はきっと温かいのだろうなと思いながら自分の命が消える瞬間、温かいなにかに包まれるのを感じた。
 
 次に気がつくと、真っ白な空間にいた。
 カーシュは周囲を見渡すと、目の前に悲しそうな表情を浮かべる精霊たちがいた。
 
 精霊たちはカーシュに言った。
 
「愛し子の守護者よ。私達の力が及ばず、辛い目に遭わせてしまった。本当にすまない」

 その言葉を聞いたカーシュは全力で否定した。
 
「あなた達は何も悪くない!!悪いのは、あの恐ろしい女だ!!」

 カーシュがそう言っても精霊たちは悲しそうに首を横に振った。

「いいや。あの子も可愛そうな子なんだよ。どうしてこうなってしまったのか……。どこで道を間違ってしまったのか……」

 精霊たちの余りにも悲しそうな姿にカーシュは声を失った。
 
 精霊たちは、カーシュに詫びるように言った。
 
「すまないね。君にこんなお願いをすることは心苦しいのだが、どうしても愛し子を救い出したいのだ。だから、君の力を借りたいんだ」

 精霊たちの言葉にカーシュはハッとした。
 自分が死んだあとイシュミールがどうなってしまったのかと。
 
「姫は!!姫は無事なのか!!」

 カーシュの取り乱した様子を見て、精霊たちは声を震わせた。
 
「君の命が尽きてから数週間ほどの時が経過している。愛し子はなんとか命をつないでいる状態だ。でも……、もう限界だよ。迎えに行きたいが、あの場所は結界があって私達の声が届かないんだ。だから君の力を借りたいんだ。君の声ならきっと結界の中にも届くはずだから」

 そう言って精霊たちはカーシュにこれから何を見ても心を強く持つようにと言って、真っ白な空間にある場所を映し出した。
 それは、どこかの塔だった。
 高い塔には小さな窓があるだけで他に中を見られるようなものはなかった。
 精霊たちは、最上階の小さな窓を示した。
 カーシュは示された最上階の小さな窓から塔の中を見て、声もなく絶叫した。
 
 そこには、すっかり窶れて疲れ切った表情のイシュミールがいたのだ。
 カーシュが切断した腕は適切な処置がされていないようで、壊死を防ぐために切断したはずが二の腕まで壊死が広がっていた。
 それに、何故かイシュミールの右足の足首から下が無くなっていた。
 その事実に、カーシュは頭が焼ききれるのではないかと言うほどの怒りが沸き起こった。
 よく見てみると、右足首は壊死しており石壁から伸びている鎖の先にある足枷とその近くにある右足を見て理解した。
 こんな高い塔に閉じ込めておいて、更に足枷をしたのだと。
 こんな劣悪な環境であんな錆びた枷を嵌められれば、イシュミールの華奢な足首はすぐに傷つき、そこから菌が入り壊死してしまってもおかしくはなかった。
 
 カーシュは泣き叫んだ。あんなひどい目にあったイシュミールが、何故このような仕打ちを受けなければならないのかと。
 
 カーシュの嘆きが聞こえたのか、ぼんやりとしていたイシュミールがこちらを見た気がしたのだ。
 カーシュは必死に叫んで手を伸ばした。
 
「姫!!姫ーーーー!!もういいんです。もういいから!!どうか、どうか俺の手を掴んでください!!!」

 カーシュの言葉を聞いた精霊たちも優しい声で口々にいった。
 
「愛し子よ、もういいのです。こちらに」
「私達の可愛い、可愛い愛し子よ。もういいのです。楽になっていいのです。さあ、こちらに」

 そんな、カーシュと精霊たちの声が聞こえたのか、イシュミールは右手で今にも倒れそうな体を支えながら、必死に左手のないその腕をカーシュたちの方に伸ばしたのだ。
 そして、互いの思いが届いたと思った瞬間、「パチンッ」と金属が爆ぜるような音がしたと思ったと同時に、イシュミールと精霊たちを阻んでいた結界が消失した。
 それを確認した精霊たちは、直ぐにイシュミールを優しく包み込み、その場から連れ去ったのだ。
 
 
 カーシュと同じ様に真っ白な空間に連れてこられたイシュミールは、自由になることを望み転生した。
 
 イシュミールが転生の準備に入ったことを確認してから精霊たちはカーシュにお礼を言った。
 
「ありがとう。君のお陰で、あの子をあのまま死なせずに済んだ。もしあのまま死んでしまっていたら、きっと永遠にあの塔に魂が閉じ込められて永劫の苦しみに囚われてしまっただろう。でももう大丈夫。今度は、自由に生きられるように、温かい家族の元に生まれるように転生の準備をしているから安心してね。そうだ、君にもお礼をしたい。君はこれからどうしたい?」

 精霊たちにそう問われたカーシュは考えることもなく即答した。
 
「姫の家族として生まれて、姫を守り慈しみ愛したい」

 カーシュの返答を聞いた精霊たちはくすくすと笑いながらからかうように言った。
 
「くすくす。あれ?恋人になるには家族じゃ駄目だよ?」

「いや。恋人でなくていい。俺は家族として姫を大切にしたい。そして、今生で与えられなかった家族の愛で姫を包み慈しみ守り愛したいんだ」

「ふふふん。君は欲が無いようで欲張りだね。分かったよ。家族として生まれるように転生の準備をしよう」

「ありがとう。感謝します。それと、厚かましいお願いなのだが……」

「分かっているよ。できるだけ記憶を引き継げるようにしておく。でも完全じゃないよ?」

「それでいい。姫を守るためには、俺の学んだ戦闘技術が役立つはずだ。それと姫を守り慈しむ心さえ引き継げれば問題ない」

「はいはーい。愛し子の記憶はどうしよう。確認してなかったや。一応、それとなく。そうだ、夢物語のように夢で見るようにしよう。そうすれば、自分で決めてもらえる。夢が夢で終わるのも、それを前世の自分だと考えるのも次のあの子が自分で好きに決めればいい。それこそ自由ってもんだよね」

 精霊たちの楽しそうな謎理論で、イシュミールの記憶についてはどうなるか分からないが、記憶があってもなくてもカーシュのやることは変わらない。
 家族として生きる彼女を次こそ幸せにするのだということには。
 
 
 こうして、カーシュ・セルゲイの記憶を持ったシエテ・ソルが生まれた。
 シエテは、カーシュの記憶をほぼ受け継いだ状態で生まれた。
 シエテとして、生まれ変わったカーシュは、ある程度の歳になると体を鍛えだし、戦えるように技術を磨いた。
 次に、今があれからどれくらいの時が経ったのか、ここがどこなのかを確認をしたのだ。
 時間はそんなに経ってはいなかったが、場所は最高だった。
 あの忌まわしい、アックァーノ領からも王都からも遠く離れた辺境の地。ディアロ領に生まれたのだ。
 ここならば、双子の妹として生まれた大切な女の子がのんびりスローライフを満喫できるとシエテは考えた。そして、タガが外れた。
 双子の妹のシーナはとても愛らしく、目に入れても痛くないくらいだった。
 前世のことがなくても溺愛せずにはいられない可愛さだった。
 シーナと家族として暮らすうちに、イシュミールとしてのシーナではなく、ただのシーナとして愛するようになっていった。
 
 そう、記憶を受け継いだとしてもシエテはカーシュではないのだ。
 シエテがそう考えた瞬間から、シエテはシエテとして生きるようになった。
 そして、カーシュでは思っても行動できなかった、全力での甘やかしを思う存分実行したのだ。
 ただ、その行動は余りにもシスコン過ぎて家族から引かれるほどだったことに彼が気がつくのは大分後だった。
しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。

双子だからと捨てておいて、妹の代わりに死神辺境伯に嫁げと言われても従えません。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 ツビンズ公爵家の長女に生まれたパウリナだったが、畜生腹と忌み嫌われる双子であった上に、顔に醜い大きな痣があったため、殺されそうになった。なんとか筆頭家老のとりなしで教会の前に捨てられることになった。時が流れ、ツビンズ公爵家に死神と恐れられる成り上がりの猛将軍との縁談話を国王から命じられる。ツビンズ公爵家で大切に育てられていた妹のアイリンは、王太子と結婚して王妃になる事を望んでいて……

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

処理中です...