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佐倉遥は、常に何かを待っているか、何かに追われているような感覚に苛まれていた。
「ええ、はい、承知いたしました。明日の午前中までには、必ず……」
受話器を握る手のひらに、うっすらと汗がにじむ。カレンダーの今日の欄は、既に幾重にも引かれた赤線と青線で、見るも無残な有様だ。フリーランスのWebデザイナーとして独立して三年。確かに収入は安定した。自宅兼オフィスでの仕事は自由気ままに映るかもしれない。だが、遥の辞書に「自由」の文字はない。あるのは「納期」と「遅延の恐怖」だけだった。
目の前のパソコン画面では、修正依頼が山積みのデザインファイルが、嘲笑うかのように開かれている。これらを一つずつ丁寧に処理していけば、あと最低でも五時間はかかるだろう。その五時間は、本来、次の新しいプロジェクトの企画に使われるべき「未来の時間」だった。
「どうして、私の時間だけ、こんなに足りないんだろう……」
誰に聞かせるでもなく呟いた言葉は、エアコンの微かな駆動音にかき消された。ため息とともに頭を抱え、遥はふと、一週間前に立ち寄ったアンティークショップのことを思い出した。
大通りから一本外れた、ほとんどシャッターが下りているような寂れた一角。薄暗い店内の奥から、まるで物語の登場人物のように、白髪の老紳士が現れた。
「お嬢さん、そんなに焦っておいでで?」
老紳士は、小さな古びたボタンのようなものを手のひらに乗せてきた。
「これは、時を動かすボタンじゃ。あなたが本当に『いらない』と願う25分間だけを、この世界から、さっと切り取ってくれる」
「25分……?」
「ポモドーロ効果**(***作業集中のための時間術)**の、ちょうど一区切りじゃろう。押せば、その25分は一瞬で終わる。世界が早送りされる、と考えなさい」
遥は冗談だろうと思ったが、老紳士の目は真剣だった。ただ、「タダで結構」と渡され、店の外に出る頃には、老紳士の顔さえおぼろげになっていた。夢でも見たのか。ポケットに入れたボタンは、冷たい金属の質量だけを主張している。
そのボタンが、今、遥のデスクの上にある。古びた懐中時計の文字盤のような、小さな円形。周囲には、錆びた真鍮のような細工が施されていた。
「いらない25分間……」
遥は恐る恐る、指先でボタンに触れた。この、目の前にある「修正依頼の嵐」の25分が、本当に一瞬で消え去るなら。
一瞬の躊躇のあと、遥は人差し指で、カチリと、ボタンを押し込んだ。
「ええ、はい、承知いたしました。明日の午前中までには、必ず……」
受話器を握る手のひらに、うっすらと汗がにじむ。カレンダーの今日の欄は、既に幾重にも引かれた赤線と青線で、見るも無残な有様だ。フリーランスのWebデザイナーとして独立して三年。確かに収入は安定した。自宅兼オフィスでの仕事は自由気ままに映るかもしれない。だが、遥の辞書に「自由」の文字はない。あるのは「納期」と「遅延の恐怖」だけだった。
目の前のパソコン画面では、修正依頼が山積みのデザインファイルが、嘲笑うかのように開かれている。これらを一つずつ丁寧に処理していけば、あと最低でも五時間はかかるだろう。その五時間は、本来、次の新しいプロジェクトの企画に使われるべき「未来の時間」だった。
「どうして、私の時間だけ、こんなに足りないんだろう……」
誰に聞かせるでもなく呟いた言葉は、エアコンの微かな駆動音にかき消された。ため息とともに頭を抱え、遥はふと、一週間前に立ち寄ったアンティークショップのことを思い出した。
大通りから一本外れた、ほとんどシャッターが下りているような寂れた一角。薄暗い店内の奥から、まるで物語の登場人物のように、白髪の老紳士が現れた。
「お嬢さん、そんなに焦っておいでで?」
老紳士は、小さな古びたボタンのようなものを手のひらに乗せてきた。
「これは、時を動かすボタンじゃ。あなたが本当に『いらない』と願う25分間だけを、この世界から、さっと切り取ってくれる」
「25分……?」
「ポモドーロ効果**(***作業集中のための時間術)**の、ちょうど一区切りじゃろう。押せば、その25分は一瞬で終わる。世界が早送りされる、と考えなさい」
遥は冗談だろうと思ったが、老紳士の目は真剣だった。ただ、「タダで結構」と渡され、店の外に出る頃には、老紳士の顔さえおぼろげになっていた。夢でも見たのか。ポケットに入れたボタンは、冷たい金属の質量だけを主張している。
そのボタンが、今、遥のデスクの上にある。古びた懐中時計の文字盤のような、小さな円形。周囲には、錆びた真鍮のような細工が施されていた。
「いらない25分間……」
遥は恐る恐る、指先でボタンに触れた。この、目の前にある「修正依頼の嵐」の25分が、本当に一瞬で消え去るなら。
一瞬の躊躇のあと、遥は人差し指で、カチリと、ボタンを押し込んだ。
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