探偵注文所

八雲 銀次郎

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ファイルⅠ:連続ひったくり事件

#10

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 ホームズに帰ってきたのは、十二時を少し回ったころだった。日下部さんは、買ってきたビデオカメラをパソコンに繋ぎ、何やら調べ始めた。
 土屋さんと他の刑事たちは、捜査のため外出。柏木さんは、別の依頼があるとかで、工藤刑事と入れ違いで、出て行った。

 店内には日下部さんと工藤刑事、ミヤマさんしかいない。
 「急にヒマになりましたな。」
 ミヤマさんが紅茶を淹れながら言った。
 「天木さんが帰ってしまいましたからね…。」
 工藤刑事もカウンターに頬杖をついて、愚痴をこぼす。
 「アマキちゃんがそう判断したということは、“焦りは禁物”という意味ですよ。」
 自分で淹れた紅茶を自分で飲みながら言った。
「そういえば、一つ質問良いですか?ミヤマさん。」
 工藤刑事が思い出したように、ミヤマさんに訊ねる。
「構いませんよ。」
 「ザッキーさんって、どういう人だったんですか?」
 「アマキちゃんから聞いたんですか?」
 少し驚いた様な顔をした。
 「えぇ、今朝現場に向かってるときに。」
 「そうですか…。じゃぁ、少し、昔話をしましょう…。」

 今から、八年程前のこと。ミヤマがまだ十八歳の時。彼は料理の修行のため、ドイツに居た。その日は、珍しく暑い休日だった。
 彼と会ったのは避暑として飛び込んだ、とある喫茶店だった。いや、喫茶店と言って良いのかわからない程、狭い店内で、椅子も三つしかないのに、一つは店主と思わしき、ご老人が居眠りするためにドカッと腰を落としていた。
 「あの、ご老人。」
 うむ、起きる気配がなさそうだ…。
 「ご老人!」
 少し、声を張り上げたが、フガフガ言うだけで、効果はない…。諦めて、店を出ようとした時だった。中学生くらいの身長の日本人顔の男子が入店してきた。
 「やめときな、起きなかったぞ。」
 ミヤマがそう、男子に言った。
 「はは、いっつもそうなんですよ。」
 と流暢なドイツ語で返してくる。
 男子は老人を無視し、椅子が一つしかないカウンターの内側に立った。
 「アイスで良いかい?」
 今度は日本語で質問してくる。
 「日本語で大丈夫なのかい…。あぁ、アイスで。」
 ミヤマも老人を無視して、カウンターに座る。
 「あんた、あの爺さんの孫か何かか?」
 ミヤマは男子に聞いた。
 「いや、まったく。というより、俺、ここの店員でもなんでも無いから…。」
 そう言いながら、カウンター下にある冷蔵庫から、ボトルを取り出す。

 「良いのかい?勝手にそんな事して…。」
 「俺、今修行中だから。」
 「修行って、バリスタにでもなるのか?」
 「まぁね。それより、お兄さんは今日、レストランは休みなのかい?」
 男子が黒いティーカップに氷とコーヒーを淹れてミヤマの前に置く。
 「まぁな。」
 カップに口を付けた。しかし、違和感に気が付いた。
 「あれ、俺、レストランで働いてるって言ったっけ?」
 「言ってない。」
 男子が簡単に答える。
 「だよな。でもどうして知ってるんだい。」
 すると、男子が右手を開いてこちらに見せてくる。
 「手がどうした。」
 「お兄さんの手の指の付け根付近に胼タコがいくつかあった。こんな感じにタコができるのは、何かを強く握ったとき。野球選手ならバットを、体操選手なら吊り輪や鉄棒など、
だけど、お兄さんはそれほど筋力があるとも思わないし、左手にはタコがなかった。」
 途中、バットや鉄棒を握る仕草などを交えながら説明する。
 「片手だけにタコがあって、尚且つ筋力も人並み。極めつけは、ここ。」
 右手人差し指の第二関節と付け根の間を指す。
 「ここにできるのは、包丁だこと言われる、料理人によくできるもの。それだけの材料が揃っていれば、簡単に職業を当てることくらい、造作もないよ。」

 「はぁ…。」
 ミヤマは間の抜けた声を出してしまった。見た目は中学生くらいの、言ってしまえば子どもに、会って五分もしないうちに職業を当てられてしまったのだから。
 「小僧…。まだまだやのぅ…。」
 背後から声がした。しかも本語。さっきの置物みたいなご老人が、ゆっくりと立ち上がった。
 「チャック爺さん、起きてたんですか。」
 「あぁ、“あの、ご老人”のあたりからじゃ。」
 「最初からか…。」
 「それより、小僧。指の匂いも忘れておるぞ。」
 老人がゆっくりと近づき、ミヤマの肩に手を置いた。
 「兄ちゃん、指からニンニクや玉ねぎの匂いがする。この時点で、料理人と見抜けんようじゃ、小僧も人のこと言えんぞ。」
 老人が肩に置いてない方の人差し指を立てて“まだまだ”と言わんばかりに左右に振る。
 
この中学生の様な男子こそ、のちのザッキーだった。
 
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