19 / 281
ファイルⅠ:連続ひったくり事件
#10
しおりを挟む
ホームズに帰ってきたのは、十二時を少し回ったころだった。日下部さんは、買ってきたビデオカメラをパソコンに繋ぎ、何やら調べ始めた。
土屋さんと他の刑事たちは、捜査のため外出。柏木さんは、別の依頼があるとかで、工藤刑事と入れ違いで、出て行った。
店内には日下部さんと工藤刑事、ミヤマさんしかいない。
「急にヒマになりましたな。」
ミヤマさんが紅茶を淹れながら言った。
「天木さんが帰ってしまいましたからね…。」
工藤刑事もカウンターに頬杖をついて、愚痴をこぼす。
「アマキちゃんがそう判断したということは、“焦りは禁物”という意味ですよ。」
自分で淹れた紅茶を自分で飲みながら言った。
「そういえば、一つ質問良いですか?ミヤマさん。」
工藤刑事が思い出したように、ミヤマさんに訊ねる。
「構いませんよ。」
「ザッキーさんって、どういう人だったんですか?」
「アマキちゃんから聞いたんですか?」
少し驚いた様な顔をした。
「えぇ、今朝現場に向かってるときに。」
「そうですか…。じゃぁ、少し、昔話をしましょう…。」
今から、八年程前のこと。ミヤマがまだ十八歳の時。彼は料理の修行のため、ドイツに居た。その日は、珍しく暑い休日だった。
彼と会ったのは避暑として飛び込んだ、とある喫茶店だった。いや、喫茶店と言って良いのかわからない程、狭い店内で、椅子も三つしかないのに、一つは店主と思わしき、ご老人が居眠りするためにドカッと腰を落としていた。
「あの、ご老人。」
うむ、起きる気配がなさそうだ…。
「ご老人!」
少し、声を張り上げたが、フガフガ言うだけで、効果はない…。諦めて、店を出ようとした時だった。中学生くらいの身長の日本人顔の男子が入店してきた。
「やめときな、起きなかったぞ。」
ミヤマがそう、男子に言った。
「はは、いっつもそうなんですよ。」
と流暢なドイツ語で返してくる。
男子は老人を無視し、椅子が一つしかないカウンターの内側に立った。
「アイスで良いかい?」
今度は日本語で質問してくる。
「日本語で大丈夫なのかい…。あぁ、アイスで。」
ミヤマも老人を無視して、カウンターに座る。
「あんた、あの爺さんの孫か何かか?」
ミヤマは男子に聞いた。
「いや、まったく。というより、俺、ここの店員でもなんでも無いから…。」
そう言いながら、カウンター下にある冷蔵庫から、ボトルを取り出す。
「良いのかい?勝手にそんな事して…。」
「俺、今修行中だから。」
「修行って、バリスタにでもなるのか?」
「まぁね。それより、お兄さんは今日、レストランは休みなのかい?」
男子が黒いティーカップに氷とコーヒーを淹れてミヤマの前に置く。
「まぁな。」
カップに口を付けた。しかし、違和感に気が付いた。
「あれ、俺、レストランで働いてるって言ったっけ?」
「言ってない。」
男子が簡単に答える。
「だよな。でもどうして知ってるんだい。」
すると、男子が右手を開いてこちらに見せてくる。
「手がどうした。」
「お兄さんの手の指の付け根付近に胼タコがいくつかあった。こんな感じにタコができるのは、何かを強く握ったとき。野球選手ならバットを、体操選手なら吊り輪や鉄棒など、
だけど、お兄さんはそれほど筋力があるとも思わないし、左手にはタコがなかった。」
途中、バットや鉄棒を握る仕草などを交えながら説明する。
「片手だけにタコがあって、尚且つ筋力も人並み。極めつけは、ここ。」
右手人差し指の第二関節と付け根の間を指す。
「ここにできるのは、包丁だこと言われる、料理人によくできるもの。それだけの材料が揃っていれば、簡単に職業を当てることくらい、造作もないよ。」
「はぁ…。」
ミヤマは間の抜けた声を出してしまった。見た目は中学生くらいの、言ってしまえば子どもに、会って五分もしないうちに職業を当てられてしまったのだから。
「小僧…。まだまだやのぅ…。」
背後から声がした。しかも本語。さっきの置物みたいなご老人が、ゆっくりと立ち上がった。
「チャック爺さん、起きてたんですか。」
「あぁ、“あの、ご老人”のあたりからじゃ。」
「最初からか…。」
「それより、小僧。指の匂いも忘れておるぞ。」
老人がゆっくりと近づき、ミヤマの肩に手を置いた。
「兄ちゃん、指からニンニクや玉ねぎの匂いがする。この時点で、料理人と見抜けんようじゃ、小僧も人のこと言えんぞ。」
老人が肩に置いてない方の人差し指を立てて“まだまだ”と言わんばかりに左右に振る。
この中学生の様な男子こそ、のちのザッキーだった。
土屋さんと他の刑事たちは、捜査のため外出。柏木さんは、別の依頼があるとかで、工藤刑事と入れ違いで、出て行った。
店内には日下部さんと工藤刑事、ミヤマさんしかいない。
「急にヒマになりましたな。」
ミヤマさんが紅茶を淹れながら言った。
「天木さんが帰ってしまいましたからね…。」
工藤刑事もカウンターに頬杖をついて、愚痴をこぼす。
「アマキちゃんがそう判断したということは、“焦りは禁物”という意味ですよ。」
自分で淹れた紅茶を自分で飲みながら言った。
「そういえば、一つ質問良いですか?ミヤマさん。」
工藤刑事が思い出したように、ミヤマさんに訊ねる。
「構いませんよ。」
「ザッキーさんって、どういう人だったんですか?」
「アマキちゃんから聞いたんですか?」
少し驚いた様な顔をした。
「えぇ、今朝現場に向かってるときに。」
「そうですか…。じゃぁ、少し、昔話をしましょう…。」
今から、八年程前のこと。ミヤマがまだ十八歳の時。彼は料理の修行のため、ドイツに居た。その日は、珍しく暑い休日だった。
彼と会ったのは避暑として飛び込んだ、とある喫茶店だった。いや、喫茶店と言って良いのかわからない程、狭い店内で、椅子も三つしかないのに、一つは店主と思わしき、ご老人が居眠りするためにドカッと腰を落としていた。
「あの、ご老人。」
うむ、起きる気配がなさそうだ…。
「ご老人!」
少し、声を張り上げたが、フガフガ言うだけで、効果はない…。諦めて、店を出ようとした時だった。中学生くらいの身長の日本人顔の男子が入店してきた。
「やめときな、起きなかったぞ。」
ミヤマがそう、男子に言った。
「はは、いっつもそうなんですよ。」
と流暢なドイツ語で返してくる。
男子は老人を無視し、椅子が一つしかないカウンターの内側に立った。
「アイスで良いかい?」
今度は日本語で質問してくる。
「日本語で大丈夫なのかい…。あぁ、アイスで。」
ミヤマも老人を無視して、カウンターに座る。
「あんた、あの爺さんの孫か何かか?」
ミヤマは男子に聞いた。
「いや、まったく。というより、俺、ここの店員でもなんでも無いから…。」
そう言いながら、カウンター下にある冷蔵庫から、ボトルを取り出す。
「良いのかい?勝手にそんな事して…。」
「俺、今修行中だから。」
「修行って、バリスタにでもなるのか?」
「まぁね。それより、お兄さんは今日、レストランは休みなのかい?」
男子が黒いティーカップに氷とコーヒーを淹れてミヤマの前に置く。
「まぁな。」
カップに口を付けた。しかし、違和感に気が付いた。
「あれ、俺、レストランで働いてるって言ったっけ?」
「言ってない。」
男子が簡単に答える。
「だよな。でもどうして知ってるんだい。」
すると、男子が右手を開いてこちらに見せてくる。
「手がどうした。」
「お兄さんの手の指の付け根付近に胼タコがいくつかあった。こんな感じにタコができるのは、何かを強く握ったとき。野球選手ならバットを、体操選手なら吊り輪や鉄棒など、
だけど、お兄さんはそれほど筋力があるとも思わないし、左手にはタコがなかった。」
途中、バットや鉄棒を握る仕草などを交えながら説明する。
「片手だけにタコがあって、尚且つ筋力も人並み。極めつけは、ここ。」
右手人差し指の第二関節と付け根の間を指す。
「ここにできるのは、包丁だこと言われる、料理人によくできるもの。それだけの材料が揃っていれば、簡単に職業を当てることくらい、造作もないよ。」
「はぁ…。」
ミヤマは間の抜けた声を出してしまった。見た目は中学生くらいの、言ってしまえば子どもに、会って五分もしないうちに職業を当てられてしまったのだから。
「小僧…。まだまだやのぅ…。」
背後から声がした。しかも本語。さっきの置物みたいなご老人が、ゆっくりと立ち上がった。
「チャック爺さん、起きてたんですか。」
「あぁ、“あの、ご老人”のあたりからじゃ。」
「最初からか…。」
「それより、小僧。指の匂いも忘れておるぞ。」
老人がゆっくりと近づき、ミヤマの肩に手を置いた。
「兄ちゃん、指からニンニクや玉ねぎの匂いがする。この時点で、料理人と見抜けんようじゃ、小僧も人のこと言えんぞ。」
老人が肩に置いてない方の人差し指を立てて“まだまだ”と言わんばかりに左右に振る。
この中学生の様な男子こそ、のちのザッキーだった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月弥総合病院
御月様(旧名 僕君☽☽︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる