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1章:香り
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次に格子状の引き戸が動いたのは、ケーキを食べ始めてすぐだった。
店の入り口には、180は優にある背の高いスーツを着た男が、神妙な顔つきで立っていた。
スーツ男は店内をきょろきょろと見まわした後、私の脇を抜け、奥に座る読書男の前で止まった。
「篠崎龍哉さんですね。お願いがあってきました。手を貸して頂きたい。」
スーツ男はそう言うと、深々と頭を下げた。
しばらくの沈黙の後、篠崎龍哉と言われた読書男は、今まで読んでいた本を置き、スーツ男と向き合った。驚いた、かなりのイケメンだ。スラリと細長い指。長めの黒髪。少し鋭い眼光。澄んだ黒い瞳。首元には銀色の指輪サイズのリングネックレスをしていた。
「人違いではありませんか?」彼はそう言った後、さらに続ける。
「頭を上げてください。僕は篠崎という、名前ではありません。僕は九条といいます。」
「九条…本当に?」
スーツ男は頭をあげながら不思議そうには聞き返した。
「ええ、免許証も見ますか?」と九条という男はおもむろに黒い長財布を取り出した。
「いぃいぃ、じゃ、篠崎という男に心当たりは。」
手を勢いよく振りながら、スーツ男は聞き返した。
「さぁ。マスターは?」
「私にもさっぱりです。」マスターも首を横に振りながらグラスを磨いていた。
「そう…じゃ、お姉さんは?」と九条さんは私の方を見た。
「い、いや、私も…。」と戸惑いながらも答えた。
九条さんは、少しにやりとした後、スーツ男に向かってこう言った。
「残念ですね。でも、ここに篠崎龍哉という男を探しに来て、聞いた特徴が今の僕と、ほぼ一致したということですね?刑事さん。」
刑事?今、九条さんは、このスーツ男の事を『刑事さん』と呼んだ。
スーツ男は自己紹介もしていなければ、ドラマで見るような、警察手帳を見せていたわけで見ない。なぜ。
私の謎を、スーツ男が代弁してくれた。
「なぜ、刑事だと分かった。」
九条さんはまた口角を上げ、答えた。
「さっき、店の戸を閉めたとき、ちらりと見えてしまいました。」
右手で自分の左胸をポンポンと軽く叩いた。
「拳銃です。僕の知り合いにやーさんはいませんからね。逆に警察に知り合いは何人かいます。なので警察の方だと、すぐにわかりましたよ。」
さらに続ける。
「そんな刑事さんが、一般人に手を貸してほしいということは、それほど切羽詰まった状況ということですね。」
「…っ。」
スーツ男もとい刑事さんが言葉を詰まらせる。
「その篠崎という男のことを聞いたのは、もしや、赤いバッグを持った女性からでも聞きました?」
九条さんが更に問う。
「お前があの女が言っていた、篠崎龍哉で間違いないようだな…。俺は警視庁捜査一課、菊池正彦。恥を忍んで自分の意志で来た。手を、いや、頭脳を貸してもらいたい。」
再度深々と頭を下げた。
少し間を置き、九条さんおもむろに、コーヒーをすすった。
「いいでしょう。最近退屈しっぱなしだったので、お請けいたしましょう。」
「事件内容は追って報告する。」
そう告げると、菊池刑事は踵を返し、足早と店を出て行った。
私は、しばらく呆然としていた。
事件?女性?警察?結局篠崎龍哉って?
ただでさえ、弱い頭が煙を吹きそうになっている。
「ごめんね、勝手に巻き込んでしまって。」
声の主は九条さんだった。言葉は申し訳なさそうなのに、顔だけは少し微笑んでいた。
「い、いえ。急なことでびっくりはしましたけど…。」
「相変わらず、あなたもお人が悪いですね…。」とマスターも微笑みながら、九条さんを見ていた。
「僕の名前が知られてしまったので、どうですか一つ、貴女のお名前も教えてくれませんか?」と九条さんは微笑んだまま、話かけてきた。
「えっと…。香織。宮本香織です。」どもりながらも答えた。
「私は、古川幸三と申します。以後お見知りおきを。」とマスターが私に向かって軽くお辞儀した。
「僕は、九条哲也。よろしく。」と九条さんはてをひらひらと振った。
「じゃあ、またよろしくね。」と九条は席を立って、店を後にした。
店の入り口には、180は優にある背の高いスーツを着た男が、神妙な顔つきで立っていた。
スーツ男は店内をきょろきょろと見まわした後、私の脇を抜け、奥に座る読書男の前で止まった。
「篠崎龍哉さんですね。お願いがあってきました。手を貸して頂きたい。」
スーツ男はそう言うと、深々と頭を下げた。
しばらくの沈黙の後、篠崎龍哉と言われた読書男は、今まで読んでいた本を置き、スーツ男と向き合った。驚いた、かなりのイケメンだ。スラリと細長い指。長めの黒髪。少し鋭い眼光。澄んだ黒い瞳。首元には銀色の指輪サイズのリングネックレスをしていた。
「人違いではありませんか?」彼はそう言った後、さらに続ける。
「頭を上げてください。僕は篠崎という、名前ではありません。僕は九条といいます。」
「九条…本当に?」
スーツ男は頭をあげながら不思議そうには聞き返した。
「ええ、免許証も見ますか?」と九条という男はおもむろに黒い長財布を取り出した。
「いぃいぃ、じゃ、篠崎という男に心当たりは。」
手を勢いよく振りながら、スーツ男は聞き返した。
「さぁ。マスターは?」
「私にもさっぱりです。」マスターも首を横に振りながらグラスを磨いていた。
「そう…じゃ、お姉さんは?」と九条さんは私の方を見た。
「い、いや、私も…。」と戸惑いながらも答えた。
九条さんは、少しにやりとした後、スーツ男に向かってこう言った。
「残念ですね。でも、ここに篠崎龍哉という男を探しに来て、聞いた特徴が今の僕と、ほぼ一致したということですね?刑事さん。」
刑事?今、九条さんは、このスーツ男の事を『刑事さん』と呼んだ。
スーツ男は自己紹介もしていなければ、ドラマで見るような、警察手帳を見せていたわけで見ない。なぜ。
私の謎を、スーツ男が代弁してくれた。
「なぜ、刑事だと分かった。」
九条さんはまた口角を上げ、答えた。
「さっき、店の戸を閉めたとき、ちらりと見えてしまいました。」
右手で自分の左胸をポンポンと軽く叩いた。
「拳銃です。僕の知り合いにやーさんはいませんからね。逆に警察に知り合いは何人かいます。なので警察の方だと、すぐにわかりましたよ。」
さらに続ける。
「そんな刑事さんが、一般人に手を貸してほしいということは、それほど切羽詰まった状況ということですね。」
「…っ。」
スーツ男もとい刑事さんが言葉を詰まらせる。
「その篠崎という男のことを聞いたのは、もしや、赤いバッグを持った女性からでも聞きました?」
九条さんが更に問う。
「お前があの女が言っていた、篠崎龍哉で間違いないようだな…。俺は警視庁捜査一課、菊池正彦。恥を忍んで自分の意志で来た。手を、いや、頭脳を貸してもらいたい。」
再度深々と頭を下げた。
少し間を置き、九条さんおもむろに、コーヒーをすすった。
「いいでしょう。最近退屈しっぱなしだったので、お請けいたしましょう。」
「事件内容は追って報告する。」
そう告げると、菊池刑事は踵を返し、足早と店を出て行った。
私は、しばらく呆然としていた。
事件?女性?警察?結局篠崎龍哉って?
ただでさえ、弱い頭が煙を吹きそうになっている。
「ごめんね、勝手に巻き込んでしまって。」
声の主は九条さんだった。言葉は申し訳なさそうなのに、顔だけは少し微笑んでいた。
「い、いえ。急なことでびっくりはしましたけど…。」
「相変わらず、あなたもお人が悪いですね…。」とマスターも微笑みながら、九条さんを見ていた。
「僕の名前が知られてしまったので、どうですか一つ、貴女のお名前も教えてくれませんか?」と九条さんは微笑んだまま、話かけてきた。
「えっと…。香織。宮本香織です。」どもりながらも答えた。
「私は、古川幸三と申します。以後お見知りおきを。」とマスターが私に向かって軽くお辞儀した。
「僕は、九条哲也。よろしく。」と九条さんはてをひらひらと振った。
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