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2章:想い
5 独学
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甘王を後にしたのは、一三時前くらいだった。流石にお昼過ぎとなると、お客さんの数も増えてくる。帰り際、彩から今度はれとろに来てくれると、約束してもらった。
真っ直ぐ行けば、そんなに時間はかからない。だが、土曜日ともなるとそうはいかない。
どうやら、事故があったらしく、なかなか進まない。
「そういえば、香織ちゃんって、苦手なものとかある?」
ハンドルにもたれかかりながら、聞いてきた。
「どうしたんですか?急に。」
「いや、さっきの彩ちゃんはコーヒーが苦手だったみたいだけど、香織ちゃんはどうなのかなぁと思ってね。」
「私は辛い物が苦手ですね…。」
「辛い物…。」
「ある程度の物なら大丈夫です。例えば、マスタードとかワサビとか…。だけど、唐辛子とか和辛子はだめです…。」
私は、なかなか動かない前の車を見つめながら答えた。
「そっか、辛い物か…。」
「ちなみに、九条さんは苦手なものは?」
「僕は、酸っぱいものがダメだね…。梅干しとかレモンとか…。」
「あ、だからあんみつにフルーツとか、乗せてなかったんですか?」
「そうなんだよね。」
「へぇ、じゃ、私からも質問良いですか?」
ルームミラーに引っ掛けてある、イルカの小さいキーホルダーを指ではじきながら、“良いよ”と答えた。
「コーヒーを美味しく淹れるコツって何ですか?
九条さんと同じやり方、同じ淹れ方でやっても何か違うような気がして…。サイフォンでやってもダメでした…。」
「…修行が足りない…。」
「へ?」
ぼそっと言ったから聞こえなかったわけではない。ただ、それだけで済まされると思わなかったからだ…。
「修行…ですか…。」
聞き返した。
「まぁそうだね、要は経験だよ。ちょっとゴメンね…。」
そう言い、九条さんは手を伸ばし、私の座っている助手席側のグローブボックスを開けた。中には車検証以外に、何冊か雑誌があった。
「雑誌好きですね…。」
「はは、人並みにね…。まぁ、趣味ってやつだよ。」
そう答えながら取り出したのは、二冊のコーヒー専門の雑誌だった。それを私の膝の上に置いた。
「開けてみな。」
九条さんは、ついでに取り出した自動車雑誌をぺらぺらとめくりだした。
私も雑誌をめくった。中は目がチカチカするほどの蛍光色のマーカーのラインやページの余白の部分にこれでもかと書かれたメモ書きなどが書き込まれてあり、華やかだった。
もっと驚くところは、この雑誌が先月末に発行されていること。要するに、最近まで、彼はコーヒーの勉強していることになる…。
更に、「それだけじゃないよ。」と言い、彼は後部座席に置かれた自分のバッグから、これまた小さな黒い本を取り出した。表紙にはコーヒーカップのイラストと「Coffee」の文字が書かれていた。これも、さんざん読みつくしたのか、マーカやメモ書きなどが各ページに書き込まれていた。唯一分かったのは、本文もメモ書きも日本語じゃないことだけだった。
「僕がコーヒーを勉強しだしたのは、僕がまだ中学生の時。ある喫茶店のコーヒーがすごい好きでね。たくさん勉強したよ。煎り方から、飲み方まで…。」
「その喫茶店って、日本にあるんですか?」
「鋭いね。中二の夏休みに親父の仕事の都合で一ヵ月間ドイツに行っててね。そこの宿の近所にあった。
小さな木組み喫茶店でね…。店内は二、三人しか入れないほど狭く、そのくせ、客なんてほとんど来なかった。」
九条さんが懐かしむように話す。
「店員もおじいちゃん一人しかいなくて、もはや趣味でやってる様な感じだったなぁ…。
でも、コーヒーの味は絶品だった。特別苦いわけでも、飛び切り香りが良いわけでもない。豆も市販されてるものを使っていた。なのに、あれだけ深いコクは、八年間ずっと、勉強しても再現できない…。」
やっと進み始めた。
「じゃぁ、逆に、香織ちゃんはどうして、そこまでコーヒーに拘りがあるの?」
「私は…。」
それ以上続けられなかった。そこを話すと、全て話さなきゃいけなくなる…。
「嫌なら無理にとは言わないよ。」
九条さんが優しく、諭すように言った。
「九条さんは強いですもんね…。」
「…前も言ったように、強さは人それぞれだと思うよ、酸っぱいものが食べられない僕からすれば、フルーツが食べられる君は、僕よりは強い。それと、一緒…。」
「…。」
俯いたまま、何もしゃべれなかった。九条さんは励ましてくれているつもりだろうが、その優しさが私にとっては苦しかった。
真っ直ぐ行けば、そんなに時間はかからない。だが、土曜日ともなるとそうはいかない。
どうやら、事故があったらしく、なかなか進まない。
「そういえば、香織ちゃんって、苦手なものとかある?」
ハンドルにもたれかかりながら、聞いてきた。
「どうしたんですか?急に。」
「いや、さっきの彩ちゃんはコーヒーが苦手だったみたいだけど、香織ちゃんはどうなのかなぁと思ってね。」
「私は辛い物が苦手ですね…。」
「辛い物…。」
「ある程度の物なら大丈夫です。例えば、マスタードとかワサビとか…。だけど、唐辛子とか和辛子はだめです…。」
私は、なかなか動かない前の車を見つめながら答えた。
「そっか、辛い物か…。」
「ちなみに、九条さんは苦手なものは?」
「僕は、酸っぱいものがダメだね…。梅干しとかレモンとか…。」
「あ、だからあんみつにフルーツとか、乗せてなかったんですか?」
「そうなんだよね。」
「へぇ、じゃ、私からも質問良いですか?」
ルームミラーに引っ掛けてある、イルカの小さいキーホルダーを指ではじきながら、“良いよ”と答えた。
「コーヒーを美味しく淹れるコツって何ですか?
九条さんと同じやり方、同じ淹れ方でやっても何か違うような気がして…。サイフォンでやってもダメでした…。」
「…修行が足りない…。」
「へ?」
ぼそっと言ったから聞こえなかったわけではない。ただ、それだけで済まされると思わなかったからだ…。
「修行…ですか…。」
聞き返した。
「まぁそうだね、要は経験だよ。ちょっとゴメンね…。」
そう言い、九条さんは手を伸ばし、私の座っている助手席側のグローブボックスを開けた。中には車検証以外に、何冊か雑誌があった。
「雑誌好きですね…。」
「はは、人並みにね…。まぁ、趣味ってやつだよ。」
そう答えながら取り出したのは、二冊のコーヒー専門の雑誌だった。それを私の膝の上に置いた。
「開けてみな。」
九条さんは、ついでに取り出した自動車雑誌をぺらぺらとめくりだした。
私も雑誌をめくった。中は目がチカチカするほどの蛍光色のマーカーのラインやページの余白の部分にこれでもかと書かれたメモ書きなどが書き込まれてあり、華やかだった。
もっと驚くところは、この雑誌が先月末に発行されていること。要するに、最近まで、彼はコーヒーの勉強していることになる…。
更に、「それだけじゃないよ。」と言い、彼は後部座席に置かれた自分のバッグから、これまた小さな黒い本を取り出した。表紙にはコーヒーカップのイラストと「Coffee」の文字が書かれていた。これも、さんざん読みつくしたのか、マーカやメモ書きなどが各ページに書き込まれていた。唯一分かったのは、本文もメモ書きも日本語じゃないことだけだった。
「僕がコーヒーを勉強しだしたのは、僕がまだ中学生の時。ある喫茶店のコーヒーがすごい好きでね。たくさん勉強したよ。煎り方から、飲み方まで…。」
「その喫茶店って、日本にあるんですか?」
「鋭いね。中二の夏休みに親父の仕事の都合で一ヵ月間ドイツに行っててね。そこの宿の近所にあった。
小さな木組み喫茶店でね…。店内は二、三人しか入れないほど狭く、そのくせ、客なんてほとんど来なかった。」
九条さんが懐かしむように話す。
「店員もおじいちゃん一人しかいなくて、もはや趣味でやってる様な感じだったなぁ…。
でも、コーヒーの味は絶品だった。特別苦いわけでも、飛び切り香りが良いわけでもない。豆も市販されてるものを使っていた。なのに、あれだけ深いコクは、八年間ずっと、勉強しても再現できない…。」
やっと進み始めた。
「じゃぁ、逆に、香織ちゃんはどうして、そこまでコーヒーに拘りがあるの?」
「私は…。」
それ以上続けられなかった。そこを話すと、全て話さなきゃいけなくなる…。
「嫌なら無理にとは言わないよ。」
九条さんが優しく、諭すように言った。
「九条さんは強いですもんね…。」
「…前も言ったように、強さは人それぞれだと思うよ、酸っぱいものが食べられない僕からすれば、フルーツが食べられる君は、僕よりは強い。それと、一緒…。」
「…。」
俯いたまま、何もしゃべれなかった。九条さんは励ましてくれているつもりだろうが、その優しさが私にとっては苦しかった。
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