レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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8章:上り

2 評判

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 「益子焼、窯元はあずまの窯先代当主、あずま仁左じんざの一等品、『珈琲一択』だ!」
 二代目が鼻息荒く、紹介する。
 「ほう…。これが…。」
 古川マスターも興味津々で、それらを覗き込む。私自身、こういった陶器や骨董品には詳しくはないが、確かに、カウンター内にあるインテリアのコーヒーカップたちとは訳が違う。底に行くほど、黒く、グラデーションが掛かっている。コーヒーカップとソーサーは二つずつあり、サーバーもそれに合わせた大きさになっている様だった。
 「東仁左って、去年亡くなったっていう、あの?」
 九条さんも知って居るらしく、珍しく食いついて来た。男三人で盛り上がり、私と寧々は完全に、蚊帳の外だった…。
 「ねぇ、ティーカップとコーヒーカップの違いって何なの?」
 寧々が私の腕の裾を引っ張り、耳打ちしてきた。とっても素朴な疑問だった。言われてみれば、なかなか答えられないだろう…。
 「大まかには、高さが違うの。ティーカップは、基本的に香りを楽しみやすい様に、低くて、熱を逃がしやすい様に低く作られている。
 コーヒーカップはその逆。容量を増やすために高くしてある。
 まぁ、ティーカップだから紅茶じゃなきゃとか、コーヒーカップにはコーヒーしか、とかは無くて、使い分けは自由にって所…。」
 私の唯一自慢できる知識だった。コーヒーに関しては、相当勉強した。味や香り、抽出方法から器具のメーカーまで。
 もしかしたら、俗に言う、『オタク』に当たるのかもしれない。それでも、聞かれて他人に説明できると言う事は、自慢しても良いと思う…。
 「へぇ~。じゃぁあれは、コーヒーカップか…。」
 「欲しいの?」
 「いや、ふと気になって…。」
 二人で納得していると、二代目がコーヒーを一杯注文してきた。二人とも忙しそうなので、、私が淹れた。手が滑って、ホイップクリームが大量に乗ってしまったが、そのまま出した。
 九条さんと古川マスターは何かを察したらしく、何も言わなかった。寧々は二代目に対して、『ご愁傷様』とだけ言っていた。
 
 話によると、この一セット、完成当時で、既に120万は下らない、幻の逸品らしい。それが、オークションに出され、約5倍の値段で、落札された。
 「だが、これを買った奴等は、悉く不慮の事故やら、原因不明の病やらで、おっんじまって、呪いの逸品として、買い手が付かなくなったって話でさぁ…。」
 口の周りにホイップクリームの髭を蓄えた二代目が、神妙な面持ちで話した。

 「確か、当の本人、東仁左も自殺したって、一時期、話題になっていたな…。」
 「ちょ、ちょっと、怖い事言わないでよ!」
 どうやら、寧々はこういった話は苦手らしい。私も、「きゃー」の一言でも言えれば、可愛げがあるのかもしれないが、生憎嫌いでも好きでもない…。
 むしろ、死人に会えるなら、会いたい人もいるので、是非とも会ってみたい…。
 「でも、なんでそんな不気味な物、二代目が持ってるんですか?」
 「知り合いの古物商が、偶々買っちまったらしくてな?気味が悪いってんで、俺の店に持ってきたってわけよ。」
 「それ、大丈夫なんですか?」
 「さぁな…。だが、折角名のある職人に作ってもらったってのに、噂だけで忌み嫌われるってぇのは、何か、解せねぇじゃねぇか…。」
 「たまにはいい事言いますね…。」
 古川マスターが感心した様に呟いた。確かに、そうかもしれない…。他人は何時から、周りの評判を気にする様になったのだろうか…。
粗悪品や不良品はともかく、万人が万人、使えない、価値がないとほざいても、一人でも『自分はこれが良い』という声があれば、生み出された意味が出てくる。
 私も最近まで、似た様な境遇に立たされていたから、それが辛い事は知って居る。だからなのかもしれないが、二代目にはそんな呪いが掛からない。そんな気がした。

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