レトロな事件簿

八雲 銀次郎

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9章:悔み

7 余裕

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 他人と一緒に眠るのは、ある意味初めてだった。
 寝ている時に、妹から悪戯されるのは、日常茶飯事だった。
 物を隠されたり、叩かれたり、意味もなく起こされたり…。
 それだけならまだしも、母親も母親で、夜中に起こしては、自販機に買い物に行かせたり、風呂の掃除をさせられたりと、散々だった。
 そんなものだから、いつの間にか、眠りが浅く、少しの物音でも起きてしまう様になった。
 そのため、他人と一緒に眠ると言うのは、私にとっては、難しい話しだ。
 
 最初は、抱き着いて寝るつもりだったらしいが、流石にそれは、遠慮させてもらった。
 代わりになるのか分からないが、背中をくっ付けて、お互い横になった。
 今井さんだから、と言うのもあるかもしれないが、意外にも安心感がある。呼吸をするたびに、背中が膨らみ、「後ろに他人が居る」という、感覚が直に伝わってくる。
 おまけに、シャンプーの甘ったるい、柔らかい香りが漂ってきて、一瞬にして眠りの境界まで引き込んでくる。
 「あたし一時期、夢占いにハマってた時あってね?ある程度分かるの。」
 「夢占い?」
 「そ。夢に出て来た物や人、動物、状況から、今の心理状態とか近い未来に起こる事とかを、占えるの。」
 占いは信じている訳でも、信じていない訳でもない。個人的には、占いはヒントだと思っている。
 なくても、どうにでもなるが、あれば何となく楽。そんなイメージだ。
 「で、その占いで、何て出たんですか?」
 「さっき言った通りよ。ストレスとか不満でいっぱいいっぱいなのかも…。更に、その泣いてたのが、小さい頃の自分だとすると、多少トラウマも入ってる…。」
 ストレス…。それを感じられるほど、私には余裕が出て来たと言う事なのか…。
 私は、いつも自分の意思や感情を、後回しにしてきた。そうすれば、自分自身を『惨めだ』って、思う事が無くなるから…。
 でも結果、私から、『逃げ出す』という概念を消し去った。
 人の感情は、面白いもので、『何か』を耐えれば、『もう一つの何か』が疎くなる。

 「私、今まで、自分を客観視することなんて、してきませんでした。
 耳を澄ませば、泣いている自分が居て。
 目を凝らせば、周りの目ばかり気にして。
 そんな、どうしようもない自分が、嫌いで…。
 だから、そう言う事、考えない様にしてきました…。」
 「…。」
 「もしかしたら、私も今井さんと一緒で、凄く寂しがり屋なのかもしれません…。でも、私には『独り』間が、長すぎました…。
 だから私には、今井さんの気持ちが、痛いほど解ります。
 誰にも頼れない、『苦しさ』と、誰にもぶつける事の出来ない、『憤り』がある、弱い自分が嫌いな所も、私ならわかります。」
 その時、私の身体を今井さんの柔らかい腕が包み込んだ。
 だが、今回ばかしは抵抗する気は起きなかった。
 「の痛みなんて、知らなくても良い…。
 貴女の昔話を聞いた時、私には、理解できなかった。私より、辛い人生を歩んでる人が、居るなんて、思わなかったから…。
でも、腕の傷跡と仕草を見れば、全てが納得行った…。仕舞いには、実の親に身体を売られていた…。
 それでも、私の様に精神を病むなんて事無く、ギリギリだったけど、『ヒト』としての形はあった…。
 それなのに、私は…貴女の苦しみを理解しきることが出来なかった…。だから、私は『ヒト』として、最低なのかもしれない…」
 彼女の腕に少し、力が入った。常夜灯は付いているが、私は背面を向いている為、彼女の濡れた顔は、解らない。
 鼻を啜る音も、入って来る風の音で、かき消され、聞こえない…。
 「今井さんが、酷い人な訳ないじゃないですか…。
 少なくとも、理解しようとしてくれているじゃないですか。」
 ここに来て、漸く瞼が重くなってきた。身体が温まったのと、少し心が軽くなった、感じがした。
 
 「私は…そんな…今井さんが…。」
 それ以上の言葉を聞くことはなく、代わりに聞こえてきたのは、小さな寝息だった。
 この間とは違い、足もちゃんと伸ばして寝て…。
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