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3 証拠-1
サロンの一角に設けられた文机で、私は手帳のページをめくっていた。
予定の整理と、来週の準備のため。――それだけのつもりだったのに。
「……あら?」
ペンを握ったまま、ふと目が留まる。
数日前の夫――オズワルドの出張日。その隣に、カミーユの社交界の友人宅への外泊が書き込まれていた。
──この日も……そして、ここも……
私は前の週、その前の週のページもめくっていく。
すると、何度も繰り返される“偶然”が並んでいた。
オズワルドが公務で邸を空ける日。
そのたびに、カミーユは別の貴族邸へ「お泊まりに行く」と言って外出していた。
どちらも私が確認して書き込んだものだ。
その時は特別なにも思わなかった。
でも、今こうして並べて見てみると、奇妙なくらいに一致している。
「……偶然よね?」
自分でつぶやいてから、胸の奥がじくりと痛んだ。
偶然、きっとそう。
けれど、これほどまでに何度も重なるものだろうか?
わざとじゃないか――そんな考えが、一瞬でも頭をよぎった自分を責める。
「……疑うなんて、私、どうかしてるわ」
私はそっと手帳を閉じた。
指先がわずかに震えているのが自分でもわかる。
「エミールを……執事を呼んでちょうだい」
マリーに呼びかけた声が、少しだけ上ずった気がして、慌てて喉を整えるように咳払いをした。
やがて、ノックの音とともに入室したのは、執事のエミール。年若いながらも誠実で、正確な仕事ぶりにはいつも 助けられている。
「奥様、どうなさいましたか?」
「少しだけ、確認しておきたいことがあるの。旦那様の……最近のご公務で屋敷をお留守にされた日を記録から出してもらえるかしら。それと、カミーユの外泊日もあわせてお願いしたいの」
「承知しました」
エミールは特に訝しむ様子もなく、すぐに用意して持ってきてくれた。
それらの記録が記された数枚の書類を、私は震える指先で受け取った。
――お願い、どうか一致しないで!
目を通すたびに、心の中で祈るように繰り返す。
何かの間違いであってほしい。記録違い、あるいは書き写しミス。
私の書いた手帳が間違っているのなら、それでいい。むしろ、そうであってほしい。
でも……ページをめくるたびに、整然と記された日付と予定は、私の記録と寸分違わなかった。
オズワルドが城勤めや視察で屋敷を空けていた日――
同じその日、カミーユは「友人宅での滞在」や「夜会の延泊」を理由に、邸を出ていた。
「…………そう、ありがとう。エミール。下がってちょうだい」
口元だけで微笑みながら、そう告げるのが精一杯だった。
扉が閉まるのを待ってから、私は書類を両手でそっと抱え込むようにして、そのまま机に顔を伏せた。
“偶然”だと信じたかった。
けれど、それが何度も重なってしまえば、もう“偶然”ではいられない。
「……嘘よ、こんなもの、ただの紙切れじゃない……これが現実だなんて、ありえないわ。神様の悪戯よ。そう、ただの偶然――そうに決まってる……」
そう思い込もうとするたびに、堪えていたはずの涙が、こぼれ落ちて止まらなかった。
予定の整理と、来週の準備のため。――それだけのつもりだったのに。
「……あら?」
ペンを握ったまま、ふと目が留まる。
数日前の夫――オズワルドの出張日。その隣に、カミーユの社交界の友人宅への外泊が書き込まれていた。
──この日も……そして、ここも……
私は前の週、その前の週のページもめくっていく。
すると、何度も繰り返される“偶然”が並んでいた。
オズワルドが公務で邸を空ける日。
そのたびに、カミーユは別の貴族邸へ「お泊まりに行く」と言って外出していた。
どちらも私が確認して書き込んだものだ。
その時は特別なにも思わなかった。
でも、今こうして並べて見てみると、奇妙なくらいに一致している。
「……偶然よね?」
自分でつぶやいてから、胸の奥がじくりと痛んだ。
偶然、きっとそう。
けれど、これほどまでに何度も重なるものだろうか?
わざとじゃないか――そんな考えが、一瞬でも頭をよぎった自分を責める。
「……疑うなんて、私、どうかしてるわ」
私はそっと手帳を閉じた。
指先がわずかに震えているのが自分でもわかる。
「エミールを……執事を呼んでちょうだい」
マリーに呼びかけた声が、少しだけ上ずった気がして、慌てて喉を整えるように咳払いをした。
やがて、ノックの音とともに入室したのは、執事のエミール。年若いながらも誠実で、正確な仕事ぶりにはいつも 助けられている。
「奥様、どうなさいましたか?」
「少しだけ、確認しておきたいことがあるの。旦那様の……最近のご公務で屋敷をお留守にされた日を記録から出してもらえるかしら。それと、カミーユの外泊日もあわせてお願いしたいの」
「承知しました」
エミールは特に訝しむ様子もなく、すぐに用意して持ってきてくれた。
それらの記録が記された数枚の書類を、私は震える指先で受け取った。
――お願い、どうか一致しないで!
目を通すたびに、心の中で祈るように繰り返す。
何かの間違いであってほしい。記録違い、あるいは書き写しミス。
私の書いた手帳が間違っているのなら、それでいい。むしろ、そうであってほしい。
でも……ページをめくるたびに、整然と記された日付と予定は、私の記録と寸分違わなかった。
オズワルドが城勤めや視察で屋敷を空けていた日――
同じその日、カミーユは「友人宅での滞在」や「夜会の延泊」を理由に、邸を出ていた。
「…………そう、ありがとう。エミール。下がってちょうだい」
口元だけで微笑みながら、そう告げるのが精一杯だった。
扉が閉まるのを待ってから、私は書類を両手でそっと抱え込むようにして、そのまま机に顔を伏せた。
“偶然”だと信じたかった。
けれど、それが何度も重なってしまえば、もう“偶然”ではいられない。
「……嘘よ、こんなもの、ただの紙切れじゃない……これが現実だなんて、ありえないわ。神様の悪戯よ。そう、ただの偶然――そうに決まってる……」
そう思い込もうとするたびに、堪えていたはずの涙が、こぼれ落ちて止まらなかった。
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