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8 衝撃的な事実
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カミーユが執務室に出入りするようになったのは、ほんの少し前からのことだった。
「書類の整理をお手伝いしたいんです」と申し出た彼女に、夫は静かに頷いた。
そのときは、さほど気にも留めなかった。
けれど――あの部屋は本来、男子の跡取りだけが使う、“執務の間”である。
私でさえ、よほどの用事がない限りは足を踏み入れない。
にもかかわらず、あの子が当然の顔をしてそこにいることに、私はずっと、言いようのない引っかかりを覚えていた。
午後の屋敷は静まり返っていた。
日差しは傾き、回廊の影が長く伸びている。
私は、執事から託された一通の手紙を手に、オズワルドの執務室へと向かっていた。
本来なら、使用人に任せてしまって構わない用件だった。
けれど今日は――ほんの少しだけ、彼の顔が見たかった。
そんな未練がましい気持ちに気づいて、自嘲の息を洩らす。
あぁ、それでも私は――まだ、信じていたかったのだ。
あの人を。あの子との関係を。“家族”という幻想を。
けれど、執務室の前まで来たときだった。
扉越しに、声が聞こえてきた。
オズワルドの、低く落ち着いた声。
それに応えるような、若い少女の声。
カミーユ――
聞き間違いようがなかった。
そのとき、ふと彼女の震える声が耳に届いた。
「……赤ちゃんが、できたみたい」
その瞬間、私の中の時間が止まった。
胸の奥を、細く鋭い針が貫いたような痛み。
思わず、壁に手をつく。
指先が震えた。
――赤ちゃん?
妊娠……?
どうして?
彼女は私の姪で、彼は――私の夫。
嘘であってほしい。
どこかで聞き間違えたと、そう思いたかった。
けれど……
「冗談じゃない……私は、今の生活を守りたいんだ」
「じゃあ、どうすればいいのよ? こんな若さで未婚の母になるなんて嫌。公爵夫人なんて私に務まるわけないし、子供がいたら、高位貴族に嫁げなくなるじゃない!」
「……堕ろすしか……ないだろう」
次々と突き刺さる言葉が、現実を容赦なく突きつけてくる。
信じていたものが、音もなく崩れていくのを感じた。
“愛”も、“信頼”も、“家族”も――
積み重ねてきたものが、次々と、私の中で崩れ落ちていく。
これ以上、聞く必要はなかった。
もう十分すぎるほどに知ってしまったわ。
――このふたりは、新しい命すらも、自分たちの都合のために踏みにじろうとしている。
私はそっと、扉に背を向けた。
まるで、最初からそこにいなかったかのように。
涙も出なかった。ただ、胸の奥にぽっかりと穴が空いたようで、立っているのがやっとだった。
そして私は、心の奥で――ひとつの“答え”を出したのだった。
「書類の整理をお手伝いしたいんです」と申し出た彼女に、夫は静かに頷いた。
そのときは、さほど気にも留めなかった。
けれど――あの部屋は本来、男子の跡取りだけが使う、“執務の間”である。
私でさえ、よほどの用事がない限りは足を踏み入れない。
にもかかわらず、あの子が当然の顔をしてそこにいることに、私はずっと、言いようのない引っかかりを覚えていた。
午後の屋敷は静まり返っていた。
日差しは傾き、回廊の影が長く伸びている。
私は、執事から託された一通の手紙を手に、オズワルドの執務室へと向かっていた。
本来なら、使用人に任せてしまって構わない用件だった。
けれど今日は――ほんの少しだけ、彼の顔が見たかった。
そんな未練がましい気持ちに気づいて、自嘲の息を洩らす。
あぁ、それでも私は――まだ、信じていたかったのだ。
あの人を。あの子との関係を。“家族”という幻想を。
けれど、執務室の前まで来たときだった。
扉越しに、声が聞こえてきた。
オズワルドの、低く落ち着いた声。
それに応えるような、若い少女の声。
カミーユ――
聞き間違いようがなかった。
そのとき、ふと彼女の震える声が耳に届いた。
「……赤ちゃんが、できたみたい」
その瞬間、私の中の時間が止まった。
胸の奥を、細く鋭い針が貫いたような痛み。
思わず、壁に手をつく。
指先が震えた。
――赤ちゃん?
妊娠……?
どうして?
彼女は私の姪で、彼は――私の夫。
嘘であってほしい。
どこかで聞き間違えたと、そう思いたかった。
けれど……
「冗談じゃない……私は、今の生活を守りたいんだ」
「じゃあ、どうすればいいのよ? こんな若さで未婚の母になるなんて嫌。公爵夫人なんて私に務まるわけないし、子供がいたら、高位貴族に嫁げなくなるじゃない!」
「……堕ろすしか……ないだろう」
次々と突き刺さる言葉が、現実を容赦なく突きつけてくる。
信じていたものが、音もなく崩れていくのを感じた。
“愛”も、“信頼”も、“家族”も――
積み重ねてきたものが、次々と、私の中で崩れ落ちていく。
これ以上、聞く必要はなかった。
もう十分すぎるほどに知ってしまったわ。
――このふたりは、新しい命すらも、自分たちの都合のために踏みにじろうとしている。
私はそっと、扉に背を向けた。
まるで、最初からそこにいなかったかのように。
涙も出なかった。ただ、胸の奥にぽっかりと穴が空いたようで、立っているのがやっとだった。
そして私は、心の奥で――ひとつの“答え”を出したのだった。
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