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10 真実を告げるレティシア-2
「あなたは、公爵令嬢ではありません」
私の言葉に、カミーユはぽかんとした表情を浮かべた。
「え……なに言ってるの? だって私は、レティシア叔母様に引き取られて――ずっとこの屋敷で暮らしてきたのに……」
「ええ、その通り。あなたは私が引き取り、育ててきた。でも、それは私の“情”からよ」
私は静かに続けた。
「ローズお姉様――あなたのお母様は、私とは腹違いなの。私の母はオックスリー伯爵夫人だったけれど、ローズお姉様の母親は、屋敷で働いていた下女だったわ。それでも私の母は、ローズお姉様を私と分け隔てなく育てた。だから、あなたに流れている貴族の血は、ほんのわずかだけなの」
カミーユの唇が、かすかに震えた。
「そんな……でも、私は公爵家で育てられたし……みんな、公爵令嬢として敬ってくれたわ」
「私がそう見えるように振る舞わせていただけよ。まわりの貴族たちは、私があなたにオックスリー商会を継がせるつもりだと思っていたの。オックスリー商会は、この国でも有数の大商会だから」
けれど、ルーベルト公爵家の養女として、正式に迎えることはできなかった。カミーユの出自では、貴族社会が納得しないのよ。だから私は、カミーユを“内々に育てている姪”という立場にとどめた。とはいえ、将来のオックスリー商会長ともなれば、誰も軽く扱うことなどできない。だからこそ、貴族たちも彼女をそれなりに敬っていたのだ。いわゆる忖度というやつだ。
「……じゃあ、私は……本当はずっと他人だったの? レティシア叔母様、酷い」
カミーユは顔をこわばらせ、わずかに後ずさった。
「他人だと思ったことは一度もないわ。私はあなたを愛していた。家族として、娘として。だからこそ、あなたの未来を考え商会を託す準備をしていた。ユリウスはあなたの夫になるはずだったわ。あなたが社交界で大事にされていたのは、私があなたを愛して大事にしていることを、皆が知っていたからなのよ」
「よくわからないけど、叔母様の跡を継げるのなら、それでいいわ。ユリウス様みたいな方なら、平民でも構わないもの」
無邪気に響くカミーユの声が、静まり返った部屋にあっけらかんと広がった。
その目はユリウスに釘づけで、恥じらいも戸惑いもない。碧い瞳をまっすぐに見つめる視線の奥に、欲望のような光が宿っているのを、私は見逃さなかった。
ああ、この子は……
オズワルドと関係を持ちながら、まるで何もなかったかのようにユリウスに微笑みかけている。
ずっと娘のように大切にしてきたのに……私が信じてきた子は、こんなにも遠いところにいたのね。
私のどこが間違っていたのだろう? 甘やかしすぎた覚えもなければ、精一杯愛してきたつもりだったのに……
ただ、胸の奥に重く沈殿するような、言いようのない虚しさが残った。それは悲しみとも、後悔とも言い切れず、静かに胸を蝕む痛みだった。
「カミーユ。あなたは、それどころではないでしょう?」
自然と声が低くなる。感情を抑えているわけではなかった。ただ、もう怒る気力すら残っていない。けれど、だからこそ伝えなければならない。誰よりもカミーユのことを愛してきたのは、この私なのだから。
「まずは、自分の責任と向き合いなさい。そして――お腹の子のことを考えて。あなたが守らなければならない命は、すでに、あなたの中にあるのよ」
カミーユの目が、驚愕に見開かれた。
「……どうして、それを……!」
カミーユの顔が引きつる。
「聞いてしまったの。先日の、あなたとオズワルドの会話をね」
彼女の頬がさっと青ざめ、視線が彷徨う。
「違うの……私、そんなつもりじゃなかったのよ。悪いのは私じゃない。オズワルド叔父様のほうから誘ってきたの。私は……断れなかっただけなのよ」
言い訳を並べる声はかすれていた。
「どちらが誘ったかなんて、私にとってはどうでもいいことなのよ。現実として、あなたはオズワルドの子を宿している。その状態で、ユリウスと結婚できると本気で思っているの? ちなみに、ユリウスはバートン男爵家の跡取り息子。あなたの出自を踏まえたうえで、私が用意できる中で最も良い縁談だったのよ」
呆れたことに、カミーユはユリウスに手を伸ばしかけた。けれど――。
私の言葉に、カミーユはぽかんとした表情を浮かべた。
「え……なに言ってるの? だって私は、レティシア叔母様に引き取られて――ずっとこの屋敷で暮らしてきたのに……」
「ええ、その通り。あなたは私が引き取り、育ててきた。でも、それは私の“情”からよ」
私は静かに続けた。
「ローズお姉様――あなたのお母様は、私とは腹違いなの。私の母はオックスリー伯爵夫人だったけれど、ローズお姉様の母親は、屋敷で働いていた下女だったわ。それでも私の母は、ローズお姉様を私と分け隔てなく育てた。だから、あなたに流れている貴族の血は、ほんのわずかだけなの」
カミーユの唇が、かすかに震えた。
「そんな……でも、私は公爵家で育てられたし……みんな、公爵令嬢として敬ってくれたわ」
「私がそう見えるように振る舞わせていただけよ。まわりの貴族たちは、私があなたにオックスリー商会を継がせるつもりだと思っていたの。オックスリー商会は、この国でも有数の大商会だから」
けれど、ルーベルト公爵家の養女として、正式に迎えることはできなかった。カミーユの出自では、貴族社会が納得しないのよ。だから私は、カミーユを“内々に育てている姪”という立場にとどめた。とはいえ、将来のオックスリー商会長ともなれば、誰も軽く扱うことなどできない。だからこそ、貴族たちも彼女をそれなりに敬っていたのだ。いわゆる忖度というやつだ。
「……じゃあ、私は……本当はずっと他人だったの? レティシア叔母様、酷い」
カミーユは顔をこわばらせ、わずかに後ずさった。
「他人だと思ったことは一度もないわ。私はあなたを愛していた。家族として、娘として。だからこそ、あなたの未来を考え商会を託す準備をしていた。ユリウスはあなたの夫になるはずだったわ。あなたが社交界で大事にされていたのは、私があなたを愛して大事にしていることを、皆が知っていたからなのよ」
「よくわからないけど、叔母様の跡を継げるのなら、それでいいわ。ユリウス様みたいな方なら、平民でも構わないもの」
無邪気に響くカミーユの声が、静まり返った部屋にあっけらかんと広がった。
その目はユリウスに釘づけで、恥じらいも戸惑いもない。碧い瞳をまっすぐに見つめる視線の奥に、欲望のような光が宿っているのを、私は見逃さなかった。
ああ、この子は……
オズワルドと関係を持ちながら、まるで何もなかったかのようにユリウスに微笑みかけている。
ずっと娘のように大切にしてきたのに……私が信じてきた子は、こんなにも遠いところにいたのね。
私のどこが間違っていたのだろう? 甘やかしすぎた覚えもなければ、精一杯愛してきたつもりだったのに……
ただ、胸の奥に重く沈殿するような、言いようのない虚しさが残った。それは悲しみとも、後悔とも言い切れず、静かに胸を蝕む痛みだった。
「カミーユ。あなたは、それどころではないでしょう?」
自然と声が低くなる。感情を抑えているわけではなかった。ただ、もう怒る気力すら残っていない。けれど、だからこそ伝えなければならない。誰よりもカミーユのことを愛してきたのは、この私なのだから。
「まずは、自分の責任と向き合いなさい。そして――お腹の子のことを考えて。あなたが守らなければならない命は、すでに、あなたの中にあるのよ」
カミーユの目が、驚愕に見開かれた。
「……どうして、それを……!」
カミーユの顔が引きつる。
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呆れたことに、カミーユはユリウスに手を伸ばしかけた。けれど――。
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