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15 カミーユの因果応報-3
私は臨月を迎え、いつ産まれてもおかしくない状態だった。
そしてそのときは、突然やってきた。痛みが波のように押し寄せ、呼吸すらままならなくなる。意識が遠のきそうになるたび、私は必死に唇を噛み締めて耐えた。
腰が砕けそうな鈍い痛み。全身から冷や汗が噴き出して、肌がじっとりと粘ついた。
――まさか、出産がこんなにも過酷だなんて、思いもしなかった。
「……誰か……っ、お願い……汗を、拭いて……」
助けを求めた声が、自分でも情けないほどかすれていた。侍女たちは私の寝室の外にいるが、誰ひとり入ってこようとしない。扉の向こうで、気まずそうな気配だけが漂っていた。
使用人たちは皆、去って行ったレティシア叔母様を心から敬愛していた。だから、代わりに残された私は――いつだって、冷たい態度をとられている。
ちょうど外出していたマリーが戻ってくると、慌てて私の世話を始めた。けれど、その顔はあからさまに不満そうで、口元を引きつらせながら、いやいや濡れタオルを差し出してくる。
「奥様に頼まれたから、やってあげているだけです。じゃなきゃ、あんたの世話なんてしたくないんです!」
荒っぽく布団を整えるその手つきが優しさとは程遠く、私は歯を食いしばって痛みとともに、理不尽な仕打ちに耐える。
――どうして? 私は“公爵夫人”なのに。これからオズワルド叔父様の跡継ぎを産むというのに、なぜ誰も寄り添ってくれないの? 以前のことなんてどうでもいいじゃない。今は私が“公爵夫人”なのに。
やがて呼ばれた医者が到着したけれど、彼もまた私の顔すら見ようとしなかった。
「陣痛は規則的ですね。……まぁ、無事に生まれればそれで十分でしょう」
短く吐き捨てるように言って、淡々とした口調で助産婦に指示を出し始めた。そこには私への敬意も気遣いの欠片も見当たらない。
さらに、オズワルド叔父様の姿も、どこにもなかった。
立ち会いを拒み、執務室にこもって仕事をしているらしい。
――かつて、レティシア叔母様が軽い風邪をひいただけで、昼も夜もつきっきりだった人なのに。
あまりの痛さに声を張り上げると、医者が連れて来た助産婦がのぞき込みながら、小さく鼻で笑った。
「ふぅん……声がずいぶん大きいのね。お育ちのせいかしら。血筋が悪いと、こういう時にも違いがでるのねぇ」
明らかな侮辱の一言に、胸の奥がぐしゃりと潰れたような気がした。
――医者だけじゃなくて、助産婦まで……私をバカにしてるの……?
悔しくて涙がこみあげる。全身の力が抜けて、視界が霞んだ。遠くで赤ん坊の産声が上がっているのが聞こえたけれど、それが我が子の声なのだと実感する余裕もなかった。
「はい、生まれました」
医者がそう言っただけで、誰も「おめでとう」とは言ってくれない。
祝いの言葉も、ねぎらいの声も、何ひとつない。
まるで予定された作業が完了しただけ、とでも言うような空気だった。
――私、命がけで赤ちゃんを生んだのに? 誰かなにか言ってよ。
そしてそのときは、突然やってきた。痛みが波のように押し寄せ、呼吸すらままならなくなる。意識が遠のきそうになるたび、私は必死に唇を噛み締めて耐えた。
腰が砕けそうな鈍い痛み。全身から冷や汗が噴き出して、肌がじっとりと粘ついた。
――まさか、出産がこんなにも過酷だなんて、思いもしなかった。
「……誰か……っ、お願い……汗を、拭いて……」
助けを求めた声が、自分でも情けないほどかすれていた。侍女たちは私の寝室の外にいるが、誰ひとり入ってこようとしない。扉の向こうで、気まずそうな気配だけが漂っていた。
使用人たちは皆、去って行ったレティシア叔母様を心から敬愛していた。だから、代わりに残された私は――いつだって、冷たい態度をとられている。
ちょうど外出していたマリーが戻ってくると、慌てて私の世話を始めた。けれど、その顔はあからさまに不満そうで、口元を引きつらせながら、いやいや濡れタオルを差し出してくる。
「奥様に頼まれたから、やってあげているだけです。じゃなきゃ、あんたの世話なんてしたくないんです!」
荒っぽく布団を整えるその手つきが優しさとは程遠く、私は歯を食いしばって痛みとともに、理不尽な仕打ちに耐える。
――どうして? 私は“公爵夫人”なのに。これからオズワルド叔父様の跡継ぎを産むというのに、なぜ誰も寄り添ってくれないの? 以前のことなんてどうでもいいじゃない。今は私が“公爵夫人”なのに。
やがて呼ばれた医者が到着したけれど、彼もまた私の顔すら見ようとしなかった。
「陣痛は規則的ですね。……まぁ、無事に生まれればそれで十分でしょう」
短く吐き捨てるように言って、淡々とした口調で助産婦に指示を出し始めた。そこには私への敬意も気遣いの欠片も見当たらない。
さらに、オズワルド叔父様の姿も、どこにもなかった。
立ち会いを拒み、執務室にこもって仕事をしているらしい。
――かつて、レティシア叔母様が軽い風邪をひいただけで、昼も夜もつきっきりだった人なのに。
あまりの痛さに声を張り上げると、医者が連れて来た助産婦がのぞき込みながら、小さく鼻で笑った。
「ふぅん……声がずいぶん大きいのね。お育ちのせいかしら。血筋が悪いと、こういう時にも違いがでるのねぇ」
明らかな侮辱の一言に、胸の奥がぐしゃりと潰れたような気がした。
――医者だけじゃなくて、助産婦まで……私をバカにしてるの……?
悔しくて涙がこみあげる。全身の力が抜けて、視界が霞んだ。遠くで赤ん坊の産声が上がっているのが聞こえたけれど、それが我が子の声なのだと実感する余裕もなかった。
「はい、生まれました」
医者がそう言っただけで、誰も「おめでとう」とは言ってくれない。
祝いの言葉も、ねぎらいの声も、何ひとつない。
まるで予定された作業が完了しただけ、とでも言うような空気だった。
――私、命がけで赤ちゃんを生んだのに? 誰かなにか言ってよ。
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