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17 オズワルドの因果応報-1
屋敷に戻ったとき、私はふと異様な静けさに気づいた。
いつもなら出迎えてくれるレティシアの姿が見当たらず、使用人たちは一様に俯いたまま目を合わせようとしない。
不穏な空気を感じながら廊下を進むと、サロンから何やら揉めている声が漏れ聞こえてきた。
扉を開いた瞬間、室内のふたりがこちらを振り向くーーカミーユと、レティシア専属の侍女・マリーだ。
しかし、肝心のレティシアの姿は、どこにもない。
「お帰りなさいませ、旦那様」
マリーは泣きはらした目で、虚ろな声を絞り出した。
「レティシアは、どこへ行った?」
「……もう、この屋敷にはおりません」
「……は?」
頭が追いつかないまま、私はマリーの言葉を聞き返す。
するとカミーユが、青ざめた顔で立ち上がった。マリーと同じように、目元は泣き腫らし、化粧も剥げ落ちている。
「レティシア叔母様に……すべて知られてしまったの」
「……なに?」
「あなたと私が執務室で話していたこと、聞かれてたのよ。……私の妊娠のことまで」
背筋に冷たい汗がにじむ。
「だからって……まさか、出て行くなんて」
「“離婚する”って。私は、子供を産んで育てるようにって言われたわ」
「旦那様。私たちの関係も、奥様に知られました。私はここに残り、赤ん坊の世話をするよう言われたんです」
……あり得ない。
あれだけ尽くしてくれた妻が、私を置いて出て行くなんて。
だって、レティシアは私に夢中だったじゃないか。
そうだ、私だって本当に好きだったのは、彼女だけだったのに。
離婚なんて、認められるはずがない。
そう思っていたのに……レティシアは一度も戻ってこなかった。
しばらくした後に届いたのは、王家からの正式な離婚承認書。
そこにはさらに、カミーユを新たなルーベルト公爵夫人として認めるとまで記されていた。
追い討ちをかけるように聞こえてきた噂。
レティシアが、社交界の重鎮である旧友たちにカミーユのことを話し、「どうか新しいルーベルト公爵夫人として受け入れてやってほしい」と頭を下げていたらしい。
……なんて、できすぎた話だ。
レティシアが“聖女”のように語られれば語られるほど、私とカミーユの印象は最悪になる。
王家主催の舞踏会にカミーユを伴って出席したが、誰も目を合わせようとせず、声をかけても気づかぬふりをされる始末。
こんな屈辱、かつて味わったことがあるか?
そして、聞こえてくるのは皮肉と嘲笑だ。
「ルーベルト公爵のそばには決して近づいてはだめよ。……あの方、若い女性がお好きらしいから」
娘の耳元でわざとらしく囁く夫人たち。その声は、私の耳にもはっきり届いていた。
彼女たちはみな、かつてレティシアの親しい友人であり、私とも良好な関係だった高位貴族の奥方たち。
それなのに、あの視線と口調は、明確に線引きしていた。
あなたは、もう私たちの側ではない、と。
そして今や、男性の貴族たちからも聞こえてくるのだ。
「公爵ともあろう者が……品位というものがない」
「妻の姪に手を出すとは。恥を知ってほしいですな」
「下女の孫が公爵夫人とは、世も末ですよ」
私はカミーユのせいで、散々に恥をかかされたのだった。
その数週間後、私のもとに一通の手紙が届いた。
差出人は、レティシアだ。
まさか……やはり、私のことが恋しくなって、こうして連絡をよこしたのだろうか。
許してくれるのかもしれない。
戻ってきてくれるのかもしれない。
私はそんな期待を込めて、震える手で封を切った。
だが、そこに綴られていたのは――
いつもなら出迎えてくれるレティシアの姿が見当たらず、使用人たちは一様に俯いたまま目を合わせようとしない。
不穏な空気を感じながら廊下を進むと、サロンから何やら揉めている声が漏れ聞こえてきた。
扉を開いた瞬間、室内のふたりがこちらを振り向くーーカミーユと、レティシア専属の侍女・マリーだ。
しかし、肝心のレティシアの姿は、どこにもない。
「お帰りなさいませ、旦那様」
マリーは泣きはらした目で、虚ろな声を絞り出した。
「レティシアは、どこへ行った?」
「……もう、この屋敷にはおりません」
「……は?」
頭が追いつかないまま、私はマリーの言葉を聞き返す。
するとカミーユが、青ざめた顔で立ち上がった。マリーと同じように、目元は泣き腫らし、化粧も剥げ落ちている。
「レティシア叔母様に……すべて知られてしまったの」
「……なに?」
「あなたと私が執務室で話していたこと、聞かれてたのよ。……私の妊娠のことまで」
背筋に冷たい汗がにじむ。
「だからって……まさか、出て行くなんて」
「“離婚する”って。私は、子供を産んで育てるようにって言われたわ」
「旦那様。私たちの関係も、奥様に知られました。私はここに残り、赤ん坊の世話をするよう言われたんです」
……あり得ない。
あれだけ尽くしてくれた妻が、私を置いて出て行くなんて。
だって、レティシアは私に夢中だったじゃないか。
そうだ、私だって本当に好きだったのは、彼女だけだったのに。
離婚なんて、認められるはずがない。
そう思っていたのに……レティシアは一度も戻ってこなかった。
しばらくした後に届いたのは、王家からの正式な離婚承認書。
そこにはさらに、カミーユを新たなルーベルト公爵夫人として認めるとまで記されていた。
追い討ちをかけるように聞こえてきた噂。
レティシアが、社交界の重鎮である旧友たちにカミーユのことを話し、「どうか新しいルーベルト公爵夫人として受け入れてやってほしい」と頭を下げていたらしい。
……なんて、できすぎた話だ。
レティシアが“聖女”のように語られれば語られるほど、私とカミーユの印象は最悪になる。
王家主催の舞踏会にカミーユを伴って出席したが、誰も目を合わせようとせず、声をかけても気づかぬふりをされる始末。
こんな屈辱、かつて味わったことがあるか?
そして、聞こえてくるのは皮肉と嘲笑だ。
「ルーベルト公爵のそばには決して近づいてはだめよ。……あの方、若い女性がお好きらしいから」
娘の耳元でわざとらしく囁く夫人たち。その声は、私の耳にもはっきり届いていた。
彼女たちはみな、かつてレティシアの親しい友人であり、私とも良好な関係だった高位貴族の奥方たち。
それなのに、あの視線と口調は、明確に線引きしていた。
あなたは、もう私たちの側ではない、と。
そして今や、男性の貴族たちからも聞こえてくるのだ。
「公爵ともあろう者が……品位というものがない」
「妻の姪に手を出すとは。恥を知ってほしいですな」
「下女の孫が公爵夫人とは、世も末ですよ」
私はカミーユのせいで、散々に恥をかかされたのだった。
その数週間後、私のもとに一通の手紙が届いた。
差出人は、レティシアだ。
まさか……やはり、私のことが恋しくなって、こうして連絡をよこしたのだろうか。
許してくれるのかもしれない。
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私はそんな期待を込めて、震える手で封を切った。
だが、そこに綴られていたのは――
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