[完結]愛する人たちに裏切られた私は……

青空一夏

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29 レティシアの幸せ-6

 言葉が出なかった。

 まっすぐに私を見つめるユリウスの瞳。その真剣な眼差しに、思わず息を呑む。まるで、私に自分のすべてを預ける覚悟を宿したような――そんな視線だった。

 予想していなかった。まさか、ユリウスが……私に?

 思考が追いつかない。驚きと戸惑いと、少しの困惑。それらが、頭の中で入り混じって、整理できない。

 「……ごめんなさい。今は……お返事は差し控えさせて」

 ようやく絞り出した声は、思った以上に震えていた。 視線を逸らし、私はゆっくりと背を向ける。


 扉を閉め、ひとりきりの屋敷に戻った瞬間、深く息を吐いた。  
 ユリウスの言葉が、まだ耳の奥で反響している。

 ――俺に、あなたの“今”に寄り添うチャンスをください。 
 ――後悔なんて、絶対にさせません。

 まっすぐな気持ちだった。打算も計算もない、飾り気のない本音。  
 あぁ、どうしてそんなふうに言えるのだろう。そんなふうに純粋なユリウスに、私はふさわしいのかしら?

 彼は若い。まっすぐで、誠実で、たくさんの可能性を秘めている。
 でも、私は? 一度、結婚に失敗していて、8歳もユリウスより年上だ。
 それに、まだ自分が男性を“好きになる”という感情を、どう扱っていいのか分からない。
 
 ◆◇◆
 

 翌朝。会長室の扉を開けると、そこにはいつも通りの朝があった。
 机の上には、ユリウスが用意した書類が整然と並んでいて、確認事項のリストも抜けがない。

 ――完璧。昨夜のことなんて、なかったかのように。

 私は無言で椅子に腰を下ろす。視線を資料に落としながらも、意識の端では彼の動きをずっと追っていた。

 書類を差し出す手、落ち着いた声、控えめな距離感。
 変わらない態度が、むしろ少しだけ息苦しかった。

 「念のためですが、今日の会議は11時からです。……ビッキー秘書室長からもご連絡があるかと思いますが、一応お伝えしておきますね」
 「ありがとう。もちろん覚えているわ」

 声がほんのわずかに掠れていた気がする。でも、彼はそれに触れなかった。私も、触れない。



 会議が終わり、会長室に戻ったところで、ビッキーが控えめな笑みを浮かべながら報告する。

「本日も、ノルディアン大公がお見えです。観劇のチケットが手に入ったと、大変お喜びでした。レティシア会長をお誘いするとのことでしたので、3日後に予定を入れておきました」

 その言葉の直後、まるで計ったかのようなタイミングで扉が開き、ルーファスを腕に抱いたエドワルド様が、穏やかな笑みをたたえて姿を現したのだった。
 

 
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