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10 呆気にとられるルシアン・ブランデン公爵
※ルシアン・ブランデン公爵視点
ブランデン公爵家とは、表向きは古くから医術に長けた名門の一つとされている。だがその実態は、王家の裏側を知る数少ない家系であり、王家と“協力関係”にある特殊な立ち位置にある。
毒を用いて人を癒し、毒を用いて人を殺す――その技術と知識は、時に王家すら畏れるほどだ。
代々、王宮で起きた病や不審死の裏に名を連ねてきたのが我が家である。
そして現在、その当主を務めるのが――まだ17歳の、若き公爵であるこの私、ルシアン・ブランデンだ。
世間では“毒公爵”と呼ばれている。あまり好ましいあだ名ではないが、的外れでもない。
私は解毒の名医として名を知られる一方、“一撃で死に至る毒”を調合する者としても恐れられている。
癒すことも、殺すことも、どちらも私の掌の内。
だからこそ、王家でさえ私に軽々しく命令することはできない――というわけだ。
私は基本的に社交の場が好きではない。
笑顔を向ければ、貴族令嬢たちは怯えるか、気味悪がって距離を取る。
それでいいと思っていたし、実際そのほうが気が楽だった。
――彼女に会うまでは。
その日、私は教会主催の慈善茶会に出席していた。
大貴族たちが顔をそろえる恒例の催しで、表向きは穏やかな集まりだが、退屈で眠くなるのが難点だった。
だから私は、自分で調合した香水をほんの少しだけ身につけていた。
ラベンダーやセージのような穏やかな香りに、ほんのわずか、覚醒作用のあるレモンバームとローズマリーを重ねた香水。
リラックスしつつ、眠気は抑える。自分用の、ささやかな対策だった。
それに気づいた者がいるとは、思いもしなかった。
「……その香り、ラベンダーにローズマリー……あと、ほんの少しレモンバームですね。眠気を抑えるブレンド……でしょうか?」
その声に振り返ると、そこにいたのは――まばゆい白金の髪を持つ少女。
透き通るような紅の瞳には一切の迷いがなく、凜とした強さを湛えていた。
彼女の名は、ブロッサム・ローズミント侯爵令嬢。リック王太子殿下の婚約者であると聞いている。
その見た目からは想像もつかないほど、彼女の観察眼と知識は鋭かった。
香りの成分を正確に言い当て、なおかつ目的まで推察してくるとは――ただの興味本位ではない。
明確な論理と思考がそこにある。
年齢は私よりも若いはずだが、向かい合っていると、こちらのほうが試されているような気さえした。
毒の話題にもひるまず、私を“毒公爵”と恐れる様子すら見せない。
まるで、私という人間を真っ直ぐに見ているかのようだった。
……得がたい存在だ、と思った。
ただ、ひとつだけ実に残念なのは、彼女が“王太子殿下の婚約者”であるという点に尽きる。
それさえなければ――
いや、やめておこう。言っても詮無いことだ。
私は一歩、距離をとってブロッサム嬢から離れようとした――そのときだ。
「私を先生として雇っていただけませんか? 多分、ブランデン公爵よりも、毒については詳しいと思います」
……は?
一瞬、自分が聞き間違えたのかと思った。だが彼女は真顔だった。
にこやかな笑みを浮かべながら、その紅の瞳は自分の言葉に揺るぎない自負を添えていた。
――毒について、私より詳しい?
――この私に、“教えてやる”と? 毒公爵に、だ?
……呆気にとられるとは、まさにこのことだった。
ブランデン公爵家とは、表向きは古くから医術に長けた名門の一つとされている。だがその実態は、王家の裏側を知る数少ない家系であり、王家と“協力関係”にある特殊な立ち位置にある。
毒を用いて人を癒し、毒を用いて人を殺す――その技術と知識は、時に王家すら畏れるほどだ。
代々、王宮で起きた病や不審死の裏に名を連ねてきたのが我が家である。
そして現在、その当主を務めるのが――まだ17歳の、若き公爵であるこの私、ルシアン・ブランデンだ。
世間では“毒公爵”と呼ばれている。あまり好ましいあだ名ではないが、的外れでもない。
私は解毒の名医として名を知られる一方、“一撃で死に至る毒”を調合する者としても恐れられている。
癒すことも、殺すことも、どちらも私の掌の内。
だからこそ、王家でさえ私に軽々しく命令することはできない――というわけだ。
私は基本的に社交の場が好きではない。
笑顔を向ければ、貴族令嬢たちは怯えるか、気味悪がって距離を取る。
それでいいと思っていたし、実際そのほうが気が楽だった。
――彼女に会うまでは。
その日、私は教会主催の慈善茶会に出席していた。
大貴族たちが顔をそろえる恒例の催しで、表向きは穏やかな集まりだが、退屈で眠くなるのが難点だった。
だから私は、自分で調合した香水をほんの少しだけ身につけていた。
ラベンダーやセージのような穏やかな香りに、ほんのわずか、覚醒作用のあるレモンバームとローズマリーを重ねた香水。
リラックスしつつ、眠気は抑える。自分用の、ささやかな対策だった。
それに気づいた者がいるとは、思いもしなかった。
「……その香り、ラベンダーにローズマリー……あと、ほんの少しレモンバームですね。眠気を抑えるブレンド……でしょうか?」
その声に振り返ると、そこにいたのは――まばゆい白金の髪を持つ少女。
透き通るような紅の瞳には一切の迷いがなく、凜とした強さを湛えていた。
彼女の名は、ブロッサム・ローズミント侯爵令嬢。リック王太子殿下の婚約者であると聞いている。
その見た目からは想像もつかないほど、彼女の観察眼と知識は鋭かった。
香りの成分を正確に言い当て、なおかつ目的まで推察してくるとは――ただの興味本位ではない。
明確な論理と思考がそこにある。
年齢は私よりも若いはずだが、向かい合っていると、こちらのほうが試されているような気さえした。
毒の話題にもひるまず、私を“毒公爵”と恐れる様子すら見せない。
まるで、私という人間を真っ直ぐに見ているかのようだった。
……得がたい存在だ、と思った。
ただ、ひとつだけ実に残念なのは、彼女が“王太子殿下の婚約者”であるという点に尽きる。
それさえなければ――
いや、やめておこう。言っても詮無いことだ。
私は一歩、距離をとってブロッサム嬢から離れようとした――そのときだ。
「私を先生として雇っていただけませんか? 多分、ブランデン公爵よりも、毒については詳しいと思います」
……は?
一瞬、自分が聞き間違えたのかと思った。だが彼女は真顔だった。
にこやかな笑みを浮かべながら、その紅の瞳は自分の言葉に揺るぎない自負を添えていた。
――毒について、私より詳しい?
――この私に、“教えてやる”と? 毒公爵に、だ?
……呆気にとられるとは、まさにこのことだった。
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