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14 ハミルトンの姉も呆れた

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 騒動の後すぐにベンジャミン家に伝書鳩を放ったのはゾーイだった。

「こいつはとても利口なんだよ。移動している相手に向かっても飛んでいくことができ、メッセージや情報を素早く伝達する役割を果たす。つまりこの構造はね・・・・・・」

 魔道具の開発と怪しげな薬草配合などが趣味のゾーイは、しきりに説明してくれたけどさっぱりわからなかった。
 お陰で翌日には、私をお迎えにきた馬車がパリノ侯爵家に到着していた。ベンジャミン家の馬車は、馬に負担をかけない特殊な構造になっているから、とても早く走れるのよ。

 縄をほどかれたハミルトン様は気分が悪そうに私たちを見ていたけれど、エマたちが怖いようでなにも言わなかった。情けない男性に見えて、本当にがっかりしてしまう。

 エマたちが荷物を積みこんだところで、一台の馬車がパリノ家に姿を現した。綺麗な女性が降り立ち、顔だちがハミルトン様によく似ていることに気がついた。その女性が私を見て、大きな声を張り上げた。

「まぁ、なんて綺麗な方かしら。ハミルトン、絶世の美女を奥方にしたという噂は本当だったのね?」

「グレース姉上! なにかあったのですか?」

「えぇ、ちょっと旦那様がこの国に所用があるというのでね。弟のお嫁さんに会いたくて来ちゃったわ。あなたがオリビアさんでしょう? 初めまして! あなたのお陰でパリノ家は安泰だわ。あら、どこかに旅行でも行くの?」
 
 馬車に積まれた私の荷物を見て、グレース様は驚いた表情を浮かべていた。

「はい、オリビアお嬢様は実家に戻られます」

 エマが私を守るように、グレース様の前に立ちはだかった。グレース様はハミルトン様を訝しげに見て首を傾げる。

「なに、ちょっとした痴話喧嘩ですよ。すぐに、戻ってくるに決まっている」

 ハミルトン様の言葉に、エマたちは刺すような視線を向けた。私たちは馬車の停車場のあたりで、そのような会話をしていた。早くこの場から立ち去りたいのに、グレース様が私を引き留める。

「オリビア様。少しだけお時間をいただけないかしら? お茶だけでも、一緒に飲みたいわ」

 グレース様が優しく私の肩を抱きかかえ、一緒に屋敷に戻った。もちろん、エマたちは私をいつでも守れるような位置について、私に同行した。

「なにをしたの?ハミルトン?」

 私たちはサロンでお茶を飲むことになり、グレース様が紅茶にミルクを入れながら尋ねた。どうやら、夫婦喧嘩の仲裁をするつもりらしい。

「たいしたことじゃないのです。夫婦の閨で名前を呼び間違えたぐらいで実家に帰るなんて! 拗ねるにも大袈裟すぎる!」

 私を睨み付けながら恨めしげにつぶやいたハミルトン様の頬を叩いたのはグレース様だった。

「ハミルトン! お前はバカなの? 閨で名前を間違えるなんてあり得ないわ。莫大な負債が返せたのはオリビア様のお陰なのよ!」

「オリビア、今日だけ一緒に寝てくれればいい。妊娠させるだけだから。妊娠したら実家に戻って離婚してもかまわない。ただし、子供はこちらで育てさせてもらうよ」

「ハミルトン! お前は何を言い出すの?」

 グレース様の唇が震え、顔も紙のように白くなっていく。エマをはじめ三人の侍女達は、殺気立っている。なおも、ハミルトン様は当然のように話を続けた。

「子供をこちらで引き取るから、もちろんお金の援助は続けてもらう。将来、公爵家の跡取りになれるんだぞ。悪い話ではないだろう?」

 ハミルトン様が話を続けるなか、エマは私の手を取った。

「屑の戯言です。お嬢様のお耳が汚れます。すぐにベンジャミン家に帰りましょう」

 もう、グレース様も私を引き留めなかった。私はゆっくりとソファから立ち上がった。もう二度と来ることはないであろう部屋をみまわす。あれほど寛げて心が温まるような部屋に整えたはずなのに、今ではただ色あせた冷たい空間に見えた。

「さようなら。クロエ様とお幸せになれることを祈っておりますわ」
 
 私はハミルトン様の顔を見ないでそう告げた。二度とこの方の顔は見たくない。ベンジャミン家の馬車に向かって歩いていると、一台の豪奢な馬車が姿を現した。

 ゆっくりと馬車から降り立つ男性は、精悍な顔立ちで黒い髪と瞳をしていたのだった。
 
 


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(※ハミルトンの姉上の名前はグレース・イザリアです。)
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