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2 競い合う令嬢たち
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※アレクサンダー皇帝視点
私は豪華なサロンの椅子に腰掛け、目の前に並ぶ三人の令嬢を観察していた。彼女たちがこの場に招かれたのは、母である皇后の「私のため」を思っての計らいだ。しかし、何度も言うが、私は結婚に興味がない。
「顔を上げよ」
私が言うと、三人は頭を上げた。誰もが高貴な家柄を背景にした美しい娘だが、私にとって美しい女性など見慣れている。だから、美しさだけで私が女性を愛することは決してない。
最初に話しかけてきたのは、公爵令嬢アナベル・クラインフェルトだ。深い青のドレスを身にまとい、気品ある佇まいは誰が見ても貴族の中の貴族といえるものだ。その端正な顔立ちと堂々たる態度は、「私こそ皇后にふさわしい」と主張しているようだった。
「陛下、このような機会をいただけること、心より光栄に思います」
品のある微笑を浮かべながら話す彼女の声は落ち着いており、まるでその場を掌握しているかのようだった。一瞬、私はその自信に満ちた態度を頼もしく感じたが、同時に違和感が頭をよぎる。
「うむ。アナベル嬢を歓迎しよう。よく来てくれた」
型どおりの返事を返すと、彼女はさらに一歩踏み込んだ。
「私の家系は代々、この国の政治を支えてまいりました。私も将来、陛下の右腕として国をより良くするために貢献いたします」
その言葉だけを聞けば申し分ない。クラインフェルト公爵家の名声と影響力は国内でも指折りであり、彼女のような強い意志を持つ皇后は、政治的な安定をもたらすかもしれない。しかし、彼女の目に浮かぶ計算高い光が私を引き留めた。
一見、国を思う発言にも聞こえるが、その裏にはクラインフェルト家の野望が透けて見える。彼女が皇后の地位を得た暁には、私を利用し、公爵家の影響力をさらに拡大しようとするだろう。それは国益のためではなく、一族の権勢を誇示するためだ。
さらに、アナベルの言葉遣いと態度には、どこか私を試しているような不遜さがあった。彼女は完璧さを装っているが、その仮面の裏には、「王の妻」としての地位を確保するために、冷徹に策略を巡らせるであろう裏の顔が見え隠れしていた。
もし彼女を妃に迎えたなら、彼女は皇后としての役目をこなし、優れた判断力を発揮するだろう。しかし、私自身が彼女に心を許す日は来ないだろうという確信があった。
私にとって皇后は、単なる政治的駒ではなく、共に国を支え、信頼し合える相手でなければならない。アナベルはその条件を満たしていないと判断せざるを得ない。
次に進み出たのは、侯爵令嬢セリーヌ・ルクセンブルクだ。柔らかなピンクのドレスを纏い、手にした刺繍入りのハンカチをそっと握りしめている。その控えめな仕草は一見すると慎ましやかに映るが、彼女の瞳には自信と野心がはっきりと浮かんでいた。
「陛下、私は妹君、アグネス様と親しくさせていただいておりました。私たちは手紙を通じて、深い友情を育んでまいりました」
――文通だと? 私は眉をわずかに上げた。アグネスがそんな話をしていた覚えはない。
「妹と文通していたというのはいつのことだ? 皇女宮にいた頃か?」
軽く問いかけた私の声に、彼女は一瞬ひるんだようだったが、すぐに胸を張り、ハンカチを差し出してきた。
「アグネス皇女様からいただいたこちらのハンカチが証拠ですわ。ご覧くださいませ。この刺繍がその証です」
彼女の手に握られたハンカチには、確かにアグネス特有の精緻な刺繍が施されていた。しかし、アグネスが自ら刺繍をして贈る相手は限られている。私か母上、オリバー王、あるいはスペイニ国の子供たちだ。アグネスが子供たちに裁縫を教え、帰国の際に手作りの贈り物を持たせていたことを思い出す。
「その刺繍がアグネスのものであるなら、そのハンカチをどこで手に入れたのかな?」
冷ややかな口調でそう指摘すると、セリーヌの表情が一瞬にして曇った。
「そ、それはもちろん、皇女様から直接……」
言い訳が稚拙すぎて呆れる。嘘をつくなら、もっと周到に準備してくるべきだ。
「そのハンカチを貸してもらおう。どれ、見せてみるがいい」
ハンカチを手に取り、刺繍をじっと観察する。
「ほら、この花の刺繍の下に小さく“A”の文字が見えるだろう? アグネスは必ず贈り物をする相手の頭文字を忍ばせる癖がある。だが君の名前はセリーヌ。頭文字は“S”だ。このハンカチは、Aで始まる名前の持ち主に贈られたものだろう」
セリーヌの顔が見る間に青ざめる。私はさらに言葉を重ねた。
「どうやらスペイニ国の子供たちに接触し、大金を積んでこれを手に入れたようだな? おそらく、アンナとかアメリアといった名前の子に贈られたものだったのではないかな?」
その言葉を聞いたセリーヌは、何かを弁明しようと口を開きかけたが、何も言えず、ただ項垂れるだけだった。その姿は、私の推測が的中したことを物語っていた。
ーー嘘を吐く女性は論外だな。しかも、私の妹に絡んだ嘘を吐くとは……不敬な者めっ!
最後に、伯爵令嬢カタリーナ・マルモントが進み出た。彼女は鮮やかな赤いドレスに身を包み、その胸元は大胆に開かれている。その姿は豊かな胸が誇張されており、明らかに私をお色気で落とそうという意図が見えた。
「陛下、私には夢があります。それは、この国で最も美しい花となり、貴方様のおそばで咲き続けることですわ」
甘ったるい声でそう語りながら、彼女は私に歩み寄り、腰を落として深々とお辞儀をした。その動きひとつひとつが過剰で、まるで舞台女優のようで演技じみている。さらに、香水の強烈な香りが鼻を刺し、私は思わずこめかみを押さえた。
「そうか。私のいないところで、思いっきり咲くといい」
短く返すと、カタリーナはさらに間合いを詰めてきた。
「陛下、このお茶会が終わった後、もう少しだけお話を……」
――あぁ、もう限界だ。香水の香りがあまりにも強烈で、胸がむかついてくる。
私は軽く手を上げて彼女の言葉を遮った。
「今はお茶会を楽しむことに専念しなさい。それに、カタリーナ嬢、あなたは香水を振りかけすぎだ」
三人の令嬢との会話を通じて、私はある確信を抱くようになった。どれほど身分が高かろうと、どれほど美貌を誇ろうと、帝国の貴族令嬢の中には、私の伴侶にふさわしい者などいない。しかし、それでも翌日もその翌日も、令嬢たちはやって来た。そして、10日以上が過ぎたころ、ついに私が気になる女性が現れた。それは――
私は豪華なサロンの椅子に腰掛け、目の前に並ぶ三人の令嬢を観察していた。彼女たちがこの場に招かれたのは、母である皇后の「私のため」を思っての計らいだ。しかし、何度も言うが、私は結婚に興味がない。
「顔を上げよ」
私が言うと、三人は頭を上げた。誰もが高貴な家柄を背景にした美しい娘だが、私にとって美しい女性など見慣れている。だから、美しさだけで私が女性を愛することは決してない。
最初に話しかけてきたのは、公爵令嬢アナベル・クラインフェルトだ。深い青のドレスを身にまとい、気品ある佇まいは誰が見ても貴族の中の貴族といえるものだ。その端正な顔立ちと堂々たる態度は、「私こそ皇后にふさわしい」と主張しているようだった。
「陛下、このような機会をいただけること、心より光栄に思います」
品のある微笑を浮かべながら話す彼女の声は落ち着いており、まるでその場を掌握しているかのようだった。一瞬、私はその自信に満ちた態度を頼もしく感じたが、同時に違和感が頭をよぎる。
「うむ。アナベル嬢を歓迎しよう。よく来てくれた」
型どおりの返事を返すと、彼女はさらに一歩踏み込んだ。
「私の家系は代々、この国の政治を支えてまいりました。私も将来、陛下の右腕として国をより良くするために貢献いたします」
その言葉だけを聞けば申し分ない。クラインフェルト公爵家の名声と影響力は国内でも指折りであり、彼女のような強い意志を持つ皇后は、政治的な安定をもたらすかもしれない。しかし、彼女の目に浮かぶ計算高い光が私を引き留めた。
一見、国を思う発言にも聞こえるが、その裏にはクラインフェルト家の野望が透けて見える。彼女が皇后の地位を得た暁には、私を利用し、公爵家の影響力をさらに拡大しようとするだろう。それは国益のためではなく、一族の権勢を誇示するためだ。
さらに、アナベルの言葉遣いと態度には、どこか私を試しているような不遜さがあった。彼女は完璧さを装っているが、その仮面の裏には、「王の妻」としての地位を確保するために、冷徹に策略を巡らせるであろう裏の顔が見え隠れしていた。
もし彼女を妃に迎えたなら、彼女は皇后としての役目をこなし、優れた判断力を発揮するだろう。しかし、私自身が彼女に心を許す日は来ないだろうという確信があった。
私にとって皇后は、単なる政治的駒ではなく、共に国を支え、信頼し合える相手でなければならない。アナベルはその条件を満たしていないと判断せざるを得ない。
次に進み出たのは、侯爵令嬢セリーヌ・ルクセンブルクだ。柔らかなピンクのドレスを纏い、手にした刺繍入りのハンカチをそっと握りしめている。その控えめな仕草は一見すると慎ましやかに映るが、彼女の瞳には自信と野心がはっきりと浮かんでいた。
「陛下、私は妹君、アグネス様と親しくさせていただいておりました。私たちは手紙を通じて、深い友情を育んでまいりました」
――文通だと? 私は眉をわずかに上げた。アグネスがそんな話をしていた覚えはない。
「妹と文通していたというのはいつのことだ? 皇女宮にいた頃か?」
軽く問いかけた私の声に、彼女は一瞬ひるんだようだったが、すぐに胸を張り、ハンカチを差し出してきた。
「アグネス皇女様からいただいたこちらのハンカチが証拠ですわ。ご覧くださいませ。この刺繍がその証です」
彼女の手に握られたハンカチには、確かにアグネス特有の精緻な刺繍が施されていた。しかし、アグネスが自ら刺繍をして贈る相手は限られている。私か母上、オリバー王、あるいはスペイニ国の子供たちだ。アグネスが子供たちに裁縫を教え、帰国の際に手作りの贈り物を持たせていたことを思い出す。
「その刺繍がアグネスのものであるなら、そのハンカチをどこで手に入れたのかな?」
冷ややかな口調でそう指摘すると、セリーヌの表情が一瞬にして曇った。
「そ、それはもちろん、皇女様から直接……」
言い訳が稚拙すぎて呆れる。嘘をつくなら、もっと周到に準備してくるべきだ。
「そのハンカチを貸してもらおう。どれ、見せてみるがいい」
ハンカチを手に取り、刺繍をじっと観察する。
「ほら、この花の刺繍の下に小さく“A”の文字が見えるだろう? アグネスは必ず贈り物をする相手の頭文字を忍ばせる癖がある。だが君の名前はセリーヌ。頭文字は“S”だ。このハンカチは、Aで始まる名前の持ち主に贈られたものだろう」
セリーヌの顔が見る間に青ざめる。私はさらに言葉を重ねた。
「どうやらスペイニ国の子供たちに接触し、大金を積んでこれを手に入れたようだな? おそらく、アンナとかアメリアといった名前の子に贈られたものだったのではないかな?」
その言葉を聞いたセリーヌは、何かを弁明しようと口を開きかけたが、何も言えず、ただ項垂れるだけだった。その姿は、私の推測が的中したことを物語っていた。
ーー嘘を吐く女性は論外だな。しかも、私の妹に絡んだ嘘を吐くとは……不敬な者めっ!
最後に、伯爵令嬢カタリーナ・マルモントが進み出た。彼女は鮮やかな赤いドレスに身を包み、その胸元は大胆に開かれている。その姿は豊かな胸が誇張されており、明らかに私をお色気で落とそうという意図が見えた。
「陛下、私には夢があります。それは、この国で最も美しい花となり、貴方様のおそばで咲き続けることですわ」
甘ったるい声でそう語りながら、彼女は私に歩み寄り、腰を落として深々とお辞儀をした。その動きひとつひとつが過剰で、まるで舞台女優のようで演技じみている。さらに、香水の強烈な香りが鼻を刺し、私は思わずこめかみを押さえた。
「そうか。私のいないところで、思いっきり咲くといい」
短く返すと、カタリーナはさらに間合いを詰めてきた。
「陛下、このお茶会が終わった後、もう少しだけお話を……」
――あぁ、もう限界だ。香水の香りがあまりにも強烈で、胸がむかついてくる。
私は軽く手を上げて彼女の言葉を遮った。
「今はお茶会を楽しむことに専念しなさい。それに、カタリーナ嬢、あなたは香水を振りかけすぎだ」
三人の令嬢との会話を通じて、私はある確信を抱くようになった。どれほど身分が高かろうと、どれほど美貌を誇ろうと、帝国の貴族令嬢の中には、私の伴侶にふさわしい者などいない。しかし、それでも翌日もその翌日も、令嬢たちはやって来た。そして、10日以上が過ぎたころ、ついに私が気になる女性が現れた。それは――
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