(完)専属執事は私の恋人

青空一夏

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5 私は幼馴染みの容姿と職業が大好き(エイプリル視点)

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  私の母はアントニア伯爵家の乳母をしていて、ダイアナン男爵家の三女だった。お父様は平民だったから、私は使用人の娘として産まれた。

 バカなお母様、なぜ貴族の嫡男を必死で捕まえなかったのかしら? お陰で隅っこ貴族からもこぼれ落ちて、私は侍女になるしかなかった。

 5歳の頃に両親を事故で亡くして、不憫に思ったアントニア伯爵家の方からは使用人というよりは、家族として扱われていた。特にかわいがってくれたのが三男のウェズリー様だ。

 ウェズリー様はアントニア伯爵家のなかで、一番優秀で一番単純な方だった。学業に秀で特に芸術面では素晴らしい才能があり、バイオリニストとして宮廷楽士になった。

 これはとても名誉なことで音楽家になった以上は皆が目指す高みの地位でもあるが、まるで驕ったところもない。

「宮廷楽士って、どれくらいの年俸なのですか」

 私が無邪気なふりをして聞けば、文官の方より多かった! しかも、国王陛下からよくお声をかけられるという!

「あの方、苦手なんだよな。突拍子もないことをすぐ言ってきてさ。真面目に受け答えしてると、あとで決まって『冗談だ』って言うんだ。国王陛下は、いつも私を呼びつけるし……」

 はぁ? それって国王陛下のお気に入りってことじゃない! 冗談が言えるのは相手に気を許しているからよ。これは……ウェズリー様と結婚できればすごい玉の輿だわ。

 国王陛下のお気に入りならこれから先、爵位だってもらえるかもしれない。それに、外見もとても麗しい。銀髪にラベンダー色の優しい瞳で甘い顔立ちの美青年だ。おまけに、とても私を信用しているしバカがつくくらい純真!

 こんな優良物件は手に入れるべきだ。だからできるだけウェズリー様の側にいたのに、嫡男のエズラ様の結婚を機にアントニア家を出て行ってしまった。

「私も侍女として、お連れください」

「ははは。私は宮廷楽士というだけで爵位はない。侍女など雇う身分ではないよ。それに男の一人暮らしの家に住み着いたら、お嫁にいけなくなるぞ」

 そう言われては、押しかけるわけにもいかない。『お嫁にもらってください』とは言えない身分差が、すでにあるからだ。ウェズリー様は自分の価値を知らないが、宮廷楽士は女性には人気の職業だ。貴族同士でお婿さんを探すときも、この職業はとても好まれると聞いたことがある。

 宮廷楽士だから収入はあるし地位も保証されている。おまけに芸術家は、政治に興味はないし領地経営には口出ししないというイメージを持たれていた。お婿さんには最適なのだ。アントニア伯爵家には借金があるからウェズリー様には婚約者がまだいなかっただけ……家を出て独立し数年もすれば、必ず貴族の令嬢達の目に止まるはず……

 その前に私がなんとしても既成事実を作って手に入れたい。そう思っていたら到底太刀打ちできない女性がいきなり現れた。アイシャ・イグナシオ女公爵様は国王陛下の姪で、素晴らしい手腕で領地経営をする美女だ。なんでこんな大物がいきなりやってきて、私の宝物を奪うのよ!

 生まれながらにして全てを持つ女なんて大嫌いだ! だったら、私がとことん邪魔してこの二人の仲を険悪にさせてみせる。まずはアイシャ様に敵意のないことを示さないと……上手に立ち回って二人から信頼されて……誤解をたくさん積み重ねさせればいい……

 だから私は専属侍女としてイグナシオ家について行くことを宣言した。『ぶっ壊し屋』として活躍する為に。協力なんてするもんですかっ! 何気ない風を装って天然のふりをし、あの美女様に嫌がらせもしてあげよう。


☆彡★彡☆彡


 初めてアイシャ様を見たときのウェズリー様の瞳が、ハートマークになっていたことを私は見逃さなかった。アイシャ様も好ましそうな視線をウェズリー様に向けている。

 どう見ても惹かれ合うのは時間の問題だし、お似合いの美男美女だ。ここは、さくっとウェズリー様に対する嫌悪感と不信感をアイシャ様に植え付けないと……

 私は幼い頃のようにウェズリー様の紅茶に砂糖とミルクを入れて差し上げ、クッキーを小皿に装い世話を焼きはじめた。

 案の定あちらの専属執事は不愉快そうに眉を上げたが、アイシャ様は愉快そうに見ているだけだ。さすがはアイシャ様、こんなことでは毛ほども動揺しない女傑系か……ふん! おもしろくない。

 私は帰り際に走り寄り、上目遣いにドレスの色をアドバイスしてあげた。礼を言ってにっこり微笑まれたそのお顔は、女の私だってうっとりするくらいだ。……悔しい!……もっと、ショックを与えてウェズリー様を嫌いにさせなきゃいけないわ!


☆彡★彡☆彡


 初夜の日を迎えて、私は『絶対にウェズリー様を寝室になんて行かせるもんか!』と思った。持病がでたふりをして、大騒ぎするとウェズリー様がやって来て心配してくれた。

 このまま、ここにいさせればいいわ。そうしたら、明日にはウェズリー様は追い出されるかもしれない。初夜をすっぽかして侍女の部屋に入り浸る夫なんていらないでしょう?

 でも、ウェズリー様はアイシャ様のところに行こうとした。だから、私は嘘を言った。あぁ、全くの嘘ってわけじゃない。『明日の国王陛下とのに差し支えるから早く寝たい』とは言わなかったけれど、似たようなものよ!

 正確に言えば『今日は疲れたから早めに横になりたいわ。明日は国王陛下に呼ばれているので、謁見用のドレスを用意しておいて』と、侍女の方達に言っただけだ。

 嘘をつくにはコツがある。全くの嘘ではすぐにバレるから、一部には事実も含まれている嘘がいい。この場合だと『国王陛下に会いにいく』の部分は真実だ。でもあとの部分は微妙な解釈の違いで、なんとでも言い逃れられる。

 うふふ……嘘をつくにはね……頭が必要なのよ……ご懐妊なんていうのも真っ赤な嘘だけれど、こんな重い言葉は本人には絶対尋ねられないはずだ。バレる前に別れさせてしまえばいいだけでしょう? 子供の出産には10ヶ月もあるのだから!

 ウェズリー様は私の部屋にいればいい、と思ったら馬小屋に行ってしまった。相変わらずの単純さと芸術家にありがちな奇想天外な思いつきで、馬小屋で寝ると言いだした。

 あっははは! 馬小屋で? なんてバカなの? いや、学問や音楽の才はあるからバカではないのだけれど……良い言葉が見つからないわ……あぁ、これだ……マヌケってかんじかしら……

 ウェズリー様がどこで寝ようと、アイシャ様のところに行かなければ私の目的は達成だ。明日の朝が楽しみだわ!
絶対に泣きはらしたアイシャ様か、烈火のごとく怒り狂ったアイシャ様の顔が見られるはずだ。にんまりと笑いながら眠りについた私は、ウェズリー様に抱きかかえられて花嫁になった自分の夢を見ていた。

 ウェズリー様が稼いだお金でオペラを見に行き、傍らには美男のウェズリー様が私の世話をかいがいしくしている。稼ぐ美貌の間抜けな旦那様をゲットできた喜びに、私は笑いが止まらない。あっはははははははっっっぁ~~。あっっはははぁあ~~! ふっ、ふっ、ふがっつ?

 自分の高笑いで目が覚めて、また二度寝した。侍女だけど、『妹のように思う』ってアイシャ様は言ってくれたから、侍女の仕事なんてしなくていいでしょう? あぁ、それも不味いか……しているふりはしよう。そうそう、アイシャ様にはこれからいっぱい嘘を吹き込みたいから勤勉なふりでもしとくか……

 設定は健気な勤勉な天然系の侍女で、アイシャ様にとことんウェズリー様を嫌ってもらうとしよう!

 なら、そろそろ、起きるか……かったるいわ……でも今日は、……ん~~、もしかして今日限りでここを出て行けるかもだっけ?

 んじゃ、起きなくてもいい? どっち? 

 私は寝ぼけた頭で、いろいろ考えた。初夜のやらかしで追い出されたなら一発で目標達成だけれど、これでもダメなら次の作戦の為にもアイシャ様の信頼は必要だ! 怠け者の言葉など誰も信じないからね。

 健気で勤勉な天然系で……目指せ! ウェズリー様の妻の座!

 うん、考えがまとまった。私って天才だわ。鼻歌を歌いながら身支度をする私なのでしたぁ~~。うふふ。
 
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