(完結)私はもう他人です!

青空一夏

文字の大きさ
14 / 55

14

しおりを挟む
 書類にサインをして、ポリー様との専属契約が正式に成立した。前金が入金され、仕上がった際には残金が支払われる仕組みだ。私の取り分は、なんと全体の25%と記載されていた。

 工房に勤務するデザイナーであれば、通常は10%前後が相場。経営者が儲け主義の場合、7~8%しかもらえないことも珍しくないというのに……。

「すみません、サンテリオ侯爵様。この数字、間違っていませんか?」
 私は恐る恐る、侯爵様の顔を見上げた。

「ああ、サンテリオ服飾工房は、領主である私が直接経営に携わっているからね。先日も言った通り、優秀な人材を育てるのが私の務めだ。この地にずっと留まって、その才能を存分に発揮してもらうことが、サンテリオ侯爵領の発展にもつながる。だから、報酬は他の工房よりかなり優遇しているんだよ」

 確かに、優秀な人材はより良い環境を求めて移ろうとする。受け入れてくれる場所はいくらでもあるだろうし、悪い条件で働く人はいない。

(それにしても……大金だわ。工房から固定のお給料ももらえる上に、担当したドレスの取り分まで設定されている――それも全体の25%!)

 契約書はいくつもあり、手続きにはかなり時間がかかった。私が今回デザインしたものは、基本的にサンテリオ服飾工房の所有になる。ポリー様が同じデザインの服を作りたい場合も、この工房にしか頼めない。さらに、私自身がサンテリオ服飾工房を辞めて他で働く場合には、同じデザインを作らないことも契約書に明記されていた。
 
 それが一段落すると、もうお昼を少し過ぎていた。私は急いでリーベン洋食店に向かう。サンテリオ服飾工房の前の大通りの角。お店はすぐに見つけられた。

 店内に入ると、カエリンさんが、にこにこと手を振った。
「マリアさん、こっちよぉ――! 私の隣に座って!」

 10人以上が座れる大きなテーブルには、サンテリオ服飾工房の仲間たちの姿が揃っていた。
「いいタイミングだわ! 私たち、ちょうど料理を注文したばかりだったのよ。ここの日替わり定食は美味しくてお得よ。マリアさんも、それにする?」
 カエリンさんがメニューを指し示す。私がうなずくと、別の子がすぐに店員を呼び、注文を済ませてくれた。

 ほどなくして、日替わり定食が運ばれてきた。ボリュームがあって、とても美味しそうだ。それに、値段も手頃だった。 私たちは笑い声を交えながら、わいわいと昼食を楽しんだ。

「マリアさん、すごいよね。一日目で専属デザイナーに選ばれるなんて! ポリー様はサンテリオ服飾工房のお得意様だけど、なかなかデザインが決まらないことが多いのよ」
「そうそう。それに、けっこう気難しいのよ。ドレスが仕上がっても、よく手直しをさせられるのに……。あんなに上機嫌で、マリアさんを専属に即決するなんて、奇跡みたいだわ」
 ひとしきり先ほどの出来事について話した後は、他愛のないおしゃべりでテーブルがさらに盛り上がった。

 午後、サンテリオ服飾工房に戻ると、先ほどのアトリエとは別の部屋で、注文を受けたドレスの制作を始めた。

 トルソーの前に立ち、私は森の妖精を思わせる淡い黄緑――まるで新緑の葉が朝日に透けるような、柔らかなパステルグリーンの布をそっと巻き付けていく。
  薄手で軽やかな生地は、指先の動きに沿ってふわりと波打ち、まるで風に揺れる森の葉のようだ。
  胸元には複雑に布を重ね鎖骨がかすかに覗く程度にしながらも、生地の持つ軽やかさと優雅な質感が際立つように調整した。取り外し可能な袖やウエストリボンも、イメージに合わせてざっと形を整える。

 みんなが息をのんで見守る。布が巻かれるごとに形を成し、ドレスに立体感が生まれるたびに、小さな拍手が自然と部屋に響いた。

  「わぁ……本当に妖精が纏うドレスに見えるわぁ……!」
 カエリンさんが、感心したようなため息を漏らす。

 このサンテリオ工房では、実際縫い合わせてドレスを仕上げるのは、裁縫だけを担当する熟練スタッフなので、私の仕事はここまで。

 作業が一段落した後、午前中にいたアトリエに戻ると、また次の注文者が現れた。今度のお客様は可愛らしい少女で、 オーブリー・ヘバーン伯爵令嬢だと紹介された。後ろには侍女が付き添っていて、より華やかな服装の女性はへバーン伯爵夫人だとのこと。ヘバーン伯爵令嬢は「友人のお茶会に着ていきたいドレスなの」と可愛い声で教えてくれた。

「さぁ、みんなそれぞれスケッチを始めてくれ。ヘバーン伯爵令嬢は自由にデザイン画を見て回って。気に入ったものがあったら教えてほしい」
 そうおっしゃったサンテリオ侯爵様に、少女は嬉しそうにうなずいた。

 私が思い描いたのは、淡いピンクを基調にした、ちょっと変わったお茶会用のドレスだった。
 胸元には控えめなリボンをあしらい、裾には小花が咲き乱れる刺繍を、波のような曲線に沿って施す。花の色は淡いピンクを基調にしつつ、ところどころにクリームやサーモン色を混ぜた。

 半袖には透け感のあるチュールを重ね、腕の動きに合わせてふわりと揺れる仕掛け。背中の一部には淡いブルーの布を差し込み、後ろ姿にも目を引くアクセントを添える。
 後ろリボンに小花のチャームを忍ばせ、端には透け感のある布を重ねて、座ったときにも可愛らしさがさりげなく映えるように描くと・・・・・・

 ヘバーン伯爵令嬢が私のデザイン画を覗き込んで「これよ!」 と叫んだ。

しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜

nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。 「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。 だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。 冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。 そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。 「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

婚約破棄されて去ったら、私がいなくても世界は回り始めました

鷹 綾
恋愛
「君との婚約は破棄する。聖女フロンこそが、真に王国を導く存在だ」 王太子アントナン・ドームにそう告げられ、 公爵令嬢エミー・マイセンは、王都を去った。 彼女が担ってきたのは、判断、調整、責任―― 国が回るために必要なすべて。 だが、それは「有能」ではなく、「依存」だった。 隣国へ渡ったエミーは、 一人で背負わない仕組みを選び、 名前が残らない判断の在り方を築いていく。 一方、彼女を失った王都は混乱し、 やがて気づく―― 必要だったのは彼女ではなく、 彼女が手放そうとしていた“仕組み”だったのだと。 偽聖女フロンの化けの皮が剥がれ、 王太子アントナンは、 「決めた後に立ち続ける重さ」と向き合い始める。 だが、もうエミーは戻らない。 これは、 捨てられた令嬢が復讐する物語ではない。 溺愛で救われる物語でもない。 「いなくても回る世界」を完成させた女性と、  彼女を必要としなくなった国の、  静かで誇り高い別れの物語。 英雄が消えても、世界は続いていく―― アルファポリス女子読者向け 〈静かな婚約破棄ざまぁ〉×〈大人の再生譚〉。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

幼馴染が夫を奪った後に時間が戻ったので、婚約を破棄します

天宮有
恋愛
バハムス王子の婚約者になった私ルーミエは、様々な問題を魔法で解決していた。 結婚式で起きた問題を解決した際に、私は全ての魔力を失ってしまう。 中断していた結婚式が再開すると「魔力のない者とは関わりたくない」とバハムスが言い出す。 そしてバハムスは、幼馴染のメリタを妻にしていた。 これはメリタの計画で、私からバハムスを奪うことに成功する。 私は城から追い出されると、今まで力になってくれた魔法使いのジトアがやって来る。 ずっと好きだったと告白されて、私のために時間を戻す魔法を編み出したようだ。 ジトアの魔法により時間を戻すことに成功して、私がバハムスの妻になってない時だった。 幼馴染と婚約者の本心を知ったから、私は婚約を破棄します。

処理中です...