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45 サンテリオ侯爵視点
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※サンテリオ侯爵視点
胸の奥のざわめきが収まらない。理由はわかっている。マリアとアリューゼ卿が気になって仕方がないのだ。私は胸中の不快感を意識の底へ押し込め、目の前の山積みになった書類へ視線を戻した。今は溜まった事務仕事を優先すべき時間だ。ペン先を軽快に走らせ、次々とサインをしていく。執務室にいる者から見れば、私はいつもと変わらず冷静に仕事を処理しているように映るだろう。しかし、心は波立ち、静まることを知らない。
やがて昼食の時刻となり、秘書たちが近くのレストランから軽食を運んできた。私は書類の区切りを確認し、深く息を吐く。
「……マリアは、ちゃんと昼食をとったのだろうか?」
誰に向けたわけでもない小さな独り言が漏れた。その瞬間、秘書の一人が「ああ」と何かを思い出したように顔を上げる。
「 マリアさんならアリューゼ卿と前の大通りを歩いていました。僕が侯爵様の食事を買ってきた時にすれ違ったので見たんですよ……新しくできたレストランに入っていきました。最近できた若い女性に人気のオシャレなカフェレストランです」
(そういえば、アリューゼ卿がランチを奢るなどと言っていたな)
同時に思い出す。あのふたりが並んでデザインについて語り合っていた姿を。そして、採寸中にマリアがバランスを崩し、アリューゼ卿に抱きしめられていた瞬間も。
「……くっ。あのとき、やつの手は確かにマリアの腰に触れていた……」
少し記憶がよみがえっただけで、胸の奥から苛立ちが込み上げてきた。
拳に力が入り、どうしようもなく腹立たしさが募る。
「……警備に当たっている騎士を呼んでくれ」
思わず命じてしまい、我に返る前に、すでに二人の騎士が駆け込んできた。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、その……」
言葉が喉に引っかかる。
(どう言えばいい?)
『マリアとアリューゼ卿が、今どんな顔で、何を話しているのか気になる』などと、正直に言えるはずもない。
「向かいの通りに、新しくできたカフェレストランがあるだろう? ……念のため、出入り口付近でさりげなく待機しておけ。マリアが出てきたら護衛につくのだ」
「護衛ですか? ……このあたりは治安も良く、そのレストランとサンテリオ工房は目と鼻の先ですが……」
ひとりの騎士が思わず疑問を口にし、筆頭秘書がじとりとした視線を私に送ってきた。
「侯爵様、そんなことを命じなくとも、マリアさんは食後にアトリエへ戻りますよ。午後からも他の顧客様との打ち合わせがありますし、彼女は至って勤勉な女性ですからね」
筆頭秘書はデザイナー全員のスケジュールをほぼ把握している。
「……そう、か。……まぁ、そうだよな。危険はないさ。もちろん昼間だし、相手は王立騎士団の騎士だ。ウィルミントン侯爵夫人の甥でもあるし……」
ぐ、と胸の奥で安堵と不安が混ざり合う。
(もちろん、私はアリューゼ卿が不埒な真似をするなどとは露程も思ってはいない……だが――)
「すまん。今のは忘れてくれ」
そう言って目を逸らし、平静を装おうとしたものの、私の指先は無意識に一定のリズムで机をトントンと叩いていた。
(――だが、もしアリューゼ卿が食後にどこかへ誘い、例えば近くの公園などへ。マリアがそれを笑顔で受け入れたとしたら?)
サンテリオ服飾工房のお昼休みは2時間もある。食後に軽い散歩ぐらいはできるのだ。 胸の奥が、きゅっと締めつけられるように痛んだ。
「やれやれ……。騎士のお二人は、そこで昼食をとってきてください。できればマリアさんの近くの席で、ふたりに気づかれないよう観察を。これは侯爵様のご意向ですので、後ほど領収書をご提出いただければ、侯爵様より食事代が精算されます」
筆頭秘書が深いため息をつきながら、警備の騎士たちへ淡々と指示を出した。
私は……
胸の奥のざわめきが収まらない。理由はわかっている。マリアとアリューゼ卿が気になって仕方がないのだ。私は胸中の不快感を意識の底へ押し込め、目の前の山積みになった書類へ視線を戻した。今は溜まった事務仕事を優先すべき時間だ。ペン先を軽快に走らせ、次々とサインをしていく。執務室にいる者から見れば、私はいつもと変わらず冷静に仕事を処理しているように映るだろう。しかし、心は波立ち、静まることを知らない。
やがて昼食の時刻となり、秘書たちが近くのレストランから軽食を運んできた。私は書類の区切りを確認し、深く息を吐く。
「……マリアは、ちゃんと昼食をとったのだろうか?」
誰に向けたわけでもない小さな独り言が漏れた。その瞬間、秘書の一人が「ああ」と何かを思い出したように顔を上げる。
「 マリアさんならアリューゼ卿と前の大通りを歩いていました。僕が侯爵様の食事を買ってきた時にすれ違ったので見たんですよ……新しくできたレストランに入っていきました。最近できた若い女性に人気のオシャレなカフェレストランです」
(そういえば、アリューゼ卿がランチを奢るなどと言っていたな)
同時に思い出す。あのふたりが並んでデザインについて語り合っていた姿を。そして、採寸中にマリアがバランスを崩し、アリューゼ卿に抱きしめられていた瞬間も。
「……くっ。あのとき、やつの手は確かにマリアの腰に触れていた……」
少し記憶がよみがえっただけで、胸の奥から苛立ちが込み上げてきた。
拳に力が入り、どうしようもなく腹立たしさが募る。
「……警備に当たっている騎士を呼んでくれ」
思わず命じてしまい、我に返る前に、すでに二人の騎士が駆け込んできた。
「お呼びでしょうか?」
「ああ、その……」
言葉が喉に引っかかる。
(どう言えばいい?)
『マリアとアリューゼ卿が、今どんな顔で、何を話しているのか気になる』などと、正直に言えるはずもない。
「向かいの通りに、新しくできたカフェレストランがあるだろう? ……念のため、出入り口付近でさりげなく待機しておけ。マリアが出てきたら護衛につくのだ」
「護衛ですか? ……このあたりは治安も良く、そのレストランとサンテリオ工房は目と鼻の先ですが……」
ひとりの騎士が思わず疑問を口にし、筆頭秘書がじとりとした視線を私に送ってきた。
「侯爵様、そんなことを命じなくとも、マリアさんは食後にアトリエへ戻りますよ。午後からも他の顧客様との打ち合わせがありますし、彼女は至って勤勉な女性ですからね」
筆頭秘書はデザイナー全員のスケジュールをほぼ把握している。
「……そう、か。……まぁ、そうだよな。危険はないさ。もちろん昼間だし、相手は王立騎士団の騎士だ。ウィルミントン侯爵夫人の甥でもあるし……」
ぐ、と胸の奥で安堵と不安が混ざり合う。
(もちろん、私はアリューゼ卿が不埒な真似をするなどとは露程も思ってはいない……だが――)
「すまん。今のは忘れてくれ」
そう言って目を逸らし、平静を装おうとしたものの、私の指先は無意識に一定のリズムで机をトントンと叩いていた。
(――だが、もしアリューゼ卿が食後にどこかへ誘い、例えば近くの公園などへ。マリアがそれを笑顔で受け入れたとしたら?)
サンテリオ服飾工房のお昼休みは2時間もある。食後に軽い散歩ぐらいはできるのだ。 胸の奥が、きゅっと締めつけられるように痛んだ。
「やれやれ……。騎士のお二人は、そこで昼食をとってきてください。できればマリアさんの近くの席で、ふたりに気づかれないよう観察を。これは侯爵様のご意向ですので、後ほど領収書をご提出いただければ、侯爵様より食事代が精算されます」
筆頭秘書が深いため息をつきながら、警備の騎士たちへ淡々と指示を出した。
私は……
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