[完結]裏切りの果てに……

青空一夏

文字の大きさ
3 / 12

3

しおりを挟む
 ところが――嫁いでみれば、話が違っていた。

  レオン様にご両親がいるのは、もちろん想定内だった。お母様のお話しか聞いたことはなく、どんな方かも知らないけれど、お母様はいるのだなとは知っていたし。ならば、当然お父様も一緒に暮らしていて、多分私たちは離れにでも新婚夫婦として暮らすのだろうと思っていた。
 けれど、彼の口から一度も聞いたことのなかった姉レイカや妹アーヤ、それに祖父母までが、広くもない屋敷にひしめくように暮らしていた。

「田舎の領地で二人で穏やかに暮らそう」と言っていたのに、実際には人の多さが、むしろ息苦しく感じられる家だった。伯爵家だというのに、ここには離れもない。
 そして何より、屋敷内も庭園も、手入れが行き届いていないことに驚いた。廊下の絨毯はところどころ擦り切れ、壁の装飾画は色褪せて、額縁の金箔はほとんど剥がれ落ちている。
  食堂の長いテーブルは艶を失い、ひび割れた脚を金具で留めて使われていた。
  庭は雑草が伸び放題で、噴水には濁った水がたまっている。

 レオン様は学園でいつも身なりが整っていて、貴族の中でも特に上品な方だった。だから、彼の家がこれほどまでに困窮しているなんて、夢にも思わなかった。
 伯爵家ならそれなりの暮らしをしているものだとばかり思っていたのに。まるで華やかな仮面の裏側を見せつけられたようで、胸の奥がひやりとした。
 「田舎の領地」という言葉を、私は穏やかな自然と、静かで豊かな暮らしのことだと信じていた。
  けれど実際は――私の予想とは全く違っていた暮らしがそこには広がっていた。


 結婚式は、領地内の小さな教会で行われた。 参列したのは彼の家族だけ。私は学園時代の友人すら呼ぶことができなかった。
「こういうのは、たくさんの人を呼んで賑やかにするのもいいけど……僕は君とだけ、ひっそりと小さな結婚式をしたかったんだ。本当は二人きりの方が良かったんだけどね。僕の家族がどうしても、僕たちの門出を祝いたいと言ってくれてさ」
 彼の言葉は優しくて、まるで恋物語の一場面のようだった。私はそれを嬉しく感じた――ほんの少しの違和感を胸に抱えたまま。

 その式で、私は初めて彼の従姉妹、エレナ・ドレイカー子爵令嬢と顔を合わせた。私よりも少し年上で、淡いピンクブロンドの髪に、同じ色を映した瞳。華やかで、レオン様の隣に立つ姿がよく似合っていた。
「まあ、あなたが王都から連れてきた花嫁さんなのね? なんて可愛らしいのかしら。何かあったら相談に乗ってあげるわ。だって私、レオン様とは幼馴染なの。彼のことは誰よりもよくわかってるのよ。うふふっ」
 その声は明るく柔らかだったけれど、どこかマウントを取るような響きがあった。
 私はそれに気づきながらも、ただ微笑んで挨拶を交わす。
「……そうですか。 よろしくお願いします」
「そうそう。エレナは昔からレオンと仲が良くてね。将来、二人は結婚するんじゃないかと思っていたのよ」
 レイカはクスクスと笑っていたが、私と目が合うとごまかすように微笑み、私の腕を取った。
「もちろん、今はリリアさんが、レオンのお嫁さんに来てくれてとても嬉しいのよ。王都でも一番の大商会の一人娘だったんでしょう? リリアさんのドレスも宝石も素敵だものね」
「え? 私のドレスや宝石をいつ見たんですか?」
「あぁ……いえ、メイドから聞いたの。お掃除の時に見かけたって。クローゼットには色とりどりのドレスが並んでいて、宝石箱には大きなダイヤやエメラルド、ルビーが山のように入っていたって」
「すごい! リリアお義姉様、私に一つちょうだい? そんな宝石、身につけてみたいもの」
  義理の妹になったアーヤが、背後から抱きつき甘ったるい声でねだった。姉妹のいなかった私には、こういうやり取りが普通なのかどうか分からない。
  
 結婚式を終え、レオン様と共に暮らす部屋は、当主夫妻用の一番日当たりの良い部屋だった。
 とはいえ、すぐ隣にはレイカとアーヤの部屋があり、落ち着けるとは言いがたい。
 
 そんな新婚生活の中でも、レオン様はいつも優しかった。
「ごめんね。こんなに人が多いとは思わなかっただろう? それにこの屋敷も、ずいぶん長いこと手を入れていないんだ。家具も古くて、もうボロボロでね。実は父上が事業を失敗してから、バルネス伯爵家には余裕がないんだよ。恥ずかしくて、今まで言えなかった。姉上も一度結婚して出戻ってきている……それも少し気まずくてね。妹は来年、王都の学園に通う年齢なんだが、学費も出せそうにないんだ……情けなくてごめん……」
 そう言いながら、レオン様は私をそっと抱きしめた。
 その声は苦しげで、悲しそうで――私は胸の奥がツキンと痛む。

「あの……アーヤさんの学費なら心配いりません。義理の妹になったのですから、私が出しますわ。それに、屋敷内の家具も買い替えましょう。お庭も整えて、もっと住み心地よくしたらどうでしょう? この屋敷は少し狭いですから、離れを作って、そこに私たちが暮らすのも素敵だと思うの」
「本当にいいのかい? それは助かるよ……ありがとう、恩に着るよ」

 お母様が遺した宝石や貴金属は、王都商業ギルド銀行の貸金庫に保管されている。それらは、お父様がお母様のために集めた品々であり、どれも大切な思い出の詰まったものだった。
 嫁ぐ際に実際に持ってきたのは、自分の宝石とドレス、遺産が入った王都商業ギルド口座の通帳と印鑑、そして貸金庫の鍵だ。

「ちょうど王都に行く用事があるんだ。通帳と印鑑を貸してくれないかな? 家具や庭を整えるためのお金をおろしてこなきゃいけないし。君はゆっくり、この自然の中でくつろいでいていいからね。王都に行けば、ご両親との思い出が蘇って、辛い気持ちになるだろう? 僕の思いやりだよ」
 
 その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。
 疑う理由なんてどこにもなかった。
 私は素直に、ギルド口座の通帳と印鑑をレオン様に手渡した。

  ……今思えば、貸金庫の鍵だけは渡さなかった自分を褒めてあげたい。
  それだけが、今も私を支えている唯一の希望なのだから……

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】元婚約者の次の婚約者は私の妹だそうです。ところでご存知ないでしょうが、妹は貴方の妹でもありますよ。

葉桜鹿乃
恋愛
あらぬ罪を着せられ婚約破棄を言い渡されたジュリア・スカーレット伯爵令嬢は、ある秘密を抱えていた。 それは、元婚約者モーガンが次の婚約者に望んだジュリアの妹マリアが、モーガンの実の妹でもある、という秘密だ。 本当ならば墓まで持っていくつもりだったが、ジュリアを婚約者にとモーガンの親友である第一王子フィリップが望んでくれた事で、ジュリアは真実を突きつける事を決める。 ※エピローグにてひとまず完結ですが、疑問点があがっていた所や、具体的な姉妹に対する差など、サクサク読んでもらうのに削った所を(現在他作を書いているので不定期で)番外編で更新しますので、暫く連載中のままとさせていただきます。よろしくお願いします。 番外編に手が回らないため、一旦完結と致します。 (2021/02/07 02:00) 小説家になろう・カクヨムでも別名義にて連載を始めました。 恋愛及び全体1位ありがとうございます! ※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)

夫は家族を捨てたのです。

クロユキ
恋愛
私達家族は幸せだった…夫が出稼ぎに行かなければ…行くのを止めなかった私の後悔……今何処で何をしているのかも生きているのかも分からない…… 夫の帰りを待っ家族の話しです。 誤字脱字があります。更新が不定期ですがよろしくお願いします。

決めるのはあなた方ではない

篠月珪霞
恋愛
王命で決まった婚約者に、暴言を吐かれ続けて10年。 逃れられずに結婚したカメリアに、実はずっと愛していたと言われ。

愛があれば、何をしてもいいとでも?

篠月珪霞
恋愛
「おいで」と優しく差し伸べられた手をとってしまったのが、そもそもの間違いだった。 何故、あのときの私は、それに縋ってしまったのか。 生まれ変わった今、再びあの男と対峙し、後悔と共に苦い思い出が蘇った。 「我が番よ、どうかこの手を取ってほしい」 過去とまったく同じ台詞、まったく同じ、焦がれるような表情。 まるであのときまで遡ったようだと錯覚させられるほどに。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。

真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。 一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。 侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。 二度目の人生。 リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。 「次は、私がエスターを幸せにする」 自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。

半日だけの…。貴方が私を忘れても

アズやっこ
恋愛
貴方が私を忘れても私が貴方の分まで覚えてる。 今の貴方が私を愛していなくても、 騎士ではなくても、 足が動かなくて車椅子生活になっても、 騎士だった貴方の姿を、 優しい貴方を、 私を愛してくれた事を、 例え貴方が記憶を失っても私だけは覚えてる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるゆる設定です。  ❈ 男性は記憶がなくなり忘れます。  ❈ 車椅子生活です。

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

処理中です...