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「セシリア・ヴァレンティア公爵令嬢! 貴様は王太子殿下の命を狙った大罪人である! 本来ならば万死に値する。だが、国王陛下のご裁可により、この毒を飲み、命をもって罪を償え!」
刑の執行人が一歩前に出て、無言でグラスを突き出した。広場は人で埋め尽くされ、無数の視線が私に注がれる。逃げ場はない。震える指の先で、グラスの中の赤い液体がゆらりと揺れた。ワインのような色をしていても、それは罪人を確実に殺すためだけに調合された毒だった。
「早く飲めぇーー!」
「まだかよ、さっさと終わらせろ!」
怒号と嘲笑が混じり合う。彼らは私が死ぬ瞬間を、娯楽として待っている。視線が痛かった。私を見ているはずなのに、誰一人として「人」を見ていない。彼らにとっては、公爵令嬢がどう死ぬのか、それだけが見たいのだ。
誰かが石を投げ、どこかで笑い声が弾ける。石は私の額に当たり、血が少しだけ流れた。助けを求めようとして周りを見回すけれど、両親と妹のリリアーナは冷めた目つきで、私を見ているだけだった。婚約者のルシアン様は私を見てさえいない。彼は眩しそうにリリアーナを見つめていた。
(ルシアン様は、私よりリリアーナが気になるのね。ここには、味方なんていないのだわ)
私はここで誰にも悲しまれずに死ぬのだと、はっきりと理解した。手が震えグラスを落としそうになる。私は目をつぶり勇気を出して、一気にそれを喉へ流し込んだ。次の瞬間、体が弾かれたように崩れ落ちた。
「……っ、あ……!」
喉が焼ける。息ができない。視界が歪み、地面に倒れ込んだ。
(一瞬で死ぬ? ルシアン様が言った言葉は、大嘘よ)
内臓を引き裂かれるような激痛の中、処刑の直前の記憶が、鮮明によみがえった。刑の執行前に家族と私の婚約者――ルシアン様が会いに来た。私は地下牢で鎖に繋がれていた。罪は王太子様に毒を盛ったこと。王太子様はひと月もの間、意識を失ったままだった。
「お父様、お母様。どうか私の無実を証明してくださいませ」
「今ここで必要なのは、責任を取る人間だわ。セシリアがやったかどうかなんて、どうでもいいのよ」
母は私を見ていなかった。しきりに、ドレスの裾が濡れるのを気にしていた。地下牢は湿った石床と、鼻につくかび臭さで満ちていたから。
「え? どういう意味ですか?」
私が母の腕にふれようとすると、彼女は眉を潜めて後ろに半歩下がった。
「ドレスが汚れるから触らないでちょうだい」
母は顔を歪めた。
「とにかく騒がず、潔く毒を飲む刑を受けるのだ。ヴァレンティア公爵家に泥を塗るなよ」
父もトラウザーズの裾が汚れるのを気にしていた。
「ごめんなさい、お姉様……でも安心してね。私、お姉様のぶんまで幸せになるから。……でも、おかしいわね。王太子様に飲ませたのは、媚薬だったはずなのに、なぜずっと目覚めないのかしら」
リリアーナだけは私の顔をまっすぐ見つめて話すのだけれど、 言っていることがどうにもおかしかった。
( び、媚薬?)
父は気まずそうに目をそらし、母は扇子で顔をあおいでいた。地下牢の中はひんやりとした冷気に包まれているから、暑いはずはないのに。そして、ルシアン様の視線は私ではなく、リリアーナに向けられていた。
(どういうこと?)
「リリアーナ、あなた。殿下に媚薬を飲ませたの?……」
「えぇ、そうよ。皆が協力してくれたわ。闇市で買ってきてくれたのはルシアン様よ。それに、売っているお店を調べてくれたのは、お父様とお母様。お金はお父様が出してくれたわ」
リリアーナは悪びれた様子もなく、衝撃の事実を私に語った。地下牢の中は今、私たち家族とルシアン様だけだ。最後のお別れだということで看守も皆、外にでていて家族だけの時間を過ごさせてくれていた。
「せっかく、リリアーナと殿下をくっつける良い機会だったのに、あの媚薬を売った闇商人が悪いな。まぁ、毒はすぐに効いて、あっというまに終わるらしいから、怖がらないで。きっと、痛がる暇もないさ。一瞬だよ」
ルシアン様は、やっと私に目を向けたかと思うと、にっこりと笑いかけた。
(あなたは私の婚約者なのに、そんなことしか言えないの? ああ、私は家族と婚約者に裏切られて……罪を背負わされて、死んでいくのね……酷い、酷すぎるわ……)
◆◇◆
それから私は暗闇に覆われ――気づくと、眩しい朝の日差しに、顔をしかめた。私は、天蓋付きのベッドに横たわっている。ここは私の部屋だ。
ドアを叩く音。廊下から聞こえるリリアーナの声。
「お姉様、まだ寝ているの? 今日はすごく良いお天気よ。王太子様とお昼をいただくなんて、とても楽しみだわ。お父様秘蔵のシャンパンを持っていこうと思うの」
このリリアーナのセリフは覚えてる。殿下が倒れた日の朝で間違いない。
(じゃぁ、今までのことは……夢だったの? それにしても嫌な夢を……えっ?)
ふと自分の指を見つめた時に、爪に土が入り込んでいるのが見えた。
こんなことはあり得ない。
私は公爵令嬢だ。
土いじりなどしたことは一度もない。
その瞬間、思い出した。
毒を飲まされ倒れ、必死に地面を掻いた感触を。
(……夢じゃない。あれは実際にあったことだわ)
そして、私は頭が割れるような激痛に襲われ――次の瞬間、不思議な光景を見たのだった。
刑の執行人が一歩前に出て、無言でグラスを突き出した。広場は人で埋め尽くされ、無数の視線が私に注がれる。逃げ場はない。震える指の先で、グラスの中の赤い液体がゆらりと揺れた。ワインのような色をしていても、それは罪人を確実に殺すためだけに調合された毒だった。
「早く飲めぇーー!」
「まだかよ、さっさと終わらせろ!」
怒号と嘲笑が混じり合う。彼らは私が死ぬ瞬間を、娯楽として待っている。視線が痛かった。私を見ているはずなのに、誰一人として「人」を見ていない。彼らにとっては、公爵令嬢がどう死ぬのか、それだけが見たいのだ。
誰かが石を投げ、どこかで笑い声が弾ける。石は私の額に当たり、血が少しだけ流れた。助けを求めようとして周りを見回すけれど、両親と妹のリリアーナは冷めた目つきで、私を見ているだけだった。婚約者のルシアン様は私を見てさえいない。彼は眩しそうにリリアーナを見つめていた。
(ルシアン様は、私よりリリアーナが気になるのね。ここには、味方なんていないのだわ)
私はここで誰にも悲しまれずに死ぬのだと、はっきりと理解した。手が震えグラスを落としそうになる。私は目をつぶり勇気を出して、一気にそれを喉へ流し込んだ。次の瞬間、体が弾かれたように崩れ落ちた。
「……っ、あ……!」
喉が焼ける。息ができない。視界が歪み、地面に倒れ込んだ。
(一瞬で死ぬ? ルシアン様が言った言葉は、大嘘よ)
内臓を引き裂かれるような激痛の中、処刑の直前の記憶が、鮮明によみがえった。刑の執行前に家族と私の婚約者――ルシアン様が会いに来た。私は地下牢で鎖に繋がれていた。罪は王太子様に毒を盛ったこと。王太子様はひと月もの間、意識を失ったままだった。
「お父様、お母様。どうか私の無実を証明してくださいませ」
「今ここで必要なのは、責任を取る人間だわ。セシリアがやったかどうかなんて、どうでもいいのよ」
母は私を見ていなかった。しきりに、ドレスの裾が濡れるのを気にしていた。地下牢は湿った石床と、鼻につくかび臭さで満ちていたから。
「え? どういう意味ですか?」
私が母の腕にふれようとすると、彼女は眉を潜めて後ろに半歩下がった。
「ドレスが汚れるから触らないでちょうだい」
母は顔を歪めた。
「とにかく騒がず、潔く毒を飲む刑を受けるのだ。ヴァレンティア公爵家に泥を塗るなよ」
父もトラウザーズの裾が汚れるのを気にしていた。
「ごめんなさい、お姉様……でも安心してね。私、お姉様のぶんまで幸せになるから。……でも、おかしいわね。王太子様に飲ませたのは、媚薬だったはずなのに、なぜずっと目覚めないのかしら」
リリアーナだけは私の顔をまっすぐ見つめて話すのだけれど、 言っていることがどうにもおかしかった。
( び、媚薬?)
父は気まずそうに目をそらし、母は扇子で顔をあおいでいた。地下牢の中はひんやりとした冷気に包まれているから、暑いはずはないのに。そして、ルシアン様の視線は私ではなく、リリアーナに向けられていた。
(どういうこと?)
「リリアーナ、あなた。殿下に媚薬を飲ませたの?……」
「えぇ、そうよ。皆が協力してくれたわ。闇市で買ってきてくれたのはルシアン様よ。それに、売っているお店を調べてくれたのは、お父様とお母様。お金はお父様が出してくれたわ」
リリアーナは悪びれた様子もなく、衝撃の事実を私に語った。地下牢の中は今、私たち家族とルシアン様だけだ。最後のお別れだということで看守も皆、外にでていて家族だけの時間を過ごさせてくれていた。
「せっかく、リリアーナと殿下をくっつける良い機会だったのに、あの媚薬を売った闇商人が悪いな。まぁ、毒はすぐに効いて、あっというまに終わるらしいから、怖がらないで。きっと、痛がる暇もないさ。一瞬だよ」
ルシアン様は、やっと私に目を向けたかと思うと、にっこりと笑いかけた。
(あなたは私の婚約者なのに、そんなことしか言えないの? ああ、私は家族と婚約者に裏切られて……罪を背負わされて、死んでいくのね……酷い、酷すぎるわ……)
◆◇◆
それから私は暗闇に覆われ――気づくと、眩しい朝の日差しに、顔をしかめた。私は、天蓋付きのベッドに横たわっている。ここは私の部屋だ。
ドアを叩く音。廊下から聞こえるリリアーナの声。
「お姉様、まだ寝ているの? 今日はすごく良いお天気よ。王太子様とお昼をいただくなんて、とても楽しみだわ。お父様秘蔵のシャンパンを持っていこうと思うの」
このリリアーナのセリフは覚えてる。殿下が倒れた日の朝で間違いない。
(じゃぁ、今までのことは……夢だったの? それにしても嫌な夢を……えっ?)
ふと自分の指を見つめた時に、爪に土が入り込んでいるのが見えた。
こんなことはあり得ない。
私は公爵令嬢だ。
土いじりなどしたことは一度もない。
その瞬間、思い出した。
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