見殺しにされた私が助けるわけがないでしょう?

青空一夏

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 そして、私は頭が割れるような激痛に襲われ――次の瞬間、不思議な光景を見たのだった。
 
 広い部屋。
 壁一面に並ぶ棚。そこには、無数の瓶が整然と置かれている。
 瓶の中には薬草や、その粉末。
 部屋の中央には大きな作業台があり、天秤や調合に必要な道具が揃えられていた。
(……なに、これ?)

 呆然としているとドアを叩くノックの音。
「セシリアお嬢様。お着替えをお手伝いします」
 入ってきたのは侍女だった。

「えぇ、お願いするわ」
「今日はこちらにしたらいかがでしょうか? 王宮の中庭で、お食事をお召し上がりになるのなら、ぴったりだと思います」
 私の着替えを手伝い始めた侍女が持ってきたのは、ブルーの軽やかな昼用ドレス――あの日と、同じドレスだった。前回は何も考えずに従ったけれど、私は首を横に振った。
「いいえ。今日は、薔薇色のドレスにするわ」
 同じ運命を、もう一度なぞるつもりはない。

 食堂に向かうと、すでに両親は席に着き、遅めの朝食を口にしていた。リリアーナは、オレンジジュースだけを前にしている。私も同じように飲み物だけを取り、黙って家族の様子を観察した。
 
 母はリリアーナのドレス姿を見て、満足そうに微笑む。
「よく似合っているわ」
 私はリリアーナのドレスを見て、小さく息をのんだ。
(やっぱり、あの日と同じドレスを着ているのね)

 父は秘蔵のシャンパンをメイドに持って来させると、それを迷いなくリリアーナに手渡した。
「楽しい昼食会になるといいな。セシリア、ちゃんとリリアーナを守っておくれ。お前は姉なんだから」
「そうよ。リリアーナは可愛いけれど、少しそそっかしいところがあるでしょう? セシリアが気をつけてあげてちょうだい」
 母は私に、妹の面倒を見るように言った――この会話もあの日と同じ。

「大丈夫よ。ルシアン様もいらっしゃるし。お姉様の婚約者だけれど、とってもお優しいもの」
 リリアーナは天使のような笑顔を振りまく。
「そうね。ルシアン様は、リリアーナにとても優しいわ」
 お母様はリリアーナの頭をそっと撫でた。
「将来のお義兄様ですもの。私、ルシアン様がとても好きだわ」

 ――前回の私は、ここでこう答えていた。
「ルシアン様は皆に優しいのよ。私も大好きだわ」と。
 でも、今はそんなことを言う気にはなれない。
「それなら、ルシアン様を譲ってもいいのよ? ルシアン様とリリアーナは、お似合いだと思うわ」
 そう言った途端、両親の表情が凍った。
「……嫌ですわ、ほんの冗談です。そんなに驚いたお顔をしないでください」
 私は場を和ませるように、にっこりと微笑んだ。これぐらいのことは、言ってもいいと思ったのに。

「まぁ……。いつもと違うから、少し驚いただけよ。セシリアは、いつも優しくておとなしい子だったでしょう? そんなことを言うなんて、思ってもみなかったわ……」
 母は戸惑ったように言い、私を見つめた。

「ああ。物わかりがよくて、手間のかからない娘だったからな。……場をわきまえなさい、セシリア。冗談にも限度がある」
 お父様は不愉快そうに顔をしかめた。

「今までは、そうだったかもしれません。でも、これからは、言いたいことはきちんと言おうと思います。リリアーナは思ったことをなんでも言いますよね? 私だって言ってもいいでしょう?」
 私は静かに言葉を返したけれど、父は私を睨み付けた。

 気まずい沈黙が落ちた、その時だった。
「……お姉様ったら、面白いことを言うのね。でも、ルシアン様はいらないわ。だって、私が好きなのは王太子様ですもの。ルシアン様って王太子様より見劣りするし、なによりクロコード侯爵家の三男でしょう? 爵位も継げないじゃない?」
 リリアーナは、くすくすと笑いながら肩をすくめた。

 遠慮のないリリアーナの言葉に、両親は居心地悪そうに視線を逸らしたが、本人だけは、まるで気にした様子もない。父は怒るどころか、顔をしかめることさえしなかった。

 やがてルシアン様が迎えに来て、リリアーナに白い小さな包みを手渡した。
「あら、それはなにかしら?」
 前回の私は、こんなことを尋ねたりしなかった。
「あぁ、子供が食べるような砂糖菓子だよ。リリアーナが好きそうなものを見つけたから、買ってきたんだ」

 こんな場合、私は自分の意見を言わないことが多かった。でも、今は言いたい。前とは違う自分になって、処刑される運命を覆すのよ。

「あら、婚約者は私ですよ? まずは私に買ってくるのが当然ではありませんか?」
 母がまた困惑の眼差しを向けて、父が睨み付け、ルシアン様は驚きの表情を浮かべた。
(そんなにすごいこと言った覚えはないんだけど……)

「あぁ、うん……すまないね。今度からは、セシリアの分も買ってくるよ」
 ルシアン様が言い訳するようにそう言った、その時だった――白い包みの中から、声が聞こえた。
『やだぁー、私、砂糖菓子じゃないわよぉ。飲むとちょっと気持ちよくなっちゃう、く・す・り。量を間違えると、大変だからねぇ』
「え? なに? この声……なんだか、おかしな声がしたわよね?」

「なにもしないわよ。お姉様ったら、今日はおかしいわよ?」
 リリアーナは小首を傾げた。
 ピンクブロンドの髪に、ピンク色の瞳。
 その仕草は、相変わらず愛らしい。
 ルシアン様はというと、やはりリリアーナを見つめていた。

(……やっぱり、やたらとリリアーナを見つめているわね。きっと、ルシアン様は妹が好きなんだわ)
 私は確信した。だって、好きな人を目で追ってしまうのは、よくあることだから。

 両親は、不審そうに私を見ている。
 そして、再び声が響く。

「こっち、こっちー。媚薬の私が、話しているのよ。雪鈴せつりんさまぁー」

(雪鈴……? 誰、それ? それに……あの包みの中身は媚薬なの?)


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